人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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brutal③

 部屋の空気が動く気配があった。肌を刺すような、馴染むような冷気に身を浸していた私は風の流れを感じてうっすらと目を開け、全身を回る熱と倦怠感で重く感じる身体を総動員させて緩慢にドアへと顔を向けた。

 

 白く凍りついたドアから入ってきた男は二人。一人は、オールマイトが以前見せてくれた、スペースファンタジーな映画の有名な黒幕かと、平時ならツッコミを入れたくなるような真っ黒いフルフェイスマスクを着けた男。もう一人は見覚えのあるモヤ頭……黒霧だった。

 死柄木のお目付け役といった立ち位置の黒霧が、控えるように数歩後ろをマスク男について歩くのを見るに、恐らくこの男が、死柄木が『先生』と呼んでいた男。ヴィラン連合を操る黒幕。

 

 

 ようやくか。

 その男の登場に、私の心中は凪いでいた。焦燥も恐怖もなく、ただただ、その一つを思い浮かべた。

 

 

 ──やっと、ようやく、引き摺り出せたか。

 

 

 オールマイトから、彼が敵対していた、そしていずれはイズクが立ち向かわなければならない巨悪──オール・フォー・ワンのことを聞いたときからずっと考えていた。100年以上裏社会に潜み生き続ける老獪な男を表舞台に引き摺り出すならば、どんな手が有効だろうか、と。対決は互いのどちらかが死に絶えるまで避けられない、もはや因果や宿命に等しいものだ。

 ならば、私が守りたいオールマイトやイズクの、確実な生存と安全のために、私には何が出来るかと考えて──私が囮になればいいのかと思いついた。

 

 

 実力は雄英トップ。家族構成は不明、実はオールマイトが後見人をしている孤児。しかもヴィランの教育を受けた後ろ暗い事情持ちという建前の事情。ついでに攻撃モーションを悟らせずに死柄木と黒霧に不意打ちで全身冷凍体験をプレゼントした得体の知れない技量──私が黒幕の立場なら、まず手駒に引き込みたいお誂え向きの人間だろう。

 雄英襲撃によってヒーロー社会への信頼と安定性を瓦解させるのが目的なら、私という手駒を寝返らせて、それをメディアがいるような絶好のチャンス──例えば今回のような事件で、私が内通者だったという虚偽をさも真実のように見せかけて流布するのが最も効果的だ。そうすれば、これまでヴィラン連合が行ってきた襲撃は私という内通者がいたせいと、情報の正誤性の分からない世間は簡単に早合点して認識する。

 そしてその報道と世間の無情で棘のある反応は、A組のみんなには痛烈な打撃になるだろう。クラスメイトの叛旗に動じずにいられるほど彼らは世間にスれていないし、ヒーローを目指す善良さと真っ直ぐさがある。それが故に苦しむ。オールマイトなどはもっと苦しむだろう。自分のせいで巻き込んだ、本来なら全く関わり合いのない、過酷な人生を歩んできた私という人間を地獄に失墜させたと。自分が関わったがために、と。

 宿敵を苦しめることができて、なおかつ彼が望む世界の動きに誘導するならば、それこそが1番効率的なやり方だ。

 

 だからこそ()()()()()。効率と確実性を求めるなら、そうするだろうと手に取るように分かる。

 

 

 そんなお誂え向きの立場に丁度居るのだ、活用しない手はない。狡猾で用心深く影から隙を狙ってくるような相手を探すのは手間だし、骨が折れるし、時間をやたら浪費するだけで、正直時間の無駄でしかない。

 ならば、相手を引き寄せればいい。まだ相手は悪知恵がやたら回る目障りな小娘程度の認識だろう。無意識の優越感と余裕、裏社会を牛耳るがゆえの慢心。

 

 ──ならばこの最も油断する最初の邂逅を最後に、この黒幕を舞台から引き摺り下ろす。

 

 だから、轟と爆豪のところへ合流しようと森を走破する途中で脳無の一群に襲撃されたのは、決して態度には出さなかったが、非常に好都合でもあった。自分の推測は間違っていないと確信に近い思いすら得た。できれば社会への影響や糾弾されるだろう先生方のことを考えて、攫われずに正当防衛でAFOを拘束したかったが、黒霧のテレポートで新しい脳無が戦闘中の私の真後ろにピンポイントで転位してきたのは流石に予想できず反応が遅れ、頭に容赦ない一撃を喰らってしまってそれは叶わなかった。

 ゆえにここが正念場。死なない程度に立ち回り、この男から少しでも有用な情報を搾り取り、その上でオールマイトたちヒーローが助けに来るのを待ち、密かにヒーローが有利に運ばれるよう援護する──それこそが、私がまんまとAFOの術中にハマったように見せかけている理由でもあった。ここまで徹底的に痛めつけられ、足を斬り落とされたのは誤算だが、まだ望みはゼロじゃない。これより酷い地獄を、私は知っている。

 

 他者を拒絶する絶対零度の空気の中を闊歩する男を、歪む視界で捉える。にったりと相手が笑ったような気配があった。

 

 

「はじめまして、星合千晶さん。……いいや、本当の名前は、クリスティアナさん、だったかな」

 

 随分と空虚で、粘着質な呼びかけだった。私の中身にさほど興味を抱いていないのだろう。だがそれよりも、嘲りを含むような声で告げられた聞き捨てならない発言があった。

 ……メディアが私の建前の情報を嗅ぎつけたとチンピラから聞いた時点で予想はしていたが、名前すらAFOに知られているとは。……これはいよいよ警察の内通者を疑わざるを得ない。

 

 お前がその名前を呼ぶなとぎろりと地面に伏せたまま睨み上げれば、怖い怖いと笑う男。微塵もそう思っていなさそうな声音に舌打ちする気力すら、今はない。無遠慮に伸ばされた手が身体に触れる前に、氷の剣山で手を容赦なく串刺しにしてやろうとすれば、バチリと弾かれるような音と共に無効化され、お返しとばかりに全身に骨の軋む音が聞こえるほどの荷重がかかった。

 

 

「がっ! ぐ、っ、ぁ」

「……本当に恐ろしい子だね、こんな状況でも冷静かつ反抗的。そのしぶとさは表彰モノだよ」

 

 

 めしりと音をたてて頭が、身体がコンクリートの床にヒビを入れながらめり込む。牙狩りとして魔術的な強化が施されたこの体でなければ、骨にヒビが入ってもおかしくないような圧力。うつ伏せになっているせいで強制的に肺から空気が押し出され、地面に押し付けられているがゆえにまともに息を吸うこともままならない。重圧に藻掻きたくても、折れていない腕でさえぴくりとも動かない。気絶しては駄目だと、酸素不足で朦朧としてくる頭と意識を、血流操作でなんとか意識を繋ごうとする。

 そんなあがきを、まるでアリを潰す子どものような顔……は見えないが、雰囲気で眺めている男。

 

 そうやって眺めているだけでは飽きたのか、ついに、その皺だらけの武骨な手が私の頭蓋に触れた。その瞬間襲い来る強烈な違和感に、ただでさえ重圧に歪んだ表情が引きつった。脳味噌の中身に直接手を突っ込まれたような気持ち悪さ。HLでよく情報抜き取りに使われる手口である脳抜き(眼窩から生きたまま脳を引き摺り出して、脳から直接情報を抜き取るエグい手段。本人は生きたままなので自分の脳味噌という人質を取られ、生殺与奪を奪われたまま元の場所に返されて、自分の目を通して強制的にスパイにしたりする)を思わせる感覚に、がんがんと私の中の警鐘がけたたましく鳴る。だが、重圧のせいで抵抗一つ出来ない。

 

 

「残念だ、できれば君は、君の意思を持ったまま僕たちに協力してほしかった」

「が、……っ、……っ! な、を、」

「オールマイトから僕のことは聞いていないのかな? 僕は個性を幾つも所持し、それを行使できる。だからこんなこともできる……」

 

 瞬間、眼前で火花が爆ぜた。視界が赤く塗り替わる。真っ白い部屋が赤いペンキで塗りたくられ、そのコーティングが雨に流されるように溶けて、周囲をなんとか確認できたその時──

 

「え」

 

 見覚えのある灰色の冷たい台、黒いベルトで固定されて動かない手足。満ちる薬品の刺激臭、周囲を取り囲む無数の白衣の人間たち──氷の芯を無理やり飲み込んだような、生理的な嫌悪が肌を粟立たせた。もうあの重圧はかかっていないのに、この眼の前の光景を否定したい己の心が悲鳴を上げて、それでもなお嫌だという心に反して首を巡らせて。

 

 目もくらむような眩しさの無影灯の逆光の中に見たものは。

 

 

「あ、ひっ、いや、やだ」

 

 

 ソレは、未だに根深い恐怖の象徴だった。

 あかい、あかい、燃えるくろがねを見た。

 ひゅうと喉が空気を捉えそこねて笛音を響かせた。生命線を握る血流操作すら手放してしまいそうな恐怖が、自分の身体に無数に刻み込まれていた消えないトラウマが一挙に襲い来る。ばくばくと心臓がうるさいほど拍動を早めて、呼吸が制御できないほど乱れる。

 甦った記憶に反応するように、癒えているはずの背中のケロイドが、今まさに赤々と熱されて輝く焼きごてを押し付けられたあの瞬間の痛みを発した。血液から炎の可能性を引き出すために行われた蛮行、火炙り。最も自分の身体と尊厳を傷めつけたもの。

 じゅうとタンパク質が熱されて焦げる音と臭いが、あの光景が今ここに再現されているはずがないという私の理性を強引に塗りつぶしていく。反射的に噛み締めた唇から血が溢れた。

 

っぎ、ああああああああァァァアアアアッ!!!!!!

 

 左右で金属がぶつかる耳障りな音がする。悶絶する。かつてわたしを木っ端微塵にバラバラにした激痛を跳ね飛ばそうと手足をばたつかせて対抗しようとしても、背中に押し付けられた重みは動きすらせず、ただ耐え難い痛みを絶え間なく生み続けていく。藻掻き苦しんでも離れないその苦痛の最中に、腕から血液ではない何かを流し込まれるのが分かった。その強烈な異物感にはっと目を見開く。

 すると、トラウマそのものである実験施設の灰色にノイズが走り、途切れ、愉悦の笑みを浮かべたAFOと、黒霧が自分の腕になにやら注射器を突き立てているのが見えた。

 

 

「き、さまら、っぐ、よ……も」

「強情な君は、こうでもしないと大人しくなってくれないだろう?」

 

 

 屈服させるつもりでやっているくせにまぁ、いけしゃあしゃあと。

 血圧の急上昇で、目の前がチカチカと真っ赤に点滅している。荒い息を繰り返しながらせめてもの抵抗に睨む。と、またすぐに灼熱を押し当てられる幻覚痛が蘇る。絶叫。喉も裂けんばかりの咆哮も、白く凍らせた部屋の外には響かない。

 またも幻覚が途切れ、AFOはガスマスクを外してわざわざ勝ち誇った笑みを見せつけてきた。その顔に目はなく、のっぺりとした顔面だけが存在している。目の部分を根こそぎ奪われたような、不毛の大地を思わせる顔についた口が、口腔が見えるほどに裂けた笑みを浮かべている。

 

「今君に投与したのは、幻覚作用のあるクスリだ。僕のこの『トラウマを再現する』個性と合わせて使えば、君が深くに押し込めている他のトラウマもじきに引き摺り出せる。

 『この魂は、決して屈しない』……だっけ? 果たして君は、どこまで耐えられるんだろうねえ」

「ふざ、け、るな……!!」

「さあ、我慢比べだ。僕の個性が君の忍耐を上回るのが早いか、それとも救けが来るのが早いか……。ああ、安心していいよ。君という人間をことごとく破壊して、そうして出来上がった空っぽの身体は、僕が有意義に再利用してあげよう」

 

 

 

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