人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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「ふむ……しかし、中々の好カードかもしれんな。轟少年と星合くん……推薦組とスカウト組のガチンコ対決、これは見物だぞ」

「?スカウト組、ッスか?」

「あぁ、やはりあまり知られていないか……。今年から、ヒーロー科の新しい受験制度として『スカウト枠』と言うものを設けてね。

 推薦枠が中学の教師のイチオシの生徒であるのに対し、スカウト枠は雄英の教師であるプロヒーローが何らかの形で見つけた原石。もちろん、雄英に通うに値する学力と実力を兼ね備えていることが第一条件であり、プロヒーローのお墨付きといえど、スカウト枠特別入試を通過しなければ、入学は認められんがね」

「それが、千晶ちゃんですか……?」

「うむ。彼女は一般試験より難しく設定した実技入試を、我々教師の予想を遥かに上回る結果で合格した――文句なしの逸材だ」

「その、特別入試というのは、どんなものだったのですか……?」

「……一般試験では、15分間に3種類の仮想敵を行動不能にしたP(ポイント)数に応じたものだっただろう?」

 

 それにコクコクと頷いた生徒たちに、オールマイトは笑顔のまま背のマントをなびかせ、再びモニターに向き直る。

 

「星合くんが受けたのはね、市街地演習場にランダムに配置された仮想敵、総勢50体を全て破壊するまでの時間を競うタイムアタック。しかも詳細な数は知らされず、数体は屋内に潜み、最後の一体はあの0Pの巨大敵。さらに言えば、建物への被害規模に応じて点数をマイナスにするっていう鬼畜仕様だったんだけど……」

 

 モニターに映るのは、だらりと両手を降ろし、自然体でビルを見上げている千晶の姿。

 

 

 

「――彼女、たった5分で50体全てを破壊したんだよ、信じられる?」

 

 

 

 息を呑んだのは、誰だったか。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな会話がモニタールームで交わされているとはつゆ知らず。

 開始のコールを無線で聞いた私は、こきり、と首を鳴らした。

 

「さて……向こうはどんな手で来るかな」

 

 先ほど轟たちはヒーローチームでの戦闘だったため、今度の彼らは核を守る防衛戦になる。ヒーローにとっては、核の位置も敵の配置も分からない、狭い空間で見通しの悪い屋内での戦闘は制限が多い。攻撃の幅が狭くなるからだ。対する彼らは、障子くんという優秀な索敵要員がいる。奇襲は容易だ。

 

 ぺた、と窓に手を触れさせた私は、指輪から出した血を水に変え、ウォーターカッターの要領で填め込みの窓を人一人通れるくらいの大きさに丸くガラスをくり抜き、そこからするりと屋内へ音もなく侵入した。床に着地すると同時に針を踏み、水を無言のまま薄く拡散・展開する。

 

 レオナルド・ウォッチの普段は閉ざされている糸目の奥、皮膚の下に隠された『神々の義眼』は、ありとあらゆる幻術・障害物の向こう・隠されたモノを看破する、神性存在が現世のビッグイベントを出歯亀したいがために生み出された迷惑極まりない傑出品(超高性能カメラ)だ。それをもってしてライブラに貢献することで、戦闘能力を持たない彼を荒事の多いライブラの構成員たらしめている。

 

 現在は彼が居るため、もっぱら索敵は彼の領分となってしまったが……レオがライブラに入る前は、前線での索敵は私が担っていた。

 

 水、というのは非常に汎用性のある状態である。少量の血液を広げ、その場の空気に含まれる水分や地面・床の下にある水道管の水に干渉し、人類には見えないレベルの水分の揺らぎを感じることで、不可視のモノも、存在さえしていれば「何かがそこに在る」ということを感じ取れるのだ。チェインのような不可視の人狼に対しては、さすがに「存在希釈(エグジスティンスディルート)」されると全く追えないが、光学的な希釈なら見えないだけで存在はしているので、その位置を把握できる。

 

 だからレオが構成員になる前は、チェインが事前に潜入して調べてくれた見取り図やターゲットの位置、人員の配置を、突入直前に私が実際に水で間隔を広げて情報との食い違いがないかチェックし、変更があれば速やかにスティーブンや他のメンバーに連絡し、スムーズに事が運ぶように取り計らっていた。

 

 

 今回もその技術をフル活用し、頭に叩き込んだ建物の見取り図を思い出しながら、何事もなく2階に繋がる階段の下まで辿り着く頃には、拡散させた水から伸ばした感覚から、二人の居場所と核の場所をあぶりだすことが出来た。

 ……やはり、核は4階大広間。そしてそれを守るのは、この対戦の最大のキーパーソンである轟である。ここまでは予想の範囲内。核に触れられたらアウトなのだから、最低片方は傍で守るのは常識だ。強力な範囲攻撃を繰り出せる轟は、狭い廊下では真価を十分に発揮できない以上、核のある広めの部屋で待機していることくらい想像に容易い。

 

「……問題は」

 

 ちょい、と上階を見上げた私は、ついに動き出した。

 

 

 

 

 

「……な、なんかえらい静かっつーか、迷いなく歩いてくな……?」

「フツー、角から奇襲警戒して慎重になるのにな……まるで奇襲が来ないって分かってるみてぇだ」

「轟さんは4階、障子さんは3階の廊下中腹の角の陰……障子さんの奇襲攻撃が成功するか否かがまず最初の関門ですわね」

「ここまでは普通に移動しているようにしか見えないが――!星合くんが動いた!」

「は、速い……!!」

 

 一階階段下までは、潜入行動をしているとは思えない堂々とした歩みに困惑ムードが漂っていたモニタールーム。しかし千晶が2階に着いたとたん一気に駆け出した姿に、何をしたわけでもないのにおおっ、と謎の歓声が上がる。

 50m走で見せた足の速さには及ばないが、まばたきをこらえてもなお瞬間移動にしか見えない移動速度に感心する声が上がる中、おもむろに持ち上げられた左手が、この後戦況に嵐を呼ぶ。

 

 

 

 

 

『……障子、星合の動きはどうだ』

「……今、2階を凄まじいスピードで突っ切ってくる、もう3階に上がってくるな」

『そうか……油断するなよ、アイツはああ見えて切れ者だ』

「ああ、肝に銘じておこう。……、……?」

 

 このクラスでは間違いなくトップクラスの個性を持つ轟がわざわざ油断するなと忠告してくる人物だ、飄々とした彼女もまた爪を隠しているのだろうと疑うことなく頷いた俺は、無線で通話中もずっと建物内の物音を聞いていた耳をふとそばたてた。

 突然無言になった俺の耳に、訝しむような轟の声が入る。

 

『……?どうした』

「おかしい、階段の途中で足音が消え――ッ!!!」

 

 ビル全域の音を聞いていた俺は、確かに近づいてくる星合のヒールの足音を捉えていた。だというのに、それが途絶えた。単純に足を止めたのか、それとも――

 動揺しながらも反射的に振り返った俺の目に、黒い何かが迫ってくるのが映る。鈍く光る銀の十字架。

 

 

 ――足を地面に付けず、無音で接近してきたかの、どちらかだ。

 

 

 反射的に顔をクロスさせた腕でガードしたそこに、その細身の見た目とはかけ離れた、重い蹴りの一撃が叩きこまれる。その威力たるや、星合よりずっと身長(タッパ)体重(ウェイト)もある俺が、数メートル後ろにブッ飛ばされるほど。バランスこそ崩されず済んだが、あと一秒振り返るのが遅かったら、背中に一撃を見舞われてノックアウトだったと思うと背筋がぞっと凍る。

 

「……!なんという重さ……!」

 

 俺の腕を踏みつけるように飛び蹴りの一撃を入れた星合は、足を掴まれてカウンターを喰らう可能性も読んでか、俺の腕を踏み台にバク宙ですでに後ろに回避している。彼我の距離は約数メートル。

 廊下の真ん中に仁王立ちする彼女は片手をポケットに突っ込んでいる立ち姿こそ自然体で、口元は綺麗な三日月を描いているが、その目は油断なくこちらを見据えている。ぎらぎらと、しかし冷静さを失っていない好戦的な紅い瞳は、外人特有のハッキリとした目鼻立ちも相まって、どこか妖艶にも見えた。

 

「なるほど、これは……轟が気を付けろと忠告してくるわけだ」

「あら、意外とお喋りなのねミスター、随分余裕だね?」

「……なに?」

 

 その時、パキ、と何かが割れるような乾いた音を、複数の耳が捉えた。

 

「水晶宮式血濤道」

 

 その涼やかな声に呼応するように空気が振動し、一瞬だけ、狭い廊下のほぼ全域に、見つけることも難しそうなほど細い、細い赤く光る糸が縦横無尽に張り巡らされているのが見えた。そのいくつかは、俺の身体にも貫通している。ハッとして咄嗟に糸から逃れようと身体を動かすが、ぎしりと僅かに筋肉がきしんだだけで、たった一歩、触腕の一つも動かせない。

 

「甲の舞、天網恢恢(てんもうかいかい)

 

 今の俺を客観的に見たとすれば、それはきっと、蜘蛛の巣に捉えられた(エサ)だ。

 

「くッ……!う、動けない……!」

「ふぅ……一応凍らせるか……」

 

 何とかして動かそうと格闘する俺に普通に歩み寄ってきた星合は、安堵の息を吐きながらも黒い手袋に包まれた左手をすい、と宙を撫でるように動かした。するともう一度空気が揺れて、張り巡らされていた糸の一部がロープほどの太さまで凝集し合い、俺の腕と足を拘束すると、地面と壁に端を突き刺して固定してから氷に変わる。その上から確保テープを巻いた星合は、満足げにおれの全身を見回してうん、とひとつ頷いていた。

 

「一人確保、っと。終わったらすぐ外すから、あまり無理には動かないで」

「……分かった」

「じゃ」

 

 片手を軽く上げた彼女の足音が、あっという間に遠ざかる。この後4階に控えている(ラスボス)と戦わなければならないのに、恐怖や萎縮などの負の感情を感じさせない、まるで少し買い物に行ってくるかのような気軽さ。

 二人がどんな戦いを繰り広げるのか、見られないのを少しだけ残念に思う。お互いの個性と性格を知っているのだ、先程のような一方的展開では終わらないだろうことは、想像に容易い。

 

「……まさしく、能ある鷹は爪を隠す、だな」

 

 星合千晶。凄まじいクラスメイトが居たものだ、と俺は他人からの情報ではなく自分の意思で、彼女の認識を改めたのだった。

 

 

 

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