人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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一等席の悪夢

 

 夜は深まれど、繁華街に灯るネオンと行き交う人は途絶えない。

 

 そんな中、隠れ家バーを装ったヴィラン連合の溜まり場は緊迫感に包まれていた。

 対等な交渉のため拘束を外された爆豪はこれ幸いにと死柄木へ爆破を浴びせ、きっぱりとヴィランにはならないと宣言した。それは奇しくも、別の場所で放たれた星合千晶の宣言と同様であり、爆豪が正攻法では折れないと踏んだ死柄木は、時間は掛けられないと「先生」に助力を求めた。

 ここに来て初めて匂わせられた黒幕の気配に、爆豪が言いようのない悪寒に冷や汗を流しながらも、なんとか脱出の糸口を探っていたその時──

 

 

「どーもォ、ピザーラ神野店です──」

 

 

 間延びした呼びかけに、こんな時に誰がピザなんて注文したと、間の抜けた疑問符を全員が頭上に浮かべ、思考停止した間隙を突いて、

 

 

 ──SMASSH!!! 

 

 

 メリケンカラーの大男の拳が壁を破った。

 畳み掛けるように、すぐさまその場の全員にシンリンカムイが木の腕を伸ばして捕縛する。腕を燃やして呪縛から逃れようとした荼毘は、目にも止まらない早業でグラントリノに気絶させられ沈黙する。

 さも難航しているように装われた記者会見からの早すぎる襲撃に虚を突かれ、身動きの取れないヴィラン連合。身体を細くしてドアの隙間から侵入したエッジショット、そして外はエンデヴァーと警察が固め、完全包囲が完成してようやくオールマイトが爆豪へ意識を向けた。

 

「怖かったろうに、……よく耐えた! ごめんな……もう大丈夫だ少年!」

 

 ゆうに丸2日も監禁されていたのだ、鋼のメンタルと言われようとも、守るべき子どもには変わりない。安心させるように、勇気づけるようにオールマイトはその肩を抱いた。

 そんなオールマイトのスキンシップと言葉に、爆豪は言葉にし難い表情を浮かべた。戸惑っているような、上がりそうな口角を上げまいと苦慮しているような。

 少年期から憧れたヒーローからの称賛。けれど救けられるのが何よりも嫌いな爆豪にとって、素直に喜べる事態でもなく。

 

「こっ……怖くねえよヨユーだクソっ!」

 

 結果、口をへの字に曲げて強がりを口にするのだった。

 

「ところで……星合くんは?」

 

 そんな爆豪に微笑ましさを感じる暇もなく、オールマイトはもうひとり気がかりだった少女の姿が見当たらず、きょろきょろと半壊した部屋の中を見回した。それに眉を顰めたのは爆豪だ。

 

「……俺がここに来てから見てねえ。つうか、さっきの記者会見であいつも連れ去られてるのを知ったぐれえだ」

 

 拉致された爆豪がヴィランに唆されて寝返ったらどうするのか、というメディアから雄英に向けての詰問。そして、同じく行方不明の星合千晶が内通者として疑いがかかっていることについて、どう考えているのか。

 週刊誌やネットで密かに囁かれる程度だった醜聞を、記者会見を通して堂々と報道したメディア。相澤や根津はきっぱりと疑念を否定したが、それを見てにまにまと笑う死柄木と、無反応の他のヴィランたち。それらが、メディアの発言に信憑性と一抹の疑念を添える。

 一向に姿が見えない同級生。あの女が、いやまさか。浮かぶ疑念とそれを否定したい感情と理性。ライバルと目していたクラスメイトにかかったヴィラン疑惑に、気丈な爆豪にさえ、少なくない動揺をもたらした。

 そんな爆豪の言葉に、まさかとオールマイトや事態を察したグラントリノは動きを止めた。

 このアジトに宿敵はおらず、またもうひとりの人質もいない。最悪の予想が、ふと頭をかすめた。

 

「塚内ィ! ジーニストに連絡取れ、そっちのアジトにもう一人の拉致被害者がいねえか探せってな!」

「!」

 

 グラントリノの要請に、別でアジトと思われる倉庫に襲撃を掛けたジーニスト率いるグループに塚内が即座に無線で呼びかける間、死柄木たちの動きを完封したオールマイトは、今回の一連の手引きをした黒幕はどこにいるのかと圧力を掛ける。そこに、千晶も必ずいるはずだと信じて。

 早くたどり着かねば、そう考えたオールマイトの焦りは重圧となって死柄木に押し寄せる。極限の中のプレッシャー、立てた計画をぶち壊しにされたままならなさ、集めた仲間も捕まっている。追い詰められたストレスで、過去の記憶が死柄木の脳裏に走馬灯のように流れていく。

 誰も救けてくれなかった、ひとりぼっちの幼少期を。

 

「奴はどこにいる、死柄木!!」

「おまえが!!!! 嫌いだ!!!!!」

 

 ストレスを爆発させて絶叫した死柄木に応えるように、その背後に突如現れたタールのような黒い液体から、ジーニストたちが援軍を排除したはずの脳無が二体、産声を上げた。

 2体だけではない、ヒーローの手が足りなくなるほど次々と姿を現す脳無に現場が混乱する中、ごぼり、と爆豪もまた、突然喉奥から黒い液体を吐き出す。どんどんかさを増し続ける液体に、とっさに手を伸ばしたオールマイトの腕すらすり抜け、爆豪とヴィラン連合は忽然と姿を消した。

 

 

 

 異変より数分前。

 爆豪と千晶を救けるため神野にやってきていた緑谷たちは、八百万が取り付けた発信器の信号を頼りにたどり着いた、オールマイトたちが強襲したテナントビルとは異なるアジトの廃倉庫を物陰から窺っていた。しかし、その壁をMt.レディが一撃で粉砕、即座に脳無を捕縛する姿を物陰から目の当たりにしていた。

「オールマイトの方」と別働隊の存在を示唆するMt.レディの発言から、目的の爆豪や千晶がここに居ないのを察した緑谷たちが、自分たちが動かずともヒーローに救出を任せればいいと立ち去ろうとしたその時。

 

 一糸まとわぬ姿で発見されたラグドールが、ぼんやりと焦点の合わない目で虚空を見つめ続けているという異様さに、どうしたのだと声をかけ続けていた虎。その彼の疑問に、暗がりから答える声があった。

 

 

「すまない虎、前々から良い個性だと思っていてね……。丁度良いから……もらうことにしたんだ」

「止まれ、動くな」

「連合の者か」

「誰かライトを」

「こんな身体になってしまってから随分ストックが減ってしまってね」

 

 

 ギャングオルカの制止も聞かず歩みを止めない男の気配に向け、ベストジーニストが糸を放ち拘束する。ヴィランに何もさせるな、彼の持論に基づく迅速な行動は──

 

 

「せっかく弔が自分で考え、自分で導き始めたんだ。できれば邪魔はよしてほしかったな」

 

 

 周囲の建物、およそ半径1km圏内にあるすべてを抉り、消し飛ばす形で、真正面から打ち破られた。

 だが、未だにヒーローたちが深手を負いつつも消滅していないことに、とっさに全員を脇に寄せたジーニストの判断力と技術力を、ガスマスクをかぶった男は拍手で称賛する。

 が、息も絶え絶えに反撃を試みたジーニストの腹に、伸ばした指先ひとつで不可視の弾丸を打ち込んで穴を開けた男はただ一言、弔には性の合わない個性だと、興味なさげに冷えた声で切り捨てた。

 

 

 ヒーローたちの迅速な行動による圧倒的優位を消し飛ばした男に、その脅威に、緑谷たちは濃密な死の恐怖が迫っていることを肌に刷り込まれた。守られてきた今までとは違う、レベルの違う戦場。何が起こったかもわからない恐怖に、それぞれの顎から大量の汗が滴り落ち、身体は震え、胸が詰まるほどの怖気に吐き気すら催していた、その時。

 

 

「げほっ、くっせぇええ……んっじゃこりゃあ!!」

 

 

 体内から溢れた液体によって転送されてきた爆豪が、死柄木が、ヴィランたちが次々と現れた。

 探していた爆豪の突然の登場に、緑谷たちが驚愕しながらも、その異様な転送に千晶が含まれていないことに気づく。どうして、人質にするならば一緒にしておくほうが監視もしやすいはずなのに。ぐるぐると緑谷の思考回路が回るものの、答えは依然として出ないまま、ただ物陰から伺うことしか出来ない。

 

「悪いね爆豪くん」

「あ!?」

 

 液体を吐き出し、顔を上げた先に居たマスクの男に、生理的嫌悪を感じた爆豪が片眉を釣り上げる。そんな反応にかかずらうことなく、男は遅れて到着した死柄木に視線を向けた。

 

「また失敗したね弔。でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。この子たちもね……君が『大切なコマ』だと考え判断したからだ。いくらでもやり直せ、その為に(せんせい)がいるんだよ

 全ては 君の為にある」

 

 言葉だけ取れば指導者らしい発言だが、ねっとりと絡みつくような声音が、男の異常さを何より物語っている。

 得体の知れない重圧を放つ男に、爆豪も、緑谷も冷や汗を垂らす中。男がうわ言のようにつぶやいた。

 

 

「やはり……来てるな……」

 

 

 次の瞬間、激しくぶつかり合う拳と拳。空を駆け、落下スピードを乗せたオールマイトの両拳が、黒いマスクの男の手のひらに受け止められる。

 

 

「全て返してもらうぞ! オール・フォー・ワン!」

「また僕を殺すか、オールマイト」

 

 

 拮抗は一瞬。そのぶつかり合いで地面は割れ、衝撃波が周囲に居たものを敵味方の区別なく弾き飛ばす。可視出来るほどの暴風で瓦礫の欠片が吹き飛ぶ中、随分低くなった塀の陰に隠れていた緑谷が「オールマイトまで……!」とうめいた。

 

「バーからここまで5km余り……僕が脳無を送り優に30秒は経過しての到着……衰えたねオールマイト」

「貴様こそなんだその工業地帯のようなマスクは!? だいぶ無理してるんじゃないか⁉」

 

 両者が弾かれるように拮抗をやめて後ろに下がる。体勢を整えながら、オールマイトはその場にも千晶が居ないことに奥歯を噛み締めた。

 

「貴様、星合くんをどこへやった……!!」

「さあ。何処だろうね」

「おのれ……! 5年前と同じ過ちは犯さん、オール・フォー・ワン。爆豪少年、星合くんを取り返す! そして貴様は今度こそ刑務所にブチ込む! 貴様の操るヴィラン連合もろとも!」

「それは……やる事が多くて大変だな、」

 

 不意にAFO(オール・フォー・ワン)が宙に手を差し出すと、再び黒い液体が現れ、その中から一人の少女が転がりでた。

 

 

「──お互いに。起きなさい、()()()()()()()

「!?」

 

 

 AFOが傍らに倒れている少女に視線を落とし、嫌にやわらかい猫撫で声で名前を呼んだ。

 少女はうつ伏せで身を投げ出しており、顔はウェーブを描く黒髪で隠れて判然としないが──誰もが、そこにいるのがとある人物でなければいいと願っていた。二人の行方不明者の内の一人、未だに行方の分からない少女の方だと。

 

 なぜなら、ざっくりと背中が見えるデザインの黒いノースリーブのワンピースを纏った彼女の、その白い背中には、薄暗い夜だというのにハッキリと視認できるほどの──目を逸らしたくなるような爛れた皮膚と、無数の傷痕が残っていた上、左足が太腿の半ばで消失していたからだ。

 

 少女の背中を見て、それが誰か分かった八百万が口元を手で覆い、飛び出しそうになる悲鳴を必死にこらえた。ぽろぽろと涙が溢れる。どうしたと焦りながらも小声で問う轟たちの疑問に答えられないほど、荒れ狂う感情が八百万を貫く。

 耳慣れないその名前に緑谷や轟たち、爆豪でさえ困惑を隠せない中、唯一その名を知るオールマイトだけが驚愕に表情を染めた。左足が欠損した少女の正体により確信を得て、ぎりぎりと歯ぎしりしそうな勢いで呻いた。

 

 

「貴様……! 何故その名前を知っている……!」

「何故だと思う? オールマイト」

 

 その時、オール・フォー・ワンの傍らに倒れたままの少女がむくりと起き上がった。血に汚れた、ひしゃげていないほうの白い指がコンクリートの破片が散らばる地面を引っかくように動き、這いずるように上体が起こされるものの、ばらりと広がった黒髪のせいで表情は窺えない。

 けれどしかし、物陰から様子を伺う緑谷達の心臓は、いやに早鐘を打っていた。

 

 

 ──それは、いわゆる予兆と呼ぶべきものだったのかもしれない。

 

 

「それに駄目だろう、仮にも()()()の身なら、偽名ではなく、正しい名前で呼ぶべきだ。クリスティアナ、とね。名は体を表すのだから」

 

 

 その言葉に、全員が少女の正体に気づいて顔を強張らせ、息を呑んだ。オールマイトが後見人を務める少女。そんなのは、一人しか思い浮かばない。

 体育祭でそのことを聞いていた爆豪のみならず、新幹線で神野に向かう間、星合千晶についてのゴシップ記事を読んでしまった救出組の面々も、ボロ雑巾のように痛めつけられて、無事なところなどどこにもなさそうなひどい有様の少女こそが、彼らが救けたいうちの一人だと、確信を得てしまった。

 

 

 気分はどうだい、と尋ねるマスク男に、少女──千晶は四つん這いの体勢にもかかわらずフラフラと身体を左右に揺らしていた。ゾンビやキョンシーを思わせる動きだったが、それは仕方のないことで──何故なら、彼女の左半身を本来支えるべき左足は、ないのだから。

 

 

「嗚呼──気が利かなくてすまないね、杖は要るかい?」

「……No problem. (問題ないです)Master.(先生)

 

 幽霊のように下りた髪のカーテンの隙間から漏れ聞こえた微かな音は、吹き抜ける隙間風のような、遥か彼方から届いてきた指笛のような頼りない息遣いで、その場の誰もがすぐに言葉だとは思い当たらないほどだった。

 

 指の痕がくっきりと残った、紫にどす黒く変色した喉元を見て、誰かが息を呑む。欠損部分の生々しい断面を覆い隠していた氷が融け、代わりにどぷりと真紅が溢れた。光源が少なくとも、ぬめって鈍く光る赤い液体は地面に広がることなく渦巻き、たちまちのうちに欠けた左足を模倣し複製する。

 その有様を見ていたマスク男はほお、と感心したような、玩具を見つけたような声で一声漏らした後、つくづく君は素晴らしい、とぽつりとつぶやいた。

 ものの数秒で血の義足が形成される様は、まるでスプラッタ映画を逆再生しているかのような──決して気分のいいものでは無かった。それでも目を逸らすことが出来なかったのは、オールマイトや緑谷達が知る少女の紡ぐ日本語よりずっと自然な異国語が紡いだ内容の衝撃に打ちのめされていただけでなく──ぎこちなく立ち上がり乱れた髪をうっとおしげに払った、その奥に隠されていた双眸を見て雷に打たれたように硬直していた。

 

 

 

「君が嫌がることをずぅっと考えてた……ギリギリだったけど()()()()()、時間が無かったから完全ではないけれどね……君が大事にしていた一つを壊してヴィランに仕立て上げたんだ」

「……星合、さん……?」

 

 

 

 ようやく伸び始めた黒髪に隠されていた顔は、埃と血に塗れていた。擦り傷と切り傷と青痣が白い肌を病的に彩り、黒く煤けた顔を幾筋か、涙の痕のように煤が取れた筋がつたっていた。あの美しい顔の面影もおぼろげな暴力の痕跡の中────爛々と異常なほどの光を湛えた瞳は今、目元を濃いサングラスのような色付きのゴーグルで覆ってなお、うっすらと見透せるほど、エメラルドのような鮮やかな翠に燃え上がっていた。

 

「壊して……ヴィランにした、だと……!? 彼女に何をした……!」

「何をした……ね。しかし、素晴らしい子を拾ったねオールマイト。けれど……君が見つけたせいで、傍に置いたせいで彼女は、もう一度地獄を見る羽目になった」

 

 据わったエメラルド、焦点の合わないその瞳でオールマイトやその後ろに居る爆豪、死柄木らを虚ろに眺める少女は、その生気のない肌色と相まってまるで人形のようだ。整った造形を傷で台無しにし、無表情がセットなのだからなおのこと不気味さを増している。

 目元を覆うヴィランめいた奇怪なデザインのゴーグル。喪服のような漆黒のドレスワンピースが静謐な狂気をはらんでなびく。そんな変わり果てた少女を傍らに置き、ヒーローたちの無力さを煽るため、男は高らかに嘲り笑う。

 

 

「個性、戦闘能力、状況判断能力、権謀術数……そのどれもが子どもとは思えないほどのハイレベル。敵であれば今の弔には厄介な相手だが──仲間に引き入れればこれほど心強いものはない。

 だが、彼女はそこの爆豪くんより強情でね……監禁されて視界を奪われ、複数の男に痛めつけられても悲鳴ひとつ洩らさず耐えた。指を折られ、自慢の片足を切り落とされた時でさえ、『助けて』なんて命乞いもせずにね。武器である指輪も靴も奪われまいと自分で凍らせて、痛めつける役の人間を次々氷像にするから、僕も彼女にお仕置きせざるを得なかった。その一言さえあれば、その磨き抜いた(あし)を切り落とすなんて酷いことはしなくて済んだのに。全く恐れ入るほどの精神力だよ……彼女をああしたかつてのヴィランとやらはよほど残虐だったんだろうね。

 そして──彼女は、そんな目に遭っても“助けて”と叫べないほど、頼るべきひとが居なかった」

 

 語られるのは、聞くのもおぞましい暴虐。誇りすら雑草を踏みつけるように踏みにじった、死んだほうがマシとも言える拷問の数々。手を伸ばせば、身を隠している崩れた塀の影から飛び出せば手が届く範囲にいる少女を襲った蹂躙劇。

 

 

「(星合……!!)」

「(千晶さん、そんな、あし、)」

 

 

 千晶の四肢から見て取れるその光景を想像するだけで────未だに本当の死地を目にしたことの無い緑谷達は、男の登場の時に感じた濃密な死の気配、それに対する恐怖の後、一度引いたはずの吐き気が込み上げる。何故、と行き場のない怒りが湧き上がる。こんなのあんまりだと、現実の無情さをなじる。

 

 ああ、なんて可哀想じゃないか? 自らの指示であることを棚に上げ、他人事のように揶揄交じりの声でお前のせいだとオールマイトを嘲笑う男の直線上、オールマイトや爆豪の遥か後ろで、死柄木が敵意と殺気と怨念が混じった鬼気迫る表情でメリケンカラーの背中を睨みつけている。

 茫然とした面持ちで表情を蒼褪めさせたままAFOを凝視する爆豪の数メートル先、男は言葉をつづけた。

 

「だからこちらも少々手荒い手札(カード)を切るほかなかったんだ。できれば、彼女の理性はそのまま残しておきたかった……あらゆる悪の手管を見てきた子だ、これからの弔の支えの一人になれる有用性があるからね」

 

 千晶に影響を与えたというヴィラン。あらゆる悪の手管を見てきた子ども。

 子どもたちの知らぬ深淵を語る男は、マスクに隠された素顔の下で狂気の笑みを浮かべた。

 

「幾ら普段はトラウマなど無さそうに、普通そうに振る舞っていても、そう見えても、そう簡単に人はトラウマから脱却できない。僕の個性のストックに残しておいて正解だったよ……『過去のトラウマをもう一度限りなくリアリティに本人に見せる』個性をね」

「なんだと……!?」

「あとね、念のためにクスリも使ったんだ。すべてのトラウマを再現しフラッシュバックを起こさせるには、そのために記憶を読み取るには時間が足りなかった。

 ヴィランの英才教育の賜物かな、あの子、気絶して意識を失ってる間隔が酷く短かったんだよ。催眠ガスの只中で行動できるわけだ。おかげでいつ氷漬けになるかヒヤヒヤものだった。

 だからトラウマもそれこそ()()()()のもの、()()()()()()()()()()を受けているところしか再演できなかったからね……だから個性はフラッシュバックの引き金にして、あとは幻覚作用のあるクスリを使って、」

 

 

 彼女の心に巣食う闇すべてをもう一度目の前に引きずり出した。

 

 

 

 その後は面白かったよ、と男は気味が悪いほど静かになった周囲一帯に響く声で言う。

 

「あっという間に崩れた。発狂して、理性も意識も意志もずたずたになって、そうしてこれまでの“彼女”は、自分を護るために無意識に自分で自分に催眠を掛けて、感情と記憶と一緒に内側に深く閉じこもった。

 今ここに在るのはただの残骸──」

 

 オールマイトたちの脳裏によぎる少女の笑顔が、砕け散る。

 

 

「──ただ命令を聞くだけの都合のいい脳無(傀儡人形)さ」

「なんてことを……!」

 

 絶望に見開いた青は、けれどすぐさま決意に眦を決すると、オールマイトは強く地面を踏み込んだ。

 

「おのれ、よくも!」

「クリスティアナ」

 

 一足投に踏み込み、肉薄した拳が届く前に、AFOの静かな呼びかけに応え、オールマイトからAFOをかばうように千晶が立ちはだかる。それに一瞬ひるんだオールマイトに、AFOは渦巻くように膨張した片腕を突き出すように振るった。

 さながらそれは空気砲。見えない弾丸が周囲の建物を大きく巻き込んで、遥か遠くへオールマイトを吹き飛ばした。コンクリートをぶち抜いて吹き飛んだオールマイトとその余波で暴風が吹き荒れ、ヴィラン連合の面々も吹き飛ばされもんどり打つ。

 

「『空気を押し出す』+『筋骨発条(バネ)化』、『瞬発力』×4、『膂力増強』×3。この組み合わせは楽しいな……増強系をもう少し足すか……」

 

 玩具を手に入れたように嬉しげに呟く男の傍らで、無表情に佇む千晶。人形のような佇まいの彼女の顔に、腕に、足に、見える地肌のいたるところに、不気味に赤く発光する、電子回路にも似た幾何学的な紋様が浮かび上がる。肌がひび割れているかのようなその紋様が、尋常でない事態を何よりも物語っていた。

 

「オールマイトォ!」

「心配しなくてもあの程度じゃ死なないよ。だから……ここは逃げろ、弔。その子を連れて」

 

 AFOが掲げた指先に、千晶の肌に走ったそれと似た不規則な黒い線が走り、その爪先が伸びながらパキペキ、と不穏な音をたてる。

 

「黒霧、皆を逃がすんだ」

「ちょっと! あなた! 彼やられて気絶してんのよ!? よくわかんないけどワープを使えるんならあなたが逃してちょうだいよ!」

 

 ズドン、と黒霧の身体に突き立てられた黒い爪にマグネが異論を唱える。が、それを淡々とAFOは論破していく。

 

「僕のはまだ出来たてでねマグネ、転送距離はひどく短い上……彼の座標移動と違い僕のもとに持ってくるか、僕の元から送り出すかしか出来ないんだ。ついでに……送り先は人。馴染み深い人物でないと機能しない」

 

 ──個性強制発動。

 

 グチグチと爪を突き立てられて異音を発していた黒霧の頭部の靄が一気に拡大し、死柄木たちの背後にワープの渦が生まれた。

 

「さあ行け」

「先生は……」

「逃さん!」

 

 ズドオン、と激しい音とともに舞い戻ってきたオールマイトの拳が振りかぶられる。

 

「常に考えろ、弔。君はまだまだ成長できるんだ」

「先生……」

 

 再び両者がぶつかりあう。その光景を目に焼き付ける死柄木に、コンプレスが爆豪をつれて逃げようと声を掛ける。6対1という劣勢を強いられる爆豪にオールマイトも気づくが、AFOに邪魔をされて救けに行けない。AFOを殴り飛ばして向かおうにも、時折AFOの指示を受けて間に割って入った千晶がオールマイトの拳を(エスクード)で防ぐため、千晶を傷つけまいとオールマイトも攻めあぐねる。盾を壊して千晶を掴もうとするも、その拳に『衝撃反転』の個性を掛けるAFOによって、拳が盾を砕くどころか、触れた瞬間に込めた力の分だけ腕にダメージを負わされる事態に陥っていた。

 

 

 

 

「オールマイト、星合さん……!!」

 

 苦戦する恩師と、心を壊されヴィランの言いなりになっている友人に緑谷は何か策は無いかと焦る。

 資格のない自分たちに戦うことは許されない。隙さえあればと必死に模索し続ける。何か、幼馴染と友人、二人共を救け、敵から引き剥がす道はないかと思案する。そうすれば二人の存在が足枷になっているオールマイトも全力を出せる。

 

 

 ふと、緑谷の頭に、オールマイトの空を駆けて駆けつけてきた姿が浮かんだ。

 

 

「飯田くん、皆!」

「だめだぞ、緑谷くん……!」

「違うんだよ、あるんだよ! 決して戦闘行為にはならない! 僕らもこの場から去れる! それでもかっちゃんを救け出せて、星合さんをこれ以上ヴィランの言いなりにさせない方法が!」

「……!! 言ってみてくれ」

 

 

 蛮勇ではなく策があると力強く呟く緑谷に、千晶が操られて心を痛めていた轟が息を呑み、続きを促した。

 

 

「でもこれは……かっちゃんと星合さん次第でもあって……」

 

 

 ──来んな、デク

 ──退け、死ぬぞ

 ──爆豪くん、皆に救けられんの、屈辱なんと違うかな……多分、千晶ちゃんも皆に危ない目に遭ってまで救けてほしいって、言わんと思う……

 

 

 

「この策だと多分……僕じゃ……成功しない。だから、切島くん。君が成功率を上げる鍵だ」

 

「かっちゃんは相手を警戒して距離を取って戦ってる。タイミングはかっちゃんとヴィランが二歩以上離れた瞬間。ただ、長距離から広範囲まで攻撃技・捕縛技が多彩な星合さんがどう動くかは全く読めない……僕らの知らない技で対処してくる可能性も大きい。だから、できればAFOをかばって防御行動中の方が良い。反応は出来ても僕らを止めるまでに絶対にラグが出るはずだ」

「俺たちを見て、どこまでの威力を使ってくるかも謎だしな」

「飯田さん……」

「……博打ではあるが……状況を考えれば俺たちへのリスクは少ない。星合くんという不確定要素はあるが、何より成功すれば全てが好転する……」

 

 無茶をする緑谷・轟・切島のストッパーとして同行した飯田が、冷静に緑谷の組み立てた案を吟味する。そして──

 

「──やろう」

 

 

 

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