チユ──!!!!
「ハイ、終わりだよ」
「う、ありがとうございます」
病院の特別室で療養が続いていた私は、なんとかベッドに張り付けの生活を脱して、起き上がって少しは歩き回れるようになっていた。移動するのに色々不便だがしょうがない。
出血と血法連発でまたも失血量が危険域レベルまで近づき、監禁でいたぶられて身体中に広がった内出血とまともに手当てもされなかった傷口からの感染、炎症を起こしまくっていた身体は最後の無茶もたたって、事件から3日経ってようやく目覚めた後もすぐ眠ってしまい、短い覚醒と長い睡眠を繰り返していた。
おそらく刺青の術式が異界医療の名残と合わさって、肉体の修復をするために強制的に身体の中のエネルギーを造血と回復に専念させたんだろうと思う。エスメラルダの刺青の
日中起きてられるくらいには体力がようやく戻ってきて、病院食を三食きちんと食べられるレベルには覚醒時間も伸びてきたので、ようやくリカバリーガールの治癒を受けられた。リカバリーガールの治癒は再生ではなく細胞修復能力の活性化。そもそも対価となる体力がなければ治せない。勿論、それによってもたらされる効果は絶大なのだが。
とはいえまだまだ油断は禁物と、一気に治癒せず、体力に合わせて数回に分けて治癒を施されている。神野事件でリカバリーガールも忙しかっただろうに、手間を掛けてしまって申し訳ないが、そんなことを言えば雷が落ちるのは必死なので(もっと自分を大事にしろだのなんだの)こっそり胸中で感謝と懺悔をしておく。
リカバリーガールの治癒でごっそり体力を奪われる感覚は未だに慣れない。そのままベッドに倒れ込みたい誘惑を振り切って襟元を直し、身なりを整えると鏡を手渡された。
「うーん、そのこめかみの傷だけは残りそうだねぇ」
「ああ、まぁ髪でほとんど隠れますし」
残念そうにため息をつくリカバリーガールに、気にしないでとひらひらと手を振った。そんな私の軽い態度に、もう一つため息が落ちた。
確かに鏡の中の私を見返せば、左のこめかみから目尻にかけて傷跡が残っていた。合宿所で脳無軍団の襲撃を受けた時、脳無の持っていたチェーンソーを避けきれず、かすって出来た傷だ。普通の切り傷と違って、ああいった刃物は断面がぐちゃぐちゃになりやすい。その後ろくな手当もされずに放置。衛生的に最悪な廃ビルで拷問を受けたため傷が化膿して、こうして残ってしまった。
まあでも顔面にチェーンソーぶっこまれる危険に比べたら安い代償である。というか、牙狩りの常識的にこの程度の生傷は日常茶飯事なので気にもとめない。背中の傷とて、周囲に与える影響を考えて隠しているだけで、私自身にとっては毎日向き合うもの。すでに何かを思うほどの感傷は通り過ぎている。
幸い、スティーブンのように目立つ大きな傷ではない。兄妹揃ってスカーフェイスになっちゃったなあと苦笑した。きっと、この傷を見たらスティーブンとK・Kが卒倒しそうだ。色んな意味で。
「アンタはまたそう言って……まぁいいよ、あと治癒も一回くらいで良さそうだねぇ」
「ドクターも快方に向かってるって言ってました」
「そうかい。まぁでも無理は禁物。焦らず調子を取り戻して──」
そうリカバリーガールが言いかけたその時、ノックの音が響いた。どうぞ、と声をかければ、ひょこりと顔を出したのは塚内さんだった。
「ああ、治癒中でしたか。出直しましょうか」
「いんや、今終わったところだよ」
「なら失礼します。星合くん、身体の調子はどうだい?」
「まあまあです。寝すぎて身体が重だるいぐらいですよ」
「ハハハ、そりゃいい。じゃあ雄英に行こうか」
「わたしゃもう少しこの病院の患者の治癒をしてから戻るよ」
リカバリーガールと別れ、塚内さんと退院手続きをして、塚内さんの車(目立たないようにだろう、パトカーでなく私用の車だった)に乗って、病院から直接雄英に向かう。
神野事件から一週間と少し。神野事件の影響から、生徒の安全のため雄英高校は全寮制に方針を変更。ヒーロー科一年A組も、今日が合宿以来の全員が集まる日だった。
「ギリギリ間に合った……」
「ずっと気を揉んでたもんな」
「
それに……A組のみんなにも心配をかけている。結局、覚醒時間が安定せず、熱が長引いたせいで面会に関してドクターストップが続き、今日の今日まで誰とも会えていない。スマホも神野事件で壊れていたため、連絡もままならなかった。幸い、データは定期的にバックアップを自宅のラップトップに取っていたので被害は少ないが。
入院の無聊の慰めは、見舞い品や手紙を見ること、オールマイトや相澤先生が持ってきてくれた本ぐらいだった。中にはコウタからの手紙もあり、生きててくれてよかった、またよければ遊びに来てほしいと子供らしい丸っこい、一生懸命さが伝わる字で書かれていた。長期休みの外出が許されるなら行きたいところだ。
着いたぞ、という声に顔を上げれば、なんだか懐かしく感じるH型の校舎と雄英ゲートが車窓越しに見えた。事前に訪問手続きはしてあったのでスムーズに塚内さんも中に入り、生徒玄関に向かっていると行き先からミッドナイトが走ってきた。
「千晶ー! 待ってたわよ!」
「わ、ミッドナイト。苦しい」
ぎゅうとハグをされるのも久しぶりだ。あまりの力強さにミッドナイトの腕をタップすると、耳元で「おかえりなさい」と、ありったけの心配と喜びを詰めたような声が響いた。それを聞いて、私も息苦しさを忘れてへにゃりと笑った。
ミッドナイトが出迎えてくれたことで、塚内さんがお役御免とばかりに、じゃあ僕は行くよ、と言って去っていった。移動中の襲撃防止のためにわざわざ車を回してくれた保護者に頭を下げ、ミッドナイトと共に玄関に行く……と思いきや、そのまま寮の方に向かうことになった。なんでも、もう相澤先生とクラスメイトたちは先に向かっているとのこと。……出遅れた。
道すがら、ミッドナイトから説明を聞く。寮は雄英敷地内、校舎から徒歩五分。築三日のできたてホヤホヤ。神野事件から一気に三学年、全学科の全クラス分の寮を建てているのだから、雄英の資金力に驚けば良いのか、こっちの世界の建築技術を称賛すべきか。
寮生活ということで、クラスメイトたちとこれから共同生活になるというワクワクもあるが、一抹の不安もある。恐らくこの措置は内通者探しのためのもの。生活範囲を限定し、あえて内通者を泳がせてあぶり出すための罠の事前準備と思うと複雑ではある。
「見えてきたわ、あれが今日から千晶の住む寮、ハイツ・アライアンス!」
「うわ大きい……
えっちらおっちら苦労しつつ歩くこと数分。ミッドナイトがオーバーリアクションで指し示した寮には、確かに全面にデカデカと1-Aの文字がある。……防犯的にそんなでっかく表示していいのだろうか。 ピンポイントで狙われない?
そんな疑問が浮かぶものの、その寮の前に見覚えのある後ろ姿が集まっているのを見て心と足取りが軽くなる。相澤先生と目があった。
「来たな、星合」
そのつぶやきに、相澤先生に向かい合って立っていた20人が勢いよく振り返った。こわい。
「星合くん!」
「星合さん!」
「千晶ちゃん!」
「やぁ」
それぞれが私の名前を呼ぶが、すぐにその明るい顔がしぼんで、ある一点に視線が集中する。
その一点とは……私の左半身。左だけ松葉杖を突く私の左足の部分に収まっていたのは、プラプラと不安定に揺れる
皆の表情からは、神野で足を失ったはずの私に足がひっついていることへの驚愕が見て取れた。男子は特に左足に這う炎のような、薔薇のような流線型の赤い紋様にも絶句しているようだった。
「星合さん、その左足は……?」
「ああうん、聞きたいことたくさんあると思うけど前向いて? 相澤先生の圧が怖い」
物言いたげなクラスメイト達には悪いのだが、話を進めたい相澤先生の眼光がどんどん鋭くなっているので話をぶった切る。
ミッドナイトに送り出され、集団の後ろの方にいた切島くんの隣に慣れない松葉杖を突きながらとろとろと近づき、相澤先生の話に耳を傾けた。
「とりあえず、1年A組、無事にまた集まれてなによりだ」
「皆許可下りたんだな!」
「私は苦戦したよ……」
「フツーそうだよね……」
「二人は直接ガスで被害に遭ってたもんね……」
「無事集まれたのは先生もよ。会見を見た時はいなくなってしまうのかと思って悲しかったの」
「……俺もびっくりさ。まぁ、色々あんだろうよ」
色々のあたりで私の方を見た相澤先生。……なんか含むものを感じたのは気の所為じゃなさそうだ。他の皆も声には出さずとも、私と左足にチラチラ視線を向けている。
……そうだ。もしかしたらここに私がいない未来も、きっと皆は想像したに違いない。私が色々規格外でなければ、左足を失った時点でヒーローへの道を閉ざされ退学していても、おかしくはなかった。エクトプラズム先生のようにヒーローになってからヴィランとの戦闘で足を失ったのならともかく、15歳という若さで足を失ったら相当なハンデを背負うことになる。
それだけヒーロー免許の合格率は低く、合格しても活躍するのは一握り。第一、蹴り技で戦ってきた人間が片足折られたら、精神的にべきべきに折られて当然といえばそうなのだが。
「さて、これから寮について軽く説明するが、その前に一つ。当面は合宿で取る予定だった”仮免”取得に向けて動いていく」
「そういやあったなそんな話!」
「色々起きすぎて頭から抜けてたわ……」
またもざわつくA組だが、大事な話だ、いいか? と遮られたことでおしゃべりが止む。
そして呼ばれたのは、あの夜、神野に私と爆豪の救出に動いた5人の名前。報道されていない「神野事件の夜に救出に向かった」という事実を告げた他のクラスメイトたちの反応は単純な驚愕ではなく……困惑?
普段のリアクションを考えれば、驚愕をしそうなクラスメイトたちが浮かべた「まさか本当に行ったのか」といったニュアンスの表情に、相澤先生は確信を強めたらしい。
「その様子だと行く素振りは皆も把握していたワケだ。色々棚上げした上で言わせてもらうよ。
オールマイトの引退がなきゃ、爆豪・星合・耳郎・葉隠以外、全員除籍処分にしてる」
「!?」
個性把握テストの最下位というハードルよりもずっと重い審判に、クラス全体に動揺が広がった。
「彼の引退によって、しばらくは混乱が続く……ヴィラン連合の出方が読めない以上、今雄英から人を追い出すわけにはいかないんだ。行った5人はもちろん、把握しながら止められなかった12人も、理由はどうあれ、俺達の信頼を裏切ったことには変わりない。正規の手続きを踏み、正規の活躍をして、信頼を取り戻してくれるとありがたい。
以上! さっ、中に入るぞ、元気に行こう」
『(いや待って行けないです……)』
「(切り替えはや……)」
一気にお通夜ムードになった周囲に、原因側の私は何もフォローできない。相澤先生の気持ちも、皆の気持ちも……どっちも分からなくもないのも、もちろんある。
微妙な胸中のまま黙っていると、少し離れた場所にいた爆豪がふと不機嫌そうな顔をしたかと思うと、上鳴くんの首根っこを掴んでずるずると茂みに連れ込んだ。何だなんだと見守っていた矢先にほとばしった電撃。その後勢いよく現れたのは、放電しすぎてアホモードになった上鳴くんだった。
突然の爆豪の奇行に困惑が広がる中、上鳴くんのアホモードに対して笑いの沸点が低いキョウカがツボっている間に、爆豪が切島くんに万札を数枚突き出した。切島くんも心当たりがなにかあったのか驚いた様子を見せたのに、「いつもみてーに馬鹿晒せや」と万札を押し付けていく。
爆豪なりにクラスの雰囲気を明るくしたかったのだろう。不器用で、爆豪らしいやり方だった。上鳴くんもそれをわかっているのか、ウェイウェイと飛び跳ねてクラスの笑いを誘っている。
……ああ、ほんとうに。帰ってこれて、よかったなあ。
少しずつ笑いを取り戻していく皆に混じって、私もクスクスと笑うのだった。
そんな茶番をはさみ、いよいよ寮に踏み込んだ。
「一棟一クラス、右が女子棟、左が男子棟と分かれてる。ただし一階は共同スペースだ。食堂や風呂・洗濯はここで」
「広っ、キレー! そふぁああああ!!!」
「中庭もあんじゃん!」
「豪邸やないかい」
踏み込んだ一階はソファースペースや食事のためのキッチン、テーブルセットなど21人が暮らすのに十分な家具を揃えてもなお広々とし、中庭に面したガラス窓から燦々と夏の日差しが差し込んで明るい。安定の峰田の変態発言はさておき、エレベーターで2階に上がる。
「部屋は二階から。1フロア男女各4部屋の五階建て、一人一部屋、エアコン、トイレ、冷蔵庫にクローゼット付きの贅沢空間だ」
「ベランダもある、すごい」
「我が家のクローゼットと同じくらいの広さですわね……」
「豪邸やないかい」
高校生に与えるワンルームにしては広々とした空間をウォークインクローゼットと比較するモモに、お茶子がコミカルな動きで倒れるフリをする。確かに、この広さがクローゼットと同じということは、他の部屋はもっと広いということだ。ブルジョワ……。
「部屋割りはこちらで決めたとおり。各自事前に送ってもらった荷物が部屋に入ってるから、とりあえず今日は部屋作ってろ。明日、また今後の動きを説明する、以上、解散!」
『ハイ先生!』
なんとなく、いつもより元気で一糸乱れない返事だった。
「モモと梅雨ちゃんが同じ階か」
「お隣、よろしくおねがいしますわ千晶さん!」
「けろけろ、よろしくね、八百万ちゃん、千晶ちゃん」
相澤先生から受け取った部屋割りでは、棟が分かれているとはいえ危険人物の峰田の侵入を阻むためか、2階に女子は入らず、エレベーターに近い側の部屋から並んで5階にモモ、私、梅雨ちゃん、4階にお茶子とミナ、3階にキョウカとトオルが割り振られている。
男子は5階が砂籐くん、轟、瀬呂くん。4階に障子くん、切島くん、爆豪。3階は口田くん、上鳴くん、飯田くん、尾白くん。2階にイズク、峰田、青山くん、常闇くんとなっていた。
「千晶ちゃん、大きい家具動かすとき、うち手伝うよ! うちの個性やったら大きいのラクラクに動かせるし!」
「ほんと? 助かるよ」
「病み上がりですもの、無理せず仰ってくださいね」
「ありがとう。代わりといったらなんだけど、高いところになにか取り付ける時は言って。血の腕出すぐらいなら支障はないし」
久々に女子の皆と話しながら、それぞれの階に分かれていく。5階にたどり着き、モモや梅雨ちゃんと分かれ、もらった鍵をドアに差し込み中に入ると、ダンボール箱がいくつも積み上げられていた。入院していて荷造りどころでなかった私の代わりに、ミッドナイトやオールマイトが荷造りをしてくれたのだ。ありがたい。ちなみにミッドナイトは服や下着類、あと色々細々としたものを詰めるために手伝ってくれた。流石にオールマイトに衣服類を任せるのは悪い。
ぱたんとドアが閉じて一人になった瞬間、気が抜けた。ドア伝いにずるずると床に座り込んで、額を手で覆った。長い長い溜め息が、肺から漏れる。
「……よかった」
受け入れて、もらえた。
我ながら単純だが、安堵で目尻に涙がにじんだ。ついつい涙もろくなってしまっているのを自覚して、慌てて目をこする。
いくら建前とはいえ、やっていたことに関してはあながち間違いでもない秘密を知ったはずの彼らに拒否されることが、チンピラどもやAFOから受けた暴力よりも、民衆からの心ない声よりもずっと、私には怖かったのだ。誰も彼も優しいから、いきなり暴言を投げつけられることはなくても、無意識に態度で嫌悪を示されたら、いよいよ私は誰も信じられなくなっただろう。入院中、相澤先生やオールマイトにいくら問題ない、大丈夫だと励まされ諭されても、私はずっとずっと、怖かった。
肺の底まで息を吐き出して、天井を仰ぐと後頭部がごつんとドアにぶつかった。……見知らぬ天井、見慣れない空っぽの部屋。今まで住んでいた部屋より少し小さいこの部屋が、これからの私の家になる。
「よし、やりますか」
気合いを入れてぱっと立ち上がった私は、段ボールへと駆け寄った。