──生まれを呪った、親を憎んだ、血を疎んだ。ああそうだ、私に綺麗なものなどこれっぽっちもないとも
血を吐くような声が、悲しいことを口にする。
そんなことはないと言えたらどんなに良いだろう。
生きていることを素直に喜べないほど酷い姿で、なおヴィランに、化物に立ち向かっていく姿は、カッコいいのかもしれない。凄いとは思う。
でも、片足失って、指さえ数本ひしゃげた酷い姿で、無理を重ねる姿を見ていられなかった。
「星合、もういい、これ以上、無理しないでくれ……」
家のテレビの画面越しにしか、無事を祈れない俺の声は、届かない。
雄英には幾つもの屋内トレーニング施設が完備されている。体育館や実地訓練用の演習場といったヒーロー科に優先して使用を割り振られる施設以外にも、ヒーロー科以外の生徒が使えるトレーニング施設は多い。
俺がいたトレーニングルームもその一つだ。星合が俺の強化訓練のために、夏休み前からスケジュールを立てて施設の使用許可を取ってくれていたから、俺は使用できる時間いっぱい、ほとんど無心でトレーニングに没頭していた。
寮が居心地が悪かったってのもある。クラスメイトとの関係は良好だ。星合を通して俺とも交流を持ってくれた、洗脳を怖がらずに普通に接してくれる奴らだ。
感謝はしているが……けれど、星合が連れ去られて、内通者かもしれないというデマをメディアが流した時、あいつを否定して侮辱するようなメッセージを流したやつも居た。不安だったのかもしれないが、それでも、これまでの付き合いを裏切るような無責任な発言に腹がたった。その後、あの星合の力強い宣言に、強すぎる個性の力に、誰もが興奮して狂乱して、神野事件が終わったあとも興奮冷めやらぬといったふうに、手のひら返しであいつを讃えたから、なおさら。
……それに、度重なる1年A組へのヴィラン連合の襲撃によって、夏休み中に急に全寮制になったことに対する不満がクラス内に漂っていたのも、居心地の悪さに拍車をかけていた。共同生活だって、最初はワクワクが勝るかもしれないが、良いことばかりじゃない。
ただでさえ長期外出を自粛するよう求められた夏休みに不満が上がっていたのに、全寮制によって、ちょっとした外出さえ気軽にできなくなったことへの不満。
なんでヒーロー科のせいで俺らまで。
びっちりスケジュール組んでいた奴ほど、急な予定変更を強いられてそんな風にフラストレーションを溜めていた。
その行き場は学校だけじゃなく、A組にも矛先が向いていて。内通者の疑いが晴れても、爆豪や星合が捕まりさえしなければなんて愚痴をもらすクラスメイトさえいた。
だからずっとトレーニングルームに籠もっていたのだが……
「ああ、ここに居たのか」
ひょっこりと顔を出した友人に、思わず動かし続けていた足がもつれそうになるほど驚いた。
「は、な、星合……!!??」
「そんなゴースト見たみたいな反応しなくても」
前触れ無く、以前通りの顔で姿を見せた星合に驚かないでいられるわけがない。それこそ、幽霊を見たような反応だっただろう。
大人びていて穏やかで、どこか斜に構えているようで、それでいてどこか温かで、妙な愛嬌のある笑顔をたまに浮かべる星合のあまりに変わらない雰囲気に、鼻がつんとした。
ランニングマシーンの上で転けそうになった俺に大丈夫? と差し出された手や腕に、もうあのおびただしいほどの傷は無く。血や青あざまみれだった顔はすっかり元通りで。
だけど視線を下ろせば、両手に松葉杖を突いていて、失われたはずの足がくっついていて。
赤い刺青が這う左足、その太腿辺りに残っている切断された痕。
変わっていないことに安堵して、変わったことを目の当たりにして、それでも俺は。
どんどん俯いていく俺を覗き込むように下から見上げていた星合が、ふと、くしゃりと擬音がつきそうな苦笑を浮かべた。微かな呆れと、ほんの少しの喜色まじりのそれは、声にも表れていて。
「君の痛そうな顔の方が、堪えるなあ」
「ばかやろう、そうじゃねえだろ……」
お前のほうが、ずっとずっと痛かったはずだ。怖かったはずだ。
脚を斬られて、あんなヤバいヴィランに殺されそうになって。
立ち向かえるほど圧倒的な力があるから、なんて関係ない。お前は、お前は何も感じない人形でも、笑い続けていられる偶像でもないのに。
オールマイトの意志を継ぐ次世代の希望、新たなニューヒーローの到来なんて持て囃す無責任な世間の称賛なんてふさわしくない。氷の女王と畏怖する呼び名も、こいつのことを何も分かっちゃいない。薄っぺらだ、そんなもん。
怪物を一撃で封殺する圧倒的な個性なんてどうでもいい。その心ひとつで生死を自在に与えることさえ出来る個性であっても、たとえその力を揮う姿が人ならざる神々しさとして目に映ったとしても。
お前は、ただの高校生で、俺の、大事な友達なのに。
平気なはずないのに、お前があんまりにも普段通りすぎて。あんなことがお前にとっての普通であることが、哀しい。
……俺は、お前が無事で帰ってきてくれさえすれば、それ以上いらないぐらい、無事を待ち望んでいた。
「……おかえり」
ぐずぐずとみっともなく滲んだ声の俺に、驚いたように星合は俺をじっと見て、張り詰めた糸が緩むようにわらった。
「ただいま」
控えめに繋いだ手が温度を持っていることに、何より俺は安堵してしまう。
なんとか水っぽくなった空気が普段に戻った頃、俺はふと、当然思い浮かぶべき疑問に思い当たる。
「……なんでここが分かったんだ?」
星合のスマホには、神野事件以降連絡はつかなかった。多分あの一件で壊れたんだろうというのは想像がつく話で、だからこそ、クラスも違う俺には星合の状態についての情報がほとんど入ってこなかった。星合以外のA組の知り合いもいないし。トレーニングに通い詰める間に偶然すれ違った相澤先生にどうしているか聞いて、入院が長引いていることをやっと知ったくらいだ。
だからこそ、あれだけ星合の登場に驚いたのだが、そもそも疑問に思うべきだったのだ。……なんで居場所を知ってたんだろうか、と。
そうしたら、あっけらかんとした返事が飛んできた。
「ああ、シンのクラスメイトに聞いた。ずっとトレーニングルームに引き籠ってるって。なんか気まずげだったけど」
そりゃそうだろうな、とは思う。あんだけ色々好き勝手言ったあとだ、本人の来訪にキョドらないわけがない。
それよりも、とジト目でこちらを見やった星合が顎に手を当てた。
「渡したメニューこなすのは良いけど、オーバーワークは駄目だよ。そうならないギリギリで組んでるのに」
パッと一瞥しただけでそこまで見抜くか、お前。行き場のない言葉がぐるり、胸の裡で転がった。呆れたら良いのか驚いたらいいのか。まぁ、合理性の塊らしい相澤先生に俺がやっているトレーニングメニューを提出して、プロヒーローから問題ないと速攻で突き返されるようなものを計画するぐらいだから、納得もできるが。
「一回限界まで筋肉ブッチブチに引きちぎって強くさせるのが目的だけど、シンの場合、急激にそれやっちゃうと反動がきつそうだからなぁ。動けなくてその分筋肉が衰えるんなら、地道に積み重ねてったほうがプラスだし」
「……そうなのか」
「うん。まぁ、徐々に効果が表れてるようで何よりだけど」
確かに、鏡の中に映る自分は、夏休み前と比べたら一回りデカくなっている気がする。主に肩周りとか、腕とか。半袖でさえ服によっちゃキツイのが出てきたから、きっと長袖はもっと使い物にならないものが出てくるんだろうと思う。全替えは高校生の財布には痛い出費だが、それも嬉しい悲鳴ではある。その分だけ、着実に夢に近づいている。それこそ、星合が夏休み前に言ったとおり、見違えるような姿になっている、なによりの証拠なのだろうから。
「寮に入る時、クラスのやつにゴツくなったなって驚かれたよ」
「シンは
その調子、と笑いながら、俺にクールダウンのストレッチを促す星合。億劫そうな松葉杖を放り出して、星合も関節を無視したように、べったり床に張り付くような柔軟性を見せながらストレッチする姿に、ぎゃあとか悲鳴を上げながら笑い合う日々が、いつまでも続けばいい。
……そしていつか、テレビ越しではない、同じ土俵、声の届く隣に立てたらと思いを馳せて、俺は目を閉じた。