別段、変わった生活では無かった筈だ。
朝は目覚まし時計の音に目をこすりながら起き出し、朝飯を寝ぼけ眼で口に突っ込む。顔を洗ってもスッキリしない頭をかきながらアクビをして学校に向かう。勉強は退屈で、たまにある体育のサッカーとかは張り切ったり、不味い給食を流し込んで午後の授業は半分寝てる。
放課後は適当に友達と寄り道して買い食いしたり、溜まり場で騒いだりダベったり。
家に帰れば宿題して夕飯食べて、バラエティ番組とニュースを見たら風呂に入って寝る。
そんな日々のはずが……
「息子よ、起きなさい。16歳の誕生日の日ですよ」
母親の声で目覚めるのは何年振りか。
確か父親との日課を始めたのが小学生前だから、八年振り位か。
しかも、母親の声がというか発音というか。
「何でそんなロボっぽい喋りなん?」
布団から上体を起こし、母親を見上げながら首を傾げる。
「ロボって……そんなレトロな単語、私でも使わないわよ。あんた何歳よ」
「16歳ですがな」
あんたが当に言ったばかりでしょうに。
「そう、16歳。16歳になっちゃったのよね……ウウッ!!」
急に口元を両手で抑え、咽びなくマイマザー。何この、16歳になったら悪いような空気。
「起きたか、息子よ」
いつの間にやら、父親が母親が開けただろう部屋の扉の前に居た。
「お早う。えっと、16歳になってごめんなさい?」
とりあえず、布団から起き出して頭を下げながら謝ってみる。
「お早う。理由も無く謝ると腹を立てる人が多いから気を付けた方がいいぞ」
だよね。俺もムカつくと思う。
母は未だに咽び泣いています。
「まあ、母さんは落ち着かせておくから顔を洗って来なさい」
父の言葉は、母親が横で泣くという何か理不尽なまでに居心地悪かった俺には天使の福音に聞こえた。いそいそと洗面所に向かう俺と入れ替わり母の横に寄り添う父。夫婦仲が良いのは一つの幸せだね、うん。
「勇者ですか」
「うん、勇者なんだ」
落ち着いた母を隣に正面で焼きじゃけを頬張る父。俺は豆腐とワカメの味噌汁をすする。
母は食欲がわかないらしい。
「母さんの家系は代々、勇者の血を伝える家でな。16歳になったら旅に出る義務があるそうだ」
すげぇ伝統だな。学歴は義務教育だけで充分と言わんばかりの伝統だ。
「へぇ、母さんも旅に出たんだ? 」
箱入り娘から見合い婚したとばかり思っていた母さんの意外な過去である。
「母さんは女だから勇者の義務無かったの」
……まあ、年頃の娘が住所不定なのは不味いよな。というか、
「何故、そこで伝統を断つという英断が無かったのかと……!!」
「まあ、色々とあるんだよ」
くそっ、何てままならない世の中なんだっ!
「でも、魔王とか居ないのに勇者とか何すればよかですか? レベル上げ?」
職業:勇者、とか固定されてしまうと取り合えずレベル20を目指して転職を目指すしかないのか。世界を平和にするためでなく、転職するためにするレベル上げ……切実だが、心底やる気が出ねぇ。
「いや、魔王は居るんだ」
「うっそ、じゃあ世界から戦争が無くならないのはそのせいか!?」
おのれ魔王、許せん!!
「いや、それは人間が勝手にやってるだけだから関係無い」
ごめんなさい魔王さん、人間って馬鹿よね。
「今の魔王は非戦争派が主流でな。レーティングゲームという死者の出ないゲームで代理戦争をやっているようだ」
本当、人間って……悪魔より悪魔らしいですよね。
「じゃあ、世界は平和……ではないけど勇者は必要無いんじゃない?」
無理くり必要があるとすれば、伝統技能とかで人間国宝でも狙わない限りは要らないものではないだろうか。
「それがそうもいかなくてな……」
何やら含みがある父の説明によると、大昔の天使と悪魔と堕天使の大戦争でそれぞれの勢力が主要な戦力や幹部が失われ、勢力維持が不安定になっているとか。
本来なら各勢力の上層部が適当に対立やら同盟やらを政治的に行い、各勢力の交流を保ったり、過激派のガス抜きを行うのだがそれらを主導出来る状況では無いらしい。
一応、各勢力のトップは居るのだが父曰く
「年齢は積んでも腹黒さと狡猾さが足りん」
とか何とか。勇者の(血筋を引く妻の)夫としてその発言はどうかと思ったが、本当に人間って悪魔より悪魔らしいよね。
で、勇者のやる事って何よ。魔王倒さなくていいならエンディングの無い作業ゲームになってしまうのではないか。
その俺の言葉に、父は涙を貯めた目で声を震わせて応えた。
「人間代表として独りで戦い抜いて人間の尊厳を守り抜いて下さい」
……………意味が判らないよ。
まあ、つまり神器やら神滅具とかいう凄い能力を人間は潜在的に保持してる可能性の宝庫という事を悪魔達は知ってはいるが、所詮は人間という風に見下されているのが現状。人間でいえば、石油やダイヤを地面から掘り出すようなもんで悪魔達の間で競争やら対立やらはあっても地面に人権は無いといった所か。
成る程、格差社会の波は人外にも及ぶに至ったり。というか、社会という枠組みは人間も悪魔も大差無い形に為りやすいだけか。
というか、何故に勇者だけが単身特攻なのか。
軍隊呼べよ軍隊。
「悪魔に科学兵器は無力なんだよ…」
世界は平等じゃねぇな……
さて、一気駆けが決まったらまずは装備を整えるべし。いくら人間賛歌は勇気の賛歌といっても武器や防具は装備しなければ意味が無い。伝説の装備を所望する!
父は力強く頷き、台所の地下スペースから何やらゴテゴテしい剣やら何やらを取り出す。
ぬか漬けか何かじゃないんだから……とは思ったがそれっぽい派手な鎧とかにテンションは上がる。やはり、俺も男の子。伝説とかには弱いぜ。
「まずは神護の兜。神の加護により軽く、あらゆる呪いや精神的な攻撃を跳ね返していた……らしい」
すげ……え?
「次は魔神現身の鎧。魔王を越える魔神の姿を象り、あらゆる脅威や物理的な攻撃を耐える不動の守りがあった……らしい」
………
俺の沈黙に悲しみを越え、哀しみを交え始め心無しか手も震え始めた父の説明は続く。
「次は堕ちた天使長の焔剣で……」
精霊神のアクセサリーとか、ファンタジーでファンタジックな名称の物品がズラリと並べられた我が家のダイニングテーブルを前に父は、俺は、何時からか判りきってしまった終りに向けて確認の会話を交わす。
「息子よ、私は最後にお前に世界の秘密を伝えねばならん」
「……うん」
それはきっとこの世の常識を覆す大それたとてつもない秘密で、知ったとしても墓場まで持って行かなければならない大事なのだろう。
だが、知った瞬間、墓場行きになる事もままある訳で。
「これら神性を持つ武具を纏えるのは勇者のみで、だからこそ判る。判ってしまう事がある」
うん、他の人間は判らないもんね。
「悪魔も天使も堕天使も隠し通せていると思っている。勇者が必要なかったここ数百年、勇者は表立って現れていなかったからだ。母さんの家系に男児は産まれなかったから、勇者の家系も見て見ぬ振りをしていた。だが……」
俺はテーブルの上を見る。砕けず、朽ちないはずの錆びてボロボロになった伝説の装備という名の鉄屑を。
「息子よ、お前は産まれた。そして、勇者を名乗るべき16歳になった。だから伝えよう、世界の秘密を」
神は死んだ
この世界は勇者に余りにも優しくない。
続かない