東方転霖堂 ~霖之助の前世はサモナーさん!?~ 作:騎士シャムネコ
長くなったので分けました。
忌々しい時期がやって来た。
前世において僕がもっとも忌み嫌っていた冬の一大イベント、クリスマスの季節がだ。
僕が前世でクリスマスを嫌っていた理由は……今更思い出したくもない。今生を過ごした時間を考えれば、もう数百年も前の話だ。一応の決着はついたし、今更蒸し返す意味も無い。
ただ、僕の感情がクリスマスを受け付けないだけだ。
幸い幻想郷にはクリスマスの文化が根付いていないし、人里に赴いて前世で見たようなクリスマスの飾りを見る事も無いだろうから、今年の十二月二十四日、二十五日はただの冬の一日として、心穏やかに過ごせることだろう。
……そう思っていた。そう思っていたのだが、はぁ。どうしてこうなってしまったんだ。
僕が何故嘆いているのか、話は数日前に遡る。
十二月も半ばを過ぎ、もう直ぐ今年も終わる。
幻想郷の冬は、前世の世界とは違い静かで穏やかなものだ。と言っても、外の世界なら前世の頃とさほど変わらないだろうが。
昨晩降った雪で幻想郷は白く染め上げられ、外からは雪や氷を司る妖精たちのはしゃぐ声が聞こえて来る。
こんな日は、ストーブで暖まりながら本を読むに限る。ちなみに読んでいるのは『セラエノ断章』という魔導書で、『グラーキの黙示録』同様無縁塚で拾って来た物だ。
「ふむ、『クトゥグアの招来』に『黄金の蜂蜜酒の製法』か。 ……実に興味深い」
「おーい、香霖ー!」
「む、魔理沙か」
読書を中断し、呼んでいた魔導書を魔法を使ってアイテムボックスの中へ転移させる。
これはゲーム時代に無かった、僕の能力の一部である魔法スキルと、この世界で培った魔法知識を組み合わせて出来る様になった小技の一つだ。中々に重宝している。
僕は何事も無かったかのように飲みかけのお茶に口を付けると、ズカズカと遠慮なく店に入って来た魔理沙に声を掛けた。
「……こんな雪の中どうしたんだ? 暖房にしろ、雪かきにしろ、大抵の事はミニ八卦炉出来ると思うが。それとも、いつもの暇つぶしか?」
「まぁ、そんなところだぜ」
僕の質問に適当に返した魔理沙は、勝手知ったると言う様子で居間へと上がり込み、湯飲みを持ってくると僕がお茶を淹れるのに使った急須にストーブの上の薬缶からお湯を入れて、自分の分のお茶を淹れた。
お茶を飲んで一息ついた魔理沙の様子は、まるで自宅にいる様な安心感さえ感じさせた。
本当は注意した方が良い事なのだが、最近は当たり前の光景になり過ぎて素で注意するのを忘れている時がある。慣れって怖いなぁ。
お茶をちびちび飲んで温まっていた魔理沙は、不意に僕に訊ねて来た。
「―――なぁ香霖、サンタクロースって知ってるか?」
「………サンタ……だと……?」
馬鹿な、何故その名前が幻想郷で出て来る!?
僕が驚愕により言葉を失っていると、そんな様子には気づいていないのか、魔理沙が話し始めた。
「……一応知ってはいるが、どこで魔理沙はサンタクロースの事を知ったんだい?」
「この前紅魔館に行ったとき、レミリアと咲夜から聞いたんだよ。外の世界じゃもう直ぐクリスマスって祭りがあって、その日の夜にサンタクロースって言う爺さんが、持っている袋を使って何でも願い事を叶えてくれるんだろ?」
「願いを叶えてくれるんじゃなくて、子供が欲しいと思った物をプレゼントしてくれるんだよ」
微妙に情報がずれていた。レミリアと咲夜が大雑把に説明したのか、魔理沙が早合点したのかは知らないが、一応訂正しておく。
サンタクロースの袋の中には、子供たちへのプレゼントが詰まっているのだ。願いを叶えるなんて効果は無いはず……?
いや、見方を変えれば、あれが欲しいこれが欲しいという子供たちの願いを叶えるのが、サンタクロースのプレゼント袋と言える。
そもそも世界中の子供たちの欲しがる物を予め調べて詰め、一晩の内に配り終える等、土台不可能な話だ。
しかし、プレゼント袋に願いを叶える機能があるのなら、それも十分可能な話なのでは?
魔理沙の発言から、サンタクロースの新たなる可能性についての考察が広がったが、魔理沙は僕の様子に「ああ、またか」みたいな顔をして、そのまま話を続けた。
「そうなのか? けどまぁ、欲しい物をくれるって言うんなら似たようなもんだな。確か靴下を飾ると出て来るんだろ? 出て来たところを取っ捕まえれば、欲しかったあれやこれやが何でも―――!」
「魔理沙。残念ながら、君の所にサンタは来ないよ」
「……え?」
幻想郷ならサンタも現れるかもしれないが、少なくとも魔理沙の元に現れる事は無い。その事をしっかりと説明する。
「サンタクロースは、一年間良い子にしていた子供の元に現れ、その子の欲しい物をプレゼントしてくれるという存在だ。魔理沙のこの一年の行動を考えれば、おのずと答えは判るだろう?」
「わ、私は別に悪い事なんてしてないんだぜ!? 異変解決だって頑張ったし……」
「じゃあ聞くが、紅魔館に入った理由は何だ? 死ぬまで借りると言っていた本は、ちゃんと了承を得たのか?」
「……さ、最近は読み終わった奴から少しずつ返してるんだぜ。パラケルススやオイレンたちに怒られるから」
「だが新しく強奪し続けているんだろう? 全部の本をパチュリーに返して謝ってから、来年頑張るんだね。今年はどう足掻いても無理だよ」
僕がバッサリ切り捨てると、魔理沙は肩を落としてとぼとぼ帰って行った。
少し厳しい言い方だったかもしれないが、サンタクロースには良い子にプレゼントをくれる赤い通常のサンタの他に、悪い子を攫ってしまう黒いサンタも居るらしい。
幻想郷なら、そちらのサンタが現れてもおかしくないし、魔理沙がその被害に遭う可能性も十分にある。
今から改善しておけば、十分に危険は回避可能なのだ。ここは厳しく言わせて貰う。
そんな風に考えていると、店の扉が開き新たな人物が入って来た。
「こんにちは霖之助さん。この間レミリアたちから聞いた話なんだけど、サンタクロースって知ってる?」
霊夢、君もか。
魔理沙が去り、続いて現れた霊夢もまた魔理沙の様に肩を落として帰った後、僕は一人お茶を飲みながら、再び魔導書に目を通していた。
「クリスマス、か。この幻想郷でもその言葉を聞くようになってしまったか、複雑な物だ……」
「―――貴方の前世のトラウマだものね。今生では関係無いとは言え、あんなことがあったのですもの。仕方の無い事だわ」
「紫―――」
いつの間にか、スキマから上半身だけ身を乗り出した紫が、僕の直ぐ隣に浮かんでいた。
そう言えば、彼女は僕の記憶を読み取っていたのだったな。ある意味、煙晶竜以上に僕の事を良く知るのが彼女だ。
僕のクリスマスに関する前世の嫌な記憶について、彼女が知っている事に驚きは無いが。彼女が態々その話題を出してくるとは思わなかった。
「意外だね。知っていてもおかしくは無いんだろうが、その話題を紫が面と向かって振って来るとは思わなかったよ。激昂した僕が襲い掛かるとは思わなかったのかい?」
魔導書を閉じ、ゆっくりと立ち上がりながら紫と向き合う。
戦うつもりも、殺すつもりも今は無いが……彼女の返答次第では、斬る事になるだろう。
殺気は込めず、しかし闘気は漲らせながら紫を見据える。やろうと思えば、今すぐにでも『封印術』を掛けて能力を封じながら、彼女の首を刎ねることが出来るだろう。
店内の空気が緊張感で満たされ、一触即発と言った状況になりつつある。
だが……僕の質問に対して紫は、柔らかく微笑むだけだった。僕にはその笑顔に、僕への労りが込められているように感じられた。
「思わなかったわよ。クリスマスを忌まわしく感じるのは『×××』の感情であって『森近霖之助』の想いでは無いでしょう? 貴方自身はクリスマスを憎むべき理由を持っていないんだから」
「……まぁ、そうだね……」
紫の言葉を聞き、闘気を収めて椅子に座り直す。
彼女の言う通りだ。クリスマスを忌々しく思うのは、前世である『×××』の経験によるものであって、僕自身の経験から来る物では無い。
確かに僕の前世と今は地続きの物であるが、この世界に生まれ、数百年を過ごした僕は既に『×××』ではなく『森近霖之助』だ。
無念であったのならともかく、一応は決着をつけて、最後はそれなりに満足して死んだのだ。
前世と今生で、分けるべきものは分けるべきだ。特に前世の感情を理由に、今生で出来た友人を傷つけるなんて、あってはならない事だと思う。
「……君の言う通り、クリスマスにトラウマを持っているのは、既に死んだ『×××』だ。今を生きる僕には、クリスマスを憎むような経験は何もない。 ……割り切るべき。いや、弁えるべき事なのだろうね」
「別に無理に忘れろなんて言うつもりは無いのよ。ただ、今日の霊夢や魔理沙がそうだったように、これから幻想郷にもクリスマスという文化が広まって行き、それを楽しみにする人たちが増えて行くわ。きっと冬の楽しいお祭りとして定着する事でしょう。そんな中で、貴方だけが本心を隠して、愛想笑いで誤魔化しながら周囲に気を使って楽しんでいるフリをする。そんな事にはなって欲しくないのよ」
「紫……」
「貴方の為、だけじゃ無いわ。これは貴方と心から楽しみ合ってクリスマスを過ごしたいって言う私の我儘よ。 ……ごめんなさい。こんな理由で貴方の触れて欲しくない部分に踏み込んで」
「いや、良いんだよ。 ……ありがとう、紫」
改めて、僕は出会いの縁に恵まれていると、そう強く感じる。
彼女の様な友人を得られたことは、この人生における何よりの宝だろう。
その思いと感謝を込めて、僕は紫を見つめていた……が、
「ちょっと待て、紫。その手に持っている物は……何だ?」
「何って、見れば分かるでしょう?」
いつの間にか、紫は両手に荷物を抱えていた。
右手にはハンガーに掛った服を、左手には服とお揃いの帽子を持っている。
紫が持つ一式の衣装は……どう見ても、サンタクロースの衣装であった。
「何でそんな物を持っている……?」
「何でって、着るのよ。霖之助さんが」
「何故、僕が……?」
「霊夢と魔理沙がサンタが来ないって言われて残念がっていたでしょ? 実際二人の日頃の行いを考えれば、来る訳が無いとしか言い様が無いけど、それじゃあ可哀想じゃない? 外の世界じゃ基本的に親が子供にプレゼントを買ってあげるんだし、二人にプレゼントをあげるサンタさんなら、霖之助さんがピッタリじゃない」
「その理屈は判るし、僕から二人にクリスマスプレゼントを渡す事に異論は無いが。僕がサンタの格好をする必要は無いだろう!?」
「必要ならあるわよ。単にクリスマスプレゼントを貰うのではなく、サンタさんからプレゼントをして貰う事に意味があるのだから」
「いやいや、いやいやいや!!」
「判り易く言うのならそうねぇ。 ……霖之助さん、貴方がサンタになるんだよ!」
パチンッ、と紫が指を鳴らすと、僕の足元にスキマが開かれてそこに椅子ごと落っこちる。
落ちた先はどこかの一室であり、そこではサンタの衣装や付け髭、プレゼント袋などの小道具が用意され、藍と橙がスタンバイしていた。
「お待ちしておりました、森近様。紫様の命により私たちが衣装選びをさせて頂きます」
「いただきます!」
「ちょっ」
「衣装から小道具に至るまで、全て最高級の物を用意させていただきましたので、お任せください」
「おまかせください!」
「待てっ」
「紫様も今年は冬眠も惜しんで、森近様と過ごすクリスマスを楽しみにしていらっしゃいます。私たちもお二人の時間の為に、精一杯務めさせていただきます!」
「がんばります!!」
「待てって言っているだろう!?」
結局僕はクリスマス当日、霊夢と魔理沙、それからレミリアたち香霖堂のお得意様達にも、サンタの姿でこっそりとプレゼントを渡してから、紫たちの暮らすマヨヒガの屋敷でパーティーをすることになった。
皆へのプレゼントは、事前に紫がリサーチして用意してくれるらしい。
その上紫は、事前に叢雲と煙晶竜にも根回ししていたらしく、マヨヒガで衣装合わせをしていた僕の元へやって来た二人からも、サンタをやる様に説得されてしまった。
なお、サンタはお爺さんなのだから、僕よりも煙晶竜の方が似合うのでは? という反論は、僕も数百年生きているのだから、人間基準では十分お爺さんだ。という返しで却下された。割と胸にグサリと来た。
はぁ、せめてプレゼントを配る皆には、姿を見られない様に気を付けよう。
本編では語っていませんが、白銀竜形態の転生香霖は宇宙空間での活動が可能なので『黄金の蜂蜜酒』が飲み物として以上の価値が薄かったりします。(この辺、食べると一時的に不死身になる『黄金の林檎』を食材としてしか利用していなかったサモナーさんっぽくある)
そして新たなクトゥルフ神話系邪神の名前が出ましたが、遭遇はまた後程。
この作品の邪神たちは、存在してはいるが実態を持っておらず、夢の中などの精神世界で無いと人間に干渉出来ないという設定になっています。
実体を持つには、設定上のスケールが大きすぎて信仰が足りていないって感じですね。