東方転霖堂 ~霖之助の前世はサモナーさん!?~   作:騎士シャムネコ

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今更ながら、タグに『クトゥルフ神話』を追加しました。


第三十七話 「転生香霖と同窓会」

 ザァザァと雨の降る音が聞こえる。

 例年は梅雨特有の湿気や肌寒さに悩まされるところだが、クトゥグアが店内の温度や湿度を管理してくれているので快適だ。

 こんな日は静かに読書をするに限る。

 

 僕が今読んでいるのは、クトゥグアと出会うきっかけとなった『セラエノ断章』と同じく、無縁塚で拾ってきた魔導書で、『黄衣の王』と言うタイトルの物だ。

 これをきっかけにまた夢の中で暴れる機会があるかもと思えば、中々に楽しみなのだが。

 

 

 

 ―――カランカラン

 

 おや、こんな雨の日に来客とは珍しい。一体誰だろう?

 

「いらっしゃいませ……って、幽香じゃないか」

「こんにちわ。しばらくぶりね、霖之助」

 

 見ると、少しだけ久し振りなうちのお得意様が姿を現した。

 雨に濡れた日傘を片手にやって来たのは、古馴染みの花の大妖怪『風見幽香』だった。

 

「久し振りだね、何かお探しかい?」

「別に、ただ萃香が地上に戻って来たみたいだから、昔馴染みに顔を見せておこうかと気が向いただけよ」

「なるほど」

 

 幽香もまた、文や萃香と同じくらい古くからの知り合いである。

 彼女と出会ったのは、文や萃香と出会った少し後くらいだ。即ち、斧足と呼ばれ始めた時代の僕を知る相手な為、気を抜くと直ぐに昔の喋り方が出て来てしまうから気を付けなければいけない。

 営業中の今は特にそうだ。古馴染み相手とは言え、きちんと接客しなければ僕を鍛えてくれた霧雨の親父さんに申し訳ない。

 

「萃香にはもう会って来たのかい? 今は博麗神社に住んでいるはずだけど」

 

 異変解決の宴会の後、萃香は博麗神社に住み着いたようだった。

 と言っても、時々帰る寝床に使っているだけで、基本的には幻想郷中をフラフラしているようだが。

 後、偶にうちでバイトをしている時もある。報酬には毎回、僕の持つゲーム産の酒を要求されている。

 

「いいえ、これから向かう所よ」

「そうかい。なら、これも持って行くと良い」

 

 そう言いながら、僕はアイテムボックス内から萃香の好物である『八塩折之酒』の入った酒瓶を呼び出してカウンターに置いた。

 これはドロップアイテムとしての八塩折之酒を『魔珪砂』を原料に作った酒瓶に移し替えた物で、贈呈用として用意していた物である。

 お土産として持たせるのには丁度良いであろう。

 

 だが、僕の言葉を聞いた幽香は、表情を変えないまま不機嫌そうなオーラを放ち始めた。

 

「あら、私にこの雨の中荷物運びをさせようって言うの?」

「高々、酒瓶一本程度の手荷物を運ぶのすら億劫になった。何て事を言うほど衰えた訳でも無いだろう?」

 

 幽香の理不尽な物言いに、にべもなくそう返すと、ギシリッ。と、幽香の手に持つ日傘から軋むような音が聞こえ、剣呑な雰囲気を撒き散らしながら幽香の妖気が高まって行く。

 だが、僕はあくまで自然体のままそれを受け流していた。

 

 店内には、一触即発と言った空気が充満しているがまぁ、いつもの事だ。

 彼女の場合、荷物を運ばせようとしたことを怒っているのではなく、それを口実に僕と喧嘩しようしているだけだからな。

 

 

 

 昔からそうだった。

 当時の僕が、出会った妖怪の内、僕が半妖であることを理由に侮辱して来た妖怪を片っ端から蹴り飛ばしていたのに対し、当時の彼女は腕の立つと噂の妖怪に片っ端から勝負を挑み打ち負かすという、道場破り染みた事をしていた。

 当時の僕は侮辱した相手への報復の為に、当時の彼女は戦って強くなる為にと、行動原理自体は違っていたが、やっている事は似ていた為、ある時偶然かち合ったのだ。

 

 幽香と初めて出会った時は結構な衝撃だった。

 彼女とは旅先で偶然出会い、目と目が合った瞬間いきなり襲い掛かって来たのが始まりだった。

 次々に繰り出される、鬼の怪力にも匹敵する彼女の拳や蹴りを、時に受け流し、時に蹴り足を合わせて相殺しを繰り返して、丸一日以上戦い続けていたと思う。

 そうしてお互いに体力が尽きかけて来たところに、お互いが叩き潰して回った妖怪たちが徒党を組んで襲い掛かって来た。

 そこで協力して妖怪たちを撃退したのをきっかけに、ちょくちょく彼女と話をしたり、一緒に酒を呑んだりするようになったのだ。

 

 ……いや、ちょっと盛ったな。

 別に協力しては居なかった。実際は、乱戦状態でお互いに目に着いた妖怪たちを片っ端からぶっ潰しながら戦い続けていたのだ。

 襲って来た妖怪たちを全てブッ倒した上でも更に戦い続け、体力も気力も使い果たしてお互いにぶっ倒れたのが、その時の決着だった。

 

 今思うと無茶したなぁ。

 一緒に居た文が手伝おうかと聞いて来た時も、手出し無用と断ったし。いやぁ、正に若気の至りと言った所だなぁ。

 

「……急に何を笑っているのよ」

 

 当時の事を思い出して苦笑していると、幽香が訝し気に訊ねて来た。

 

「いや、少し昔の事を思い出してね」

「昔?」

「君と出会った時の事だよ」

「ああ……」

 

 幽香も当時の事を思い出してか、少しだけ懐かしそうに目を細める。

 思えばあれをきっかけに、報復以外でも妖怪退治の類をするようになったんだよな。

 

「懐かしいなぁ。森を荒らしている化け百足の退治を手伝えって言われて着いて行ったら、森どころか山に巻き付くほどでかくって驚いたってことがあったっけ。あの時はこの女、信条を曲げてぶん殴ってやろうか? と思ったよ」

「あら、別に殴り合いは大歓迎だったのだけど? それに、その割には嬉々として蹴り飛ばしていたでしょ。あなた?」

「いやまぁ、僕の蹴り足をまともに食らって一撃でぶっ飛ばないどころか、甲殻に罅を入れるのが精一杯なんてのは初めてだったからね。つい蹴り甲斐があって楽しく……君だって、僕の横で嬉々として殴りまくってたじゃないか」

「そうね、サンドバッグに丁度良かったのは認めるわ」

 

 先程までの険悪な空気は何処へやら、一転して僕たちは昔話に花を咲かせていた。

 ま、僕たちの間柄なんてこんな物だ。和やかに話していようが、互いにど突き合っていようが、大して変わらない。

 どちらも単なるコミュニケーションの手段でしかないからね。

 

「あなたこそ、私を鬼の根城にカチ込むのに巻き込んだじゃない。あれでお相子よ」

「いや、あれは君が勝手に首を突っ込んで来たんじゃないか。君が来なくても僕一人で潰してたよ」

「それこそズルいじゃない。徒党を組んだ鬼たちとその対象を叩き潰しに行くなんて面白そうな事を、独り占めにしようだなんて」

「ズルいじゃ無いよ全く。君が一緒に行くってごねたせいで、結局萃香や勇儀たちまで参戦して来たもんだから、ろくにぶっ飛ばせもせず終わっちゃったじゃないか」

「総大将はあなたがぶっ飛ばしたんだから別にいいでしょ? 私なんて、倒した数はあの時一番少なかったんだから」

「そりゃ倒すのより相手を甚振るのをメインにしてたんだからそうなるよ」

 

 

 

 ―――カランカランッ!

 

 しばしの間、僕と幽香が昔話に花を咲かせていると、勢い良く店のドアが開き誰かが入って来た。

 

「斧足ー! 遊びに来たよー! ……って、あれ。幽香じゃない。久しぶりね!」

「あら、萃香。久しぶりね。これからあなたに会いに行こうと思っていたのだけど、あなたの方から来てくれるなんて、丁度良かったわ」

「うん? そうだったの?」

「ええ」

 

 やって来たのは、幽香が会おうとしていた鬼の少女、伊吹萃香本人だった。

 丁度良い。本人が来たのなら、荷物運び云々で幽香が文句を言う事も無いだろう。

 代わりにうちの店で酒盛りを始めるかもしれないが、その場合は僕も酒盛りに参加するから問題無い。まぁ、酒を飲むよりもツマミ作りに専念する事になるかもだが。

 

 などと考えながら、僕も萃香に声を掛けようとすると、続けざまにドアベルが鳴り来客を知らせた。

 

 ―――カランカラン

 

「こんにちはー! 霖之助さん。清く正しい射命丸が、新聞を届けに来ました……って、萃香さんに幽香さんじゃないですか。お久しぶりですね!」

「お、文じゃない。久しぶりー」

「あら、しばらくぶりね。文」

 

 萃香に続いてやって来たのは、幽香や萃香と同じく古馴染みの一人である天狗の少女、射命丸文だった。

 なにか、一気に古馴染みたちが香霖堂に集結して来たな。同窓会みたいだ。

 今は地底に住んでいる勇儀は来ないだろうが、このまま流れで妖怪の山に住む華扇が現れても、僕は驚かないぞ。

 

「いらっしゃいませ。萃香、文。客じゃ無いなら帰れ、と普段なら言いたくなったかもだが、今日は特別だ。二人ともゆっくりして行くと良い」

 

 そう言いながら、僕はアポーツで幽香と萃香、文の分の椅子を呼び出してカウンター前に並べ、更にカウンターの上にアイテムボックス内から呼び出した酒や、作り置きしてあるツマミを並べた。

 

「おお、美味しそう! なんだなんだ斧足、今日は気前がいいね?」

「幽香は萃香に会いに行くつもりだったそうだからね。折角古馴染みが揃ったわけだし、今日はこのまま四人で昔話でもしながら酒を呑もうじゃないか。店の方はまぁ、特別に臨時休業と言うことで」

「あやや、珍しいですね。霖之助さんがそんな事を言い出すなんて」

「萃香に会いに行くって言うから、幽香にお土産の酒を持たせようとしたら、自分に荷物運びをさせる気か? 何て言い出してね。いやぁ、そのまま箸より重いものは持たないとか言い出されるんじゃないかと思ったよ」

「言わないわよ、そんな事。日傘を片手に持ちながら、そんなマヌケな事を言う訳無いでしょ?」

「だろうね。その日傘、愛用してくれている様で嬉しいよ。作った甲斐があったと言うものだ」

「まぁ、実際便利だしねえ……」

 

 幽香の持つ日傘は、かつて僕が作って彼女にプレゼントした物だ。

 ……違った。プレゼントしたのではなく、作ったのを持って行かれたのだった。

 

 あの日傘は、日本の唐傘とはまた違う西洋の傘を無縁塚で見つけた時に、興味本位で作った物なのだが、それを見つけた幽香がデザインを気に入って持って行ってしまったのだ。

 思えば、霊夢や魔理沙がうちのお茶やお菓子を食べても腹が立たないのは、彼女たちより理不尽な幽香の行動に慣れているからかもしれない。

 

「ま、その辺の話も含めて、昔話を肴に呑もうじゃないか。どうせ全員暇だろ?」

「用があっても酒が飲めるならこっちを優先するさ!」

「そうですねぇ~。本当はこの後新聞配達の続きがあるのですが……まぁ、それは明日でも出来る事ですからね。私も飲みます!」

「あら、勝手に暇だと決めつけられたくないのだけど?」

「じゃあ何か予定があるのかい?」

「ええ、昔馴染みたちと酒を酌み交わす予定がね」

「それ結局参加するって事じゃないか!」

 

 どうして幽香はこうもひねくれた態度しか取れないのか。

 もう少し素直な態度なら可愛げもあるというものなのに……いや、素直な幽香とか想像出来んな。

 寧ろそんなものが目の前に現れたら偽物を疑うレベルだ。幽香は今のままで良い。

 

「……あなた、何か失礼な事を考えていないかしら?」

「別にそんな事は無いと思うが……」

「アハハ! 斧足は自覚ないだけで失礼な事を考えてるんだろうよ」

「あぁ、霖之助さんってそう言う所ありますもんねぇ」

「共通認識とは解せぬ」

 

 幽香の意見に萃香も文も賛成するとは……。

 ええい、僕に味方は居ないのか!

 

「それで、一体どんなことを考えていたのよ?」

「幽香は幽香のままが一番だ。そう思っただけだよ」

「はぁ? ……それ、なにかの嫌味かしら?」

「素直な所感だよ。君は君のままが一番だ」

「……なによ、それ」

 

 フンッ、と幽香は拗ねた様に顔を背けた。

 やれやれ、本当にそう思ったのだがな。

 

「……ねぇ、文。今の斧足ってあんなこと平然と言って来るの?」

「ええ、そうですね。どうも今の喋り方だと思っている事をそのまま口にしてしまうみたいで……丁寧に喋るのに気を使って、本心を隠すのがおろそかになっているからですかね?」

 

 そこ、聞こえているぞ。

 気を使って喋っているのは確かだが、別に昔の話方でも本心を隠しているつもりは無いぞ?

 ただ……昔の喋り方だと気恥ずかしくて言えない事でも、今の喋り方なら言えるだけだ。

 

 そんな本心は口に出さないまま、僕たちは日が暮れて叢雲たちが帰って来るまで、酒を片手に昔話に花を咲かせた。

 

 ……なお、叢雲たちが帰ってきた後は、叢雲も参戦して一晩中飲み明かしたのは言うまでもない。

 

 

 

 その日の夜、狙い通り夢を見た。

 

 目の前には、たなびく布にも束ねられた触手の塊にも見える表皮を持つ、ワニの様な巨大な爬虫類、あるいは翼を持たないドラゴンの様にも見えるものが存在していた。

 僕は、この存在を知っている。

 こいつの話は、以前クトゥグアからも聞いた事があった。

 

 その称号を『名状し難きもの』、あるいは『邪悪の皇太子』。

 クトゥグアが炎を司る邪神なら、目の前の存在は風を司る邪神である。

 名を『ハスター』。クトゥグア曰く、自分と同格の邪神であるそうだ。

 

「ククッ、クハハハハッ!!」

 

 おどろおどろしい邪気を放つ大邪神を前に、決壊したように笑いが溢れる。

 半年近くぶりに相対する、極上の獲物を前に自らの獰猛さを抑えられなくなっていた。

 いや、抑える必要は無い。

 解き放とう、この狂気を。猛り狂おう、ケダモノの様に。

 

「シャァァァァーーーーーッ!」

 

 叫びと共に、僕は襲い掛かった。

 何より嬉しいのが、クトゥグアと違い、ちゃんと手足のある相手だという事だ。

 殴る、蹴る、組み付く、圧し折る。きちんとした格闘戦が出来そうで、楽しみで仕方が無い。

 楽しませてくれよ? ハスター!!

 

 

 

「おはよー斧足ー。あれ、その蜥蜴どうしたん?」

「ちょっと捕まえてね。中々苦労したよ」

「おや、風の神性を感じますね。ちょっとだけ親近感……何かぐったりしてますね?」

「……何だかあなただけ盛大に楽しんでいたような気がするのだけど、そこのとこどうなのよ?」

「さてね……まぁ楽しい夢が見られたのは事実かな?」

 

 その日から、黄色い雨合羽を着た蜥蜴が、香霖堂の住人に加わった。

 名前はハスター。クトゥグアの様に、眷属として異形のドラゴンのような姿をした怪物である『ビヤーキー』を召喚することが出来るのだが……試しに一体召喚した時、炎の精の方が良いと意見が多数だった為しょんぼりしていた。ドンマイ。

 

 ところでハスターだが、姿を見ていると包丁とランプを持たせたくなるのは、何故なんだろうな?




ヤング香霖「好きだなんて、面と向かって言えるかよ。恥ずかしい」

転生香霖「面と向かって好きだと言えるよ。この喋り方ならね」


ヤング時代は気恥ずかしくて口に出来なかった言葉でも、老成した現在ならば、割と気楽に言うことが出来ています。
老成したと言っても、喋り方を昔の物に戻した途端に言えなくなるので、あんまり変わってないかもですけどねw



「包丁とランプを持たせたくなる」

紛れも無く、奴さ。(即死攻撃と「みんなのうらみ」ホント怖い)

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