東方転霖堂 ~霖之助の前世はサモナーさん!?~ 作:騎士シャムネコ
キノコ集め、大変だったなぁ……。
流行と言うものは、定期的に訪れては去って行く嵐の様なものだ。それは外の世界であっても、この幻想郷であっても変わらない。
人間であれ妖怪であれ、一定以上の知性を持つ存在がコミュニティを形成すれば、そこには自然と流行と呼べるものが生まれる。
先日出会った玉兎の少女、鈴仙は月の都から来たそうだが、月の都でも流行は生まれる物なのだろうか?
生命の営みから生まれる『穢れ』を嫌って地上から月へと移り住んだ月人、彼らにも流行があるのなら、流行と言うものは生命の営みとは無関係に生まれる、知生体に共通した摂理なのかもしれない。
あるいは、流行があるのならそれが月人たちが持つ僅かな穢れの影響なのかも? 今度機会があったら聞いてみよう。
さて、現実逃避はこのくらいにして、そろそろ目の前の問題に向き合うとしよう。
とは言え……これ、どうするかなぁ。
―――カランカラッ
「おーい、香りっ、て何だこりゃ!?」
「こんにちわ、霖之助さん……何これ?」
「やぁ、魔理沙に霊夢か。いらっしゃい」
ドアベルが少々乱暴に鳴らされるのと同時に、いつもの紅白と白黒が店内に入ろうとして足を止めた。
まぁ、当然か。なにせ今の香霖堂の中には、一歩前へ進むだけのスペースも残っていないからね。
「香霖、中に居るんだよな? どうしたんだよ、この大量のキノコ」
「宙に浮いてるのは霖之助さんの魔法みたいだけど、入り口からいつも霖之助さんが居る店の奥が見えないなんて相当の量ね」
魔理沙と霊夢が言う通り、今の香霖堂の店内は様々な種類の大量のキノコで埋め尽くされていた。
宙に浮いているのは、僕がかけたテレキネシスの効果だ。床や商品の上に置く訳には行かないからね。
とりあえず、浮かせたキノコたちを移動させて、二人が通れるスペースを確保しよう。詰めれば彼女たちが縦に並んで通れる分くらいは何とかなるだろう。
「おお、キノコが割れて道が出来て行く……」
「浮いたキノコが壁になってうぞうぞ動いてる……気持ち悪いわね」
「まぁこれだけあれば仕方ないよ。僕も若干、纏めて焼き払いたい気持ちが無いでも無いから」
「えぇ!? 勿体無いぜ香霖! 見た感じ、かなりレアなキノコも結構混じってるんだぞ!!」
「だから今必死に仕分けして片付けているんだよ。 ……クトゥグアたちが」
シュパパパパパパパッ!!
僕の背後から幾本もの触手が次々に伸び、店内に浮いているキノコたちを端からどんどん回収して行く。
この触手の正体はクトゥグアの触手であり、クトゥグアは現在キノコを選別して種類ごとに別々の箱に詰めるという作業を行っている。
他の邪神たちの内、ハスターは店内にキノコの胞子が定着しない様に空気の操作を、ミゼーアはクトゥグアの隣で香霖堂地下塔の倉庫に繋がる転移門の維持を、バースト、チャウグナー・フォーン、グロス=ゴルカの三体は手分けしてクトゥグアが箱に詰めたキノコを転移門を通って倉庫へと運び込んでいた。
従業員たちだけを働かせて、自分はカウンターでお茶を飲んでいる僕の姿を見て、魔理沙が若干白い眼で見て来る。
「おいおい、香霖。あいつらにだけ働かせて、自分は暢気にお茶か? 良いご身分だな」
「いやいや、魔理沙。身分も何も、彼らは従業員であり僕はこの店の店主だ。僕一人で経営していた時ならともかく、今は従業員が複数いるのだから、彼らに仕事を割り振るのは当たり前の事だよ」
「まぁ確かにそうだが……後ろで頑張っている奴らが居るのに、一人だけお茶を飲んで休憩している奴がいるって言うのはなぁ」
「……正直な話、僕まで働いたら彼ら、特にクトゥグアやハスターの後から来た邪神たちの仕事がなくなってしまうんだよ。元々、僕とクトゥグアだけでも十分やって行けてたからね」
元々僕一人で経営していた香霖堂に、クトゥグアが増えたことで大分余裕が生まれ、更にハスターが加わったことで、香霖堂は大分ゆとりを持った労働環境となっていた。
だがそこに、バーストを始めとする四体もの邪神が一度に増えてしまった。
元々香霖堂は、僕一人でも十分やって行ける程度には客が少なかったわけで、つまり労働出来る人数が七人になった今は、やらなければいけない業務に対して、労働力が過剰で常に余っている状態だ。
ならばローテーションにすればいいだけの話だが、邪神たちは全員僕の役に立ちたいという気持ちが強い為、仕事が常に奪い合いのような状態となっている。
その為、彼らに少しでも自分がやる仕事が回る様にするためには、僕が休んでいるしかないのだ。
「従業員であるだけでなく、彼らは僕の従者でもあるからね。主人である僕より働いていないなんてありえないんだってさ」
「はぁ……随分熱心なんだな」
「羨ましいわねぇ、うちにも一人来て欲しい位だわ。ぱりぱり」
羨ましい。そう口にしながら霊夢は、いつの間にか僕の店に置いてある自分の湯飲みにお茶を淹れ、茶菓子に煎餅を齧っていた。
まるで自分の家で寛いでいるかのような自然な振る舞い、余りに違和感がなさ過ぎて、クトゥグアたちも止められなかったようだ。
いや、普段からこうだから、止める必要は無いと判断したのかな?
「あ、ズルいぞ霊夢。私にもくれよ」
「しょうがないわねぇ、特別にあげるから感謝しなさい」
「へへー、ありがたき幸せ~」
「君達……人んちの煎餅で小芝居を始めるんじゃ無いよ」
相も変わらず、人生が楽しそうな少女たちの姿に呆れながら、霊夢の持って来た煎餅を口にする。
その間にも邪神たちによってキノコ仕分けは進んで行き、その光景を見ながら僕は霊夢たちに何故こんなにも大量のキノコが香霖堂にあるのかを説明した。
「最近ね、どうもうちの店にキノコを持ち込めば、物々交換で色んなものを貰えるって話が妖怪や妖精たちの間で広まっているみたいなんだよ」
「何だそりゃ、どこからそんな話が出て来たんだ?」
「多分、この間お腹を空かせて彷徨っていた『ルーミア』に、彼女が持っていたキノコと交換でご飯を食べさせてあげたのが原因かなぁ」
宵闇の妖怪『ルーミア』。
昔から幻想郷のあちこちを彷徨って暮らしている小さな少女の妖怪だ。
実は彼女とは結構昔からの仲なのだが、本人はその事を忘れている。
僕の知るかつての彼女は、美鈴と同じ位の外見の少女だったのだが、いつの間にやら今の小さな姿となり、昔の記憶を失っていた。
原因は、彼女の髪にリボンの様に巻き付いた封印の御札であり、恐らくしばらく会わない間に何処かの強力な術者に封印されたのだろう。
かつてのルーミアは、それこそ幽香とタメを張れるほどの力を有していたのだから、彼女を封印した術者は相当強力な力を持っていたのだと思われる。
実際、ルーミアのリボンを見た時、僕の能力でリボンの情報を見た結果、『南祖坊』と言う名前の術者が施した封印であるという事が判明した。
もしこの南祖坊が、僕の知る者と同一人物であると言うのなら、ルーミアを封印で来たのも納得出来る。
なにせ南祖坊は、龍神である『八郎太郎』にさえ勝利した術者だ。その力は、神の域に届いていると言っても過言では無い。
むしろ、ルーミアは良く生き残った方だろう。
かつての彼女と交わした言葉は少ないが、それでも僕に取っては仲の良い友人と呼べる相手であった。
そのため、どうにも今の彼女を昔の彼女の妹のような存在に感じてしまい、たまに見かけた時は何かしてやりたくなってしまうのだ。
「ルーミアにご飯を? 霖之助さんって、ルーミアと知り合いだったの?」
「まぁね。あのなりと言動だから勘違いされ易いが、ルーミアはかなり古くから居る妖怪なんだよ。それこそ、幽香や萃香なんかよりも年上かも知れないな」
「え、あいつがか!? ……全然そうは見えないぜ」
「だろうね。精神年齢がずっと幼いままなんだよ、彼女は。それこそ並のどの妖怪よりも古株であろうに、若い小さな妖怪や妖精たちと一緒になって遊んでいるくらいね」
それが別に悪いって言う訳では無いし、以前ルーミアに封印を解除しようか? と尋ねたら「このままでいい」と言われたので何もしていないが……時々、昔の彼女を思い出して寂しくなることもある。
今思うと、当時の彼女は今生における僕の初恋であったのかもしれない。
初めてルーミアと出会った満月の夜、月明かりの下で静かに佇む彼女は、目も心も奪われるほどに美しかったのだ。
―――たとえ彼女が、食い殺した人間たちの血で汚れていたとしてもだ。
「―――それで香霖。ルーミアに飯を食わせたのがどうつながるんだ?」
昔を思い出して懐かしんでいると、魔理沙が続きを聞かせろと書いてある顔で訊ねて来た。
そうえば話の続きだったな。まぁそれほど複雑な話でも無いため、直ぐに終わるのだが
「簡単な事だよ。キノコと交換でご飯を食べさせた後、ルーミアがその事を友達の妖怪や妖精に話したようだ。その話が広まって行く内に『ルーミアがキノコと交換で、香霖堂でご飯を貰った』という話から、『香霖堂にキノコを持ち込めば、物品と交換してくれる』という話に変化して行ったみたいだ。まぁ、よくある伝言ゲームみたいな話だよ」
たとえ同じ話でも、話す者の主観や知識によって、話の内容は少しずつ変化して伝わるものだ。
それが繰り返されて行けば、原形も留めないほどに元の話から変化してしまうと言うのは良くある話である。
「確かに良くある話よねぇ。けど大丈夫なの霖之助さん? こんなに大量に持ち込まれても、そうそう売りさばける物じゃ無いでしょう?」
「そうだぜ。このままこれが続いたんじゃ、店の商品が全部キノコに変わっちまうんじゃないのか?」
「なに、心配は要らないよ。それについては既に対策を講じてある」
心配してくれる二人にそう返しながら、僕は作っている途中のある物を二人に見せた。
「なにこれ、看板?」
「えーっと、『ただいま期間限定、【香霖堂キノコ祭り】開催中! 集めたキノコを交換して、豪華賞品やお菓子をゲットしよう!!』?」
「一度広まった噂を訂正するのは骨が折れるが、方向性を誘導してやることぐらいなら簡単に出来る。キノコの交換が出来るのを、期間限定のキャンペーンとしてしまえば被害もある程度抑えられるさ」
一番避けるべき事態は、キノコとの物々交換が常態化して定着してしまう事だ。
だが、今更キノコを持ち込む妖怪や妖精たちに、一々キノコとの交換は受け付けないと言って断り続けるのも、店の評判を落とす上労力が掛かり過ぎて面倒臭い。
そこで僕は発想を逆転させて、キノコでの交換を敢えて認める代わりに、期間限定の特別なものであると宣伝する事にしたのだ。
これなら、設けた期間以降キノコの交換に応じなくても文句は出にくいだろうし、今回以降何かしら香霖堂でイベントをやる時も、前例があるため受け入れ易い土壌が出来るだろう。
これをきっかけに店が忙しくなるだろうが、まぁ仕事を求めているクトゥグアたちからしたら願ったり叶ったりだろう。
僕としても、一商売人として自分の店が繁盛しているのは嬉しいものがある。
既に、キノコ祭りの具体的な期間や内容を掲載した新聞を発行する事を文に依頼してある。
ここはポジティブに考え、魔法の森の珍しいキノコが大量に手に入るチャンスであると思おうじゃないか。
実際、現時点でも狙って探そうと思ったらかなりの労力が必要になる類の珍しいキノコが纏まった量で持ち込まれているからね。
「期間は二週間を予定しているよ。折角だから、珍しいキノコが大量に手に入るチャンスだとでも思っておくさ」
「いいなぁ……私にも分けてくれよ、香霖!」
「キノコを仕分けして片付けるのを手伝ってくれるなら、報酬でいくらか分けても良いよ?」
「よし! それなら私の得意分野だぜ!」
「あ、なら私も手伝うわ。私の分は、普通の食べられるキノコでお願いね!」
普段ならケチケチせずにタダでくれ。などと言い出しそうな魔理沙だが、キノコに関しては一家言あるためか、手伝いには結構乗り気であった。
霊夢の方は、単純に食材目当てでの参戦であるようだ。
実際、シイタケを始めとする普通の食用のキノコは、どうしても食べ切れないほどの在庫を抱えてしまう。
報酬として多めに渡しても問題は無いだろう。在庫処分では無いよ?
腕をまくって、クトゥグアと共にキノコの仕分けを開始した魔理沙や、バーストらと共にキノコの入った箱を運び出した霊夢の姿を見守っていると、再びドアベルが鳴り新たな客が入って来た。
―――カランカラン
「こんにちはー。キノコ持って来たから交換してー」
両手にキノコがぎっしり詰まった包みを持って現れたのは、今回の騒動の発端となったルーミアであった。
文句の一つでも言うべきか、きっかけはどうあれ店の繁盛に繋がりそうなためお礼を言うべきか、悩ましい所だ。
「えへへ、いっぱい持って来たわよ。今度は何と交換してくれるのー」
そう言って無邪気に微笑む彼女を見ていると、文句を言おうという気も失せて行く。
まぁ、ルーミアが楽しそうならそれで良いか。
「そうだね。今までもいっぱい持って来てくれたし、今回は特大サイズのケーキなんてどうかな? 何か他にリクエストがあるなら、その時は応相談だが」
「ケーキ! 良いわねー。どんなのがあるのかしら?」
「定番のイチゴ乗った物やチョコレートケーキ、チーズケーキに抹茶ケーキと。他にも色々用意してあるよ」
「うーん、悩ましいわー」
サンプルとして、小さく切り分けられたケーキの乗った皿を出すと、ルーミアは真剣な様子でどれにするか吟味し始めた。
その横顔が、昔のルーミアにそっくりな事と、その視線の先にあるケーキとのギャップで、僕は思わず笑ってしまった。
初恋の相手であるこの小さな妖怪少女は、例え記憶が無くても根っこの部分は同じであるようだ。そこは前世を思い出す前の僕も同じかな。
いわゆる『EXルーミア』が、ヤング香霖の初恋の相手だったという設定。
当時のルーミアはバリバリの人食い妖怪でしたが、現在は封印されている影響であんまり人は食べません。
ちなみにEXルーミアは、大人ゆかりんと同様に転生香霖の好みドストライクのプロポーションの持ち主でしたw