辿り着いたのは『なぞのばしょ』……では無く、何処と無く城のような雰囲気を醸し出す場所。クレセリアさんはその中にズカズカと入り込むと、適当な部屋を開けてそこに備え付けられたベッドに手負いのカブトを乗せた。
『今、サラッと治療しますのでご安心を!』
花が咲いた様な笑顔でサムズアップするクレセリアさん。カブトは礼を言って彼女の治療を受ける。すると骨折という重体にも関わらず、あっさりと怪我が治ってしまった。これがマサラ人の力だ!
「クレセリアさん、毎度毎度ありがとうございます。クレセリアさんが助けに来てくれなかったら僕はあそこで死んでました。本当にありがとうございます」
『いえいえ、私はただの個人的な感情でカブト君に味方しているだけなのでそこまで畏まらないで下さい。あっ、お茶とお菓子をお出ししますね』
先程までのシリアス感は何処へやら、何やら呑気にお茶会が始まってしまった。テーブルには、後ろ手に縛られて口元に布を噛まされた目隠し状態のマホイップが転がされ、お茶の代わりにポットデスが並べられた。これでどうやってお茶会すれば良いんだ(迫真)!
流石にカブト君もこれを食べる気にはなれずにそのまま放置。クレセリアさんはムシャムシャとマホイップを捕食。悪夢かな? 悪夢だったわ。
と、ここでカブトは悪夢に長居しすぎると衰弱死するという話を思い出す。こんなに呑気にしていて大丈夫なのかとクレセリアさんに問いかけると、
『まぁ、もうここまで来れば後はそこの扉から出て行くだけで良いんで大丈夫ですよ』
と、あっさり返された。ならばお礼を言ってさっさとこの悪夢から退散しようと考えて席を立つ。しかし、クレセリアさんは俊敏に動いて彼の肩を掴み再び椅子に座らせた。
『もう少しだけお話しして行きませんか?』
何処か寂しそうな表情と共にそんな言葉が投げかけられる。カブトにとって彼女は命の恩人。普通ならさっさと出て行ってしまうところだが今の彼は彼女に負い目がある。しかも、こんな悲しいそうな顔をされると内なる罪悪感に締め付けられてしまう。なのでその言葉に従い大人しく席に座ることにした。
そして暫く他愛も無い話をした後、カブトはいよいよ悪夢とおさらばする事を決めた。あの扉をくぐればすぐさま現実世界で目覚める事となる。礼を告げて扉を潜ろうとするカブトの背中を見て彼女は、ここに至るまでの経緯を思い返していた。
こんな話を聞いた事があるだろうか? 魂レベルでかけられた呪いは死んでも解けることがない、という話を。それは死んで肉体が滅んだとしても魂は呪いから解放されず、死んで苦しみから解放されることも無いまま永遠に苦しめられ続けるという事。そして、普段は決してやらないがダークライはこれと同じ事を悪夢verで行う事が出来る。
彼女ことクレセリアさん、いや、それはカブトを欺く為の仮の姿。その真の正体はダークライ。カブトを悪夢に閉じ込めた張本人である。
ダークライは本来カブトを悪夢の世界で殺す事でその中に閉じ込める気でいたのだ。そうすれば、死如きが二人を別つ事など出来なくなるから。
だが、その目論見は予想外の乱入者によって乱されることになる。本物のクレセリアだ。彼女はダークライの悪夢に侵入し、カブトをサポートする様に見せかける事で徐々に弱らせて自分に依存する様に仕向けた。後半のカブトのクレセリアに対する盲信っぷりを見ればその試みは成功したと言えるだろう。
当然の事ながらダークライはその介入を許さなかった。そしてクレセリアを排除した後、彼女にふとある考えが浮かび上がったのだ。
『そうだ! このままクレセリアの計画を利用して、カブト君が私に依存する様にすれば良いんだ!』
行き当たりばったりではあるが、当時の彼女にはとても良い考えに思えたし、それこそが乱入者であるクレセリアへの一番の嫌がらせになる。そして、安全に誘導するかの様に見せかけて何度も危険な目に合わせ、最後には最も危険度の高い悪夢へと送り込んだ。
だが、ここまでしてもカブトはクレセリアを疑う事をしなかった。ここまで信頼を得たことだけはクレセリアを褒めてやっても良い、と思うほどダークライは感心していた。
そして最後の悪夢の世界、とにかく知り合いに攻撃されるだけの悪夢。シンプルだがその効果は絶大だ。皆に裏切られて味方するものが誰一人としていない状況、そんな中に颯爽と登場して味方してくれる存在を信頼しない訳がない。ついでに今の彼の知り合いとの関係性をギクシャクさせることも出来るかもしれない。
こうして圧倒的信頼感を本来受け取る筈だったクレセリアから掠め取ったダークライ。今回はここで現実世界に帰すが、同じような事を何度も続ける事でカブトがダークライに完全に依存するまでこの作業を繰り返そうと考えていた。完璧な計画だ、穴一つない。ダークライはその計画を考えついた時、自分の事を紛れもなく天才だと思った程だ。
そして今まさに、その計画の進行通りにカブトを現世に送り出そうとしている。
明日の夜、再び彼を悪夢inさせてまた助ける。明後日も明々後日も、これからずっとずっとマッチポンプを繰り返す。勿論そのたびに現実世界の人物へのネガキャンも忘れてはならない。そうすればカブトはやがて起きているより寝ている時間の方が多くなる筈。現実より夢の方が居心地が良くなり、夢の世界で唯一信じられるダークライのみを頼るようになるのだ。
完璧な作戦だ! (フラグ)
だが、その自称天才ダークライでさえも気づかなかった致命的な弱点がその計画には残っていたのだ。それ即ちダークライの性格だ。ダークライは自身の持つ制御は可能な体質のせいで他者と関わる事は基本的に無い。それ故に常に孤独。だが、一人でいる事を好んでいるかどうかは別の話だ。個体差はあるだろうが、自分を受け入れてくれる何者かを心の底では望んでいてもおかしくは無い。そして、このダークライは他人との繋がりを求めていたという事だ。
つまり何が言いたいのかと言うと、ダークライは折角手に入れたカブトを一分一秒たりとも手放すのが惜しくなったのだ。それがどうせまた戻ってくるものだとしても、手元に無い間が寂しい、だから手放したく無い、そう考えてしまった。
そしてその想いは持ち主の彼女にすら制御出来ないものとなっていた。その結果何が起こったのか、カブトが悪夢世界から現実世界へと一歩足を踏み入れたその瞬間、彼女の奥底の意思を反映して姿を変える悪夢の世界が現実世界へと繋がる扉を閉ざしてしまったのだ。
当然扉が閉ざされてしまえば元の世界に戻る事など出来ない。しかし、カブトは現実世界に半ば足を踏み入れていた訳で————
「ん……、ハードすぎる夢だった……」
目を覚ますと、そこは『はとばのやどや』……、では無くポケモンセンター。かれこれ3日近く眠っていたが、どうやらその間に発見されてポケモンセンターに運び込まれていたらしい。意識を取り戻して暫くすると、ジョーイさんや、ジュンサーさんなどに何故使われてもいない廃屋で寝ていたのかと聞かれたので正直にここまでの経緯を説明した。
どうやら『三日月の羽』を持たない旅人がダークライの悪夢に囚われる事は、稀に良くある事らしいので納得してもらえた様だった。
久しぶりに手持ちポケモンと感動の再会を果たすカブト。どうやら彼女達も同じく三日ほど悪夢に囚われていた様だ。彼女達に自身の無事を伝えていると、突然空から一筋の閃光が落ちてきた。親方! 空から変なポケモンが!
『やっと会えましたね。お初にお目にかかります。私がクレセリアです。悪夢から追放された後、カブトさんを探し出して夢から脱出できる様に微力ながらお力添えをしておりました』
着弾地点で凛々しく佇んでいたのはカブトにとって見慣れないポケモン。三日月を模した頭部に全体的に淡い桃色と柔らかい黄色で構成された体を持つ、カブトの知るクレセリアとは明らかに別人であるクレセリアを名乗る何者か。
「知ってるクレセリアさんと姿が違うんですけど……貴方は一体誰ですか?」
真実を明らかにするべく謎のポケモンに問いかけるカブト。しかし、その答えは自称クレセリアではなくミオシティの住人からもたらされた。自称クレセリアを繰り出した時、偶々それを見ていた住人Aがこのポケモンはクレセリアだと主張。親切にも図書館からわざわざ図鑑まで引っ張り出してくれたのだ。
ここまでして漸くカブトも納得した。しかし、そうなると夢で助けてくれたあのポケモンは一体何者なのだという事になる。真クレセリアに聞いても知らぬ存ぜぬの一点張り。そもそも途中退場したクレセリアにはあの後何が起こったかさっぱりなのだ。
こうして、多くの謎を残したままこの事件は終わりを迎えたのだった。この事件で一体何が起こったのか、それをこのカブトが知る事は終ぞ無かった。
「ん……、ハードすぎる夢だった……」
目を覚ますと、そこは『はとばのやどや』……、では無く先程までお茶会をしていた悪夢の世界。何処と無く城のような雰囲気を持つお屋敷のベッドに寝かされていた。
「えっ⁉︎なんで! 僕は扉を潜って悪夢から目覚めたんじゃ……」
カブトは額に手を当て記憶を探る。彼の最後に覚えている記憶は、クレセリアさんの指示に従って悪夢世界から脱出できるという扉から現実世界へと歩き始めた所だった。カブトの持つ記憶によれば、確かにあの時扉を潜った。ならばここは現実世界という事になる。しかしカブトは本能的に気がついていた。この胸を締め付けるようなおどろおどろしい雰囲気は間違いなく悪夢の世界だと。
『あっ、おはよう! 起きたんだね』
目を覚ましたカブトにかけられた聞き覚えのある声。そう、これはクレセリアさんの声だ。カブトは随分フランクな話し方になった信頼する人(ポケモン)の声を聞き、一先ず安心する。そして次にやるべき事、つまり現状把握を行うために、どうしてこうなっているのかの情報を得ようと彼女に質問を投げかけた。
「クレセリアさん、どうして悪夢世界から脱出した筈なのに僕はまだ悪夢に囚われたいるのですか?」
『あはは、なんだそんな事か。てっきり体の部位が何処か足りて無いのかと思ったよ』
カブトの質問に対して笑って答えるクレセリアさん。その危機感の無い姿にカブトは若干の苛立ちを覚えたが、次の一言でその全てが吹き飛ぶ事になる。
『そんなの私が現実世界に繋がる扉を閉じたからに決まってるでしょ?』
「……え?」
『まぁ、半ば無意識にやっちゃった事なんだけど……。結果オーライかな?』
クレセリアさんが事も無げに言ってのけたその真実。それはカブトに大きな衝撃を与えた。まず始めに驚き、そしてその次に生じた感情は疑問。何故クレセリアさんがこんな事をしたのか、何故クレセリアさんが扉を閉じることが出来たのか、何故彼女はこんな状況で満足そうに笑っているのか。
無数の疑問がカブトの脳内を駆け巡る。そんなカブトを見てクレセリアさんは口元に微笑みを浮かべながら自分の行った事を説明し始めた。
『ごめんね。カブト君を悪夢に閉じ込めたのは私なんだよ』
「……は?」
絶句。言葉は頭に入ってくるがその意味を理解することを脳が拒否する。
「……でも、ずっとクレセリアさんは僕を悪夢の中で助けてくれたじゃ無いですか……」
フリーズ状態から回復して、やっとのことで絞り出したその言葉は、
『そんなの自作自演だよ?』
クレセリアさんの一言で無惨にも打ち砕かれた。
呆然として目の前に立つクレセリアさんを見上げる。何を勘違いしたのかクレセリアさんは頬を赤らめた。なんだコイツは。
『あー、そうそう、クレセリアって名前も勿論嘘だよ。私はダークライ。ダーちゃんでもクライさんでも悪夢ちゃんでも好きなように呼んでね!』
さらに明かされる衝撃の真実。カブトはただひたすら呆然と見つめるだけ。それ程までに信じていた人に裏切られた衝撃は大きい。
『ねー、聞いてるのー? 今から色々と説明するからしっかり聞いて欲しいなー』
口を開けて固まっているカブトの目の前で手を振ってみたり、肩を掴みユサユサと揺らしたりするダークライ。ここに来て漸くカブトも事態を飲み込めた。
「意味分からないけどわかりました。取り敢えずこの悪夢から解放してください」
『それはダメ。まず私が漸く手に入れた居場所になってくれるかもしれない人を手放す訳ないし、そもそも君はこの悪夢からもう抜け出せないよ?』
「抜け出せないってどういう事ですか! 現実世界に帰れるに決まってるでしょ!」
ダークライの態度にカブトは思わず声を荒げてしまう。そんな彼を宥めるようにダークライは優しく抱きしめ耳元で囁いた。
『カブト君、もしかしてまだ自分は帰る場所があるとか思ってない?』
「えっ? ……なん…だと…?」
『そのままの意味だよ。君はね、この悪夢に取り残されたんだ。だからもう現実世界には君の帰るべき体は無いんだよ』
「そ、そんな筈ない! 僕は確かにあの扉を通って……もしかしてあの扉自体嘘何ですか……?」
ふと此処でカブトは気付いてしまう。これほど嘘を重ねてきたダークライが、この悪夢から脱出できる方法だけを律儀に教えるとは思えなかったからだ。
『いや、あれは本当だよ。さっき言ったでしょ? 私が扉を閉じたって。少し落ち着きなさいな』
ポンポンとカブトの肩を軽く叩くも跳ね除けられてしまう。少し悲しそうな顔をした後で、ダークライはことの顛末を語り始めた。
『カブト君はね、確かに悪夢の外に一歩足を踏み出したんだ。けどね、その瞬間私が悪夢と外との接続を切ったの。だから真ん中にいた君は真っ二つになって、半分だけ現実世界に返ってもう半分は悪夢の世界に取り残されたのよ』
「なるほど分からん」
分からないと断言する真っ二つにされたらしい少年、カブト。頭のおかしさに定評のある彼も今回は間違っていない。恐らく百人に聞いたら90人くらいが分からないと回答する筈だ。
『例えるなら、ゲームで通信交換をしている最中に電源を切ったらバグって二つのデータに交換した筈のモンスター達が残っているのと同じ現象が起こったって事だね』
「なるほど、だいたい分かりました。僕は上半身ですか? 下半身ですか?」
お前実は何も分かって無いだろ!
『多分右半身ね』
何を言っているんだこの悪夢ポケモンは……。
「じゃあ、何で僕を閉じ込めたんですか? 食べるんですか?」
今世紀史上最大に頭の悪い問答を繰り広げた右半身の少年と悪夢ポケモン。その流れをぶった斬った質問に対してダークライは嬉しそうに答えた。
『まずはそうね、私が初めて貴方を見た時のことから話そうかな? そう、あれはまだピカチュウが全体的に太かった頃の話……』
斬新極まりない台詞から始まる回想シーン。ピカチュウが太かった頃から始まる回想とか初めて見た。
「一言でお願いします」
何かこれからイイハナシダナー感溢れそうな雰囲気だったにも関わらずズバッと切り捨てるカブト君。強い、これが強者か……。
『むー、まぁいいや。こうなったら要点だけ言うね。私は貴方のことが好きだから……いや、違うね、どうしようも無いほど愛しちゃってるからこの悪夢に閉じ込めたの!』
「……は?」
カブトにはダークライの言っている事の意味が分からなかった。人間とポケモンとの関係であるにも関わらず、躊躇いなく愛していると言い切った事。それだけでも訳わからないのに、さらに加えて『愛しているから悪夢に閉じ込める』という発言。それらはカブトの知る常識を軽く超えたもので、年相応の精神性しか持たない彼には到底受け入れられる様なものではなかった。
「何……言ってるのですか? ポケモンと人間ですよ……? 一緒になれる訳ないじゃないですか。それに愛してるから閉じ込めるって……。貴方おかしいですよ……」
『おかしい、ね……。そうだね、確かに私は何処かおかしくなっているのかもしれないね』
現在進行系で恐怖しているカブトの顔をその深い蒼の瞳から離さずに、ダークライは自身がおかしくなっている事を認めた。暫く見つめ続けた彼女はふと視線を逸らす。此処ではない何処か遠くに視線を向けて過去に想いを馳せる。今、彼女が何を考えているのか、それは彼女にしか分からない。
追憶を終えた彼女は怯えるカブトに再び視線を向けて、その手でなぞるようにカブトの頬に手を当てた。
『でも、私がおかしくなったのはカブト君の所為。貴方が居なければ私が狂う事も無かった。だから責任を取ってください』
引き込まれる様な蒼。何処までも深く、暗く、澄んだその瞳はただ一人の最愛の人しか映さない。それは想い人を見つめる乙女の瞳でもあり、同時に獲物を捕らえた捕食者の目でもある。悪夢は彼女のテリトリー。故にカブトには…………
『此処は死神すら恐る悪夢の世界。時間は無限にあるの。だから…………貴方も私と一緒におかしくなって?』
逃げ場なんて何処にも無かった。
カブト
やっと悪夢から脱出した主人公君。話の都合で分裂したプラナリア系主人公。此処から先は修羅場だぞ?
ダークライ
唯一の勝ち組。ダークライは強キャラってはっきりわかんだね。
クレセリアさん
実は殆ど出番が無かったポケモン。カワイソス。頑張れ!手持ちに入らなくても夢の中で会えるぞ!
夢カブト君
何故か分裂した右半身。まるで意味が分からんぞ!何故かって?愛だよ、愛。(生きて帰れる可能性は)無いです。