カブトはポッポが朝を告げると同時に目を覚ます。妹を名乗るラティアスによって弱らされた体を無理矢理鼓舞してベッドから立ち上がる。
「ふぇー、なんか酷い夢を見ていた気がします。あと近々、胸元にオレンジの宝石をつけて紺の体色にオレンジのラインが入ったポケモンに捕まりそうな気がしますね。僕のサイドエフェクトがそう言ってます」
お前、エスパーだったのか? というツッコミも程々に、変な夢を見て精神、身体共に疲れ切っているがカブトは身だしなみを整える。
休日ならば休んでいても問題は無いが平日は普通に仕事だ。一年程チャンピオンだった事で彼の貯金は中々のものだが、彼のポケモン達に不自由なく暮らさせる為に金は幾らあっても足りない。
普通のトレーナーならばそこら辺のトレーナーと戦い、互いに賭け金を真っ当に取り決めをしてから賞金稼ぎをして金を稼ぐだろう。現にカブトも旅ではそうやって生計を立ててきた。
だが、考えてもみて欲しい。元チャンピオンがそこら辺の短パン小僧から金を巻き上げるとか問題行為過ぎる。正直、そんなチャンピオンは嫌だ。だからこそ、最近はジムリーダーや四天王でも専業トレーナーは少なくなっている。
故に、カブトが選択したのは大量の金が一気に手に入る様な職業。即ち、ポケウッド俳優である。更に、有名になれればキッサキシティの宣伝にもなるのだ。一石二鳥とはまさにこの事。
そんな簡単になれるわけないだろいい加減にしろ! という意見は尤もだ。だが、ポケウッドはオーナーのスカウトさえ手に入れればすぐにでも俳優になれ、そこから実力があれば人気俳優にもなれるシンデレラシステムだ。
そして、カブトは頭が空っぽなだけで実は何でもできる完璧超人。トップスタァの道を駆け上がる事など造作も無い。数ヶ月で荒稼ぎした、出来てしまった。そんなトップスタァがほっとかれる訳が無く、あれよあれよという間にポケウッドが抱えるメイン俳優になってしまったのだ。
一体全体どうなってんだ……。
カブトが準備を整えていると、ドアを突き破って突っ込んでくる影が約1名。また修繕費が嵩む……。
『ごめんなさい! 纏わり付く虫を始末するのに手間取って遅れてしまいました!』
「もう起きてますからそんなに急がなくても大丈夫ですよ、ラルちゃん」
着替えを終えたカブトの部屋へと飛び込んできたのは、漆黒のドレスを纏った様な姿が特徴的なサーナイト。カブトがリベンジを果たす為の武者修行中に出会った色違いのラルトスが進化したのが彼女だ。そして、この花嫁の様な姿はメガシンカした姿。何故か彼女は常時その姿で生活している。
彼女が常時メガシンカしているのは何故なのか分からない。ただ、彼女がメガストーンを手渡された時に感極まってメガストーンを飲み込んだ事が原因の一つではないかと言われている。当然、飲み込んだだけでそんな事にはならない。しかし、突然の凶行に焦ったカブトがポケモンドクターの元へと駆け込んだ際での検診でメガストーンが体内で吸収されて融合しているという奇怪な現象が発見された。
その現象がこの状況を生み出したのではないか、という説も学会では提唱されている。その大発見? のお陰で、彼女とカブトは定期的に研究所に行く事になる事になってしまったが。
『そんな訳にはいきません! だって私は……』
そこで言葉を切ると彼女はその白い頬を赤く染めながらもカブトをしっかりと見据えて優しく微笑んだ。
『カブトさんの
「……? 何だろう。字と読みが致命的に食い違ってる気がする」
カブト、お前は多分間違っていない。
ラルちゃんは強者揃いのカブトパーティーの中でも非常に優秀なポケモンだ。バトルに於いてもカロスのチャンピオンであるカルネのサーナイトに引けを取らない実力を持っている程に。
日常生活でも彼女はトレーナーに対して非常に忠誠心が高く、他の問題児達と比べると随分行動が大人しく感じられる。
なんだ、ラルちゃんっていい奴じゃん!
……というのはあくまで表面上の話。彼女は、おそらくカブトの愉快な仲間たちの中でも一二を争うほど狂気に触れてるポケモンだ。
『いえ、これで間違っていません。覚えていますか? 私とカブトさんが初めて会った日の事を』
カブトをベッドへと座らせ、ラルちゃんはその隣へと腰を下ろす。そしてそのまま回想シーンへと突入させる。
カブトとラルちゃんが初めて出会ったのは、カブトがシンオウリーグにて敗北を喫した後に始めた武者修行で一番最初に立ち寄ったホウエン地方での出来事だ。
『最初に出会った時、カブトさんは群れから追い出された私にこう言ってくれましたよね。美しいお嬢さん、僕と契約して手持ちポケモンになってよ、と』
「言いましたっけ、そんな事?」
言った覚えのない言葉に思わず首を捻るカブト。ラルちゃんはそんなカブトを気にせず言葉を続ける。
『はい! 私、カブトさんが私を求めてくれてすごく嬉しかったんです! 今まで疎まれてきた私を必要としてくれる、そんな王子様がいつか私を迎えに来てくれる。ずっとそう信じていたから』
カブトさんが私の王子様だったんですね、と、彼女はその身体をカブトにしなだれかかる様に密着させる。
「そうなんですか。僕もラルさんが手持ち入りしてくれて嬉しかったですよ」
その言葉を聞いたラルちゃんは嬉しそうに笑うと、更に身体を擦り付ける様により密着度合いを上げる。
『もう! カブトさんったら、そんな事言わなくても分かっていますよ! だって私達、夫婦じゃないですか!』
「……んん?」
聞き慣れない言葉に戸惑うカブトを他所に、ラルちゃんは楽しそうに話を続ける。
『私、あの日の事は絶対に忘れません。流星群が降り注ぐ夜にカブトさんが、私に対して好きだ、愛してる、結婚しよう、なんて言ってくれるなんて!』
「……んんんん???」
カブトは困惑を隠せない。そんな事言った覚えがないのだ。
『昨日もカブトさんは私をあんなに激しく求めてくださってとてもステキでした。普段のゆるふわ系なカブトさんも大変可愛らしいのですが、私だけに見せてくださった乱暴な一面もまた素晴らしかってです!』
「……ごめんなさい。全く記憶にありません」
本気で困った表情を浮かべながらラルちゃんに彼女の語る様な記憶が無いことを伝えるカブト。しかし、彼女は止まらない。
『そんな! 私達はあんなに愛し合っていたのに……。結婚したことも覚えていないのですか?』
「ないです」
当然だが、カブトはそんな事を言った事はないし、そんな行動をとったこともない。全てラルちゃんの妄想の産物だ。恐ろしい事に彼女は現実と自身の妄想の区別がついていない。彼女の中で行われた妄想を全て現実で起こった事だと思い込んでいるのだ。彼女の中ではカブトとラルちゃんは夫婦で互いに愛し合っていて、初対面の頃から両思いで流星群が降り注ぐ夜に告白したらしい。設定盛りすぎじゃない?
ただ単に自分の妄想に浸るのは構わない。しかし、それをカブトに押し付ける様になるのは非常に危険な兆候だ。
サーナイトはトレーナーを命懸けで守るポケモンと言われている。それは、一応サーナイトである以上ラルちゃんに関しても適応される。
命懸けでトレーナー(と自分が愛し合う妄想)を守るポケモン。
何も違いは無いな!
「……もうそろそろ出発する必要があるので構いませんか?」
『ごめんなさい。私ったらお話に夢中になって……。いってらっしゃいカブトさん』
「はい、行ってきます」
ラルちゃんとの会話を切り上げたカブトは自身の職場であるポケウッドへと歩いて行った。
『お気をつけてくださいね!』
ラルちゃんはカブトが見えなくなるまで窓からずっと見守っていた。
☆☆☆☆☆☆
「じゃーね! カブトくん! また次もよろしく頼みますよっ!」
「はい、お任せください!」
撮影を成功させて映画の確認を終えたカブトにオーナーのウッドウさんが声を掛ける。いつの間にやら興行収入を億単位で叩き出すトップスタァになってしまったカブトは群がるファンを躱しながら帰路につく。当然、スタァの義務として軽い変装も済ましている。帽子をかぶってサングラスをかけているだけだが。
しかし、この帽子というのにも中々のこだわりがある。例えば、安直に赤い帽子を被ろうものなら、どこかのカントー地方のピカチュウやニョロボンを手持ちとする爽やかイケメンチャンピオンとキャラが被ってしまう。
ボルサリーノハットでは悪の組織のボス感が半端ない。
麦わら帽子だと実は性別が女の子だったとかありそうで却下。
そこでカブトが最初に選んだのは目出し帽だったが、身につけてからジュンサーさんから職質される回数が飛躍的に増えたので泣く泣く断念した。仕方なく、今はそこら辺に売っていたハンチング帽をそのまま身につけている。結局悩んだ意味ないじゃん。
そんな彼はタチワキシティのポケウッドからライモンシティの遊園地へと向けて徒歩で移動していた。カブトは今日仕事終わりにここで待ち合わせをしていたのだ。命知らずな奴だぜ。
カブトと待ち合わせをしているのはルリという少女。彼女はルッコと名乗って俗に言うところのポケドルなる職業についている。彼女との出会いのきっかけは彼女の古いライブキャスターを拾った事が始まりだった。そして、ライモンシティの観覧車で何度か顔を合わせて遊んだり、相談に乗ったらなどを繰り返して今に至るという事だ。彼女は薄々カブトがポケウッドのトップスタァである事に気がついている様だ。
しかし、カブトの目は節穴なので彼女がポケドルのルッコと同一人物である事に気が付かない。全身不感症系主人公は伊達じゃないのだ。
なんやかんやでライモンの遊園地にたどり着いたカブトは、観覧車の前で待っていた少女に手を振り駆け寄った。
「あっ! ルリちゃん! ごめんね、待たせちゃったかな?」
「えっ? べっ、別に待ってないよ! わたしも今来たところだから……。あはは……、ねぇ、よかったらまた観覧車に乗らない?」
「ええ、乗りましょうか」
何度か繰り返したやり取りをしながら観覧車に乗り込む二人。二人ともそれ相応の有名人なので割とスキャンダルな状況だ。
狭い個室に男女が2人、何も起こらない筈がなく……。いや、何も起こらないんだけども。
「何度乗っても素敵な眺めだよね……。あなたと一緒だからかな?」
「そうだね、僕もそこそこ色々な地方を巡ってきたけどポケモンは別として人と一緒に景色を見るのはなかったからね。もしかしたら、そうなのかも知れない」
「カブトくんは色々な地方を旅していたんだよね。どんな旅をしてきたのか教えてくれないかな……?」
「いいよー。そうだね、まずはシンオウ地方からかな……」
観覧車にて隣り合わせで座り、一つの窓から景色を眺めて話に花を咲かせる男女。その距離は非常に近い。互いに忙しい身であるが故に会う事がそう簡単ではない。だからこそ、この様な時間を大切にしようという感情が両者に共有されているのだ。
「あっ……、もう終わっちゃうね……」
一周した観覧車から2人は互いに満足げな表情を浮かべながら出てきた。
「今日はありがとう。カブトくんには相談に乗ってもらったりしていつも元気をもらってばかりだよ」
「それは僕のセリフですよ。僕もルリちゃんと話せて楽しいですから」
「よかったら、また、誘って欲しい……かな」
「勿論、また遊びましょう」
笑顔を浮かべて楽しそうな若者2人。同年代ということもあり話も合うのだろう。カブトとルリの距離感は物理的にも精神的にもそこそこ近い。
しかし、そんな良い感じの雰囲気をぶち壊すかの様にライブキャスターの音が鳴り響く。
「あっ、ごめんね。僕のですね」
ルリに許可を取りカブトはライブキャスターの通信に答える。
「どうしたんですか、スズナさん」
「カブトくん、今会っている人誰?」
突然の質問にカブトは面食らってしまう。何故、彼女が今自分が人と合っている事を把握しているのか分からなかったからだ。
「え? いや何で今、人と会ってること知ってるんですか?」
「いいから答えて!」
彼女の剣幕に押される様にカブトは答える。正直怖い。
「えーと、ルリちゃんっていう友達ですよ」
「ふーん、友達ね……。嘘じゃないみたい。分かったわ、ありがとうカブトくん。また、いつか2人で遊びに行こうね」
「あっはい」
それでスズナさんからの連絡は終了してしまった。全身不感症系主人公のカブトは何のことやら分からずに首を捻る。
「何だったんですかね……」
「ねぇ、カブトくん。さっき会話してた女の人……誰かな?」
後ろからカブトに近づいていたルリが彼に問いかける。
「うおっ! びっくり。さっきの人はスズナさん。友人だよ」
「あはは……、そうなんだ。ごめんね、疑ったりして……」
「い、いや大丈夫だよ……(疑うって何を……?)」
普段と違うルリの態度に困惑するカブト。彼女の目つきが少々険しいのが非常に気になってしまう。
「あはは……、今度こそ本当に2人きりで会いたいな……。また誘ってね。またね、カブトくん!」
「あ、はい。じゃあね」
ルリに別れを告げてライモンを後にするカブト。しかし、彼の受難は終わらない。家に帰っても自分の事を妻だと思い込んだサーナイトのラルちゃんが待ち構えている。しかも、待ち構えているのはラルちゃんだけではないのだ。同じくらい厄介なポケモン達が待ち構えている。
外に出てもポケモンから人に変わるだけで性質は変わらない。
正直詰んでるよね、彼。
カブト
トップスタァ。バイト感覚で役者になったらそのまま登り詰めてしまったシンデレラボーイ。今人気のポケドルと密会しているらしい。
ラルちゃん
洒落にならない妄想系ヤンデレ。設定盛りすぎな妄想をカブトに押し付けている。群れから追い出されたのってまさかそういう理由で……?地味に色違いメガシンカ状態で生活している。それ体に負担かからない?
ルリちゃん
ルリ!ルリなのか⁉︎逃げたのか、イッシュ地方から。まさか自力で脱出を!
既にヤンデレ気質とか言われててグラスフィールド。BW2の男主人公?アイツは多分女主人公と仲良くやってるよ。多分、ポケモンシリーズで1番可愛いと思う。