孤島の風は荒野に靡く 作:αの名酒
始めに言っておこう。
かつてサバイバル・ガンマンでγ鯖の一員たるアトバードとしてバカスカ銃を人畜問わずに乱射していたが、現実に“それ”を持ち込んだ事は無い。無論、衝動的に発砲欲求を感じることはあれど、それ以上の理性の鎖で己を縛ることで世間に順応していた。なんなら将来的には一国一社の主になるということで、彼のメンタルは一般人よりも強い強度を誇るかもしれない。
そもそもこの手の想像・妄想はカリギュラ効果という立派な名前がつけられるほどには当然のものであり、なんら彼だけが責められるいわれはない。
ほら、疑いようもない常識人じゃないか。
だから。
「幼女アバターってのはッ、何で皆そんなにタチが悪いのかなぁ!!!」
たとえ現在進行形で幼女と命燃やす逢瀬を愉しんでいたとしても、それはまったく問題ないのだ。恨めしい絶叫とは裏腹に、その顔には満面の笑み。死への怖れ? 何を馬鹿な、死神くんは善き隣人じゃないか。
「なんかこの人恐い恐い恐い!?」
対するは全身をピンク一色にコーディネイトした幼女を
「何が恐いだよクソガキ! 最初にあんな悪質なブービートラップ仕掛けたのはそっちだろうが!」
「避けてんじゃん、ノーカンノーカン!」
「……になるわけないだろ!!」
手にしたマグナムが幼女の足元に火を放つ。鈍感な鳩でさえ豆鉄砲におののくのだ、繊細な人間なんて事前に知らされていたとしても致命的な火器を向けられればどうなるか想像に易い。
そしてその恐怖は一歩先の僅かにえぐられた弾痕を、何倍もの深さに仕立て上げる。
「わうぇぶっ」
「ようやくチャンスタイムだ……!」
躓きの勢いを削ぐことなく、幼女はあえて立ち上がれるまで転がり続ける。その軌跡を銃弾は追うが、辿り着く前に幼女が体勢を持ち直す。
「チィッ……的が小さすぎる」
その癖ステータスは大差ないのだからひどい話だ。もっとも、リアルと比べて体の誤差が大きいほど常人にとっては扱いにくいはずなのだが、今昔幼女共がおかしいだけだろう。
兎にも角にも逃げる悪魔を仕留める為にマグナムのトリガーは動きを止めない。弾倉が回るごとに砂煙が上がる。
「やっと弾切れ……ってなにそれ?!」
「これくらいできなきゃ
銃に魅入られた者たちは、その必定の
だが生憎争いと騒乱の神は非番、代わりに平和の女神様が只今の当直のようで。
「ラッキー!」
「あっ、待てッ」
前触れもなく巻き起こった一陣の旋風が、少女を包む特上の防壁となる。如何なアトバードでも眼球を砂粒でスナイプされる中で、潜伏する小さなターゲットを狙撃するのは無理がある。
「……どこだ」
瞼を薄くこじ開けても、既に幼女はどこへやら。だが同じ穴の狢たるアトバードは理解している。悪質なトラップを仕掛けるほどにPKに固執するような者ならば、撤退は選ばないはずだと。無論ただの不利な状況なら撤退もありえる。しかし消耗は少なく、相手が自分を見失うというアドバンテージ付の恵まれた条件をみすみす捨てるとは思えない。
視覚に頼るな、孤島の嗅覚を呼び覚ませ。メインウェポンらしきP90の有効射程は約200メートル。視認し辛いのは向こうも同じ、ならば間隔は更に狭まる。周囲の地形を脳裏に描け。
「見つけた」
九時方向80メートル、砂丘裏。僅かに揺れた頭装備を飛燕は見逃さない。
「やっぱり狙撃はコレに限るね」
二丁拳銃をしまい、代わりに構えるのはマスケット銃。どんな物だろうが凶弾に変えるという万能性を誇りながら、酷すぎる命中率のせいでネタ装備に甘んじていた銃だがアトバードにしてみれば何万回も撃ち続け、もはや腕の延長ともいえる武器。
「…………………………今」
砂煙が邪魔? 冗談。生い茂る密林をブチ抜いてヘッドショットをキメるくらいには銃を嗜んでいるガンマンが、高々視界が霞んだ程度で外す訳がない。
飛び出した弾丸は予測された歪んだ軌道を描きながら、少女の手折れそうな体に着弾し、吹き飛ばす。
「50点。リコイルが違うからかな?」
外した。されど不服そうでも肩にヒットはしている。彼にとっての満点の基準が高すぎるだけなのだ。今の芸当を見せるだけでも上位クランからお誘いが殺到するだろう。
「さあさあもっと撃ち合おうよ!
「こんちくしょー!!」
走る。奔る。
視線が。矮躯が。弾丸が。
縦横無尽に駆け巡り、時に交わる。
飛び越し、回り込み、例え最短距離でなくとも喉元に食らいつければ同じだと桃色のラインが砂漠に引かれる。
やがて両者の隔たりが五メートルを切った時。
「そこっ!」
「ずっとグレネード抱えてたとか最高か!」
隠し持っていたグレネードが、アトバード目掛けて投擲される。一度でも被弾すれば自爆の危険すらあったのに、彼女は砂丘から今の今まで文字通り特大の地雷を抱えていたのだ。
だがアトバードとて大人しく死ぬはずもなく。互いのちょうど中間地点で制限時間内に銃弾を当てることで強制的に起爆。二人を爆炎が別つ。
「仕切り直しにするつも」
「てぇぇぇぇぇぇりゃぁぁぁぁあ!!」
「……ハハッ! 正気か、君ならぜひ孤島に招待したかった!!」
喚声一声。未だ肌を焦がす熱が漂っていたであろう爆煙まみれの空間を、自慢の足に物を言わせて最短で駆け抜ける! 可能性としてはありえた、しかし想定外の奇襲。事実高熱に曝された頬からはダメージエフェクトが散華する。
そんな彼女の手には愛用のP90ではなくサバイバルナイフ。中距離戦ではアトバードにどうしても分があり、近距離に持ち込もうというのか。実際のところ、彼女が銃口を定める間にアトバードは一発は致命弾を打ち込めるので、これが最適解だったりする。
既にマスケット銃を振り回すには近すぎ、拳銃を取り出すには遅すぎる距離。並大抵のプレイヤーならここで決着が付く。鋭利な切っ先はアトバードの喉仏を切り裂──
「悪いね、バイノーラル解体までなら経験済みだ」
──く直前、突き出した左手に強引に逸らされた。ダメージエフェクトがドバドバと掌から溢れ出るが、お構いなしにその手は都合良く接近していた少女の頭を鷲掴む。
たとえ額に冷たい銃口が突きつけられたとて、顔に巨獣の吐息が掛かったとて、彼らは生命の鼓動に歓喜していた。今さら少女のナイフにビビるほど柔じゃない。
「え?!」
彼女が驚くのは頭を掴む左手ではなく、その逆。空いた右手が装備するモノ。銃ならば彼女も脊髄反射で動けただろう。
ところで人は何を以て『危険』と判断するのか。鼻をつく刺激臭? ギラつく刃? 挙げたこれらは危険を象徴する『記号』でしかない。ならばこの場において、『銃』という危険を示す特大の記号を手放し、代わりに
「採っててよかった《整備》スキル、持っててよかった隠し弾!」
それは、銃身すら揃わない過酷な
少女の頭に密着する左手の薬指と中指に握られたのは、雷管。片手を弾倉兼バレルに、もう片手を撃鉄に。これこそがγ鯖秘伝の奥義、衝動を抑えきれなくなった発砲狂たちの最終手段ならぬ最終手
「
撃鉄役の右手を限界まで引き絞る。
そしてようやく、事ここに至って混乱から復帰した少女のナイフも血を求めて再始動。
「
「死ねぇぇぇぇぇぇええ!!」
血飛沫と銃弾と白刃と。
勝利に届いたのは一体どれだったのか。
『