椿の男   作:師走亀

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 日本の伝統色に「椿」と呼ばれる色があります。これは単色ではなく「蘇芳」と「茜」の二色がそろって成り立つ色です。





 

 

 江戸幕府が日本を統治していた頃、遊郭にひとりの娘がいた。

 梅と名づけられたその娘はたいそう美しく、大人でもはっと息をのむほどであった。

 

 しかし、激しい性格の梅は他の者や物に当たることがあり、店の者は扱いあぐねていた。

 

 

 

 そんな梅の元へ熱心に通う男がいた。

 男の目は左右で明るさの異なる赤色で、周りの人間は男を遠巻きにした。しかし梅は男のびいどろのような目を気に入っていた。

 梅は心の中で、男の目を椿の色と呼んだ。

 

 商いを生業とする男は梅に美しい贈り物を持ってきた。

 菓子や紅、着物など、南蛮由来の品を持ってくることもあった。男の贈り物はどれも梅の好みにぴったり合ったので、梅は男が来ると機嫌が良くなった。

 贈り物の中でも特に紅鶸色の帯がお気に入りで、梅はその帯を見るたびに上機嫌に鼻唄をうたった。

 

 

 

 ある日、男は梅に簪を贈りたいと話した。

 梅と梅の兄がうなずいてくれるなら、梅を身請けして嫁にしたい、と。

 梅はわざわざ確認をとる男に呆れたが男をそれなりに気に入っていたので、自分に一等似合う簪ならばもらってあげると言った。

 男は顔を真っ赤にして微笑んだ。

 

 

 

 さて、梅が椿の男に求婚される少し前、梅に侍の客ができた。つまらない男で梅はまったく興味を持てなかった。

 いらいらして素っ気ない態度になっても、子猫のようで可愛らしいと侍は笑った。

 梅は気持ち悪くて仕方がなくて、侍のにやついた顔に茶をかけてやりたかった。

 店の外で梅に会う順を待つ椿の男に気づかなければそうしていただろうし、その後椿から求婚されなければ侍への苛立ちで周囲に当たっていただろう。

 

 

 

 椿が梅の身請けをする日が決まってすぐのこと。数度目にやってきた侍は、梅に簪を持ってきた。

 真っ赤な梅の花の飾りがついた、美しい簪である。

 

 侍は簪を「買い取った」経緯を自慢げに語る。

 

 

 

 遊郭への道すがら、真っ赤な目の男が視界に入ったらしい。左右で彩度が異なる目が不気味だったとも言った。

 侍は、赤目の商人が梅のもとにたびたび通っているという噂を聞いたことがあったので、そいつが噂の人物だと気づいた。

 いまだ自分に澄ました顔しか見せない梅を思い出して、道の端を歩く男にずんずんと近づくと勢いよく肩をぶつけた。

 男はよろめいて、尻餅をついた。

 貧弱な奴だと鼻で笑うと、ふと、男の荷物の中身が見えた。男の風呂敷には女性用の装飾品がいくつか入っていて、その中でも特に目を引いたのが、梅の花の簪である。

 

 梅の簪をつけたあの娘はたいそう美しいだろう。

 侍は商人に優しく声をかけた。

 

 ぶつかったわびにその簪をもらってやろう、と。

 

 商人は侍の親切な言葉に頷かなかった。

 それどころか、これは売り物ではないのですと頭を下げて反抗した。

 

 ならばと侍は商人を「説得」し、見事に簪を手に入れたのである。

 

 

 

 侍が話し終えると、梅は目の前が真っ赤になった。

 

  「奪われる前に奪え」

 

 兄の言うとおりだ。

 目の前の畜生はすでに梅のものを奪っている。それは許されないことだ。許してはならないことだ。

 梅は激しい怒りに身を任せ、簪を奪い取ると侍の目に突き刺してやった。

 

 我慢する理由はない。

 かつて梅を踏み止まらせた男を、目の前の畜生は傷つけたのだから。

 

 

 

 

 

 梅は侍に縄で縛られ火をつけられた。

 赤い炎が己を包む。肉の焼ける嫌な臭いが鼻について、身体中を這う炎の熱で、涙が止まらなかった。

 梅は必死にくちを動かして兄と男に助けを求めた。

 しかし、梅の声はだんだんと小さくなっていき、ついにはうめき声がもれるだけとなった。

 

 おかしい。こんなのおかしい。幸せになれるはずだったのに、どうして。

 

 梅は頭がぼうっとしてきて、そのまま目を閉じた。熱くて苦しくてたまらないのに、体に力が入らない。

 

 

 

 真っ黒になった視界の中で、兄の叫び声を聞いた。

 

 





 彼女の血鬼術は帯ですが、きっと人だった頃に帯に関する思い出があったのでしょう。
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