椿の男   作:師走亀

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 妓夫太郎の一番は妹です。
 これは何があっても、生まれ変わっても変わりません。





 

 禿の頃から妹目当てに店を訪れる男はたくさんいた。

 その男は客の一人だった。

 

 男は左右で色の違う目を気味悪く思われて、周りから遠巻きにされていた。

 妓夫太郎は、見目のせいで周りによく思われていない男にほんの少し仲間意識のようなものを抱いていた。妓夫太郎自身、その容姿から周りに虐げられた過去があるからだ。

 

 

 

 そんな男はなぜか妓夫太郎を見かけるたびに話しかけてきた。時々立ち話をしたし、仕事終わりに飯をおごられることもあった。

 

「安心してほしい。お梅ちゃんのご家族とも仲良くなりたいという下心なので」

 

 あと、年上の男はキリリと顔を引き締めて言った。

 妓夫太郎は堂々と言うことではないだろうと呆れたし、男があまりに澄んだ目で話すので、男を変人だと思った。

 妓夫太郎が男を個人として意識したのは、この辺りからだった。

 

 

 

 

 

 男は何度も妹へ会いに来た。

 妹は初めはただの客として相手をしていたのに、近頃は男が来ると機嫌がよくなった。妓夫太郎に、男と何を話したとか何をもらったとか話すのだ。

 妹は己がほおを赤くしてにこにこと笑っていることや、話の中で、男を椿と呼んでいることに気づいていないようだった。

 妓夫太郎は穏やかな気持ちで、かわいい妹の話に相づちをうってやった。

 

 

 

 

 

 ある日、椿の男は相談があると言って仕事終わりの妓夫太郎を呼びとめた。

 二人でだんごを食べながら、椿は緊張した様子で妹を嫁に欲しいと言った。

 なぜ己に言うのかと妓夫太郎が問う。

 

「きみは彼女のただ一人の家族だ。ご家族に何も言わず嫁にきてもらうのは気が引ける。それに、きみの一等大切なお姫さまをもらうのだから、きちんと話をしたかったんだ」

 

 大真面目にそんなことを返すので妓夫太郎は呆れる。しかし同じくらい喜んだ。

 不思議なほど妹に惚れ込んでいる男が妹を蔑ろにすることはない。

 自慢の妹はきっと幸せになれるだろう、と。

 

 そこに己はいなくても。妓夫太郎は改めて妹を誇らしく思った。

 

 のだが、

「妓夫太郎さんもうちにこないか?」

 

 はぁあ? と妓夫太郎は思った。声にも出たようで男は言葉を続けた。

 

「妓夫太郎さんの腕っ節なら、うちでも仕事があるんだよ。用心棒とか。ここほどじゃないけどガラの悪い客が来ることもあるし」

「そいつは梅にも言ったのかあ?」

「まだだ。まず妓夫太郎さんがどうしたいのか聞きたかったから」

 

 どうだろう?と男が言う。

 妓夫太郎は少しだけ黙って、もちろんだとうなずいた。

 妹は己がいないとだめだし。

 妹と男と三人でいるのも悪くないと思ったので。

 

 

 

 

 

 それからしばらくたったころ。妹が客の侍に怪我をさせた。

 侍は簪で片目を突かれて失明したのだと、女将はカンカンに怒った。

 妹は女将に叱られてふてくされていたが、そのせいで身請けの日が延びたと聞くとしょんもりと落ち込んだ。しばらく、店に出られないだろう。

 

 妹は泣きながら客の目玉を突いた訳を話した。侍が椿に怪我をさせたのでその分を取り立てただけなのに、と。

 妓夫太郎は妹の涙をぬぐってやって、目一杯抱きしめた。

 

 

 

 

 

 その夜、妓夫太郎のもとへ椿が現れた。顔に痣ができていて、腕には包帯を巻いていた。怪我の様子を見て、妓夫太郎はむかむかした。

 

「お梅ちゃんに会えなかった。簪を失くしたことを謝りたかったのに」

「簪は身請けの後にでも渡すんだな」

 

 なぜか気分が悪くなったのでそっけなく言うと、椿は眉を下げて、そうするよと返した。

 

 

 

 

 

 

 梅が身請けされる日が近づいた。

 妓夫太郎のここでの仕事も今日で最後。

 本当は、もう妓夫太郎は仕事をしなくていいのだが、椿の顔を見たくなくて仕事に出ていた。

 

 

 空気が冷たくて、吐いた息は白かった。

 

 

 

 

 

 

 仕事を片付けて妹のもとへ帰る途中。

 道の端にぼろ雑巾のように捨て置かれた塊を見つけた。そのぼろからちらちらと赤い目が見えて、妓夫太郎の背に悪寒が走る。

 

 

 慌てて近づくと、死にかけの男はかすれた声で言った。

 お梅ちゃんのとこに、妓夫太郎さんは早く行ってくれ、と。

 椿色の目が妓夫太郎をにらんだ。

 はやく。たのむ、いそいでくれ。

 妓夫太郎は弾かれたように走りだす。

 この年上の男が、こんなに強い目をしたのは初めてだった。

 悪寒が止まらなくて、背中がぞわぞわとして、額にはいやな汗が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 妓夫太郎が息を切らして帰ると、そこには丸焦げになった妹がいた。

 華奢な体は身動きできないように縄で縛られていて、妹の真っ黒なくちびるからはうめき声が。

 

 虫の息の妹を抱きしめる。生き物が焼ける嫌な臭い。焦げた表面がぽろぽろと崩れて妓夫太郎を汚す。

 

 

 妓夫太郎は叫ぶ。

 やめろ、やめろ、やめろ、と。

 兄妹に情を与えた者はひとりだけだったのに。

 その男は妹を嫁にもらうはずだったのに。

 死にかけの男を見捨ててまで、己は妹を助けにきたのに。

 

 己から妹まで奪おうというのか。

 

「許さねえ‼︎ 許さねえ‼︎ 元に戻せ俺の妹を‼︎

ーーーでなけりゃ、神も仏もみんな殺してやる!」

 

 恨みのこもった声だった。怒りに満ちた声だった。胸をかきむしりたくなるような悲痛な声だった。

 その声を憐れむような善人はこの場にはいなかったけれど。

 

 

 突然、背中に激痛が走った。

 

 あまりの痛みに叫び声は止まり、妓夫太郎は倒れる。妓夫太郎の後ろには、刀を振り下ろした侍と梅の店の女将がいた。

 心臓の音がドクドクとうるさいのに、不思議と侍と女将の会話がはっきりと聞き取れた。

 

 

 

 妹は侍の目の報復に焼かれたのだと。

 女将が侍に、妓夫太郎を殺すように依頼したのだと。

 妹と妓夫太郎を買い取りにきた椿の男から、金だけとって切り捨てたのだと。

 

 

 妓夫太郎の細い腹にぐつぐつと怒りがたまった。体中が熱くなって、腹の底から力がわいた。鎌をにぎりしめる。真後ろに向かって飛び上がり、そのまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんの因果か兄妹は生きのびた。

 否、人としてはすでに死んでいるのだろう。

 

 人を食らわなければ生きていけない鬼畜生は二度と日の下を歩けない。

 

 

 ちらちらと雪が降るなか、鬼の兄妹は夜道を歩く。

 向かう先にはひとりの男。道の脇に捨て置かれた男は雪せいで濡れている。

 兄妹はゆっくりと男に近づいた。

 

 かすかに息をしているが男はいまにも死にそうだ。なぜ生きているのかわからないほど血が出ていた。

 妹は男のくち周りをぬぐった。

 乾いた血はぼろぼろと落ちて、雪と混ざって妹の美しい指を汚した。

 男はくちを動かすが、かすかにひゅうと音がなるだけだった。

 

 椿の目が妹をとらえる。人間離れした妹を見てもけっして目をそらさず、びいどろのような目には光があった。

 妹は椿の目にくちびるをおとすと、首に食らいついた。

 

 

 

 血をすすり肉を食らい、鬼の本能に従う妹の瞳からは涙が溢れていた。

 妓夫太郎は目の前の食事に加わらず、嗚咽まじりに好いた男を食らう妹と、柔らかい笑みのまま事切れた男を見ていた。

 





一等大切な妹を任せてもいいと思うくらいには、彼のことを気に入っていました。
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