椿の男   作:師走亀

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会えて嬉しいけど君たちが死んでしまったのは悲しいと男は言いました。



椿

 

 深夜。吉原遊郭。

 雲の切れ間から月光がこぼれる。

 男と女と金が行き交うにぎやかな町なみはすでになく、木片が散らばり瓦礫と埃で町はすっかり荒れてしまっている。

 そんな中、ひとりの少年が鬼の最後を見届けた。すぐそばで同じく鬼を見送った少女が、慰めるように少年に触れる。

 

「うー」

「大丈夫だ。ありがとう禰豆子(ねずこ)

 

 少年はボロボロの手で妹の頭をなでた。

 鬼との戦いにより少年は血を流しすぎた。体中傷だらけで今にも気を失いそうだった。しかし鬼を斬り人を守る者の一人として、彼はまだ動き続けなければならない。

 少年は手のひらをじっと見つめた。鬼たちの声が、肌の温度が、寂しそうな匂いがまだ残っている。

 

 例えたくさんの人の命を奪ったのだとしても、たくさんの悲しみを生んだ鬼だとしても、彼らはかつて人だったのだから。

 だからどうか。

 次に彼らが生まれ変わるのは、もっと優しい世界でありますようにと願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱちりと梅は目を開いた。

 

(アタシは…。そうだ、首を切られて)

 

 首に触れる。体から離れたはずの首はきれいに繋がっていて、顔にも首にも傷はなかった。

 辺りを見回すと先の見えない暗闇が広がっている。生き物の気配や空気の熱を感じないことに嫌悪感を覚えた。

 早くここから出たい。兄と はどこにいるのか。

 辺りを見回すと見慣れた後ろ姿を見つけた。真っ黒な景色の中でもなぜか姿がはっきり見えた。

 

「お兄ちゃん!」

 

 兄が、妓夫太郎が振り返った。妓夫太郎は少し目を見開くと、無言で梅に背を向ける。

 梅はすっかり安心して妓夫太郎の後を追いかけたが、ついてくるなと怒鳴りつけられた。思わず足がすくむ。なぜ妓夫太郎がそんなひどいことを言うのかわからなくて涙ぐむ。

 怒っているのだろうか。

 ひどいことを言ったのも、鬼狩りとの戦いに負けたのも、いつも足を引っ張っていたのも謝るから。そんなことを言わないでほしい。

 叫ぶように謝っても妓夫太郎は背を向けたままだ。梅を置いていこうとした。梅を、一人ぼっちで。

 

「やーだー‼︎」

 

 梅は細すぎる腰に向かって飛びついた。勢いを殺しきれずに二人で倒れてしまう。戸惑う妓夫太郎を抱きしめて、叫ぶ。

 

「ずっと一緒だって約束したのに、アタシを置いていくの? そんなの絶対許さないんだからぁ!」

 

 梅は、人間の頃の少女の姿で泣いた。

 

 妓夫太郎の頭に二人がずっと小さかった頃の記憶が浮かぶ。

 雪が降る日に二人で一つの(みの)に包まっていた。寒さとひもじさで顔と鼻を真っ赤にした梅をどうにかしてやりたくて、妓夫太郎は言った。ずっと一緒にいると。

 

(ばかだなあ。あっちの方へ行けばアイツが待っているだろうに)

 

 そう思いながらも妓夫太郎は梅を抱きしめ返した。いつのまにか彼も人間の頃の姿に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 梅が抱きついたままなので妓夫太郎の着物はすっかり濡れてしまった。それでも梅を退かす気にはなれなくて、なだめるように背中をぽすぽすと叩いた。どうしたものかと思っていると、二人に影がさした。

 

 

 

「久しぶりだね、二人とも」

 

 男の声に、二人は心臓が止まるかと思った。顔をあげると、はくはくとくちを動かして男の名前を呼んだ。

 

 その男は椿の花の様な赤い目を持っていた。

 両目の色が違うその姿は、きっと他の人間には気味悪く映るだろう。

 しかしこの兄妹にとっては。

 

 梅は妓夫太郎に抱きついたままさらに泣いた。

 妓夫太郎は梅を抱きしめる腕に力を入れてポタポタと涙を流した。

 男は、己の記憶と変わらない二人をそっと抱きしめた。兄妹が男の着物を強くつかむので、少し笑ってしまう。

 

「二人に早く会いたくて迎えに来てしまった」

 

 男は涙声で言うと、ぎゅうっと腕に力を込めた。

 

「俺も君たちと一緒に逝きたい。どうか、置いていかないでほしい」

 

 

 

 ジリジリと三人の周りに炎が上がった。炎の勢いは増していきそのまま彼らを包み込む。

 彼らは逃れるそぶりも見せず、ただ再会の喜びに涙を流していた。

 

 





大正コソコソ噂話

椿青年は梅に食われた後、この場所で二人が来るのをずっと待っていました。二人が来た瞬間ダッシュで会いに来ましたが、話しかけるタイミングがわからなくてちょっと困っていました。
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