<--------キリトリセン--------->
アローン襲来。
示現エンジンを破壊せんと向かってくる正体不明の巨大敵生態に立ち向かうは、人類が誇る空海戦力。掛け値なしに世界最強の練度を誇る最新鋭の近代兵装で固めた部隊が束になっても、しかしアローンには歯がたたない。このまま示現エンジン終了まったなしかと思われたその時、ふたつの影がアローンの前に立ちふさがる。一色健次郎博士が作った対アローン用兵装「パレットスーツ」を着た、一色博士の孫とその友人であった。「パレットスーツ」を着たふたりは、ミサイルですらびくともしないアローンをゴミのように叩き落としていく。勝利は間近かと思われたその時、ふたりに一色健次郎博士からの連絡が入る。
<---------キリトリセン---------->
モニター越しに一色健次郎博士は大声をあげる。
どうみてもカワウソにしかみえないが、なんか色々あったのだろう。
戦艦のミサイルが直撃しても平然としているような敵。
そんなのとつい最近まで病気療養していた自分がほぼ徒手空拳で戦えているのだ。
この時点で二葉あおいは半ば思考を放棄していた。こまけぇこたあいいんだよ。
しかし次なる言葉は聞き捨てならなかった。ドッキング。その方法。
「チューするんじゃ!」
チュー。接吻いわゆるキス――なにをいってるんだこのジジイは。
二葉あおいの脳は高速回転していく。チュー。
ドッキングってあれか、つまりはそういうことだったのか。
この空でみんなに見られながらやれと。目の前には女の子みたいな顔をした想い人の姿。
一色あかね"くん"と、チュー。
もう一度いう。なにをいってるんだこのジジイは。
そもそも服装の段階でおかしいと思うべきだったのだ、鼓笛隊が着るような服にスパッツって。これもしかしてあの博士の趣味か? 初恋の人の祖父は変態なのか。
男の孫に女装させてる時点でちょっと変だなと思っていたが、本物だったのか。
祖父が世界的な科学者だから、結婚するときに父親を説得しやすいとか思ってたけど。
こんな変態と親族になるのは嫌だ。いやしかし使えるものは親でも使えというし。
あおいは頭を抱えてもだえはじめる。変態の声が聞こえてきた。
「あおいちゃんはどうしたんじゃ?」
「そりゃあ、女の子にいきなり"チューしろ"はキツイよ爺ちゃん……。ほかに方法はないの?」
呆れた声で祖父に問いかけるあかね君。
あかね君のやさしさにあおいは涙がちょちょぎれそうになる。
しかし変態の声はにべもない。
「ないのう」
「そうか、じゃあしかたないか……」
あきらめるの早いよあかね君。
今度はちがう意味であおいは涙がちょちょぎれそうになる。
申し訳なさそうな顔をして、あかねはあおいにいう。
「ごめんあおいちゃん。そんなわけだから、オレとチューしてもらえないかな?」
「で、でも、その……わたし、ふぁ、ファーストキスだし……」
もじもじとあおい。このタイミングでなんでこんなカミングアウトをしなけりゃならないのか。
こういうやりとりは、せめてもっとムードのあるところでやりたかった。
たとえばホテルの一室。夜景広がる窓の前のベッドに並んで腰掛けるふたり。
あおいは緊張と期待に心を震わせながら、瞳をうるわせ、上目遣いであかねにいうのだ。
『あかねくん、わたし初めてなの……』
『僕もさ。だから緊張しないで、あおいちゃん。全部ぼくにまかせて……』
『あかねくん……ぁ……」
重なりあうふたつの影。そうしてふたりは結ばれるのだ。
しかし現実はといえばミサイル飛び交う戦場。
あかねはあおいの両手を掴む。真剣な眼差し。ドキリと跳ねるあおいの心臓。
「オレに、あおいちゃんのファーストキスをくれ」
「あ、あかねきゅん……!」
あかねの男らしい言葉に、あおいの瞳は潤む。
今さら書くまでもないだろうが、二葉あおいは一色あかね(♂)に恋している。
身体の方はキスどころかその先の準備もOKって感じだったが、二葉あおいの心はどこまでも乙女だった。勢いに任せてだなんていやだった。愛するからこそムードをなんて思ってしまうのだ。
「あの、だって、その……き、きたないよ!」
あおいは自分で口にしてなにをいってるのかと思った。
いざというときにそなえて出かけてくる前にいつもより入念に歯を磨いてきたのに。舌の上まで丹念に磨いてきたくらいだ。ゴシゴシ。っていうか客観的に考えるとマジでなにやってるんだろうかと自分で自分に疑問を抱くあおい。
「あおいちゃんにきたないところなんてないよ!」
あかねの力強い言葉。すぐ側でドカーンなんて音を立てながら戦闘機が落ちていく。
米国の最新鋭戦闘機で一機たしか250億円。運用できるパイロット育成費用が6億円。彼らが死ねば2階級特進で国からの年金は多めに出るだろう。
そんなあらゆる意味で税金の塊がバンバン落ちている。すぐ横でバンバン。
このままでは借金大国日本がますます借金をこさえてしまうではないか――と、そこまで考えてからようやく"人命"の二文字が脳裏に浮かんだ。
あおいは強烈な自己嫌悪に陥る。命の価値すら即座に金勘定してしまう自分が嫌だった。
(そうだ、わたしが悩んでるあいだにもたくさんの人が死んでいくんだ。ちゅ、チューくらい!)
あおいは覚悟を決める。やるしかないのだ。
「あかねくん! きて!」
両手を下げて、あかねを受け入れる姿勢をとる。覚悟完了。
あかねがあおいの両肩に手を添える。瞳を閉じて、あおいは顔をくいっと上に持ち上げた。早鐘を打つ心臓。これから世界のために唇を重ねて舌をからめあって歯列をなぞりあいつつ唾液を交換しながら公開ドッキングするのだ。世界のためだからしかたない。世界のためだから。
「いくよ、あおいちゃん」
「うん……」
ゆっくりとあかねが近づいてくる気配がして、そして――
***
結論からいえば、ドッキングは成功し、アローンは撃破された。
あかねとあおいの唇が重なりかけたそのとき、健次郎博士はいったのだ。
「チューするのはおでこじゃぞ!」
「あ、そうなの? 爺ちゃん」
てなわけで、あかねはあっさりとあおいの額にチューした。
その後の戦闘は当然のように勝ったのだが。
あおいは恥ずかしかった。自分の勘違いがひたすらに恥ずかしかった。
変態扱いしてごめんなさい健次郎博士。
ただセンスがちょっとおかしいだけだったんですね。
よくよく考えれば女装してるあかね君の格好はすごくありだと思います。
戦闘終了直後、目の前には当の女装したあかねが浮いている。
なぜだか、こころなし浮かない表情だった。
「あおいちゃん」
「な、なに?」
うつむきがちにあおいをみるあかね。少しためらいがちだった。
そういえば、と思いだす。ドッキングではたがいの思考を交換し合ったのだ。
あおいは上手いことあかねの入浴シーンの映像を取り出して「ぐへへ」なんて思っていたが。
あかねはいったい自分のなにをみたのか。まさか――瞬間、"失恋"の二文字が脳裏に浮かんだ。
やだ、聞きたくない。耳をふさいでしまいたい。
だけど現実から逃げることは出来ないのだ。
あかねにだって異性の好みはあるだろう。
自分が選ばれない可能性はあって当然だし、覚悟もしていた。
でもそれは、ちゃんと告白して、その上で断られるつもりの話であって。
こんないきなり頭のなかを覗かれて一方的に断られるなんて、そんなの残酷すぎる。
軽い気もちでドッキングなんてするんじゃなかった。
「貞操は大事にしなさい」といった父の言葉は正しかったのだ。あおいの視界がにじむ。
「あおいちゃんって……実はトマトがすっごく嫌いだったんだね」
「……え?」
「いってくれればよかったのにー」
あっけらかんと笑うあかねに、あおいはポカンとする。
浮かない表情に見えたが、それはただ言いよどんでいただけだったのだとわかった。
いや、しかし。
「ご、ごめんなさい!」
あやまるあおい。今度はあかねがポカーンとした表情を浮かべる。
「え? なんであやまるの?」
「だって……」
あかねのトマト好きは知ってる。
だというのに。あおいはぽつぽつと口を開く。
「あかね君とお友だちになりたいからって、トマトが好きだなんてうそついて……」
「んー、本当のこというとね。トマトのことは前からなんとなくわかってたんだ」
「え?」
「だってさ、給食の時間とかトマトみて固まってたりしたじゃないか。バレバレだよ」
「そ、そうだったんだ……」
そんなにわかりやすかったのか自分。あおいは凹む。
「でも、そこまでしてオレと友だちになりたかったんだなって。その、なんていうか……うれしかったな」
頬をかきかき、照れた笑顔でそういうあかねの姿に――あおいはズキューンと胸を打たれた。
「は、反則だよあかねきゅん……」
そんなことを呟きながら、胸を押さえてハァハァとあえぐあおい。
「それより、オレの方こそごめん。そんなにトマトが嫌いなのに、いじわるして」
「ううん。いいの、うれしかったから!」
「う、うれしかった?」
「うん。あかねくんがわたしにいじわるしてくれて、うれしかったの!」
怪訝な表情をうかべるあかね。あおいの言葉の意味がわからないようだった。
正直にいって、あかねからいじわるをされたおぼえはない。
ただ思い返せば、あれがそうだったのかなという場面は幾度かあった。
しかし、それであおいが涙目になったりすると急にオロオロし始めるのだ。
その姿が、あおいにはもう愛しく愛しくてしょうがなかった。
まして、あれはいじわるだったというのだ! やさしくてかわいいあかねきゅんが、自分にいじわるをしたのだ! 小さい男の子というのは好きな女の子にいじわるしてしまうものらしい。あおいの身体は興奮でぞくぞくしてきた。
未だに怪訝な表情を浮かべるあかねに、あおいはにこりと笑いかける。
それだけで安心した表情になる単純さも愛しい。あかねは笑顔を浮かべていう。
「あおいちゃん」
「なに?」
「これからもずっと仲のいい友だちでいようね!」
「うん! ……うん?」
あかねの言葉に力強く頷いて、あおいはハッとする。
「ず、ずっと友だちって……」
「……え、いやだった?」
「そんなことない! そんなことないけど……」
今のところ自分はあかねにとってそういう対象ではないどころか。
(眼中に……ない)
ぶっちゃけあおいは自らの容姿に自信があった。
付き合いだって長いし仲もいい。
額とはいえチューまでしたのだから、多少は意識されただろうと思っていたのに。
「ふ、ふふふ……」
顔を右手でかくして、ルルーシュがごとく笑い始めるあおい。
お笑い種である。失恋以前にスタートラインにすら立っていなかったのだ。
あかねはぎょっとした顔をする。心配そうに両手を伸ばしている。
「ど、どうしたのあおいちゃん?」
あおいは首を左右に振る。
「ううん、なんでもない――あしたからの学校が楽しみだね!」
「え? あ、うん、そうだね!」
あおいの笑顔に、困惑しつつもあかねは笑顔を返す。
ああ、本当に楽しみだった。
(明日から学校で――わたしの本気の身体をあかねくんに見せつける!)
こうなればムードもクソもない。
まずは意識させなければならぬと二葉あおいは決意するのであった。
そして翌日!
学校がなくなってた。物理的な意味で。