休日のショッピングモール。
その広場で、あおいはあかねと共に風船を配るバイトをしていた。
「おねえちゃん! ふうせんちょうだい!」
「はい、どうぞー」
「そっちのおねえちゃんも!」
「はいどうぞー、あとオレは男だよー」
たくさんの子どもたちの笑顔に囲まれ、こちらも自然と笑顔が浮かぶ。
バイトも、あかねと共に汗を流すことも非常に楽しいのだが。
こそりとあかねに声をかけるあおい。
「……あついね、あかねくん」
「……うん、そうだね」
今着ている郵便ポストみたいな妙ちくりんなキグルミはどうにかならないのだろうか。
本当に暑いし。二の腕部分が自由に動かせないため顔の汗も拭えなくて不便だ。
というかなにより顔出しさせる意味がわからなかった。
顔出しするならキグルミいらないだろ。観光地の顔出しパネルじゃないんだから。
担がれてんじゃないかとわりと本気でうたがう。
あれか、もしかして社長令嬢に対するいやがらせか。あ? 熱でゆだったあおいの思考は剣呑なものになっていく。気のせいか周囲に子どもがいない。
「ねえ、あかねくん」
「なに? あおいちゃん」
「このバイトは初めて?」
すこし考える素振りを見せてから、あかねは答える。
「三回目くらいかな」
「いつもこんな格好してるの?」
「うん。あ、でも」
「でも?」
「顔出しは今回初めてかな」
「そ、そうなんだ、初めてなんだ、顔出しは」
わけもなく頬を染めるあおい。
しかしあかねは気がついた様子もなくつづける。
営業用の笑みに、いつもの笑みを混ぜて。
「いつもは変な仮面かぶってるんだけどね、あれ暑苦しいし息苦しいしでたいへんだったんだ。だから今日はすこし楽かな」
いやがらせどころか変に気を使わせてしまったらしい。勘ぐってすいません。でもむしろ仮面はつけさせて欲しいです。こんな姿を知人に写メられピコリーンでもしたら。――ピコリーン?
「……ずいぶんとかわいらしい服着てるね、ひまわりちゃん」
「あおいこそ、ずいぶんと楽しそうなかっこうしてるね」
眼前に立っているのは、スマホ片手にニヤニヤしているひまわり。
その斜め後ろではわかばが苦笑していた。
***
バイトの中休み。
あおいとあかねはひまわりたちと屋外フードコートにて合流した。
テーブルを囲む4人。
「なんでこの暑いのに屋外なんて……」
ぶーたれるひまわり。頭上では太陽が燦々と照りつけている。
なだめるわかば。
「しかたないよ、屋内はいっぱいだったんだから」
「わかってるけど、せめて雲でもでてくれたら……」
ひまわりの願いむなしく、雲ひとつない晴天だった。
「うー」と呻くひまわりに、あおいは声をかける。
「にしても、めずらしいね。ひまわりちゃんが外出するなんて」
「……わかばに誘われて、それで」
「なるほど、デートだね!」
「だんじてちがうから」
あおいの言葉を、ひまわりはきっぱり否定する。
「それだけはないから。マジで、ほんとうに、ぜったい」
あんまりにも力強い否定っぷりに、わかばはにわかに頬をひきつらせる。
「そ、そんな力いっぱいひていしなくてもいいんじゃないかな……?」
「ちゃんと釘を差しておかないと、あぶないし」
わかばにジト目を向けるひまわり。不信感に満ちている。
これはいけない、わたしたちは世界を守るビビッドチームなのだ。
おたがいに不信感を抱いたままでは戦闘に支障がでてしまう。
あおいはひまわりを諭すべく、おだやかに口を開いた。
「そんな目でみたらしつれいだよひまわりちゃん。たしかにわかばちゃんは『ごめんね、あなたの想いには答えられないんだ。でも、あなたさえよければ思い出づくりを……』なんていって告白してきた後輩(♀)を片っぱしから食いまくってる鬼畜だけど。わりと大切系な仲間……のはず……なんだから」
「……そうだね。たしかにわかばは『こんなふうに甘えるの、先輩にだけですよ?』なんていって複数の先輩(♀)にまで手をだしてるド外道だけど。比較的大切な感じがする仲間……っぽい……だもんね。ごめん、わかば」
そんなひまわりの真摯な謝罪が通じたのだろう、わかばは乾いた笑顔で許してくれた。
「あははー。あおいちゃんもひまわりちゃんも、わたしのことほんとうはきらいでしょ? そうなんでしょ?」
「そんなことないよ」
「きらうわけないじゃん」
そっとわかばから目をそらすあおいとひまわり。
「ねえ、ふたりとも。どうしてわたしの目をみてくれないの? ねえ、ねえ? う……、うわーん!」
わかばはそのまま駆け出していったがどうでもいい。
サマースクールでの一件から、ドッキングを経由してわかばの記憶を参照したらもう出るわ出るわ爛れた記憶。
こころなし距離をおきはじめたあおいとひまわりをみて、"見られた"と悟ったのだろう。
わかばはふたりをわざわざ例の海岸に呼び出し、目を泳がせながら弁明するのだ。
「えっと、そのね。あれはね、性っていうか……。なんていうか、こう、ねえ? ほら、女の子ってかわいくてふわふわしたものが好きだし。そう、つまりわたしも女の子ってことなんだよ!」
誰もが認める才媛とはおもえぬ、論理性の欠片もない発言であった。
顔を見合わせるあおいとひまわりはげんなりしていた。なにをいってるんだこいつは。そんな浮気がバレた男の言い訳じゃねーんだから。ふたりの白けたムードをなにやら勘違いしたようで、わかばはあわてたようすでフォローを入れる。
「もちろんふたりもかわいいよ――食べちゃいたいくらい!」
かくして、あおいとひまわりはわかばを全力で警戒するようになった。
とまれ、ひまわりがこうしてふたりきりで遊びに出かけたように、なんだかんだでわかばのことは信頼しているのだが。
たまにこうして釘を差しておかないと不安なのも事実だった。
「あ、わかばちゃん?!」
「だいじょうぶだよあかねくん」
「で、でも」
わかばを追いかけようと、椅子から腰を浮かせたあかねを制するあおい。
あかねのやさしさに胸キュンだが、わかばについては自業自得だから放っておけばいい。
もちろん直截それを伝えるわけにもいかない。
どういいくるめようかあおいが逡巡していると、ひまわりが先に口を開いた。
「わかばだって、いきなり走りだしたくなる時もある。だって青春だもん」
「そうだよ青春だもん。自由に走らせてあげようよ」
「青春と走ることになんのかんけいが……?」
首をかしげるあかね。あおいにだってわからない。きっとひまわりにもわからない。
というか今からわかばを追いかけてもしかたないだろう。
もう背中だって見えない。100m走10秒台の健脚は伊達じゃないのだ。
「それにほら、わかばちゃんがひまわりちゃんを置いて帰るわけないし。ちょっと走って、あたまが冷えたらもどってくるんじゃないかな?」
「……たしかにそうだね」
あおいのその言葉に納得したようで、うなずくあかね。
基本的には理性的な人物である。わかばは剣と酒と女がかかわらなければ紛うことなき才媛だ。そろそろ豪傑と呼び変えた方がいいんじゃないかとあおいは思うが。
あかねは浮かした腰をふたたび椅子に下ろすと、ふと思いついたようすで。
「……ところでさ。さっきの、わかばちゃんが後輩を食いまくってるってどういう意味」
「「あかね(くん)は知らなくていい(よ)」」
「う、うん」
あおいとひまわりに、こころなし圧倒された様子でうなずくあかね。その意味を知るにはまだ早い。それより、あおいには気になっていることがあった。中休みに入ってからというもの、あかねに元気がないのだ。表向きはいつもどおりだが、あかね検定1級のあおいには誤魔化せなかった。もしかして。
「ねえ、あかねくん。さっき女の子にまちがわれたこと、気にしてるの?」
「……あおいちゃんにはバレバレか」
あおいの言葉に苦笑するあかね。肯定だった。
昔から女の子によくまちがわれて、そのたびにしょんぼりしていたのだ。
「声変わりしてから、まちがわれることは減ったんだけどさ……」
ため息をつくあかねに、ひまわりが問いかける。
「減ったってことは、昔は」
「うん。しょっちゅうまちがわれたよ」
本当にもうしょっちゅうまちがわれていた。
あれは小学生のころだ。アイスキャンディーを移動販売しているオジサンがいて、あおいとあかねのふたりで一本ずつ買ったところ。「お嬢ちゃんふたりにサービスだ」なんてもう一本ずつもらって、複雑な顔をしていたあかねを思い出す。
もっとも、それを逆手にとって、ももといっしょにスーパーや飲食店の女性限定セールを平然と利用するタフさもあったが。あかねは続ける。
「当時は声変わりもしてなかったし小柄だったからね。それにほら、名前がさ」
あかね。たしかに女の人の名前というイメージはある。たとえば名簿を渡されて「一色あかね」という字面だけみれば、あおいも男子とはおもわないだろう。
「母さんがいうには、ぜったいに女の子が生まれるとおもってたんだって。だからほかに名前を用意してなかったとか」
「あかねくんのお母さんって豪快な人なんだね」
「いや、おおざっぱなだけだよ」
あおいの相づちをやんわり否定するあかね。もも以外の身内に対しては存外シビアな側面があるのだ。
話が一段落したところで、ひまわりが質問をしてきた。
「ところでさ、あかねはわかるけど……あおいはなんでバイトしてたの?」
「ほら、あかねくんって病み上がりでしょう? しんぱいだからそばにいようって」
納得した様子でうなずくひまわり。すこしいじわるな様子であおいにいう。
「なるほど、あおいはお目付け役ってこと」
「そんな、世話やき女房だなんて……」テレテレ
「いや、だれもいってないから」
ふたりの会話を横目に、あかねは頬をかきかき困ったような表情でいう。
「でも結構キツいバイトだったでしょ? 午後からは休んでてくれても……」
「あかねくんのためなら東奔西走なんのそのだよ!」
「ははは、ありがとうあおいちゃん」
なんて会話をしているが、あかねのこととは別に休めない理由があったりもする。
ぶっちゃけあおいは結構ムリいってバイトにねじこんでもらっていた。
それこそ父親のコネなんかも全力活用したわけで。半端なところでやめたら自分だけでなく父親の顔にまで泥を塗りかねないため、あおいもわりと必死だった。
もちろんあかねにそんなことを知らせる気もなければ、必要もない。
病み上がりのあかねが心配だからとムリをして、それで余計な気を使わせてしまえばそれこそ本末転倒だろう。あおいがやるべきことはただひとつ。あかねの隣で楽しそうに今日最後までバイトをやり通すことだけだ。
***
翌日の教室。自席にすわるひまわりを囲む、あおいとあかね。
あのあとひまわりはファッション誌の取材を受けたらしい。
すわモデルデビューかとわきたつ(煽る)あおい。
「とおい世界にいっちゃうんだね、ひまわりちゃん」
およよとわざとらしく泣き崩れるあおい。
「でもだいじょうぶ、あとのことはわたしにまかせて!」
涙をぬぐってガッツポーズをとるあおい。そう、あかねのことはわたしにまかせて欲しい。アローン? ああ、がんばるがんばる。
そんなあおいをみて、ふん、と鼻を鳴らすひまわり。
「あおいこそ、いますぐ役者になれるんじゃない?」
「わたしってほら、演じる側じゃなくて演じさせる側だし。あ、でもほめ言葉の部分だけはうけとっておくね」
「すっごいイヤミな発言なのに妙になっとくできるのがムカつく……」
ひまわりはそういって机に突っ伏した。
が、すぐに顔を上げる。
「っていうか、モデルなんてやる気ないから。あれもただ、わかばのために一回だけって話だし」
専属モデルにならないかという誘いは断ったとひまわり。
ひまわりの言葉に反応するあかね。
「えー、もったいないとおもうけどなあ」
「めんどうくさいし」
「せっかくかわいいのに」
「み、みせものじゃないし」
あかねにかわいいといわれてちょっと揺れたようだが、ひまわりの決意は固い。
ふと、あおいはあかねに問いかける。
「あかねくんって、モデルに興味あるの?」
「んー、ああいうのってたくさんCD買わなくちゃいけないんだよね? そういうお金ないからさ。興味をもつ以前のもんだいっていうか」
頬をかきかき苦笑するあかね。
どうもいろいろと誤解があるようだが、あかねにはこのままでいてもらいたいとあおいは思う。あかねが求めることならなんでも叶えてあげたいが、モデルになる気はなかった。
(だって、わたしのすべてはあかねくんのものだから!)
他人にこの柔肌を晒す気はないのだ。
「あたり前のように自分がモデルになれるとおもってる、あおいのそのずうずうしいところはきらいじゃないよ」
「ほめ言葉としてうけとっておくね、ひまわりちゃん」
というか今心読まなかったか。
ドッキングのせいでどんどん以心伝心化してる気がする。
しまいにはあおいたちの間に言葉は要らなくなるかもしれない。
かんべんしてほしかった。
***
教室を飛び出していったひまわりを、わかばが追いかけていった。
勝手にモデルの仕事を入れられた上に、ふたりでいく予定だったプラント見学のことをわかばが忘れていたということで怒ったらしい。
あおいはあかねに問いかける。
「ひまわりちゃん、これからどうするとおもう?」
「とりあえずは、なんだかんだでわかばちゃんのためにひと肌脱ぐんじゃないかな」
「だよね」
見学については来週に延期だろう。プラントは逃げないのだから。
あかねは少しさびしそうにいう。
「このままモデルデビューしちゃうのかな、ひまわりちゃん」
「しちゃいそうだね」
「そうなると、本当に遠いそんざいになっちゃうのか」
さびしげな目をするあかね。
どうやらあおいの冗談を本気で受け取ってしまっていたらしい。
勘違いさせたままでもいいが、あかねにさびしそうな顔をさせるのは本意ではない。
「……雑誌モデルならそんなに心配しなくていいとおもうよ?」
もちろん、そこからステップアップしていけば話は別になるが。
さすがにこれ以上のことをひまわりが望むとも思えないし、そもそもステップアップできるともかぎらない。
つまりは一般人と変わらないだろう。あおいの言葉にほっとした様子のあかね。
「そっか、じゃあこれからもひまわりちゃんとは友だちでいられるんだね」
「うん」
あかねの手前ニコニコしているが、あおいは内心頭をかかえていた。
なーんでわざわざ敵に塩を送るような真似をしてしまったのか。勘違いさせたままのほうがよかっただろうに。しかしあかねが悲しい顔をしてるのはいやだし。
「つぎの授業はなんだっけ、あおいちゃん」
「数学だよ、あかねくん」
窓の向こうには、わたあめみたいにふわふわした雲が流れていた。