二葉あおいは懊悩する【完結】   作:草陰

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10話 わたしにはなにもわかりません

 

 

 

 放課後。ひまわりの家。

 コタツに入ってパソコンをカタカタやっているひまわり。

 その背後にて、あおいはPSP(ひまわりの私物)をピコピコやっていた。クーラーをガンガン回している室内は寒いからと、ひまわりのちゃんちゃんこを借りて着ている。

 あかねはバイトでわかばは部活ということでふたりきり。暇を持てあましたあおいは、同じく暇人であるひまわりの家にこうしてよく遊びにきていたのだった。壁に背をあずけて座り、真剣にPSPのボタンを叩いているあおいに、ひまわりが声をかける。

 

「あおい、これみて」

「ちょっとまって、もうちょっとでドドンガから逃げられるから」

「え……!? それチュートリアルじゃん、この前もやってなかった?」

「こんどこそいけるから、ぜったい」

「いいから、みて」

「クリアしたらちゃんとみるから、まってて」

「……」

 

 パタ……ポン……パタ……ポンとボタンを押していくあおい。

 ふいに手元からPSPが取り上げられた。

 

「あ」

 

 ひまわりの手元。PSPからパタパタパタポンとリズミカルな音が響き渡る。

 「はい」とひまわりから返されたPSPの画面では花火が打ち上がっていた。ステージクリア。あんなに苦労したステージがあっさりクリアされてしまった。あおいは信じられない。

 

「え、え。なにこれ、うわさのチート?」

「ふつうに操作しただけ。それよりもほら、クリアしたんだから、みて」

 

 ひまわりにうながされ、しぶしぶながらその隣に座るあおい。

 ゲームで疲れた頭。しょぼしょぼする目で見つめたPCモニターには粗い画像が展開されていた。どうやら拡大画像らしい。中央に黄色く細長い何かがあって、右にある壁っぽい何かに向かって飛んでいることだけが、かろうじてわかる。

 

「……これは?」

「右がアローン。中央にあるのがたぶん、矢」

 

 ひまわりにいわれて、矢のような形をしていることに気がついた。

 

「ぼけぼけすぎてよくわかんないよ、ひまわりちゃん」

「あたしのPCじゃこれが限界だからがまんして」

 

 さっき博士にこの画像をメールで送ったから、あとでしっかり修正されたものをみせてくれるだろうとひまわりはいう。

 

「……それで、この矢がアローンに当たると、こうなる」

 

 マウスをクリックするひまわり。

 次の画像は鮮明で、なによりあおいにも見覚えがあった。ぽつりとつぶやく。

 

「形態変化」

「そう」

 

 戦闘の最中、アローンの形態が変化することを『形態変化』と呼んでいた。

 形態変化後は劇的に戦闘力が向上し、こうなればもうドッキング以外では太刀打ち出来ない。しかし形態変化しないアローンもいることから、形態変化するには条件があるのではないかと一色博士は考えた。その条件を解明すべく博士が研究を続けていたことはあおいも知っている。

 

「そっか、やったんだね、ひまわりちゃん!」

 

 あおいは弾んだ声をあげる。

 これがその条件であるならば、ひまわりが尊敬する博士の役に立ったということでもあった。さぞや喜んでいるだろうと思いきや、その表情はかんばしくない。

 眉をひそめるあおい。すこし逡巡した様子で、ひまわりは口を開いた。

 

「これがアローンの形態変化する条件だとしたら、矢を放つそんざいがいるってことになる」

 

 まあそうなのだろうとあおいはうなずく。

 だが逆にいえば、矢を放つ存在さえ潰してしまえば、戦闘は格段に楽なものになるだろう。ひまわりはまちがいなく誰からも賞賛されるような大発見をしたのだ。

 さておき、それがどうしたのかとあおいがうながすと、ひまわりは続ける。

 

「ボロボロになったアローンが、形態変化とともに肉体まで再生することはしってるよね」

「わたしが最初にたたかったアローンもそうだったよ」

「たおしたはずのアローンがいきなり復活したことがあったでしょ。……あの夜も、きっと」

 

 にわかに言葉をにごすひまわり。

 あの夜。指しているのは、あかねが撃墜された夜のことだろう。あおいはハッとする。

 

「この矢のせいで、あかねくんは……」

 

 瞬間的に頭がカッと沸騰してスッと冷めた。先鋭化する思考。

 あの夜の落とし前はすでにつけたと思っていた。あかねを落としたアローンを撃滅した時点でおわったと思っていた。しかし、まだおわっていなかったのだ。自分にはまだ倒すべき相手が、落とし前をつけさせるべき相手がいたのだ。

 

「あたしは矢を放ったやつのことをぜったいにゆるせない。あおいは」

「もちろん、ぜったいにゆるさないよ」

「でも」

 

 ひまわりはあおいと視線を交差させる。透き通るような目。

 

「あおいはあかねが危なくなるようなことはしない、そうでしょ?」

「もちろんだよ」

 

 そのとおりだった。

 矢を射った下手人への怒りはあるが、それに気を取られてアローンへの注意を怠るわけにはいかない。物事には優先順位がある。前線で戦う自分たちが優先すべき脅威はアローンだ。

 あの夜のように、油断したところをアローンに撃墜されるような事態は二度とあってはならなかった。現実的に考えれば下手人への対処は博士や軍に任せるしかないだろう。

 内心隔靴掻痒としているあおいに、ひまわりの声。どこか張り詰めたような声色だった。

 

「だから、あおいにおねがいがあるの」

「おねがい?」

「そう」

 

 うなずくひまわり。真剣な瞳。小さな唇が動く。

 

「もしあたしが暴走したら、見捨ててほしい」

「……え?」

「あかねをあんな目にあわせたやつのこと、あたしはゆるせないから」

 

 アローンが形態変化――強化形態になったら、カッとして下手人探しを始めてしまうかもしれない。ひまわりはそういった。

 たとえば矢が自分たちの真後ろから飛んできたら? アローンに背を向けて飛んで行くひまわり。それに気を取られるビビッドチーム一同。そこに強化されたアローンの攻撃が殺到して全滅だなんて、笑えない話だ。

 

「あたしのせいで、みんなにめいわくをかけるのはいやだから」

「それをどうしてわたしに」

「……わかばとあかねにこんなこと話したら、たぶんずっとあたしのこと気にして、戦いにならなくなるとおもう」

 

 さもありなん。あおいは納得する。ひまわりの懸念は妥当なところだろう。

 要はストッパー役をあおいに期待しているということだ。あかねとわかばのストッパー。そしてそれはあおいにしかできないという読みも間違ってはいない。なによりもあかねの身を案じるあおいであるが故に、ちゃんと自分を見捨ててくれると信頼しているのだろう。

 

「わかったよ、ひまわりちゃん」

 

 あおいはシリアスにうなずきつつ――ひまわりがトチ狂った瞬間、うしろからハンマーでぶん殴って止めてやろうと考えていた。

 

(だって、わたしが見捨ててもあかねくんとわかばちゃんが黙ってるわけないし)

 

 あおいがちょっと制止したくらいでどうにかなる程度のお人好しなら、苦労はないのだ。

 仮にその場はなんとかしのげても、ひまわりに万が一なにかあればあかねはずっと引きずるだろう。それこそあおいの望むところではない。だから強引にでもひまわりを叩きのめして止める。

 それがいちばん合理的な判断だとあおいは確信していた。

 断じてひまわりの身を案じたわけではないということをここに記しておく。ツンデレとかいうやつはハンマーでだるま落としの刑だからそのつもりで。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 結論からいえば、ひまわりの懸念はとりこし苦労だった。

 アローンの出現ポイントから、矢を放つことが出来るポイントを算出し、そこにドローンを展開することになったのだ。矢を放った下手人をドローンが足止めしている間、あおいたちはアローンを殲滅。しかるのち下手人を追討する。こうしてあおいたちで下手人を追いつめる段取りまで組まれれば、ひまわりだって無茶はしない。まして作戦責任者が一色博士であれば尚の事。

 

「ファイナルオペレーション!」

 

 夕方の山間部上空。あおいの眼前でビビッドグリーンの一撃がアローンに炸裂した。爆発。あおいは油断なくアローンのいた場所を見据えている。二度とあの夜を繰り返すわけにはいかないからだ。フラッシュバックする。赤い光。落ちていくあかね。助けようと必死に伸ばして空を切った自分の右手。爆炎が消え、そこに何の影も見当たらないと見て、ようやくあおいは肩の力を抜いた。ハンマーを握る両手は真っ白になっている。

 しかしすぐにまた気を入れなおす。隣に浮かぶひまわりに視線をやれば、あおいの目をみてこくりとうなずいた。険しい目。うなずき返すあおい。これから先は、自分たちを散々苦しめ、あかねをあんな目に合わせた下手人を――狩る時間だ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 あれから1時間が経った。

 ドローンからもたらされる下手人の位置情報はころころと変わっていく。

 山の中を縦横無尽に駆けて逃げているということだった。

 

『山猿かっての……』

 

 あおいの無線からひまわりの声。隠し切れないイラ立ちがこめられている。

 最初こそ慎重を期して2人1組で行動していたビビッドチームも、今やバラバラで捜索活動をしていた。ドローンからのデータを元に、先回りするようにそれぞれ散会して山の上空を飛び回っているのだ。しかしなかなか捕まらない。

 

「あれからドローンのみならず軍も展開しておる。この包囲網は完璧じゃ。万に一つも逃げられるなんてことはありえんよ」

 

 と博士は豪語していたし、実際に下手人が駆け回ることができているのは、今やドローンのみが入れるような地点。深い山中だ。それでもずっと捕捉され続けており、捕まるのは時間の問題だろうと思うが、それだけになかなか捕まらないことが歯がゆくもあった。

 そこに博士からデータが転送されてきた。あおいの眼前に展開される空間モニター。ドローンが撮ったという下手人の粗い画像。後ろ姿だったが、そのシルエットは。

 

「……人間?」

『あるいは、人型のアローンかもしれん』

 

 あおいのつぶやきを無線で拾った博士が応じる。

 たしかにアローンと考えたほうが妥当かもしれないとあおいは思う。

 山を駆け回る身体能力はあまりに人間離れしていた。

 しかし仮に人間だとしたら――あおいの思考を遮るように博士の声。

 

『ただ、ひとつだけわかったことはある』

『なんですか?』

 

 わかばの声。博士は答える。

 

『示現エンジンに忍び込もうとする輩があとをたたないことは以前話したと思うが』

『こいつも』

『うむ。そのひとりである可能性が高いと、警備部から連絡が入ったところじゃ』

 

 ――つまりアローンをけしかけるだけでは飽きたらず、直接の破壊まで試みていたということになる。その執念にゾクリとするあおい。いったいなにがこいつをそこまで駆り立てるというのか。示現エンジンが全世界のエネルギーの95%をまかなっている以上、好むと好まざるとにかかわらず共存していくしかないだろうに。こいつだって少なからず恩恵は受けているはずだ。そこまでして破壊して、こいつは何を得られるというのか。

 やっぱりあれだろうか。政治や宗教的なあれこれだろうか。可能性を考えるだけでもげんなりする。正直そういうゴタゴタに巻き込まれたくはない。下手人の正体はアローンであって欲しかった。切実に。いっそ宇宙人や異世界人でもかまわない。

 

『む! どうやらドローンがやっこさんを追い詰めたようじゃな。あかね。今のところお前がいちばんちかい。急げ!』

『わかったよジイちゃん』

「気をつけてね、あかねくん!」

『ありがとうあおいちゃん』

 

 あかねに注意を促しつつ、あおいはあかねの元へ急いだ。

 下手人の戦闘力は高くないだろう。なにせドローンにすら追い詰められるのだから、パレットスーツを着た自分たちにとっては物の数ではないはず。しかし窮鼠猫を噛むという言葉もあるし、あかねがまたひどい目にあわないとは限らない。

 途中ひまわりとわかばと合流し、あかねの元へと急ぐあおい。あかねの背が見えて、無事だったことにほっとしたその時だった。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 おもわず耳をふさぎたくなるような、悲痛な叫び声が山に響きわたった。

 声の主はあかねの先。景色を楽しめるよう山沿いに手すりがつけられ、展望広場のように整備された山の中腹。そこで糸が切れたようにうつぶせに倒れた。黒い長髪。首元に覗く季節外れのマフラー。まちがいない。まちがえるはずがない。悲痛な叫び声の主は。下手人の正体は。自分たちを苦しめ。あかねを撃ち落としたのは。

 

「――黒騎さん」

 

 そうつぶやいたのは誰だったか。あおいにはわからなかった。

 

 

 

 

  

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