二葉あおいは懊悩する【完結】   作:草陰

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12話 かさなり合う瞬間

 

 

 

 あのカラスは本質的にアローンに近い存在だったという。

 それが黒騎れいを取り込み、矢の力を得たことでパワーアップした、というのが一色博士の見解だった。カラスだったアローンは防衛軍総司令部の建屋から移動を始め、現在は示現エンジン上空にいる。示現エネルギーを吸収し、その巨体をさらに膨張させていく。4対の大きな翼を広げ、上部に鎮座する大きな一つ目で、この世のすべてを見下ろしていた。

 黒騎れいをその身に抱きながら。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 カラスだったアローンに対し、ビビッドチームの勝ち目はないと博士は断言した。

 それに対する防衛軍の反応は苛烈だった。ありとあらゆる空海戦力を投じ、さらにはSGE爆弾による飽和攻撃も決行。つまりはブルーアイランドもろともアローンを消滅させる作戦に打って出たのだ。当然あおいたちだって無事ではすまない。しかし攻撃は失敗。皮肉にもアローンのシールドによってあおいたちは守られ。SGE爆弾の炎は空を赤く焦がすにとどまったのだ。

 こうしてSGE爆弾による攻撃を平然と受けきったアローン。防衛軍が誇る空海戦力を羽から放ったレーザーでなぎ払うと、防衛軍総司令部の建屋から示現エンジンへ向けて移動を始めた。まるで人類の矮小な抵抗をあざ笑うように。悠々と。その身を誇示するかのように。

 

 総合司令部と海を挟んだ先。ブルーアイランドの砂浜海岸にあおいたちはいた。

 すぐうしろにはビル街が広がっており、夜勤明けの人々が不安そうな面持ちで周囲に立っている。早朝。カラスだったアローンから逃げ去るようにここまで来て、すでに2時間が経過していた。博士は円盤の上で腕を組んで目をつむっており。管理局局長は今もかろうじて使える無線機器で情報をかき集めている。

 

「あのカラスがいう『彼ら』って、よくわかんないけどすごい存在なんでしょ」

「そういってたね」

 

 ひまわりの言葉にうなずくあおい。

 ザザーンと、視線の先で波が寄せては返す。砂浜に肩を並べてすわっているあおいたち。みんなパレットスーツを着ていた。

 つづけるひまわりに、今度はわかばが答える。

 

「そんなすごい存在が、こうなることをよそうできないわけないじゃん」

「というと?」

「これは最後の試練ってこと。あのカラスをやっつけることで、『彼ら』がよういしたゲームはクリアです」

 

 「こんぐらっちゅれーしょん」と、やる気なさげにいうひまわり。

 海を挟んだ向こう、防衛軍総司令部から煙がもうもうと立ち込めているのが見えた。

 あおいとあかねが続ける。

 

「じゃあ、あのカラスはラスボスってことなんだね」

「ドラクエの竜王みたいな?」

「とらわれのお姫様もいるし、ぴったりだね」

 

 「えっと、ローラ姫だったよね?」というあおいに、わかばが「ちょっとまって」と口を挟む。

 

「ならあのカラスはドラゴンってことになっちゃうよ。せいぜい中ボスだよ?」

「いがいとくわしいんだね、わかばちゃん」

 

 あおいの言葉にわかばは「いやー」と照れくさそうに頭をかく。褒めてはいない。

 「さて」と、あかねが立ち上がった。パラパラとお尻についた砂を両手で払い落とすと、あおいたちの顔を見回して口を開く。

 

「いこうか、みんな」

 

 うなずくあおいたち。

 

「うん」

「わかった」

「そうだね」

 

 上からあおい。ひまわり。わかば。

 それぞれ立ち上がって、お尻についた砂を両手で払い落とす。

 あかねは一色博士に声をかける。

 

「ジイちゃん」

「……なんじゃ、あかねよ」

 

 重々しく答える博士。

 あかねは口を開く。まるでちょっとそこまで買い物にいくかのように。

 

「オレたち、ちょっと世界救ってくるよ」

 

 それこそ選択肢なんてありはしないのだった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 カラスだったアローンへ向け、海上を飛んで行くあおいたち。

 わかばがふとなにかに気がついた様子でつぶやく。

 

「そういえばさ、わたしたち知り合ってまだ半年もたってないんだよね」

「え、そうだっけ?」

 

 おどろきの声をあげるあかね。わかばはうなずく。

 

「うん、だいたい4ヶ月くらいかな」

「そっか。わかばちゃんと知り合ってから、まだ4ヶ月しかたってないんだ」

 

 あおいはしみじみとつづける。

 

「初めて会ったときは、ぜったいあたまに『キ』のつく人だとおもってたよ……」

「うん、しみじみということじゃないよねそれ?」

「はははは……」

「あかねくんもなんで半笑いなのかな!? そ、そりゃあ、わたしだってあの時はどうかしてたとおもうけど……」

 

 唇を尖らせて、ぶつぶつというわかば。「でも、それなら」とひまわり。

 

「あたしだって、あおいの第一印象はさいあくだったよ」

「きぐうだね。わたしもだよ」

 

 ひまわりのジト目を、あおいはにこやかに返す。

 ため息をつくひまわり、「でも」と続ける。

 

「いまはそんなにきらいじゃないっていうか、その……友だちになれて、よかったとおもってる」

 

 ほのかに頬を赤く染めながら、ひまわりはそういった。あおいはほほ笑みを浮かべる。

 

「ねえ、ひまわりちゃん。そういうフラグ立てるようなマネはやめてくれないかな? 死にたいの?」

「……ほんっとうに。つくっづく。あおいはあおいだよね」

「ほめ言葉としてうけとっておくね! ……でも、わたしもひまわりちゃんとお友だちになれてよかったとおもってる」

「え? あ……え……い、いまさらおそいから!」

 

 ぷいっと顔をそむけるひまわりだったが、耳が赤かった。

 そこにわかばが声をあげる。

 

「あおいちゃん! ひまわりちゃん! わたしもふたりと友だちになれてよかったとおもってるよ!」

「あ、はい」

「そうですね」

「ふたりともなんで敬語なのかな……?」

 

 顔をひきつらせるわかば。こころなし涙目だった。

 そりゃまあ、あおいもわかばと友だちになれてよかったと思うし、ひまわりもそうだろう。

 でも警戒せざるを得ないっていうか。

 

「うう……。あ、もちろんあかねくんと友だちになれたことだって、よかったとおもってるよ!」

「ありがとう、わかばちゃん」

「あかね。あたしも」

「ありがとう、ひまわりちゃん」

 

 わかばとひまわりの言葉にほほ笑みを返すあかね。

 あおいがその光景を無言で見つめていると、ひまわりが眉をひそめる。

 

「……あおい?」

「え? う、うん。もちろんわたしだって!」

「ありがとう、あおいちゃん」

 

 あかねの笑顔にあおいもまた笑みを返す。あかねは目を細めていう。

 

「こんなこというと不謹慎かもしれないけどさ……ビビッドチームを組んでからずっと、たのしかったな」

 

 あかねは頬をかきかき、申し訳無さそうに、照れくさそうに続ける。

 

「もちろん苦しいことやたいへんなこともあったけど。みんなと友だちになって、ひとつの目標にむかってみんなで努力して、ほんとうにたのしかった」

「いわれてみれば部活動みたいだったね! ……いや、ほんとうに不謹慎だけど」

 

 わかばは笑顔で「部活動みたい」だといったあと、申し訳なさげに眉を下げる。

 しかし、あおいはなるほどと思った。犠牲となった人々には申し訳ないが、少なからずそういう感覚があったことは否定出来ない。なによりそういう感覚をどこかに残しておかなければ、とてもここまで戦ってこられなかっただろうと思う。

 活動内容は「アローンと戦って世界を救う」か。ひまわりはいう。

 

「なまえをつけるなら、ビビパン部?」

「……ビビはわかるけど、パンはどこからきたの?」

「わかんない。……なんでつけたんだろう」

 

 あおいの疑問に首をかしげるひまわり。

 わかばが声をあげる。ついさっきまでの和やかな声とは打って変わって、鋭い戦士の声。

 

「みえたよ、みんな」

 

 視線の先にはカラスだったアローン。

 れいを飲み込み。示現エネルギーを吸い取り。今なお巨大化を続けている。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 カラス――アローンの羽から放たれる禍々しいエネルギー。

 あかねたちの姿を認めると同時に、すぐさま攻撃態勢に入ったのだ。

 

「あかねくん! あおいちゃん!」

 

 わかばが叫ぶ。

 

「わたしとひまわりちゃんが道を切り開くから、ふたりは行って!」

「なにをいって!?」

 

 わかばの言葉におどろくあかね。それでは作戦と違うではないか。当初聞いていたのは、ファイナルオペレーションの連続攻撃による一か八かの攻撃作戦だった。それがどうして。あかねの言葉を遮るようにひまわりが続く。いつも通りダウナーで、いつにない焦りの乗った声。

 

「示現エンジンのエネルギーはすごい勢いであいつにすいとられてる。たぶん、ドッキングできるのは一回が限度。だから」

「敵の懐にはいりこんで、一撃必殺!」

 

 それは三枝わかばの信条でもあった。あるいは天元理心流の信条か。この局面に至るまで、みんなして真の狙いについてあかねに隠していたらしい。どうして。わかっている。あかねだって自分の性格は理解している。半端に揉めるよりもゴリ押しした方がいい局面だ。しかし。

 

「……あかねくん!」

「あおいちゃん……」

 

 あおいの決意が込められた瞳。あかねは決断する。

 

「……わかった。わかばちゃん、ひまわりちゃん、こっちはまかせてくれ!」

「即断即決! それでこそあかねくんだよ!」

 

 わかばは笑顔をうかべる。ひまわりはあかねに声をかけた。

 

「あかね。黒騎さんがいるのは胸の部分だよ」

 

 直後、羽からレーザーが放たれた。今まで見たことがないような弾幕だった。しかしそれに立ち向かうあかねたちの目に絶望の色はない。覚悟などとっくに決まっている――付け入る隙があるとすれば、それはやつの慢心にほかならない。羽から放たれるレーザー。あかね達を覆い隠さぬばかりに殺到する弾幕をみてやつは確信しただろう。これで勝負はついたと。だから気がつかない。ネイキッドコライダー。直後展開されたひまわりの能力によって、その弾幕のすべてが、あかね達に向かってくるよう仕向けられていたことに。

 

「ぐう……!」

 

 呻くひまわり。一発が複数の戦艦を一撃のもとに葬り去るだけのエネルギーを有したレーザー。まして何百発にも至るそれを、今や示現エンジンからのエネルギー供給がほぼ断たれた今のひまわりが制御するには、身体に大きな負荷がかかった。ひまわりの顔に苦悶の表情が浮かぶ。しかしその目は光を失わない。あかねたちの目と鼻の先。レーザーが束となったその刹那。

 

「わかばぁ!」

 

 ひまわりの叫び声。合図。わかばは咆哮と共に束となったレーザーへ突貫する。同時に力尽きて海へ落ちていくひまわり。両手で振り上げたネイキッドブレードが、束となったレーザーに触れた瞬間、わかばは吹き飛ばされかけた。なんとか持ちこたえたが、衝撃によってパレットスーツの一部が吹き飛びながらも、歯を食いしばって耐える。

 

「こん……のぉ……! 程度でぇ!」

 

 歯の隙間から漏れだすような声。眉間にしわをよせながら、わかばはふたたび咆哮する。

 

「わたしたちの想いをとめられるとおもうなっ!」

 

 振り切られたネイキッドブレード。切り裂かれ消失するレーザー。海に落ちていくわかばを横に、あかねはあおいの額に口吻を落とした。束となったレーザーの消失とはつまり――アローンとあかねたちの間に、隔てるものが何も存在しないということだ。数秒にも満たぬ空隙。それで充分。ふたりが命を賭けて開いた活路。決してムダにはしない。

 ドッキングオペレーション――ビビッドブルー。

 

「出し惜しみはなしだ!」

 

 示現エンジンに残ったエネルギーをありったけ引き出し、爆発的な推進力でもってあっという間にアローン――カラスに肉薄した。そのままビビッドブルーはハンマーをカラスに打ち付ける。狙うは上部にある目玉でありコア。轟音。だが、それはカラスの表面に張られたシールドに波紋を広げるだけで終わった。カラスの嘲笑。

 

「『彼ら』すら凌駕したいまのわたしに、傷をつけられる存在などいません」

 

 しかしビビッドブルーは動じない。

 

「まだだ」

 

 ガンッ! とシールドの1層目が破れる音。目を見開くカラス。

 けれど依然としてシールドは残っている。ふたたびカラスはあざ笑う。

 

「たかが1層やぶったくらいで……」

「まだだ、といっただろう」

 

 ガンッ! さらにもう1層が破れる。

 

「わかばちゃんとひまわりちゃんの想いが!」

 

 ガンッ! ガンッ! 音と共にシールドが破られていく。

 今度こそカラスの目に動揺の色が浮かぶ。

 

「オレとあおいちゃんの想いが!」

 

 6層。7層。8層。9層――次々に破れていくシールド。

 

「お前なんかの! うすっぺらいシールドで止められるとおもうな!」

 

 とうとうすべてのシールドが破れ、むき出しになるコア。あかねには確信があった。祖父の言葉。ビビッドシステムとは想いの力であると。ならば、自分たちの想いが、目の前のカラスごときに劣っているわけがない。

 

「バカなっ……!」

 

 絶句するカラス。ビビッドブルーの冷め切った視線の先には、目玉の形をしたコア。

 

「その目をみるたび、腸が煮えくり返りそうだったよ」

 

 ビビッドブルーの口元が静かに動く――ファイナルオペレーション。

 

「えらそうに見下ろしやがって、何様のつもりだ」

 

 変形していくハンマー。より相手を破壊することに特化した形状に。目の前のアローンを叩き潰すために。足元からエネルギーが吹き上がる。とうに臨界点を超えている示現エンジンはなおも壊れんばかりの勢いでエネルギーを供給する。あかねたちの怒りを、人々の怒りを、世界の怒りを代弁するかのように。ハンマーを振り上げた。

 

「これでやっと、見おさめだ」

 

 カラスは目をそらせない。目を閉じることもできない。圧倒的な現実の前に飲まれている。勢い良くハンマーが振り下ろされ、吸い込まれていくまでの様が、その目玉の潰れる瞬間まで克明に映っていた。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 カラスの絶叫。しかし致命打ではない。追撃しようとふたたびハンマーを振り上げたところで――ドッキングが解除された。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ドッキングオペレーション。流れこんでくる。頭のなかにあかねの思考が。

 れいへの想いが飽和していて。自分の付け入る隙なんてとても見つからなくて。

 気がついたら、あおいはどこともわからぬ場所に立っていた。

 薄紅色に流れていく雲の白が混ざった、ベルベットの空。

 水平線の向こうに視線をやれば、大地は合わせ鏡のように空を映し出していた。

 空と大地の境界線がわからない世界。始まりと終わりの狭間というのはきっと、こういう場所のことをいうのかもしれない。

 

「あおいちゃん」

「あかねくん」

 

 目の前にあかねが立っているのをみて、あおいはここがどこなのかなんとなくわかった。

 ドッキングの際に精神と精神とが交わり合う場所。いつもなら知覚する間もなく通り過ぎていく場所が、きっとここなのだろう。

 極限まで圧縮された戦闘が或いは精神にまで影響を与えたのかもしれない。

 あかねはおだやかに口を開く。

 

「あおいちゃんは、オレと初めてあったときのことおぼえてる?」

「もちろんだよ」

 

 大切な思い出で、同時にすこしだけうしろめたい気持ちになるあおい。

 しかしあかねは気づいた様子もなく、なつかしげに続ける。

 

「いまだからいうけど……ほんとうはね。あれ、あおいちゃんに会うためにやってたんじゃなくて、願掛けしてたんだ」

「願掛け……?」

 

 ぽかんとした表情を浮かべるあおいに、あかねは申し訳無さそうにいう。

 

「うん……願掛け。いいわけするとね」

 

 当時、あかねは精神的に追い詰められていたのだという。

 どうして他の子たちは両親がいて遊んでるのに、オレだけがバイトなんかやってるんだろう。

 まだ自分の人生と折り合いをつけることができなかったのだと、自嘲げに笑うあかね。

 とまれ。いつまでこんな日々が続くのか。出口の見えない毎日に、あかねの内心には鬱屈としたものがたまっていた。

 

「そんなとき、あおいちゃんと会った」

 

 最初はただ罪悪感からトマトを渡そうと考えていた。

 1日目にあえなかったのはたまたまだと思ってその日は退散したけれど、それから2日は1週間になり、1周間は1ヶ月半になった。そんなある日、いつまで経っても出てこないあおいの姿と、出口の見えない毎日が重なってみえはじめたのだという。

 

「それで、願掛けさ。あおいちゃんが出てくればきっとこんな毎日から抜け出せる。もちろん根拠なんてない。バカげた、子どもじみた妄想だよ……でも、切実だったんだ」

 

 あおいは言葉を失う。自分のくだらない意地悪に、あかねがそんな想いをこめていただなんて。

 

「ごめんね」

「え?」

「こんなくだらない願掛けにあおいちゃんを利用しちゃって」

 

 あおいは首を横にふる。そんなことはない。むしろ謝るのは自分のほうだ。くだらない意地悪をあかねにした、自分のほうだ。いいたいことはあるのに、あおいは胸が詰まって言葉が出なかったが、かろうじて口を開く。

 

「きにしないで、あかねくん。……それで、願掛けの結果は」

「うん。バイトについては……だけど。なにより大切なものが手に入ったよ」

「たいせつなもの?」

「あおいちゃん」

 

 そういって、にこりと笑うあかね。

 おもわず頬を赤くしてうつむくあおいに気がついているのか気がついていないのか。

 あかねは続ける。

 

「はじめてだったんだ。同学年の友だちができたのって」

 

 なにせ小中学生が同じ教室で勉強するような小さな学校に通っていたのだ。そんな環境だから学年間の壁はかぎりなく低かったが。それでもやはり、どうしたって壁は存在したという。

 

「だからね。あおいちゃんが転校してきて、オレと同学年だって知ったとき、ほんとうにうれしかった」

 

 なんの隔たりもなく対等につきあえるあおいの存在は、なによりもあかねにとって心の救いになった。

 

「あおいちゃんが来てから、毎日がたのしくてたのしくて。鬱屈とした気もちなんか、どっかいっちゃたんだ」

 

 それをいったらあおいだって同じだった。

 あかねと友だちになってからの日々は、どんなものよりもかけがえのない宝物だ。

 

「こんどのアローンとの戦いもね。あおいちゃんがいたから戦えたんだ」

「……え?」

 

 あおいの言葉に、あかねは遠くをみつめながら続ける。

 

「実はさ。今から思えばパレットスーツのこととか、ジイちゃんからそれとなく伝えられてたんだよ」

 

 幼いころから忍者の修行みたいなことをやらされ、その際にヘンテコリンなスーツを着せられていたらしい。あれがたぶん、パレットスーツの原型だったのではないかとあかねはいう。『これがお前の将来戦う敵じゃ!』なんて四足のロボットと一騎打ちさせられたりもしたそうだ。

 

「しまいには『お前は世界を救う鍵になるんじゃ!』なんていわれてさ。小さいころはまあヒーローごっこのノリで楽しめたけど……さすがに小学校に入ってからはキツかったなあ」

 

 頬をかきかき苦笑するあかね。

 小学校に入ってからもずっと博士の指導で訓練を積んでいたらしい。

 わかばと互角に戦えた理由はそれか。

 

「だからかな。アローンが来たときは、ぼんやりと『ああ、これのことだったのか』って」

 

 おどろくよりも先に感心してしまったそうだ。

 もっともいきなり祖父が死んだと思ったらカワウソになったりと、立て続けに衝撃的な出来事が起きて感覚が麻痺してしまったんだろうともいう。それでも"事故"の現場にいた経験から、示現エンジンが破壊されればヤバいということだけは直感的に理解していた。だから祖父に世界の危機だといわれるがまま家を飛び出したが、どこか現実感のない、ふわふわとした感覚だったらしい。

 

「あおいちゃんがピンチだとしった瞬間。一気に身体の芯が冷えて、現実にひきもどされたんだ」

 

 真剣な表情を浮かべるあかね。あとはあおいの知っての通りだった。

 落ちていくあおい。手を差し伸べたあかね。

 

「そうして落ちていったあおいちゃんを助けようとして、手を掴んだとき、わかったんだ」

「……なにが、わかったの?」

「オレが救う世界はこれなんだって。今この手に掴んでる、大切な人のことなんだって」

 

 あかねは右手を胸の高さにまであげると、手のひらを見つめてから、ぎゅっと握りこぶしを作る。真剣な表情。しばらくその姿勢のまま固まると、あかねはゆっくりと握りこぶしをほどき、あおいにほほ笑みを送る。少し照れくさそうに。

 

「あおいちゃんは気づいてたかな? ドッキング後の姿って、その……キスしてきた人の姿を大きく反映するんだ」

 

 ビビッドイエローにビビッドグリーン。

 たしかにひまわりとわかばの姿を色濃く反映していた。

 

「でも、あおいちゃんのときはオレの方からキスしてるのに、ドッキング後はあおいちゃんの姿を大きく反映してる。ずっとどうしてだろうって、不思議だった。ジイちゃんに訊いても、はぐらかされるばかりでさ」

 

 「でも」とあかね。

 

「いまなら、それがどうしてかわかる気がするんだ――あおいちゃんが、オレのことを、ずっと守ってくれてたんだって」

 

 それは、いくらなんでも。うつむくあおい。

 

「……わたしのことを買いかぶりすぎだよ、あかねくん」

「ううん。そんなことないよ」

 

 しかし、あかねはあおいの言葉をやんわりと否定する。

 あおいに向けられるあかねの目は、どこまでもやさしい色をたたえていた。

 

「いつもそうなんだ。さっきだって。その前だって。今だって」

 

 ゆっくりと、ベルベットの空が明けていく。

 

「オレがだめになりそうだってとき。迷ったとき。あおいちゃんはいつもオレの側にいてくれて、オレに力をくれた」

 

 地平線の向こう、朝焼けの光。

 

「あおいちゃんがいつだって笑顔でいてくれてたから、オレはどんなことだってがまんできたんだ」

 

 光はどんどん強くなり、やがて世界を白く染め上げていく。

 

「だから、ありがとう」

 

 何もかも覆い尽くすような光にも負けないような。

 

「大好きだよ、あおいちゃん」

 

 いつか屋敷の前で初めて見たのと同じ、輝くようなあかねの笑顔だった。

 

「……っ」

 

 卑怯だと、あおいはおもった。

 どうして今このタイミングでそんなことをいうんだろう。

 大好きだっていうのは友だちとしての好きで。わたしの好きとは違って。

 黒騎さんに対する好きとはちがって。もうあきらめようかと思って。

 それでもうれしくてうれしくて。胸がいっぱいで。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 耳ざわりな声。ドッキングが解除されて目の前にはあかねの姿。

 あおいは衝動のままあかねに抱きついて、唇を重ねた。

 唇を離して、唖然としているあかねに、あおいは笑顔を送る。好きだといってくれた笑顔。

 

「がんばって。あかねくんなら、絶対に、世界を――黒騎さんを救えるよ!」

「あおいちゃ……」

 

 抱きついていた手を離すあおい。背中から海へ落ちていく。

 ドッキングの際、形而上に動力機関を生み出す。

 博士はハッキリいわなかったが、あかねとドッキングした相手を動力機関にするということだ。それを臨界点を突破している示現エンジンから、さらに極限までエネルギーを吸い取るべく酷使させた。もはやあおいの身体は疲労からテコでも動かない。このまま海に落ちていくだけだろう。それでも。とっさにあかねがのばした右手を、あおいはすっと手を動かしてよけた。

 目を見開くあかねに、あおいはかすかに笑いかける。

 あかねはなにかをこらえるように目をつむって、アローンへ向かって突っ込んでいった。

 未だもだえ苦しむアローンの胸元をブーメランで切り刻み、その内部へ侵入していく。

 そう、それでいい。今ほんとうにあかねくんの手を求めてるのは自分じゃない。

 底なしのお人好しで。困ってる人がいたら放っておけなくて。そんなあなただからこそ。

 

「――愛してるよ、あかねくん」

 

 

 

 

 

 

 

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