いろいろあって二葉あおいは転校することになった。
もちろん一色あかね♂もいっしょである。
軍の要請がどうとか、たしかそんな理由で転校することになったはずだ。
あとこれまで通っていた学校が文字通り潰れてしまった気がする
戦闘の余波で潰れてしまったそうだが、まったくもって運の悪い話だと思う。
正直あかねがいるなら学校なんてどこでもいいというのが、あおいの本音だった。
***
(一体なんなんだこの女は)
それが二葉あおいの、三枝わかばに対する第一印象であった。
転校初日。久々にあかねと昼食をとれてうきうき気分だったところに、わかばが「今朝の決着をつける!」などと乱入してきて台無しにされた。
転校二日目。せっかく久々にいっしょに登校できたのに、あかねは元気がない。今日もわかばに追い掛け回されるのかなと、不安そうにぼやいている。
(あかねくんに迷惑かけて……!)
この時点であおいのわかばに対する好感度はマイナスだった。
あかねの喜びはあおいの喜びであり、あかねが迷惑しているということはあおいにとっても迷惑なのである。それも貴重なふたりの時間を妨害されているとなれば、余計にだった。
(よし、殺そう)
あおいはそう決意すると、どうにかして方法を考える。
昼食が給食であればこっそり毒薬を混ぜておしまいなのだが、お弁当というのが厄介だった。かといって夜道で背後から襲いかかっても返り討ちにあうのが関の山だろう。
人一人殺すことの困難さをあおいが噛み締めていると、ふいにあかねが声を上げた。下駄箱の中をみて怪訝な表情をうかべている。
「なんだろう、これ」
「どうしたの?」
横からあおいは覗きこんで、そのまま固まった。手紙。下駄箱。これは。
固まっているあおいに気づかず、あかねはその手紙を取り出すとつぶやく。
「これは……ラブレター?」
あおいの心臓が止まりかけた刹那、ももが乱入してきたことでなんとか踏みとどまることができた。どうにかして差出人を突きとめて抹殺しようとあおいが考えている横で、あかねは手紙を裏返す。そこには「果たし状」と書かれていた。突き止める必要もなかった。こんな前時代的なことをやるのはひとりしかいない。
つぶやくあおい。自分でもおどろくほどげんなりした声が出た。
「三枝わかば……さん」
「……とりあえず中身をみてみようか」
そういって手紙を開封するあかね。差出人は案の定で、中身はいうに及ばずだ。
この段階で、あおいはもうわかばのことを同じ人類なのかとすら疑っていた。
「今朝の決着をつける!」
と、あかねのことを追いかけまわしただけでも相当キテいると思ったが。
ももを経由して理由を聞いてますます理解不能になった。
素人から返り討ちにあって、己の未熟さを悔やむ気持ちは理解できなくもない。
で、そこからなんで「決闘しよう」という結論になるのか。
朝の出来事が正真正銘単なる勘違いにすぎなかったと、あかねが武道の心得なんかない素人だと、ももから説明は受けたはずだろうに。
素人に喧嘩売るより、まずは己の未熟さと向き合って鍛え直すのが筋じゃないのか。
看板を守るためにしたって、たとえばあかねが「三枝わかばに勝った」と吹聴してそれを誰が信じる? 誰かの目の前で負けたわけでもないのに。わけがわからない。なんのために戦うのか。自己満足か。自己満足で素人を竹刀か木刀で打ちのめそうとしてるのか。
ああわかった、こいつキ○ガイだわ。あおいは確信した。
チラとももの顔をみてみると、げんなりしていた。
――こんなキ○ガイに「あかねくん」「お兄ちゃん」を関わらせてはいけない。
ふたりはうなずき合うと、あおいは毅然とあかねに声をかける。
「あかねくん」
「あおいちゃん、ぜったい勝つから応援しててね!」
「うん!」
ダメだった。
いやだってあんなキラキラした目を向けられたらしかたないじゃない。
だからももちゃん、そんな冷たい目でわたしを見ないで欲しいとあおいは思う。
***
「楽しいね、わかばちゃん!」
そういって笑顔を浮かべるあかねに、わかばも笑顔を返す。
――わけがわからない。それがあおいの嘘偽りのない本音だった。
え、なんで仲良くなってんの? わけがわからない。
海岸。あたり前のように決闘が始まってヒヤヒヤしていたら、あかねが予想以上に善戦。
それどころか優勢といってもいいくらいだった。
いつしか不安も心配も消えさり、あかねの華麗な動きに見惚れていたら。
本当に、本当にいつの間にかいい感じになっていたのだ。
「……なんで、どうして?」
防風林からふたりの決闘を覗いているあおいともも。
困惑と共にあおいが吐き出した言葉に、ももが答える。
「……お兄ちゃんも男の子だった、ってことじゃないでしょうか」
「ど、どういうこと?」
「たたかいのあとには友情が芽生える……。王道といえば王道じゃないですか?」
「いやでも、そんなの漫画の世界の話でしょう?」
あおいの言葉に、どこか遠くをみつめるもも。
「……男の子は、ときに漫画の世界で生きていたりしますから」
よくわからないが、ももの言葉には謎の説得力があった。
なんにせよ、目の前の光景に、あおいは胸の奥で昏い嫉妬の炎を燻らせる。
そこにちょうどアローンの影が見えた――飛んで火に入る夏の虫とはこのことか。
今ならドッキングなしでもアローン一体くらい倒せる気がした。
***
気がしただけだった。
しかもドッキングしてやっつけたのはあかねとあおいではなく、あかねとわかばだ。
いきなりわかばが「わたしも戦いたい!」なんて言い出した時は正気を疑ったが。
ためらいなくわかばに鍵をわたしたあかねには、もっとおどろいた。
そんな軽い感覚でわたしていいの? 人類の命運がかかってるんだよ? いや、あの短時間で鍵をわたすに値する人物だと思えるくらい心通い合えたってこと? 混乱するあおい。
あかねとわかばが一切躊躇なくドッキングしたときには、もう開いた口が開きっぱなしだ。夕陽照らす海岸。アローンを倒して、改めて自己紹介をしたあおいたち。
あかねが笑顔とともにわかばに声をかける。
「これからがんばろうね!」
「ええ! これから……」
カーッと、わかばの顔が急に赤くなったと思うと。
「わひゃあ!」
わかばは悲鳴とともに後ろを向いてしゃがんでしまった。両手は顔に当てている。
瞬間、あおいは背筋に冷たいものが走るのを感じた。女の勘。嫌な予感しかしねえ。
「ど、どうしたのわかばちゃん?」
困惑するあかね。
おずおずと振り向いたわかばの顔には、ついさっきまでの勝ち気さはなかった。
赤い頬を両手でおさえて、恥ずかしそうに。
「だ、だって、ちゅー……」
「ちゅー?」
「わー!」
ふたたび顔を両手で隠して後ろを向くわかば。
どうやら、今になって自分がなにをしたのか気がついたらしい。
なるほど熱中したら前が見えなくなるタイプか。
まあわかってたけど。
「お、男の子とちゅー……。ちゅーしちゃったよぉ……」
「いや、でもおでこだし、気にしなくても」
頬をかきながらそういうあかねに、わかばは振り向いて叫ぶ。
「男女七歳にして同衾せず!」
――面倒くせえ。あおいはげんなりしていた。
正直にいってこいつと肩を並べて戦うのはいやだが、鍵を渡された以上は活躍してもらわねばならない。あかねと添い遂げるまであおいは死ぬわけにはいかないのだから。使える戦力は多いにこしたことはない。たとえ素人のあかねと互角程度の実力しかない有段者さまであっても、だ。こそりとため息をついて、あおいは笑顔を浮かべると、わかばに困ってるあかねに声をかける。
「あかねくん」
「え、なにかなあおいちゃん?」
「ちょっとしゃがんでくれるかな?」
「? いいけど……」
「ありがとう、あかねくん。……ねえ、わかばちゃん」
あおいの言葉に、ゆっくりと振り向くわかば。
「……ちゅっ」
「!?」
同時に、あおいはあかねの額にチューする。
口をパクパクさせるわかばに、あおいは挑発的な笑みを飛ばす。
言外のメッセージ――お前なんかいなくても問題ない。
「~~~~~!!」
そのメッセージはしっかり伝わったのだろう。
わかばの顔はさっきまでとちがう意味で真っ赤になる。
ちょっと負けたくらいで果たし状を出すような女だ。
実は結構プライドが高いのだろうとあおいは踏んでいた。
ちょっと煽れば簡単に発奮してくれるだろう。
そして、その読みは当たったようだ。単純なわかばを内心あざ笑うあおい。
「あ、あおいちゃん?」
「ちょっとちゅーしたくなっちゃったの。ごめんね、あかねくん」
困惑しているあかねにあおいは笑顔を返す。
今度はまじりっけなしの笑顔だ。
すこし照れた様子のあかねをみて、これだけでご飯3杯はいけると思った。
「いや、いいけど……」
「わ、わたしだって!」
大声と共に立ち上がるわかば。どうやら挑発は効いたようだった。
振り向いて、そのまま突進してくる。
「ちゅ、ちゅーくらい!」
え、そっち? とあおいが思った時には遅かった。
おどろくあかね。
「わかばちゃ……!?」
猪突猛進してきたわかばは、そのままあかねを押し倒して――え?
ドサリと音が鳴った。あかねが下で、わかばが上。
「……」
「……」
「……」
「……」
ザザーンと、波の音だけが大きく響いた。
あかねとわかばの唇が、唇が――
あおいが意識を失うのと同時に、わかばの悲鳴が聞こえてきた。
***
その後のわかばは、文武両道を絵に書いたような人物だった。
面倒見もよく、転校してきて勝手のわからないあおい達にとてもよくしてくれたと思う。
ともに戦う仲間だからというのを抜きにしても、"いい人"なのだろう。
初回のあれはただ出会い方が悪かった。それだけのことだったと今なら分かる。
しかし。
「あ、あの、あかねくん」
「な、なにかな? わかばちゃん」
「その、日直の仕事なんだけど……」
「えーっと、な、なにをやればいいのかな?」
あかねとわかばの様子はしばらくぎこちなかった。
そしてそれはクラスメイトの邪推をかき立てるに十分すぎるくらいで。
なにより、当のわかばは邪推されていることが満更でもないように見えて。
「……はぁ」
その様子を自分の席からみつめるあおいは、こそっと痛む頭をおさえるのだった。
じっと、あかねとわかばの姿を見つめているカメラに気づかず。