二葉あおいは懊悩する【完結】   作:草陰

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3話 水をかけたつもりが油だった

 

 

 

 

 

 

 あかねの豪快なホームランボールが教室に飛び込みカメラに命中。大破。

 教室にて罪悪感にうなだれるあかねを囲む、あおいとわかば。

 なんでも不登校の娘がそのカメラを経由して授業を受けていたらしい。

 

「健次郎博士になおしてもらって、カメラ経由であやまればいいんじゃないかな?」

 

 とあおいは提案したが。そういうわけにはいかないとあかねはいう。

 

「いくらなんでも不誠実だよ。こういうことは、ちゃんと顔を合わせてあやまらないと」

 

 そういって不登校娘の家までおもむく律儀なあかねも好きだった。結婚して欲しい。

 てなわけで放課後、あおいたちは学校からそのまま不登校娘の家まで行くことになった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 不登校娘こと、四宮ひまわりの住むマンションに到着。

 どんな出不精が出てくるかと思いきや、わりと身なりには気を使っている様子だった。

 あおいは、ドアの向こうにいるひまわりの身体に素早く視線を走らせて吟味する。

 

(お風呂には入ってるみたいだし、髪の毛の手入れもまあ、ちゃんとやってる方かな)

 

 カメラといい、復学に対する意欲は強いのかなとあおいは感じた。

 とはいえ。

 

(これなら心配しなくてもだいじょうぶそう)

 

 気付かれぬよう、ほっと胸を撫で下ろすあおい。

 あやまりにいく相手が女子と聞いて、正直あおいはいくらか警戒していた。

 これ以上、厄介なライバルを増やすわけにはいかなかったからだ。

 わかばのそれが恋心なのかまではわからないが、あかねに対して強い好意を抱いていることはまちがいない。

 当然負ける気はないが、あかねを巡るライバルの存在は正直にいって目ざわりだった。

 

 しかし――この垢抜けない女なら問題ないだろう。

 仮にこの女があかねに惚れたところで、脅威になるとはとても思えない。

 部屋へ上げられるにいたって、それは確信になった。こたつを囲んで座るあおいたち。

 まるで洞窟のように暗くて寒く、そこかしこに情報機器が転がり雑然と物が積み重なった、女っ気の欠片もない部屋。

 仮に自分の恋人がこんな部屋だったら、百年の恋も冷めるというものだ。

 まして興味のない異性であれば、第一印象はかぎりなく最悪だろう。

 

 あとはテキトーに謝罪して帰ればいい。

 もしゴネるようなら金でも握らせて黙らせればいいだろう。今こそ二葉家の財力の出番だ。

 むしろそうなってくれた方がありがたいかもしれない。あかねに恩も売れるし。

 途端ひまわりがゴネてくれることを祈り始めるあおい。

 カメラを手に持ったあかねが、ひまわりに謝罪をはじめる。

 

「ごめんね四宮さん、カメラ壊しちゃって。いちおうカメラ周りはなおしてきたんだけど……」

「え?」

 

 意外そうな表情を浮かべるひまわり。つぶやくようにいう。

 

「なおした……?」

「うん、家にあるパーツを使って、なんとか」

 

 これにはひまわりのみならず、あおいもびっくりだ。

 

「あかねくんって、機械つよかったんだ……」

「男なら機械くらいなおせるようになれって、爺ちゃんがさ」

 

 頬をかいてるあかねの横で、ひまわりは受け取ったカメラを眺めている。

 

「……ふーん」

「ただ、通信周りの部品だけ手に入らなくて……。バイト代が入ったらすぐに買って直すから。四宮さん、本当にごめん!」

 

 両手を合わせてあやまるあかね。

 ひまわりは一瞬なにかをいおうとして、許す代わりにと交換条件を出してきた。

 

「……あなたの持ってる、ぬいぐるみをみせて」

「ぬいぐるみ?」

 

 きょとんとするあかね。

 が、すぐにそれが健次郎博士のことだと気づいたらしい。

 あかねは逡巡したものの、おずおずと取り出してひまわりに差し出す。

 ぐにゃぐにゃと大胆にいじりだすひまわりにあせるあかね。

 

「ちょ、あんまり雑にあつかわないでくれないかな?」

「だいじょうぶ、壊したりしないから」

 

 ひまわりの言葉に「うっ」と詰まるあかね。

 イヤミのつもりかとあおいはいぶかしんだが、様子を見るかぎりひまわりに他意はないようだ。

 あかねは「うーん」と少し考えてから「そうだ」と口を開く。

 

「お、お友だちなんだ!」

「……友だち?」

「そう! その人形とはお友だちなんだ! だからあんまりいじめないでやってくれないかな?」

「友だち……」

「うん!」

 

 そういって、ぎこちない笑みを浮かべるあかね。

 いくらなんでもその言い訳はないだろう。

 中学生の男子がお人形をお友だちだなんてそんな――かわいいよあかねきゅん!

 あおいがそんなことを考えている横で、ひまわりは急にうつむいた。ぽつり。

 

「友だちなんか、いらない」

 

 「そうですか。それじゃあ帰ろっかあかねくん。マックよろうよ!」とあおいが提案しかけた刹那。あかねが部屋に貼ってある整流プラントのポスターを指摘。ひまわりが整流プラントを好きだと口にした直後、あかねはいう。

 

「じゃあ、これから整流プラントをみにいこうよ!」

「ちょ、ちょっとまって」

 

 あおいはあかねを止めようとする。

 なにが悲しくてあんなエネルギー施設を見に行かなけりゃならんのか。

 思春期真っ盛りの中学生が、それも男女でいくような場所ではない。

 それよりもホテルに行って子どもの作り方をいっしょに学んだ方がいいと思う。

 とくべつに実技も許してあげるから。準備はできてる、さあ。

 

「あおいちゃんも行きたいよね?」

「うん!」

 

 いやだってここで「やだ!」なんていえるわけないじゃんっていうか。

 あかねくんの目がまぶしかったから。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 そのまま整流プラントまで外出かと思いきや、「外に行く服がない」とひまわりが抵抗。

 「よしいいぞ、これで帰れる」とあおいが内心喜んだのもつかの間。

 わかばがカバンから私服を取り出したことで、状況は一変してしまった。

 

「わたしの目に狂いはなかったわ!」

 

 持ってきた服に着替えたひまわりをみて、よろこぶわかば。

 なんで私服なんか持ち歩いてるんだこいつはと内心毒づくあおい。

 それもわかばのキャラとは似ても似つかない少女趣味の服ときたもんだ。まさかあかねに着せるつもりだったのか? あかねきゅんに女装させるつもりだったのか? ふざけるな! そんなあかねの姿をみていいのは自分だけだ! やはりこの女、殺すしかないのかもしれない。

 暴走するあおいの思考にストップをかけたのは、これまたわかばの言葉だった。

 

「ねえ、あおいちゃん。四宮さんの髪、セットしてあげてくれる?」

「え? あ、うん、いいよ」

 

 反射的に返事をしてしまってから後悔する。

 なんでそんな面倒なことをしなけりゃならんのか。

 とはいえ、いちど請け負ったことを放棄出来ない程度には、あおいは真面目だった。

 あかねとわかばを退出させて、あおいとひまわりはふたりきりで部屋にいる。

 ひまわりを椅子に座らせ、あおいは背後から髪の毛を梳かしてやっていた。

 ふいに、あおいはひまわりに話しかける。

 

「ねえ、四宮さん」

「……なに?」

「学校に、未練があるんじゃない?」

「……」

 

 答えないが、あおいは続ける。

 

「髪の毛だってちゃんとお手入れされてるし、お風呂にもしっかり入ってる」

「……そんなことない」

「カメラだってそう。ほんとうに未練がなければ、あんなの設置しないんじゃないかな」

「内申が」

「ちゃんと出席してなければ意味ないんじゃないかな。先生だってそんなに甘くないでしょう?」

 

 ここへ来るまでに、わかば経由でいくらかひまわりの情報は得ていた。

 学校側の温情で出席はとってもらえたが、定期テストは受けさせてもらえないそうだ。体育や課外授業にも参加できないし、内申という観点でみるのであれば、どのみちマイナス評価であることに変わらない。

 険のあるひまわりの声。

 

「……なにがいいたいの?」

「イヤミかな」

 

 おだやかなあおいの物言いに、一瞬だけひまわりが固まった。

 

「……え?」

「聞こえなかった? イヤミだよ。はたからみれば学校に未練たらたらで、みっともないくらい」

 

 絶句するひまわりに、あおいは畳み掛ける。

 

「もしかして、誰かが手を差し伸べてくれるとでも期待しちゃってたのかな?」

 

 ぴくりと、ひまわりの身体がかすかに震える。

 あおいがいきなりこんなことをいいだしたのは、牽制のためだった。

 実際にあかねはひまわりに手を差し伸べようとするだろう。

 今さっき整流プラントへ誘ったのだって、あきらかにおせっかいからだ。

 それはあかねの美点であり、だからこそあおいはあかねが好きなのだが、こればかりは黙って看過するわけにもいかなかった。

 なぜなら――四宮ひまわりはかわいかった。ほんのちょっと手をかけただけであっという間に化けたのをみて、あおいは自分の認識の甘さを歯噛みしていたのだ。

 これ以上、厄介なライバルはいらない。或いはあかねに好意を抱いてしまうよりも先に、自分という面倒な女がいることを、この女の頭に叩き込んでおく必要があると思った。

 

「とっとと学校にいってくれないかな? ハッキリいって迷惑だから」

「……あたしが学校にいかないことが、どうしてあなたの迷惑になるの?」

 

 意外と、ひまわりは向こう気が強いらしい。

 多少の動揺を浮かべつつも、その声はしっかりとしていた。

 あおいは続ける。

 

「あかねくんはやさしいの。だから、きっとあなたが学校にいけるようにいろいろすると思うから」

 

 あかねのことだから、これを機にまずまちがいなくひまわりへ関与し始めるだろう。なにしろ底なしの善人だ。ひまわりがどうにかして学校へ戻ってこられるように、なにかと奔走しだすかもしれない。そうなればあおいとの時間はますます減っていくことになるだろう。ただでさえわかばやアローンのせいでふたりだけの時間は減る一方だというのに、これ以上は耐え難かった。

 ひまわりは反論する。

 

「そんなのおせっかい」

「わたしもそうおもうよ? でもね、それがあかねくんなの」

「だとしても、それとあなたになんの関係が……っ」

 

 声を詰まらせるひまわり、あおいが左手でひまわりの髪の毛を掴んで引っ張ったのだ。痛みと緊張感からか、こわばるひまわりの身体。あおいはそのまま右手に持っている櫛をひまわりの喉元に当てると、耳元に唇をよせてささやく。

 

「わたしはね、あかねくんのことが好きなの。大好き。愛してる。だから――迷惑かけたら絶対にゆるさないから」

 

 口にしたあおい自身、おどろくほどに冷たい声が出た。

 決して単なる脅しではない。あかねに手間をかけさせたら絶対にゆるさない。

 かすかにひまわりの身体が震えていることに気がついて、あおいは髪を掴んでいた手を離す。それから崩れてしまった髪に櫛を入れた。

 びくりと跳ねたひまわりの身体を無視して、髪を梳かし始める。あかねの前で髪をセットすることを請け負った以上、そこは決して手を抜くわけにいかなかった。

 

「……はい、できたよ四宮さん」

 

 「うん、かわいい」と、あおいは笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 アローン襲来。

 プラントの暴走を止めるべく奮闘したひまわりを迎えに行ったあかね。

 戻ってきたふたりはパレットスーツを着ていたが、あおいがそのことに疑問を挟むまもなく、戦闘は展開していく。

 博士からの無線。例によってドッキングを始めるふたり。ただこれまでとちがうのは、博士が驚愕の声をあげたことだ。

 なにか問題でも起こったのかと、咄嗟に博士の声に耳を傾けるあおい。

 

「システムを理解するだけでなく、書き換えたじゃと? これは……」

 

 直後の事だった、ひまわりがあかねの唇を奪ったのは。

 そのままふたりはドッキングし、圧倒的な火力でアローンを撃破した。

 

「ひたいではなく、唇でのちゅーでもドッキングできるようにシステムを書き換えるとは。……やりおるわい」

 

 唖然とするあおいとわかばの横で、健次郎はなんども「やりおるわい」と唸ると、ふいにつぶやく。

 

「しかし、なんでわざわざ書き換えたんじゃろうか」

 

 その疑問について、あおいはすでに答えを出していた。

 しかし。あおいもまたつぶやく。

 

「……たしかめなきゃ」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 夕陽に照らされたプラントを望む通路にて、あおいとひまわりは対峙していた。

 あれから一度解散した後、どちらともなく戻ってきたのだ。

 戦闘前まではあった、どことなくあおいを恐れている様子はひまわりからすでに消えている。あおいの敵意が篭った視線に臆することなく、ひまわりは見返してきた。肚をくくった目。

 

「どういうつもりなの」

 

 あおいの問いかけ。あのキスはどういうつもりだったのか。

 もしも髪をセットしていたときの復讐であったのなら、そんなことであかねの唇を奪ったというのなら、絶対に許す気はなかった。

 言外にそんな意味を込め、あおいは睨みつける。しかしひまわりは答えない。

 じれて、ふたたびあおいが問いかけようとしたところで、ひまわりが口を開く。

 

「ずっとみてた」

 

 主語のない言葉に、あおいは眉をひそめる。

 なんのことかと問いかけるより早く、ひまわりは続ける。

 

「あかねのこと、あたしもずっとみてた」

 

 それが"カメラごしに"という意味だと、あおいはすぐに気がついた。

 つまり、四宮ひまわりはずっと前から一色あかねに好意を抱いていたということか。

 あおいは問いかける。

 

「どうして」

「それをせつめいする義務なんてない」

 

 ピシャリとひまわりの返答に、あおいはおもわず納得してしまった。

 そのとおりだ。恋の馴れ初めを他人に――ましてやライバルに教える義務も必要もない。だがこれでハッキリした。目の前で接吻を交わしたあれは、事実上の宣戦布告だったのだと。

 睨みつけるあおいに、ひまわりもまた睨み返してくる。力強い言葉。

 

「あんたにだけは絶対負けない。それだけいいたかった」

 

 そういって、ひまわりは背を向ける。

 去っていく背中を見送りながら、あおいはつぶやく。

 

「――のぞむところだよ」

 

 

 

 

 

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