二葉あおいは懊悩する【完結】   作:草陰

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4話 敵は本能寺にあらず

 

 

 

 

 

 授業中の教室。

 教卓から担任のみずはが、今度のサマースクールについて説明している。

 あおいは卓上モニターに表示された資料を見つめながら、それを聞いていた。

 

「えー、今度のサマースクールは男女別々――」

 

 よし休もう。あおいは決心した。

 あかねのいない学校になぞ用はないのだ。

 だいたい男女で行き先が別々って時点でおかしいだろうと、あおいは心底憤る。

 サマースクールという名称だが、実態は修学旅行に過ぎなかった。であるならば、決して欠かしてはいけない重要なイベントがあるはずだ。男女混合のフォークダンスが!

 もうこれがない時点でお話にならない。そう、これさえあれば――

 

 ――広場の中央に設置されたキャンプファイヤー。

 その炎に照らされながら、周囲を音楽に合わせて踊る男女の姿。

 あかねもまた、ペアを次々と入れ替え踊っていた。

 作法にさえ則れば、相手の顔を見る必要すらないのだ。

 手元に差し出された手を取り、ただただ淡々と、事務的に、回数だけをこなす。

 今回もまた手をとったところで、ふいに名前を呼ばれて顔をあげる。

 

『あかねくん』

『……あおいちゃん』

『よろしくね、あかねくん』ニコッ

 

 あおいがほほ笑むと同時に、あかねの胸が跳ねる。

 炎に照らされたあおいの顔は、どこかいつもとちがってみえたのだ。

 遅れて、あおいが手を差し出していたことに気がついてあかねは手に取る。

 作法に則って踊り始めるあかね。ついさっきまで流れるように行っていた動作が、ひどくぎこちなかった。炎に照らされたあおいの横顔をみて、ますますあかねの動きは硬くなっていく。あおいの顔から目が離せない。

 

『どうしたの、あかねくん? わたしの顔になにかついてた?』キラキラ

『そ、そんなことないよあおいちゃん。ただ、その』

『その?』キラキラ

『きれいだな、って……』

『あかねきゅん……』キラキラ

『あおいちゃん……』

 

 見つめ合うふたり。キャンプファイヤーから伸びるふたつの影は重なりあい――とまで妄想してから、あおいははたと気がついた。

 でも、そうなるとあかねくん以外の男子とも手をつなぐハメになってしまう。

 あおいは自他ともに認める貞淑な乙女なのである。知らない男子と手をつなぐだなんてもってのほかだ。どうしたものかと悩む。

 みずはは教卓から続ける。

 

「――になる予定でしたが、今回は男女混合ということになりました。行き先は女子と同じで……」

 

 やっぱ学校は休んじゃいけないよね!

 フォークダンスはあかねくん以外の男子を拒否すればいいだろう。夜這いだって女性の同意が必要だったのだ。ならこちらを拒否できない道理はないはずだ。

 行き先が女子と同じってことは、つまり水着が必要ってことだ。いっそあかねといっしょに水着を買いに行ってもいいかもしれない。

 あおいは来るべきサマースクールが楽しみでしかたなかった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 昼食。屋上にてシートを敷いてお弁当を広げるあおいたち。

 それぞれ小ぶりの弁当箱を取り出す中、ひまわりはバカでかい重箱を取り出してきて、ぎょっとするあおい。まさかひとりでそれ全部たべるのか。

 胸が大きい理由はそれか、と思いきや。娘が脱ひきこもりした上に友だちまで出来たと知り、よろこんだ母親が発奮した結果だそうだ。

 

「みんなで食べなさいって……」

 

 ひまわりの言葉に目を輝かせたのはあかねだった。

 

「ほんとう?」

「うん」

 

 重箱の中に並んでいる料理はたしかにごちそうだった。

 お嬢さまとして生きてきたあおいにしてみれば、「なにをこれくらい」という感じではあるが。母親の手料理という一点においてはちょっとうらやましかったりなんてことはない。思えば母親の手料理なんてあおいは食べた記憶がなかったが、どうでもいい。

 なんてらちのないことを考えていると、ひまわりは重箱から箸でタマゴ焼きを取り出し、あかねに差し出した。

 

「あ、あーん」

「え?」

 

 ぽかんとした表情をうかべるあかね。

 ひまわりはうつむき気味に、箸で掴んだたまご焼きを差し出している。

 

「だ、だから、あ、あーん」

「……もしかして、食べさせてくれるの?」

 

 あかねの言葉にカーっと頬を赤く染めるひまわり。

 自分の行動を客観化され、一気に恥ずかしくなったのかもしれない。

 ごまかすように大声を上げる。キャラに似合わぬ大声だ。

 

「そう! で、食べるの? 食べないの!?」

「い、いただきます。あ、あーん」

 

 あかねはたまご焼きを口にすると、咀嚼し始める。

 ドキドキした様子でそれをみつめるひまわり。

 やがてあかねは嚥下し終えると、そこには笑顔があった。

 

「おいしいよひまわりちゃん! ほんのり甘くて、ダシも効いてる! ひまわりちゃんのお母さんって、お料理じょうずなんだね!」

「ほ、ほめすぎ……」

「そんなことないよ!」

 

 力強く断言するあかねに、とうとうひまわりはぷいっと顔をそむけてしまった。

 恥ずかしそうな様子。

 

「ま、まあまあだよ。まあまあ……」

 

 はい、ひまわりちゃんの「まあまあ」いただきましたー。じゃない!

 あおいはようやくハッとする。あまりにもベタベタに甘酸っぱい光景を前にして、思考が停止していた。出会って間もないふたりの距離感だからこそ成立する、ほんのちょっと甘酸っぱいその光景。「あーん」。ぶっちゃけあおいだってまだやったことないのに。まさかぽっと出の女に先んじられてしまうだなんて。口惜しや。

 

「うぐぐ……」

 

 おもわずいつもかぶっているおだやかな表情の仮面が剥がれかけて、ふいにひまわりが自分をみていることに気がつく。ニヤリと口元に笑み。あおいはあわてて仮面をかぶりなおすが、ひまわりから漂う優越感は消えない。それどころか、弁当を勧めてくる始末だ。

 

「よかったら、あおいも食べて」

「……うん、ありがとうひまわりちゃん」

 

 ハッキリいって食べたくはなかったが。

 ここで箸を伸ばさなければ、それこそ負けたような気分になるだろう。

 昆布巻きを箸で掴むと、口に運ぶ。反射的にあおいはつぶやく。

 

「……おいしい」

 

 ひまわりの母親の料理は、おいしかった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「それでさ、実は今日、みんなに提案があるんだけど」

 

 おずおずと切り出すあかねに、あおいはおだやかに問いかける。

 

「なに? あかねくん」

「ビビッドチームも晴れて4人になったわけで、その」

 

 もじもじしてるあかねにムラムラするあおい。

 このままでは自分を抑えきれる自信がないので、やさしくうながす。

 

「その?」

「……かけごえみたいなの作りたいな、って」

「かけごえ?」

 

 あおいはおもわずぽかんとした。

 なんでも、運動部のああいったノリにあこがれていたそうだ。

 あかねが実は運動部に入りたがっていることを、あおいは知っていた。

 これまで通っていた学校は小さすぎて運動部はなかったし。

 せっかく大きな学校に転校してきても、今度はアローンとの戦いで部活どころではない。

 天性の運動神経をもてあましているところはあった。あかねはうかがうように続ける。

 

「ダメかな?」

「いいね! 一体感もたかまると思うし、ナイスな発想だとおもうよ!」

 

 あかねの提案にわかばはノリノリだった。さすが体育会系。

 正直にいってあおいの好きなノリではないが、あかねがやるというならやるだけだ。

 ましてあかねがわがままをいうのは珍しい。できる限り叶えてあげたい。

 ひまわりもあおいと同じようなものだったみたいで、しぶしぶ応じる。

 

「いいんじゃないかな」

「……やるならやる」

 

 あかねは笑顔を浮かべる。

 

「それじゃあ、はい」

 

 そういって右手を差し出すあかね。

 一瞬、あおいが意図をはかりかねたところで、わかばがその上に右手を重ねた。

 「あ!」と理解したころにはもう遅い。

 

「……どうしたのふたりとも?」

 

 わかばの声。ちらとひまわりの顔をみれば、こころなし悔しげな表情をうかべている。

 ヒキコモリだったが故に、ひまわりは感情が表に出やすかった。

 あおいも内心では同じような表情をしていることだろう。

 なにせ。視線を落とせば重なりあうあかねとわかばの手が見えた。うぐぐ。

 とはいえ、いつまでも悔しがっていればあかねを不審がらせてしまう。

 

「なんでもないよ」

 

 ほほ笑みをうかべ、あおいはおだやかにそういうと、重ねられた手の上に自分の右手を重ねる。その上にひまわりが手を重ねると、あかねはひとりひとりの顔を確認して、楽しそうに口を開く。

 

「ビビッドチーム、ファイッオー!」

「おー!」

「おー」

「おー……」

 

 上からあかね、わかば、あおい、ひまわりの順だ。

 これから戦いのたびにこれやるのかな、そう考えるとあおいはちょっとだけ憂鬱だった。

 あ、でもあかねと手を重ねられるのはいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 それから談笑しつつ牽制(あおいとひまわりが)し合いつつ続ける昼食。

 わかばが「そうそう」と口を開く。相槌をうつあおい。

 

「サマースクールだけど、どうして今年は男女混合になったか知ってる?」

「さあ、どうして?」

「みずは先生がこっそりおしえてくれたんだけどね」

 

 そういってわかばは話し始める。

 要は軍事的な判断だという。

 ビビッドチームを分断することによるデメリットと、教育カリキュラムを天秤にかけた結果、前者が上回ったそうだ。ひとまとめにしておいた方がいざという時に動かしやすいし、護衛もしやすいということらしい。

 

「……物みたいにあつかわれてて、なんかちょっとやだな」

「見方を変えれば、それだけ大切にされてるってことじゃないかな?」

 

 ひまわりのネガティブな言葉に、わかばは明るく返す。

 あかねが続く。こころなしか感心した風だ。

 

「わかばちゃんはポジティブだね」

「まあ、いまのところは自由が束縛されてたりするわけじゃないからね。そうなったらわたしだってどう思うかわからないよ」

 

 そういいつつも、爽やかに笑うわかば。

 あかねはほほ笑みをうかべて、さらりという。

 

「わかばちゃんのそういうところ、好きだな」

「うぇ!?」

 

 頬を染めてあわあわとするわかば。

 どう返事をすればいいのかわからないらしく、視線を泳がせる。

 やがて「え、えと」とテンパった様子で口を開く。

 

「わたしも、その、あかねくんのことが……す」

「わ、わかば! これもおいしいよ! はい、あーん」

「え? ひまわりちゃ……んぐ」

「おいしいでしょ? ね?」

「う、うん……!」

 

 なにやら口走りかけたわかばの口に、ひまわりは強引に食べ物を押し込んだ。

 はっとした様子で咀嚼するわかば。その頬はまだ赤い。こうなれば委員長さまもひとりの女だった。あかねくんって天然でこういうことやるんだもんなあと、あおいはなんかもう感心するしかない。そこに、あかねがあおいに声をかけてくる。

 

「それで、もうひとつお願いがあるんだけど」

「なにかな?」

 

 そういってあかねからお願いされたのは、ある女子をサマースクールの班に入れて欲しいということだった。おもわず固まるあおいだったが、無論、断るという選択肢は存在しなかった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 あかねから女子に声をかけるのはなにげに珍しい。

 屋上。にわかに警戒するものの――相手をみて少しだけホッとする。

 黒騎れい。同級生だがクラスでも孤立してる女子だった。

 いつものおせっかいだろうとあたりをつけるあおい。あかねは昔から、ひとりでいる子をみると輪に引き入れようとするのだ。大島北ノ山小中学校。年上の男子が他にいなかったので、リーダー役を任せられることが多かった故の習性だった。

 

「ねえ、黒騎さん」

「……なに?」

「サマースクールの班、決まった?」

「……いいえ」

「じゃあ、いっしょに」

「わたしはひとりでいい」

 

 目の前であかねとれいは会話を繰り広げているが、なるほどこりゃ友だちもいないわという感じである。よくもまあここまでそっけない返事ができるものだ。容姿だけはいいからちょっと警戒したが、これは心配するまでもなくあかねに惚れる芽はないだろう。

 わかば曰く「どうにかしたいけど、自分から壁をつくってるんだよね」ということだから、今回もあかねを突き放してくれることを期待していたが。予想以上にいい仕事をしてくれそうだ。

 突き放されて傷ついたあかねは自分が慰めれば問題ない。というか慰めたいからもっと突き放せ。あおいはれいに念を送る。

 それが通じたわけかしらないが、れいは一際冷たい目をあかねに向けた。開かれる唇。

 

「わるいけど、一色ハーレムに入るつもりはないから」

「ちょっと待って」

 

 あおいはれいを止める。

 とんでもないことをさらりといわれた気がする。

 突き放せとは思ったがこの言葉は予想外だ。さすがのあおいも困惑を隠せない。

 あかねもまた困惑した様子で、れいに問いかけた。

 

「えっと、一色ハーレムってなに、かな?」

「しらじらしい……」

 

 眉をひそめるれい。何気に初めて表情が動いた瞬間である。

 

「とにかくそういうことだから、ちかよらないで」

 

 取り付く島もないとはこのことか。れいはそのままとっとこと去って行く。

 去ってくれたのはありがたいが、それはそれとして謎を残していった。

 こういうときはやはり、クラスのことにくわしい委員長さまの出番だろう。

 あおいはわかばに声をかける。

 

「ねえ、わかばちゃん。一色ハーレムってなに?」

「わたしも、その、ちょっと小耳に挟んでたくらいなんだけど……」

 

 やはり知っていたか。

 何故このことを自分たちに伝えなかったのかは置いといて、続きを促す。

 

「それで、どんな内容なの?」

「一色あかねが、入学してすぐに女子をはべらせてハーレムを作ろうとしてる、って……。幼なじみに委員長、不登校だった娘がすでに攻略済みだって……」

 

 頬を染めるわかば。なんだその満更でもないような反応は、そんなんだからお前うわさが広がるとは思わないのか。反省しろ。

 しかし不名誉な話だった。あおいは嘆く。まるであかねがジゴロ扱いではないか。

 

「それもこれも……」

 

 こいつらのせいだと、ひまわりとわかばに一瞥をおくる。

 わかばは気づいているのか気づいていないのか苦笑しているが。

 ひまわりは即座に睨み返してきた。

 

「……なに?」

「なんでもないよ」

 

 にこりと笑顔を返したら、ひまわりはわかばの後ろに隠れた。ふん、ヘタレめ。

 あかねという極上の蜜に誘われてしまうのは女の本能として仕方ないというか当然というか必然だと思うし。むしろこの程度ですんでるだけでも僥倖なのかもしれないが。こいつらにはいい加減に消えてほしい。ほしいのだが、仮にもビビッドチームとして戦ってる以上、安易な手段(毒殺etc)はとれなかった。戦力が減ることによって自分の身が危うくなることはもちろん、何よりもあかねの身が危うくなってしまうことはあおいの望むところではないからだ。

 

 なんにせよ、正妻としては夫の不名誉はどうにかそそがねばならない。あおいは決意する。あとで誰が噂を流してるか突きとめて、しかるべき制裁を加えよう。正妻だけに。正妻だけに。

 その前に、さっきからうなだれているあかねきゅんを慰めなければ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 自室。ベッドで仰向けになり、あおいはなにをするでもなく天蓋を眺めている。

 アローンとの戦闘は何度かあったが、ドッキングは久しぶりのことだった。

 どれだけあかねが性徴したかわくわくしていたのに、その際いくらか流れ込んできた他の思考で、今のあおいの頭の中はいっぱいだった。

 港で鳥に囲まれていたれいを見たとき。れいが落ちてきた鉄骨から小さい子を助けたとき。路上に倒れていたれいを抱きかかえたとき。あかねくんの中に一瞬芽生えたあの感情は。ほんの仄かなものだけど、自分があかねに抱いているものと同じ性質の――ぽつりと、あおいはつぶやく。

 

「だいじょうぶ。だとしても、わたしは負けない」

 

 そう、負けない。負けなければいいのだ。

 だというのにどうして――こんなに胸がざわめくのだろうか。

 

 

 

 

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