ー2010年 某県某市 山頂農家ー
まだ肌寒い春のある日、山頂にある農家の初老の老人がゆっくりと畑を歩いていた。
今年も厳しい冬を乗り越え、逞しく成長した作物に嬉しさを覚えながら、畑を歩く。先祖代々受け継いできたこの山で育つ作物達はとても評判が良く、最近ではわざわざ海外からこの農家の野菜を買いに来る人間がいるほど、この農家の作物の評価は高い。
山の山頂にあり、さらに無農薬栽培で育ち、山の様々な恵みを受けた作物はとても美味であった。
今、畑を歩く老人にとって、この畑は何よりも誇りで宝だった。
子を得る前に妻に先立たれ、再婚をする気力もわかず、ただひたすらに農業に打ち込んだ、その結果が今に至る。様々な人を通じ、評価され、自分が作った作物を美味しいと言ってくれ、さらにその作物を使った料理も美味しいと言ってくれるのが老人にとって、何よりも楽しみであり、幸せだった。
だが、いくら幸せでも寂しさは拭えない。
最愛の女性に先立たれ、それが尾を引き、誰も愛せずにいる自分が女々しく感じない日はなかった。だが、それほどにこの老人は先立たれた妻を愛していたのだ。
だけど、やっぱり寂しい。
「まさか、の」
老人は竹の栽培地ーーー竹林を見る。
老人は畑の作物以外に竹やタケノコの栽培も行っていた。だから、竹のどれかを切れば、竹物語のように竹の中から子供が現れるのではないかと考えることも多々あった。
だが、今は西暦2010年、そんな夢のような物語があるはずがない……そう、思いながらも老人は竹林を歩く。
竹物語では一本の竹が輝いており、その竹を切ると中からそれはそれは可愛い赤ん坊が……という童話である。
そんなことあるわけがないと思いながらも、竹林を軽く歩く……だが、光っている竹などありもしない。
ーーーだが
「な、なんで」
ーーー子供の一人ぐらいは転がっているかもしれない。
「何故、こんないとこに子供が!?」
老人が歩いていた竹林の中腹に、青い軍服らしき物に身を包んだ小さな子供が倒れていた。
黒髪を持ち、体格から八歳から十二歳ぐらいの少年が竹林の中腹で倒れていた、老人は驚いた。こんな過疎地、しかもその山の山頂にある竹林に子供がいるはずも、迷い込むはずもないのに。
確かに麓には小さな村があるが住んでいるのは大半が余生をここで過ごすために集まってきた老人ばかりで、若くても五十代しかいないうえに、ろくに店も宿もない過疎地。
近くにキャンプ場などもないし、有名な観光名所もないただの山と村しかいこの過疎地、有名としてあげるのなら、この老人の作物と村にいる元剣豪と呼ばれた老人ぐらいしかない。
しかも、元剣豪の老人もこの老人の作物も知る人ぞ知るような人物と作物だ、こんな辺境の地に子供を連れてくるはずもない……だとすれば。
「すて、捨てられたのか?」
それ以外考えつかなかった。
「……村に連れていくかの」
とりあえず、この子供の安否が気になるので麓の村まで連れて行くことにした。麓の村には、元剣豪以外にも元医者や教師、学者などもいるし、一応やる気のない中年の駐在官もいる。
兎に角、老人は子供を麓の村へ連れて行こうとした……だが、今の年老いた自分が子供を担いで、麓の村まで行けるか怪しいのに気付いた。
再び、老人は悩んでいたときである。
「おーい、神楽坂の竹じじぃ、どこじゃ〜い」
聞き慣れた枯れた声、友人であり囲碁、将棋仲間で元剣豪の抜刀じじぃと呼ばれる木村 正が来たのに老人ーーー神楽坂 勉は気付いた。
勉老人は急いで、抜刀じじぃを呼び、事情を話し、まだまだ元気な抜刀じじぃに子供を担いで貰い、麓の村を目指した。
その後、麓の村にいる元医者の老人夫婦に子供の容態を見て貰い、暇人の中年駐在官に警察に連絡をいれてもらった。
それから、数ヶ月後。
あの時の子供は元気に畑を耕していた。あの後、色々調べたが子供の容態には問題はないが身元は不明、父と母がいるのか怪しいと言われた。むしろ、戸籍があるのかはわからないとのこと、一応子供の親探しをやろうと思ったが肝心の子供が親など知らないと言い、話にならず、しかも聞けば自分の名前以外何も知らないと言うではないか。
では、どうする?と当事者である勉老人と麓の村人と役所と警察の人間達は困り果て、悩み悩み悩んだ末、勉老人が子供を引き取ることになった。
子供も拒否は一切なく、スムーズとはいかなかったが、問題なく手続きを終え、晴れて子供は少年は勉老人の養子となり、名を神楽坂 幸と名乗ることになった。
ーーーだが、誰も知らないだろう。その少年がかつて、一度死に生まれ変わったことを。
ーーー誰も知らないだろう。
その少年がかつて、ジオン公国軍で最強と謳われた存在ということを。
ーーー誰も知らないだろう。
その少年のかつての壮絶な人生を誰も誰も知らないだろう。
ーーーそれから五年、新たなる改変の物語が始まる。