ベキン!
「あ!?」
ナイフが折れたのに動揺したキールが態勢を崩したのを見て、卵のような魔物『エッググ』が飛び掛かり……私の投擲したナイフを受けて消し飛びました。
「姉ちゃん、兄ちゃん……ごめん」
「別にいい。どんな物にも寿命があるし……ろくに研磨もしていなかったからな」
キールがしょんぼりとした顔で私達に謝りますが……尚文さんの言ったとおり、研磨等の整備をしていなかった事や生き物系の魔物を倒した際の血もろくに拭き取りませんでしたからね。寿命が減るのも早かったのでしょうね。
「はぁ……今回はこれまでだ。城下町に帰って別のナイフを買うぞ」
「……うん、わかった!」
私達は帰り道で遭遇した魔物を蹴散らしながら城下町に帰還しました。
因みに現在の尚文さんのレベルは14、キールのレベルも14、私のレベルは20、ウィンディアのレベルは14です。
「さて……と、これからどうするんですか?」
私は道中で得た素材や、採取した薬草から作成した薬を売って得た銀貨70枚と節約に、節約を重ねた結果の出立金の残りである銀貨100枚を入れた袋を見ながら尚文さんに尋ねます。
「そうだな……先ずはキールの新しいナイフだな」
「はぐはぐ……
「口に食べ物を入れながら話さないの!」
キールがお行儀の悪いことをやって、それにウィンディアが怒りながらキールの口に付いている食べ滓をを拭きます。
……最早、私達の恒例行事となりそうですね。
「それじゃあ、行きますか」
「だな」
そう言って私達は歩こうとして……
ぐうう……
「香、お腹すいた」
「兄ちゃん、姉ちゃん……腹減った!」
「またですか!?」
「これで四回目だぞ!?」
成長期なんでしょうけど、私達のエンゲル係数はこれからどうなるんですか!?
私達は二人にご飯を買いながらどうしたもんかと頭を抱えました。
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「と言うわけで、親父。銀貨130枚の範囲でキールに良い武器と防具を寄越せ。作業用のナイフも込みでな」
尚文さんの発言に親父さんが額に手を当てて唸ります。
「まあ……安物を渡した俺も俺だが、ちゃんと手入れをしろよ」
「すいません……ウィンディアのナイフみたいにブラッドコーティング前提で扱っていました」
これは私達全員のミスですね。これからは反省をする必要がありそうです。
「しかし……一週間くらいしかたってないのに随分血色が良くなったなぁ。少しふっくらしてきたんじゃないのか?」
「おう!」
「……ここ最近、矢鱈と腹が減るのも原因かもな」
まあ、食べまくると太るのも早いでしょうしね。
「お! 良い笑顔だな!」
……このまま値切り役に据えるのもありですね。
「あ、じゃあ武器をメインにお願いします。私達には基本的に必要ないので……」
なんせ尚文さんは今やこの近辺の敵は群れのど真ん中にいてもノーダメですし、私も攻撃に対する見切りが出来るようになりましたしね。
「「…………」」
二人が不満そうに見ていますが、私と尚文さんは露骨に無視をします。
「まあ、これも何かの縁だ。少しだけオマケしてやる」
「高いなら値切るまでだ」
「アンタらには原価ギリギリにしてるよ。下手に吊り上げたらバルーンを押し付けられるんだろ?」
…………完全に悪評が出回ってますね。まあ、尚文さんが意図的に流したのもあるでしょうけど。
「理不尽には理不尽で返しているだけだ」
「いやまあ、それはそうなんですけど……」
だからって魔物を押し付けるのはやり過ぎだと思うんですけど?
「……俺は困らんが、対策を取っても別の手段に訴えそうだよな。アンタは」
「良く分かってるじゃないか」
「まあ、見りゃわかりますよね」
実際、私達が寝ている間に案を考えているっぽいですしね。
「嬢ちゃんの言うとおりだ。勇者の中で一番商魂たくましいからな、アンタ」
「褒め言葉として受け取っておく」
若干皮肉も混じってると思いますけどね。
私達がそんな話をしていると…………
「店主さん、この間頼んだ……ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「「理奈さん!?」」
「「いきなり土下座!?」」
店に入ってきた理奈さんが尚文さんを見るなり土下座しました。
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「尚文君、弟の樹が貴方を犯人って決めつけて本当にごめん!」
「……いや、良い。理奈は何も知らされてなかったんだろ? だったら俺が怒ることじゃない」
「何か、尚文君……ワイルドな口調になった?」
「は! 王城から叩き出されて一週間も冷たい反応をされればこうもなる」
理奈さんの土下座をどうにかこうにか止めた私達は、同じ村の出身だったキールと理奈さんの仲間のラフタリアさんとリファナさんとの旧交と親父さんの剣の指南を見ながら理奈さんと話していました。
「そう言えば、兄さんは?」
「ああ、『
……………………ん?
「何故、呼び捨てなんですか?」
「ん? ああ、元康がさ『理奈ちゃんの口調で『君』付けはなんかこそば痒い』って言ってたからね」
あ、そうなんですか。
「そう言えば理奈さん。効率の良い狩場を知りませんか?」
「え? いきなりどうしたの?」
「いえ、私達は王様や王女様の依頼を受けていないからレベル上げも難しくて……効率の良い狩場があれば良いんですけど……」
「お前も意外と図々しいな……」
自覚はありますよ。
「う~ん……ああ、狩場は知らないけど王都近くの森で見たことのない昆虫型のモンスターが現れたんだって。そのモンスターなら経験値も良いんじゃないかな?」
ふむ……未確認のモンスター、ですか。
「わかりました、ありがとうございます」
「ううん、お役にたてたなら光栄よ」
そう言って剣のレクチャーが終わったキールとウィンディアを連れだって私達は言われた森を目指すために歩き出しました。
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「それにしても……見たことのない昆虫型ってどんなモンスターでしょうか?」
「蟻型かもな」
「複数の昆虫を混ぜた
あれから一時間くらいたった後、私達は言われた森を探索していました。
「結構広いですねぇ~……一体、何処にいるんでしょうか?」
「兄ちゃん、姉ちゃん! 何かスゴいの見つけた!」
私達は顔を見合わせるとキールの声のする方向に向かって……ある程度広い所に出ると、そこにはデカイ蜘蛛の巣が張られていました。
「蜘蛛の巣……って事は見たことのないモンスターって蜘蛛か?」
「!? 尚文さん、上から来ます!」
「ち、いきなりか! 『エアストシールド』!」
尚文さんが前に覚えた空間に盾を作るスキルを使うのと同時に上から丸太が何本も降り注いで来ました。
「大歓迎だな、おい!」
「多分、アイツです!」
丸太が降ってきた所をよーく見ると、ド派手な柄の蜘蛛が木々の木の葉の隙間から見えました。
「見たことのないモンスターってのはアイツか!」
「また、ド派手な蜘蛛ですねぇ……」
名前は『@#%&*/+-=』……………………あり?
「…………思いっきり文字化けしてて読めません!?」
「ド派手な柄だし『ピエロ蜘蛛』で良いだろ! 来るぞ!」
ピエロ蜘蛛はお尻から出した糸でバンジージャンプのごとく私達に飛び掛かります。
「エアストスロー!」
私がエアストスローを使うとピエロ蜘蛛は器用に足でナイフを弾き飛ばし、回避した私達を嘲笑うように巣に戻って行きます。
「ち! 先ずは巣をどうにかしねえとじり貧だぞ、これ!」
「どうにかすると言っても私達は全員魔法が使えませんし……あぶな!?」
尚文さんの言葉に私は言い返しますが、ピエロ蜘蛛が投げてきた白い糸の塊を慌てて避けます。
「……白い糸の塊は避けてください! あれくっついて来るようです!」
「動きを止めてボコる為の飛び道具まであんのかよ!?」
私は木に引っ付いた塊を見て警告すると、尚文さんがその性能に目を剥いていると、ピエロ蜘蛛が飛び掛かってきて…………
「ぐあ…………!?」
「尚文さ……きゃあ!?」
尚文さんが突進を食らって吹っ飛び、私は前足で殴り飛ばされます。
…………っ! 尚文さんがダメージを受けているって事は現時点の尚文さんの防御力を越えているって事……このままじゃあ……!
ピエロ蜘蛛は歯噛みをしている私を尻目に巣に戻り…………突如、尻の糸が切れて墜落しました。
「「…………は?」」
「兄ちゃん、姉ちゃん!」
「香、尚文!」
木の上を見上げると、そこには巣の上に乗ったキールとウィンディアが私達に向かって手を振っていました。
此処に来てから余り姿を見ていないと思ったら……はぁ、まあ助かりましたね。
「やるぞ! 叩きのめす!」
「はい! 『ラッシュエッジ』!」
私達は地面に落ちた衝撃でもがくピエロ蜘蛛に飛びかかると、尚文さんは拳で私はスキルでピエロ蜘蛛を滅多打ちにします。
「攻撃、来るぞ! エアストシールド!」
「はい!」
ピエロ蜘蛛はやっとこさ起き上がると、前足で私達を追い払うような動きをすると糸を発射して慌てて巣に戻ろうとしますが…………
「「せーの……!」」
「だぁぁぁぁぁ!」
「はぁぁぁぁぁ!」
キールとウィンディアに糸を斬られて再び墜落しました。
「追撃、行くぞ!」
「はい! 『インパクトエッジ』、『ミラージュエッジ』、ラッシュエッジ!」
墜落したピエロ蜘蛛にスキルの連打を叩き込むと、ピエロ蜘蛛はもがくような動きで私から逃げると糸を出して巣に逃げ戻…………
「丸太を……食らえ!」
ろうとしたところをキールが切り落とした丸太が尻に直撃し、そのまま墜落しました。
これは……ハメ技の段階でしょうか?
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四回目の帰宅。キールが切り落とした変な塊が直撃し、落下。その後袋叩き。
五回目の帰宅。巣に戻った直後にウィンディアの蹴りを食らい、バランスを崩して落下。その後私の投擲したナイフを連打で食らう。
六回目の帰宅。尚文さんがエアストシールドを糸と天井の間に置いたことで糸が斬れ……落下。その後二度目の袋叩き。
七回目の帰宅。私が投げたナイフにより糸が斬れ…………落下。その後三度目の袋叩き。
「…………悲惨、ですね」
「…………ああ。5回も叩き落とされりゃこうもなる、か」
5回も落下し、袋叩きにされたことでピエロ蜘蛛はもう満身創痍でした。足が何本か変な方向に折れ曲がり、体は若干へこみ、体液は全身から滲み出ていました。
「さてと……止めです! 『ピアシングダガー』!」
私は防御を無視する短剣を投擲するスキルを使うと、それはピエロ蜘蛛の眉間に突き刺さりピエロ蜘蛛は悲鳴をあげながら倒れ伏しました。
「やれやれ……やっとこさ倒せたか……」
「はい…………でも、これでわかりましたね」
「…………ああ」
「「装備をけちっていたら痛い目にあう!」」
私達はけちっていた私達用の防具を買う事を決めました。
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「そんな訳でこのお金で最適な防具を見繕ってくれませんか?」
1週間後、私は1週間で稼いだお金を親父さんに見せながら尋ねました。
「う~ん……その料金だとくさりかたびらを2着……は盾のアンちゃんが嫌そうな顔をしているから却下だな。後は鉄の鎧だが……これには『エアウェイク加工』が施されていないからなぁ……」
エアウェイク加工……?
「なんですかその加工?」
「エアウェイク加工は装備者の魔力を吸って重量を軽くする加工だ。効果は優秀だぞ?」
「なるほどな」
つまりエアウェイク加工が施されていない鎧は格好の的って事ですか。
「後は……素材を持って来ればオーダーメイドをしてやっても良いが……」
「良いな、そういうのは好きだぞ」
「私もです」
「アンちゃん達は好きそうな顔しているからなぁ……そうだなぁ」
親父さんは必要な材料名と完成予想図の書かれた羊皮紙を広げます。
え~と、装備の名前は…………
「『蛮族の鎧』、『蛮族の衣装』……ですか」
「…………読めない」
あ、尚文さんはこの世界の文字をまだ学んでいませんでしたね。
「どういう性能の装備なんですか?」
「蛮族の鎧の性能はくさりかたびらととんとん、蛮族の衣装の性能は防御力がちょい低いが防御範囲が広くて寒さに強い」
寒さに強いって事は標高が高い場所でも戦えるって事ですね。これは便利です。
「蛮族……嫌な予感がするが、背に腹は変えられんか。必要な素材はなんだ?」
「そうだなぁ……そこの工房で安物の銅と鉄を購入、後はウサピルとヤマアラの皮、そしてピキュピキュの羽を持って来い」
「皮と羽はあるわよ」
そう言ってウィンディアがお布団を作るために取っておいた皮と羽をバッグから取り出します。
う~ん……お布団は何時でも作れますから、今は装備優先ですね。
「追加オプションに骨をプラスすれば魔法効果も付くんだが、これは後からでも出来るから材料が集まったらまた来い」
「助かる。じゃあ鉄と銅を買って来るとするか」
「俺も行く!」
「そうですね、行きましょう」
「あたしも行くわ」
そう言って、私達は店を出て……
「尚文、すまなかった!」
「凛!?」
「凛さん、頭をあげてください!」
「…………またかよ」
凛さんに土下座をされました。
次回『龍刻の砂時計~理由~』
お楽しみに