「尚兄、香。そろそろアールシュタッド領だから、あたしは荷台に隠れてる」
「おう」
「わかりました」
あたしは尚兄と香にそう言うと、尚兄が作ってくれたマントのフードを被り荷台の奥まった場所に潜り込んで身を隠す。
調べられると思ったけど……あっさり通れた。
「……街の警戒は厳重なのに尚兄や香を警戒しねぇとか、ありえね~」
「ドラゴンを連れた文香が一番警戒されてるみたいですね」
「俺と香は……全く警戒されてないな。守衛に聞いてみたが、俺達と文香は別行動を取ってると思っているらしい」
あ~……確かに。復讐の為に尚兄や香と別行動をとろうと思ってたからな…………
因みにガエリオンはリオンやノワールと一緒に空を飛んで警戒されない様にしている。
「さ~て……こっからどうするかな?」
「一先ずは宿屋を探して、馬車を停めませんか? 流石に馬車ごと動かしながらの移動は目立ち過ぎますし」
「確かに……」
あたし達がこれからの予定を考えていると…………
「見つけたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「げ!? こ、この声は……!?」
あたしが聞き覚えのある声に周りを見渡すと、近くにある宿屋から見覚えのある人影が飛び降りて来て…………
「やっぱり此処に来たなぁ!」
「ぐべぇ!?」
「「文香!?」」
あたしはその人影……ルプトナにドロップキックを叩き込まれた。
────────────────────
文香達が来る数分前…………
「…………で、本当に文香は此処に来るのか?」
「うん。来るね」
錬様が文香の友達であるルプトナさんにそう尋ねると、ルプトナさんは頷きながらそう言った。
「文香は僕たちを巻き込まない為にこっそり出たんだろうけど……そもそも僕たちがいる時点で既にその考えは成立しないんだよ」
「ああ、アイツの思考回路は知り尽くしているからな。アイツはやられたらやり返す性格だから、必ず此処に来るはずだ」
ルプトナさんの言葉を鋼山さんが補足する様にそう言った。
「まあ、錬には複数の依頼が来ていたからそれを優先すると考えたんだろうが……」
「私達が分散して解決するっていう手段を取るとは予想していなかっただろうね」
アルシオさんが錬様の状況から文香が予想した事を言うけど……クーフィリアさんが錬様の取った手段を言ってニヤリと笑う。
因みに依頼の方は森に出現した肉食の魔物と平原の盗賊団の捕縛だったんだけど……森の方はクーフィリアさんとルプトナさんに同行したファリーさんとテルシアさん曰く「まるで庭の様に森の中を飛び回って魔物を近付けさせなかったわ」と「……全然目で追えなかったわ」、盗賊団の方はアルシオさんと鋼山さんに同行した錬様とウェルトさん曰く「……凄かった」と「あっという間に取り押さえてしまいました」らしい。
私の方は王都に行って文香がいなくなった事と、それを捜す為に依頼は受けられない事をお父様とお姉様に話に行ったんだ。
…………そこで護衛として来ていたマルドさんが樹様のパーティーに(多少強引に)合流するっていうハプニングもあったけど、偶々近くにいた冒険者である『バクター』さんが加入してくれたからトントン……いや、寧ろ文香と連携を取れそうな点ではプラスかな?
それで私達は元凶であるミリティナのいるアールシュタッド領に来たんだけど…………
「まさか、文香がミリティナのお父さんの命を狙ってる偽勇者扱いされてるなんて……」
「しかも錬様に取り入った盾の悪魔の仲間扱いされてましたしね……」
そんな事をミリティナが自分の名前で言い触らして冒険者を募っていたんだ。
…………領民や以前の依頼で文香を知ってる兵士や冒険者には全然信じられていなかったんだけどね。
文香は1ヶ月で色んな領土を寝る間も惜しんで回って、その領土が困ってる事を最速で解決してきたから、民達や兵士達にはかなり信頼されてるんだ。
「文香……何処にいるんだろ」
私がポツリと呟くと…………
「見つけたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「え……る、ルプトナさん!?」
何かをみつけたのか、ルプトナさんが窓から飛び降りると……
「やっぱり此処に来たなぁ!」
「ぐべぇ!?」
「「文香!?」」
フードを被った人にドロップキックを叩き込んだ……って、文香ぁ!?
────────────────────
「けほ……の、喉がいてぇ……」
「文香、お水」
「サンキュ……」
あの後あたし達は慌てて駆け寄ってきたメルに錬達がいる宿屋に引き入れられ、なし崩し的に合流することになった。
「にしても……」
「あたしがアールシュタッドのおっさんの命を狙うとか……ありえねぇだろ」
「ひょっとしたら文香の命を奪えなかったらそうやって迎撃をするのが狙いだったのかもしれませんね」
「……かもな」
あたしはメルや錬達が聞いてきた話に尚兄や香達と共に溜め息を吐いていた。
「ただ……良識のある冒険者は全く集まってなくて、メルロマルクで問題視されている冒険者しか集まってないんです」
「どういう連中なんだ?」
キールがそんな事を言ったウェルトに尋ねる。
「え~と……他人の依頼を横取りしたり、他人の恋人を奪ったり……そんな悪い噂しか聞かない奴よ」
「……正直、仲間の女性もそんな人ばっかですね」
「……正直、装備は一流、実力は二流、仲間は三流、人間性は三流以下と言われているな」
「最ッ低……!」
ファリーとテルシア……鎧野郎の後釜であるバクターの言葉にウィンディアが顔を嫌悪に歪めながらそう言い捨てた。
「…………つまり、再起不能にしてもあんまり心が痛まねぇ連中って訳だな?」
「……文香?」
あたしがそう呟くと、メルは心配した様に寄り添う。
「……尚兄、錬。あたしが囮をするからその隙に偵察をしてくれ」
「文香!? お前、何を……」
「確かにそれは必要ではあるが……」
あたしがそう言うと、尚兄も錬も心配するかの様な表情でそう言う。
「大丈夫さ、ルプトナ達と一緒に囮をするからな」
「おい」
「さらっと道連れにした!?」
「いや、まぁ……俺達も警戒されてるからだろうが…………」
「まあ、正直腹立つような連中だから僕も良いんだけどね」
あたしの言葉にルプトナ達が目を向くが、すぐに居直って全員が頷く。
「…………わかった。でも、無理はするなよ」
「ああ、あたしも死にたくはねぇしな」
あたしは心配する錬の言葉に微笑みながら頷く。所で…………
「尚兄、もの凄く怖い表情なんだが……どうした?」
「いやぁ……なんでもないよ?」
いや、望先輩やアラヤを睨んでいた時と同じ表情なんだけど…………?
────────────────────
あたし達は堂々と進軍しながらアールシュタッド領の領主の館の正門に立つ。
「あ、アイツは!?」
「お尋ね者の女だな!」
「意外と良い女じゃねぇか……連れてる女も良い女だし、捕まえたら俺のハーレムに…………」
「くたばれ!」
あたしは開戦を告げる先触れとしてそいつの股間を思いっきり蹴り上げると、浮いた所を爪で手足をぐちゃぐちゃにした。
「あぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そいつは小便と血を撒き散らしながら宙を舞った。
「な、野郎……!?」
「開戦だぁ! 出来るだけ殺すなよ!」
あたしの方向と共にルプトナ達は一斉に戦闘を開始する。
「天狼拳『氷爪』!」
「ひ……さ、寒い……」
アルシオが冷気を拳に溜めて殴り飛ばすと、そいつは凍り付きながら吹き飛ばされる。
「『流星弓』!」
「「「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
クーフィリアが魔力で出来た矢を雨霰と撃ち込み撃ち込まれた奴等を叩き伏せる。
「ブレイブスパーク!」
鋼山先輩が自分の十八番を叩き込んで周囲を囲んでいた連中を吹っ飛ばす。
圧巻なのはルプトナだ。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
先ずは回転しながらの回し蹴りで周囲の敵を吹き飛ばすと、後ろから斬りかかってきた敵にノールックで肘鉄、勢いそのままにその敵の首を足で挟み込んで敵を巻き込んで投げ飛ばすとまさにちぎっては投げちぎっては投げだ。
「負けらんえねぇな……と!」
あたしは爪で冒険者を囲んでた女の一人の顔をズタズタにすると斬りかかってきた敵を女の体を足場に回避し、その勢いのままに踵落としを叩き込みその体を更なる足場にして敵の肩を爪で抉り抜く様に貫く。
さぁて……尚兄達が来るまでに何人再起不能にしなるのかな…………っとぉ!
────────────────────
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
「文香姉ちゃん、派手に暴れてるな……」
「……ですね」
私達が偵察の為に屋敷に侵入する隙を探していたら、遠くで悲鳴が聞こえてきたのでキールがボソッと呟きます。
「岩谷様が正門に来たらしいぞ!」
「ほ、本当に戦うのかよ!?」
「しょうがないだろ! 俺達は衛兵だぞ!」
そう口々に言って衛兵達は正門に向かって走り出し、私達はその隙に潜入に成功しました。
「調べるべきはなんでしょうか?」
「先ずは構造、次が親玉の場所だ」
「親玉の場所はわかるぞ」
「なんでよ?」
ウィンディアの疑問を聴いた錬さんが指を指すと、そこにはフレイアに似た雰囲気の女性が窓際にいました。
「あ~……アイツがミリティナですね?」
「うん。あの人がミリティナだよ」
何故かメルちゃんが容姿を知っていたので面通しの為に連れて来たんですが……何で知ってるんでしょうか?
因みに他のメンバーは退路の確保の為にフィーロやサクラと一緒に待機をしています。
「む……? 盾と剣と投擲具か……何故此処にいる?」
私達が声に振り向くと、そこには黒い鎧と剣を持った男の人でした。
「ち……行くぞ!」
尚文さんは舌打ちをしながら戦闘態勢を取ります。
「俺は何人も殺してきた。お前達も俺の剣で切り刻んでやろう!」
「最低……!」
男の人は狂気を孕んだ目で楽しそうに言います。
「ちぇえええい!!」
「ぐ……!?」
ガイン! と大きな音が鳴り、尚文さんが痛がります。
「気を付けろ! こいつ、俺の防御力を越えてきやがったぞ!」
「俺達が食らったら一溜まりもないな……!」
尚文さんの言葉に錬さんは冷や汗を流しながらそう呟きます。
「まあ、盾なら防御力無いと困るよな。試させてもらおう」
男の人はそう言いながら剣を構えて……今!
「クロノブラスト!」
「うお!?」
私はクロノブラストを撃ち込んで男の人の態勢を崩します。
「この……邪魔を、するなあああ!」
「邪魔させてもらうぜ!」
男の人は私に向けて突進してきますが、キールに足払いを食らってゴロゴロと転がります。
「くそが!」
「ウィンディア!」
「わかったわ!」
私は男の人をエアストスローで迎撃すると、ウィンディアが男の人の肩を抉ります。
「ぎゃああ!? くそっ!」
「隙ありだ!」
男の人はウィンディアを蹴り飛ばして態勢を立て直そうとしますが……そこに錬さんが走りより、思いっきり頭を剣の腹で殴り飛ばしました。
「ぐばべ!?」
物凄い音がして男の人はぶっ倒れました。
「……脳震盪でしょうか?」
「そりゃあんだけでかい音が出るほど殴られればな……」
私は男の人をツンツンと爪先で突きながら呟くと、尚文さんが苦笑いをしながらそう言いました。
「これからどうします?」
「一先ずは文香達と合流だ。今の騒ぎで他にも来ないとは限らないからな」
「だな」
私達は男の人の身ぐるみを剥ぎ、縄でぐるぐる巻きにした後で文香と合流すべく合流場所を目指して走り出しました。
如何でしたか?
次回『戦闘開始~錬の怒り~』
お楽しみに! そして良いお年を!