もし、とか、たら、とか、れば、の話 作:bear glasses
朝、冨岡邸にて
義勇はしのぶ共々錆兎に水屋敷に呼ばれた。
当初の予定であれば、狭霧山の家に向かう予定だったのだが、十二鬼月を二体滅殺した時に炭治郎達も居たため、その祝いも兼ねると、鱗滝の家では手狭になる。そのため水屋敷になったのだ。
「鱗滝さん⋯」
義勇は、如何ともし難い感覚に囚われていた。
義勇にとって鱗滝左近次は、
「また会えるなんてな」
ふわり、と頬が綻ぶ。
「義勇さん。朝餉が出来ましたよー」
「今行く」
朝食は白飯に、鮭の塩焼き、味噌汁、沢庵だった。
朝からしのぶの作った食事を、しのぶと共に食べる。
それがどれだけ幸せな事か、しのぶは知らないのだろう。
嗚呼、ずっと、こうしたかったのだ。俺は。
「しのぶ」
「はい。なんですか?冨岡さん」
「今日も美味かった。ありがとう」
「⋯あ、当たり前でしょう?⋯愛情が、籠もってますから」
「?何か言ったか?」
「いいえ、なにも。それより、早く水屋敷邸に向かう準備をしましょう?炭治郎君たちも向かっているようですし」
「そうだな」
――――――――――――
数刻後、水屋敷。
「よく来たな。義勇」
「呼んでくれてありがとう。錆兎」
鎹鴉の報告を聞いた錆兎が迎えてくれた。
「胡蝶妹も、よく来てくれた」
「お招き頂きありがとうございます。水柱様」
「錆兎でいいぞ。硬いからな」
「分かりました。それでしたらよろしくお願いします錆兎さん」
「炭治郎達はもう来ている。真菰と鱗滝さんも待っているから、行こう」
「わかった」
「はい」
そして、居間にて。
「冨岡義勇、ただ今到着致しました」
「ああ⋯よく、帰ってきた」
鱗滝さんが俺を出迎えて、抱き締めた。
「全て聞いた。お前が錆兎と真菰が死んだ世界から来た事。水の呼吸に新たな型を作った事。炭治郎と共に鬼舞辻無惨を討った事も。よく、頑張った」
お前は私の誇りだ。
「ありがとう、ございます⋯」
声が震える。視界が滲む。嗚呼、貴方は。世界が変わっても。この世界の
誇りだと、言ってくれるのか。
「義勇さん⋯」
「胡蝶しのぶ殿、だったか」
「はい」
鱗滝さんが俺を離してしのぶに向き直った。
「義勇の支えになってくれてありがとう。義勇の文でよく聞いた。貴女の事を。義勇と共に歩んでくれた事や、義勇を支えてくれた事。感謝してもしきれない」
「いいんです。私がやりたくてやった事ですから」
「それでもだ。貴女が居たから、きっと義勇は⋯」
心を壊さずに居られたのだろう。
「鱗滝さん⋯」
「いや、歳をとると湿っぽくなってしまうな。今回は炭治郎と義勇が上弦を討った祝いをする日だ。明るく行かなくてはな」
「そうですよ!明るく行きましょう!」
錆兎が空気を変えてくれる。やはり良い奴だ。
「しのぶさんは私と来てくれる?」
真菰がしのぶを呼んだ。どういう事だろう?
「カナヲちゃんとアオイちゃんに、禰豆子も先に行ってるんだ〜」
「カナヲにアオイに禰豆子さんが?何をするんですか?」
「あっちに行ってのお楽しみ〜」
と言って真菰はしのぶの手を引いて行った。カナヲも来ているのか。まあ、炭治郎の嫁だし当然と言えば当然か。
「義勇さん!」
「義勇!」
「義勇さん!早く早くっ!」
「ほら、行くぞ義勇」
俺も錆兎に手を引かれて、鱗滝さんと共に炭治郎達の方に行く。
「久し振りだな。炭治郎。善逸。伊之助」
「はい!お久しぶりです!」
「久しぶりだな!」
「お久しぶりです!」
「さて、待っている間に世間話でもするとしようか」
「そうだな」
「では義勇。胡蝶妹とはいつ契りを結ぶんだ?」
「えっ!?」
「いきなり何お聞きになってるんですかねこの柱はぁ!?」
「ん?しのぶと義勇はもう番だろ?」
いきなりぶっ込んできた錆兎に炭治郎と善逸が動揺し、伊之助はもう結婚していたものと思っていたため、純粋に疑問を抱いた。
「鬼舞辻無惨を滅殺した後に契りを結ぼうと考えている」
「鬼舞辻無惨を?鬼舞辻を討った後に生きている保証はないぞ?」
「いや
これは純粋な覚悟だ。
「時を巻いて戻す術は無い。失った命は回帰しない。しかし、俺と胡蝶には何故だか『もう一度』走り出す事が許された。ならば、」
絶対に全て掬いとって幸せになってみせる。
「俺だけでは出来ないし、胡蝶と力を合わせても辛かったかもしれない。しかし、炭治郎が、善逸が、伊之助が、カナヲが、禰豆子が。記憶を持ってこちらに来たからこそ。それを目指せる」
もう二度と失うのはゴメンだから。だからこそ。
「今度こそ。完全無欠の幸福な結末を導き出してみせる」
「―――義勇⋯!立派になって⋯!!」
「義勇⋯!!」
ん?
「義勇さん⋯!一緒に頑張りましょうね!」
「義勇さん!俺も手伝いますよ!」
「俺もやるぞっ!」
いやまて、錆兎と鱗滝さんの瞳がなんか炭治郎たちと違うぞ?
「あの泣き虫だった義勇が⋯!」
「錆兎に励まされながら鍛錬していた気弱な義勇が⋯!」
「「こんなにも立派に⋯!!」」
ああそうか。多分『こっち』の俺が死んだのは最終選別の事⋯つまり
俺がまだ弱虫だった時のことなのか。
いやしかし、だからといって
「心外⋯っ!」
その反応はあんまりだろう。
こちとら21(精神年齢的には25)の成人男性だぞ。
何時までも泣き虫な訳があるまいに!
すると、
「あー⋯」
「まあ、確かに」
「そりゃあ、なあ」
と三人も何処か鱗滝さんと錆兎の様子に納得していた。
疑問符が収まらない⋯!
「俺はしっかりしているはずだ⋯っ!」
「それは嘘だろ」
「伊之助ッ!」
「―!?」
思わず、愕然とする。
俺はそんなに頼りないか?しっかりしていないのか?
と、だらだらと話していた、そんな所に
「ご飯出来たよー!」
真菰達が食事を持ってきた。
上弦戦に赴いた全員の好きな食べ物を全て作ってきたのだという。
鮭大根に、タラの芽や、海老の天麩羅。うなぎの蒲焼に、生姜の佃煮。他にもすまし汁と沢庵もあった。
「では、昼食にしよう」
鱗滝さんの言葉と共に俺たちは席に座って昼食にした。
『いただきます』
そして早速鮭大根を口にする。
鮭は煮崩れもせずに形を保っているが、口にした瞬間にほろほろと解ける。大根もよく味が染みて、煮えている。
なによりこの味付けは、しのぶのものだ。
俺の好みを完全に理解した味付けに、煮方。これこそ俺の最愛の鮭大根⋯!
そして、この生姜の佃煮。最近しのぶの好みが移ったのか、俺も好きになった。
ぴりりとした生姜の刺激に、佃煮の甘さが堪らない。
鮭大根と生姜の佃煮があると白飯が足りないといつも思う。
「炭治郎!海老くれ!!」
「ああ。いいぞ。代わりにタラの芽の天麩羅をくれるか?」
「いいぞ!」
「もう!炭治郎さん!伊之助さんを甘やかさないでください!」
「すまない。アオイさん」
ああ、伊之助は海老が好きだったか
「伊之助」
「んあ?なんだよ。半々羽織」
「伊之助さん!ちゃんと義勇さんって呼んでください!」
「海老、食うか?」
「いいのか!?」
「ああ。好きなんだろう?」
「おう!」
「ならいい。察するにこれはアオイが作ったものの筈」
わかるよ。
「好い人の作った好物は格別だろうからな」
俺も、どんな店が作った鮭大根より、しのぶの鮭大根を好いているから。
「よく分かってんじゃねーか!」
「なっ⋯!!」
「この天然達は⋯っ!」
アオイは顔を赤く染め、しのぶは呆れたように頭を抱えた。
何故だろう。特に変なことを言った覚えは無いのだが。
「ほう、ならば義勇はしのぶ殿の作った鮭大根が格別に上手いのか」
鱗滝さんが珍しくからかうように言う。
何を言っているのか。当たり前だろう。
「ええ。どんな店の鮭大根よりも、一等好いています」
顔が綻ぶ。当たり前だろう。
俺は
取りこぼしたはずの、これ以上なく愛おしい相手が作ってくれた。俺の好物。
これを最愛と呼ばずになんというのか。
「なっ、あ⋯!」
今度はしのぶが赤くなったが、照れているのだろうか。
愛おしいな。可愛らしい。
「そ、そうか」
鱗滝さんから面食らったような雰囲気がする。
食事中でも鱗滝さんは上半分に面をつけていた。
いつか顔が見たいが、無理なのだろうか。
「義勇さんは本当にしのぶさんが大好きなんですね。」
愛情に、慈しみに、幸せに、色々な暖かい匂いがむせ返るくらい漂ってます。
「俺もここまで直球な音は始めてだよ⋯こっちが恥ずかしくなるくらい」
鼻のいい炭治郎と耳のいい善逸には、俺の感情は筒抜けらしい。
かく言う俺も少しは顔が綻んでるのを自分で感じる。
しのぶは何故か縮こまっていた。
そんなに恥ずかしいのだろうか。
「最早好意の爆弾ですね」
「うむ。ここまでとは⋯」
そのまま昼食は恙無く終わり、夕刻も近づいた。
「では、俺達はそろそろ任務に」
「うむ。気をつけるのだぞ」
「はい!」
炭治郎達は任務に行き、義勇たちも任務の準備を整えていた。
「では、俺としのぶも任務に赴きます」
「ああ。頑張って来い。義勇。しのぶ殿」
「「はい」」
そして、太陽は沈み、夜が訪れ、今日も月夜に鬼を滅する刃が煌めく。