もし、とか、たら、とか、れば、の話 作:bear glasses
ごめんね義勇さん⋯!
カナエと実弥が結ばれてから、二日後。
甘露寺は義勇に呼ばれて屋敷に来ていた。
「話ってなんなんですか?冨岡さん」
「⋯来たか。甘露寺。話というのは」
――――――俺の世界の伊黒の最後だ。
「―――――――え?」
「俺の世界で、伊黒は『赫刀』を発現した。恐らく、『痣』も浮き出ていたろう。その後、2度、3度剣を交えた後―――――――」
俺たちを庇って死んだ。
義勇は、苦虫を噛み潰したような表情で告げた。
「⋯そんな、そんなのってないよぉ⋯!」
「気持ちは分かる。だがな、俺が甘露寺にこれを伝えたのはただ単に泣かせるためではない」
「―――――っ!」
その言葉に、甘露寺は表情を引き締め直す。
「は、はい!」
「甘露寺―――――」
頼む、伊黒を、この世に繋ぎ止めてやって欲しい。
「⋯!といっても、どうやって?」
「甘露寺、単刀直入に聞く。伊黒をどう思っている?」
「え?ど、どうって?」
「伊黒を好いているかという事だ。ああ、いや、恋仲になりたいかどうか、という類の『好意』を持っているか?ということになるか」
「こ、こここ恋仲って⋯!」
「どうなんだ?」
「⋯伊黒さんは、本当に優しくて、何時も私と文通をしてくださるし、一緒にご飯に行っても、私の食べる量を見て『沢山食べる女性は見ていて気持ちがいい』とか褒めて下さるし、私が人よりも筋肉があるのに、それでも女性扱いして下さる⋯そんな人を、好かないでいる方がおかしいと思います⋯」
真っ赤な顔で、彼女は答えた。
嗚呼。なら大丈夫だ。と義勇は確信を持つ。
「なら、甘露寺のその気持ちを隠さず伝えればいい」
「えっ⋯」
「男と言うものは、護るべきもの、帰る場所一つでいくらでも強くなれるものだ。伊黒はきっと、お前の思いを、『お前の為と想って』断るだろう。しかしそこで諦めないで欲しい。伊黒の、本当の本音を吐き出して」
――――伊黒を救ってやってくれ。
と、義勇は静かに両手を着いて嘆願する。
「⋯勿論!全力で伊黒さんを幸せにします!」
「嗚呼。ありがとう⋯」
安心した。
その言葉の後、甘露寺は急いで駆けた。
彼を救わんがために。
―――――――――――
甘露寺が去って、一人義勇は自戒していた。
「卑怯なものだな、俺は」
死なせたくないが故に、一人の男の恋情を利用し、それで雁字搦めにしようとしている。
しかし、きっとそれをしなければ、彼はまた同じ末路へと向かおうとするだろう。否、それをしてすら、行ってしまいそうだ。
「⋯まるで男版しのぶだな」
死に急ぐ所も、遺された側に、深い疵を遺していくのも。
嫌味なくらいに、似ている。
―――――――
――――――所変わりて蛇屋敷。
「伊黒さん!」
「⋯甘露寺?」
突然尋ねてきた甘露寺に、素っ頓狂な顔の伊黒。
そんな伊黒をよそに、甘露寺は伊黒の両頬を掴み、視線をつき合せる。
「ど、どうした甘露寺!?」
「伝えたいことが、あります!」
「あ、ああ」
「私、甘露寺蜜璃は貴方を恋い慕っています!」
「⋯⋯!?」
「私と恋仲になってください!(キャーーー!キャーーー!言っちゃった!言い切っちゃったよぉ!)」
「⋯甘露寺、その、俺は「私と釣り合わないだとか、そんなことは絶対に言わせませんからね!」⋯甘露寺」
「好きなら好きと!嫌いなら嫌いとはっきr「嫌いな事などあるはずが無い!」⋯あっ」
その伊黒の否定に、思わず顔が赤くなる。
「なら、なんで⋯!」
「甘露寺⋯俺は本来なら、君の傍らに居ることすら憚られるような汚い血族の人間なんだ。まず1度死んでから、この血全てを洗い流すくらいしなけれ「そんなの知らない!」⋯甘露寺、なぜ」
「1度死んでからとか!来世からとか!そんなこと聞きたくない!それなら私なんて、気味の悪い女でしょう!?人の捌倍の筋肉に、桃色と若草の髪!そんな私でも好いてくれるような、そんな貴方だから!
私は恋に落ちたのに
「来世なんて言わないでよ!
お願いだから、
「今、私と幸せになろうよ、伊黒さん」
涙を流して、抱き締めて。甘露寺蜜璃は一世一代の
ひとりなら糸の切れた凧のようにどこかに行ってしまうような彼を。引き止める呪縛を。
「⋯甘露寺。本当に、いいのか?」
といって、彼は
そこから現れるのは、裂かれた口。傷跡は生々しく残り、その時の痛みを想起させる。
「甘露寺、怖いだろう?醜いだろう?こんな「いい加減にして!」⋯っ」
「今更
貴方の嫌いな所なんて、1人になろうとするところしかない。
と、甘露寺は
「なっ、」
伊黒の顔が赤く染め上がる。
「私が絶対貴方を一人にしないから、私を一人にしないで⋯」
貴方の全てを、愛しています。
そうして、甘露寺は一層伊黒を抱き締めた。
「⋯困ったな。
「⋯伊黒さん!」
その言葉に、甘露寺が喜びの声を上げる。
「全く、意気地の無い男だ⋯甘露寺。俺も」
貴女の全てを、愛している。
「――――――っ!伊黒さぁあああん!」
「うおっ、甘露寺!?」
そのまま、感極まって甘露寺は伊黒を押し倒してしまった。
そうして、抱き締めたまま、すこし転がって。
「ねえ、伊黒さん。私今―――――――」
世界一幸せよ!
と、一等美しい泣き笑いを浮かべていた。
いつの間にか、へばりついた腕は、嘘のように焼け落ちていた。
――――――――――――――
少しして、
「じゃあ、伊黒さん。これから私達は恋仲な訳で⋯」
「あ、ああ。そうだな」
「だから、ね?お互い、名前で呼び合いたいなあっ、って。駄目ですか?」
小芭内さん
小芭内さん⋯小芭内さん⋯小芭内さん⋯(エコー)
どっがぁあああああああん!!!
と、伊黒の脳内で爆発が起きた。
小芭内さんだと!?
小 芭 内 さ ん だ と ぉ ! ?
なんだこの幸せな響きは!?俺は明日死ぬのではないか!?いや死ぬ気なんぞないが!約束だからな!
と、混乱しまくっている伊黒をよそに
「あ、あのぅ、やっぱり馴れ馴れしすぎたかし「そんなことはない!」」
「そ、その。嬉しくて混乱していただけだ、み、蜜璃」
「はっ、はわわわわわわ」
『蜜璃』。凡そ御館様か血族にしか呼ばれたことの無い呼称を、想い人からされる。
心に幸せが満ちる。
ただ、乞いて、恋いて、戀いて、ただ求めた果てに。
1番求めた殿方から愛を返される。
どれだけ幸せなことだろう。
きっと、私が欲しかった幸せは
――――――ここにある。
ねえ、伊黒さん。いつか、私の家族と会ってね?
私の家に来て、私の家族を過ごして欲しいな。
そして何時か⋯私が『伊黒蜜璃』になるか、貴方が『甘露寺小芭内』になるか、一緒に選びましょう。
きっと、どっちも幸せなのだけど。
貴方は『甘露寺』になりたいと選ぶと思うけれど。
私は『伊黒』になってみたいなあって、思うの。
ふふっ、
「ねえ、小芭内さん」
「どうした?み、蜜璃」
「えへへへ。大好き!」
「なっ!?⋯ああ、俺も、愛している」
「ふふっ、うふふふふふふ」
ぎゅっぎゅっ、と、彼を抱きしめる。
ああ、幸せだ。これこそが、幸せなのだ。
ねえ、小芭内さん。皆で鬼舞辻無惨を討って、
幸せな世界を、心の底から謳歌しましょうね。