もし、とか、たら、とか、れば、の話 作:bear glasses
あれから、事はトントン拍子に進んだ。
輝哉様が言っていた立地に元から使っていない屋敷があり、それを整理するだけで終わった為、その当日に屋敷に行く事になったのだ。
「取り敢えず身の回りの物を買わなければなりませんねえ」
輝哉様からは、これからの為に、とお金を貰っていた。
申し訳なかったが、背に腹はかえられない。
「⋯そうだな。箪笥等はあると言っていたが、それ以外のものが足りない」
「姉さんが、『こっちの私』が使っていた薬師道具全てを譲ってくれると言っていたので、それは大丈夫なのですが」
薬師道具は値が張りますからね。と続ける。
「そういうものか⋯」
「あ、そう言えばカナヲ達はどうなりました?義勇さんの話は鬼舞辻無惨を殺したところで終わっていたので、気になっていまして」
「カナヲ達か?カナヲは炭治郎と、アオイは伊之助と結婚した。善逸も禰豆子と結婚して、カナヲは花柱。炭治郎は日柱。善逸は鳴柱。伊之助は獣柱として活動していた」
「⋯名前で呼ぶようになったんですね」
「きよ達たっての希望でな。距離を感じるから、と名前で呼んでいたら善逸達もそう呼ぶようになった」
「私の事は名前で呼んでくれませんけどね」
どこか拗ねたように胡蝶は愚痴を漏らす。
「胡蝶も俺の事は『冨岡さん』と呼ぶだろう?名前で呼んで欲しければ胡蝶も俺を『義勇』と呼ぶべきだ」
「なっーーーー!知、知らないうちに口が達者になりましたね、冨岡さん」
「
ふっ。と笑みを零す。
「―――――――冨岡さん、表情が柔らかくなりましたね」
嬉しそうに、何処か寂しそうに、胡蝶は言った。
「そうだな。余裕が出来たからかも知れない。それに、」
また胡蝶に会えて嬉しいんだ。
「なっ、何を言っているんですか貴方は!」
顔を赤く染めながら、胡蝶は抗議の声をあげる。
「事実だ。そして本音だ」
お前が死んでどれだけ悲しかったと思っている。どれだけ、寂しかったと思っている。どれだけ、どれだけ、どれだけ―――――――
「またお前と会えて嬉しい。胡蝶」
だから、心からの笑顔が溢れるんだ。
「――――――ッ!貴方は、もう!本当にもう!」
卑怯です!と、続ける胡蝶の声すら愛おしくて。
もう二度と喪ってなるものか。と決意を再確認する。
そうこうしているうちに、
「屋敷に着いたようだ」
「―――――わあ」
屋敷は2人で住むには少し広いが、大きすぎる事も無く、小さすぎる事もない。
落ち着いた雰囲気に、中庭に咲く花が印象的だ。
「俺は中を確認してくる。足りないものを探そう」
「私もお手伝いしますよ?」
「花を見ているといい。」
好きなのだろう?と続けると
「流石に優先順位が違います!花は後でも見れますから結構です!」
少し怒ったような胡蝶の反応が解せない。
自分はなにかしてしまったのだろうか?
気の利いた事を言ったつもりだったのだが。
「冨岡さんの、馬鹿」
「⋯何か言ったか?」
「何も言ってません!さ、早く行きましょう」
屋敷の中に入る。すると、屋敷の中も綺麗で、掃除が行き届いている事がわかる。
その中で、洗面所まで向かう。
「箸、丼、調理器具等は大体が揃っているな」
「体拭きも手拭いも結構ありますよー」
「そうか、薪も結構あるようだ」
「となると、着物ですかねえ?」
「普段着か」
「ええ。それしか足りないものはありません」
隊服はいっぱい貰いましたけれど。と、胡蝶は続ける。
「では、買いに行くか」
「そうですね」
「行くぞ」
「へっ?」
「一緒に買いに行った方が早いだろう?」
「⋯変な勘違いをされても知りませんよ?」
「俺は気にしない」
「私が気にするんです!だから嫌われるんですよ?」
「⋯俺は嫌われていない」
「ふふ、そんな拗ねないでください。今日は鮭大根にしてあげますから」
「本当か」
パァアアアア⋯!と、瞳を輝かせると。
「ほ、本当ですよ。そんな眼で見ないで下さい」
居心地が悪そうに胡蝶が言葉を返す。
そんなひどい瞳をしていただろうか?
「ほら、とにかく行きますよ!食料と服の買い出しです!」
「わかった」
町に出る。
「始めに服を買ってしまおう」
「そうですね。その方が早いですし」
そして服屋へとはいる。
「いらっしゃいませ。何をお求めですか?」
「普段着を買おうかと思いまして⋯私と、この人の」
「承りました。男性の方のはこちら、女性の方のはあちらにありますよ」
「ありがとうございます。では、冨岡さん。私は選んできますので」
「わかった」
男の買い物等直ぐに終わる。
俺は紺色や深い青の甚平や着流しを複数着選び、会計を終わらせた。
しかし、女性の買い物は結構時間がかかることは、蝶屋敷の少女達や姉と過ごしていた為によくわかっていた。
この服屋では髪飾り等も売っている様なので、自身の髪紐も選ぶことにした。
と言っても。徳用で売っている髪紐を買うだけなので、これもすぐ終わる。
しかし、それでは待っている間退屈だ。
なにか胡蝶に似合いそうなものでも選ぶか。と、女物の髪紐等を見る。
すると、
「お連れ様に贈り物ですか?」
お連れ様⋯ああ、胡蝶の事か。
「ああ」
「何をお送りになるので?」
「髪紐でも贈ろうかと思う」
「簪を贈っても良いのでは?」
「それでは求婚に捉えられてしまう事もあるだろう」
その辺りは、よくきよ達が言っていた。
「⋯あら、ご存知だったのですか。あまりそちらの方は詳しくなさそうでしたが」
「色々あってな。贈るならきちんと贈りたいから、いまはいい」
「ふふ、そうですね。その時は是非うちで」
「⋯考えておこう」
強かな店員だ。と、話しながら髪紐をみていると、ある髪紐が目に入った。
それは、藤色の紐に、深い青の珠がついた髪紐だった。
直感的にこれしかない。と選び、手に取る。
「決まりましたか?⋯あらあらまあまあ」
「どうかしたか?」
「いえ、何でもございませんよ」
「そうか」
そうして、服なども纏めて会計に向かう。
すると、胡蝶も会計に向かっていた。
「早いな」
「そうですか?」
「ああ。女性は買い物は長いものだと思っていたが」
「まだまだやることもありますからね。そんなに悠長にはしていられませんし」
「それもそうか」
会計を終わらせて、風呂敷に纏める。
胡蝶のも纏めて、自分が背負う。
「冨岡さん。私のものくらい私が――――――」
「いい。これくらいはやらせてくれ」
「ですが」
「いいと言っている」
「⋯わかりました」
不承不承、と言うふうに胡蝶は納得したようだった。
「さて、食料を買いに行きましょう。冨岡さん」
「そうだな。先ずは八百屋か?」
「ええ。その後に魚屋さんですね。鮭を買わないと」
「ああ。必ず」
「可愛い」
「む?何か言ったか?胡蝶」
「いえ?何も言っていませんよ?」
ニコニコ。と笑う胡蝶はあの時のままだ。
思わず、毒気を抜かれた。
「そうか」
取り敢えず八百屋だな。
「へいらっしゃい!お!若い
「め、夫婦⋯」
「ああ。町の外れの屋敷に引っ越してきた」
「ちょっと冨岡さん!私達は夫婦なんかじゃあありませんでしょう!」
と、耳元で胡蝶が抗議の声をあげる。しかし、
「かと言って夫婦でもないのに同じ家に住んでいる等、邪推しろと言っているようなものだ。それこそ、お前に悪い」
と、返す。これは偽らざる本音だ。
嫁入り前の娘が年頃の男と恋仲でも夫婦でもないのに共に住んでいる等を、邪推しろと大声で宣言しているようなもの。
嫌なら後からかい摘んで、それっぽく話せばいい。
「うぐぐ⋯」
胡蝶も、それなりに納得したようだ
「大根が欲しいんだが。鮭大根用の」
「鮭大根?随分珍しい料理を作るんだねえ」
「好物でな。鰤大根と同じ感覚でいい。煮物にあった大根があればくれ」
「じゃあこいつだな!」
「
「なぁっ⋯!?⋯人参や、白菜、葱と言った所でしょうか」
「ではそれも頼む」
「毎度あり!また来てくれよ!若い夫婦さん!」
「ああ」
そして、店を離れたところで、胡蝶が改めて抗議の声をあげる。
「どう言うつもりですか。冨岡さん。そ、その、いきなり
「こちらには胡蝶姉も居る。それに、先程も言っただろう。嫁入り前の娘が年頃の男と恋仲でも夫婦でもないのに共に住んでいる等外聞が悪い。始めの方は勘違いでもそうした方が波風も立たない。それに」
お前に変な勘繰りも来ない。
「―――――私の、為ですか?」
「⋯そういう事だ」
「ふふっ、ふふふふふっ。そうですか。なら乗ってあげますよ」
――――――義勇さん。
その声に、思わず泣きかけた。
嗚呼、嗚呼。俺はお前にこう呼ばれたかったのだ。
「⋯早く魚屋に行こう。その後は佃煮屋だ。生姜の佃煮でも買うとしよう」
「へっ!?わ、私義勇さんに好物の話なんてしましたか?」
「――――――あの戦いの後、蝶屋敷で教えて貰った。カナヲが『師範は生姜の佃煮が大好きだったんです』。と言っていた。お前の墓前によく出されていた」
「⋯そう、ですか」
「そう辛気臭い顔をするな⋯似合わないぞ」
「余計なお世話ですよ。義勇さん」
そういうしのぶの顔は綻んでいて。
やはり、柄にもなく泣きそうになった。
案の定、魚屋でも佃煮屋でも、行く先々で夫婦扱いをされた。
嫌な気分はしなかったし、寧ろ嬉しい気持ちまであった。
しのぶは嫌だったかもしれないが。
屋敷に着いて、お互いの服を箪笥にしまい、野菜等を台所に置く。
そして、
「しのぶ」
「どうしたんですか冨岡さん。屋敷の中でも名前で呼ぶ必要は無いでしょう?」
「こちらに来てくれ」
「⋯無視ですか。ええ、わかりましたとも。行きますよ。行けばいいんでしょう?行けば」
こちらに来たしのぶに、着物屋で買った髪紐を手渡す。
「これをやる」
「⋯髪紐、ですか?」
「ああ。お前に似合いそうだったからな」
「⋯そう、ですか。ふふふ。ありがとうございます」
大事にしますね。と言うしのぶの声も嬉しそうで、俺も何故か嬉しくなった。
「―――――でも、藤色に深い青なんて、まるで」
「まるで、なんだ?」
「なんでもありませんよ」
いや、なんでもあるだろう。
そうでなければ。そんなに顔を赤く染めないはずだ。
「顔が赤いぞ?」
「なんでもないって言ってるでしょう?あんまりしつこいと鮭大根抜きですよ?」
「⋯それは困る。すまなかった」
「⋯貴方は、もう」
そんな顔をしたら怒るに怒れないではありませんか。と零すしのぶがどうしようもなく愛おしくて。
この世界に生きていて良かったと。思ってしまう。
夕飯の時間になった。
「「頂きます」」
夕飯は、ご飯に鮭大根、ほうれん草のおひたしに生姜の佃煮と、とても素朴だった。
嗚呼、やはり。鮭大根は上手い。
「どうですか?冨岡さん。私の鮭大根は」
「美味い。毎日でも食べたい」
「なっ!?」
何を驚くんだ?本音を言っているだけなのに。
首を傾げる俺に、しのぶは呆れたように続ける。
「毎日食べたいなんて、軽々しく言ってはいけませんよ?」
それこそ勘違いされてしまいます。いいですね?
と、続けるしのぶの言葉に圧されて、
「わ、わかった」
とは言ったものの。偽らざる本音を漏らして何がいけなかったのか。やはり分からない。
ああしかし、話しておかなければならないこともある。
先ずは夕飯を済ませてからだが。
夕飯を食べ終えた後のこと。
「お風呂を沸かしましょうか」
「その前に、少し話がある」
「話?良いですよ。なんでしょう」
「お前の俺宛の遺書を読んだ」
「⋯ああ、アレですか」
「すまなかった」
「どうしたんですか。いきなり」
「俺はお前の最後の約束を、一つだけ守れなかった」
「何を言っているんですか。蝶屋敷の子達の面倒は見てくれていたんでしょう?」
「⋯もうひとつの方だ」
「⋯え?」
その言葉に、驚いた様にしのぶは声を上げた。
「俺は嫁を娶らなかったし、お前を忘れた事など1度もなかった。忘れる事など、出来なかった」
「そん⋯な」
「痣が発生したから、25で死ぬことなどわかっていたし、何より」
お前を忘れたくなかった。
「何を言いますか!そんな、私の事が」
愛おしいとでも、言うのですか。
「ああ。愛おしい」
「なっ、何を」
「喪って、はじめて気付いたんだ。俺はお前に救われていた。俺を呼ぶお前の声が好きだった。胡蝶姉が生きていた頃のお前の勝気な笑顔も好きだった。たとえ仕事でも、俺を気遣ってくれたお前が好きだった。だから頼む、しのぶ」
もう二度と、自分から死ぬ事などしないでくれ。もう俺はお前を喪いたくない。
「⋯義勇、さん」
しのぶは、俺の名前を呼んだ後、こう続けた
「―――――確約は、出来ません。私はやっぱり上弦の弐が許せませんし、また上弦の弐が姉さんを殺さないとも限らない。ですから私はまたあの鬼に挑むでしょう」
しかし、と、続ける。
「今度は死ぬ気はありません。更に毒を研究して、上弦も殺せる毒を作ります。あんな奴の為に二度も命を捨てるなんて御免ですし、それに―――――――」
貴方を置いて逝く訳にいも行きませんしね。
と、しのぶは顔を綻ばせた。
「貴方みたいな不器用な人、私以外に幸せに出来る人がいるわけないじゃありませんか」
と続けるしのぶに、俺は我慢が出来なくなった。
「しのぶ」
「きゃっ!?」
しのぶを抱きすくめる。嗚呼、こうしたかった。
ずっと、ずっと、ずっと――――――
「もう、義勇さんは甘えん坊さんですね」
仕方の無い人です。と、俺の頭を撫でるしのぶが愛おしくて、抱きしめる力を強くする。
もう、二度とお前を喪わない。もっと強くなる。
錆兎も真菰も死なせないし、胡蝶姉も死なせない。
俺が上弦の弐を殺す手伝いをしよう
だから、
今度こそは幸せになろう。しのぶ
―――――――――――――――――――――――――
義勇はもう泣き疲れて寝てしまった。
「貴方という人は」
何故、私なんか忘れて幸せにならなかったのか。
「ただの1度も忘れなかった。なんて、殺し文句にも程があるでしょう」
今回も、童磨を殺す為に身体に藤の毒を溜めるつもりだったというのに。
「死ねない理由が、出来てしまったではありませんか」
本当に
「狡くて、不器用で、そんな貴方が―――――――――」
大好きです。義勇さん。