もし、とか、たら、とか、れば、の話 作:bear glasses
義勇もしのぶも、今の生活に慣れていた。そんな頃に。
炭治郎から手紙が届いた。
内容を噛み砕くと、無限列車に赴き共に下弦ノ壱を討って欲しいとの事だった。因みに二つ返事で了承した。
前世より、煉獄の訃報を聞いた時からそろそろ動くだろうと思っていたが、まさか下弦ノ壱と交戦してから上弦ノ参⋯たしか、猗窩座だったか。と交戦したとは。
「しのぶはどうする?」
「どうするも何も行くより他ありませんでしょう?十二鬼月の二体と交戦するなら確実に倒せるようにしなければなりません」
「それもそうか」
暫く文通をしていた折、分かったことがある。
炭治郎たちの今の実力だ。
炭治郎は
善逸に関してはほぼ前世の鳴柱級まで力を取り戻したらしい。なんでも鬼気迫る勢いで訓練をしていたとの事だ。疲れない呼吸を覚えているし、戦闘時のみ、『透明な世界』へと入るらしい。
伊之助も前世級まで力を取り戻した。戦闘中は本能的に『透明な世界』に入っているらしい。疲れない呼吸を最速で覚えていたらしい。
カナヲに関しても同様で、疲れない呼吸を覚えつつ、『透明な世界』へと接続している。
『透明な世界』へは、俺も入れる。疲れない呼吸の仕方も、炭治郎から教えて貰った⋯といっても、善逸の教え方の方が覚えやすかったが。
『透明な世界』への接続は、痣とは違う強みがある。
寿命が縮まず、かつ殺意が掻き消えている為に鬼が認識しないままに殺せる。
更に、痣と同じく身体能力が向上する。しかし寿命は減らない。道を極めた先にある技能であるためだ。
また、本人達は気付いていないが、都合五人も『透明な世界』に脚を踏み込むなど極めて稀。どころか異常である。
炭治郎や善逸、カナヲに伊之助は何かしらの『五感』が鋭い(というか以上発達している)為、只人には踏み出せない『領域』へと踏み込む『素養』がある。
では何故異常体質も何も無い義勇が『透明な世界』へと脚を踏み込んだのか?
それは義勇が死ぬ迄唯々鬼を狩り続けた事と、本人の才覚にある。
義勇は自覚する気もないが、義勇は間違いなく『才覚』がある。しかも鬼殺に関連する才能のみがずば抜けている。
水の呼吸に己のみの拾壱の型を生み出し、柱の中で誰よりも早く痣に目覚め、様々な十二鬼月と交戦を繰り広げ、下弦とはいえ十二鬼月を瞬殺する。
その代わりに表情筋とコミュ力を犠牲にしているが。
「しかし、反則的ですよねえ。義勇さん達の『透明な世界』。
「これは適性によるものだ。誰にでも目覚める訳でもなく、誰にでも目覚めない訳でもない。仏教で言うところの『悟り』を開いたようなものだ」
そして、おそらくしのぶにはできない。と続ける。
その言葉にしのぶは笑顔のまま青筋を立てた。
「へえ?義勇さんには私に才能がないと?」
「そういう訳では無い。お前は」
鬼への怒りや殺意を消せないだろう。
その言葉に、しのぶは思わずギクリとする。
「お前は優しい奴だ。鬼に殺された人々と、鬼に家族や大切な人を殺された人々の赫怒と哀惜、嘆きを受け止め、その代行者として鬼を討つ」
そしてなにより大切な姉を殺されたお前の怒りを、どうして消せるだろうか。
その言葉に、しのぶはなんとも言えなくなる。
たしかに、自分は鬼への怒りを抑えられない。しかしそれが何故、『透明な世界』へと足を踏み込めない事となるのかと。
「『透明な世界』は、鬼に対する一切の殺意や憤怒を削いで戦う技だ。しのぶにはそれは似合わないし、そうして欲しくもない」
その怒りは、しのぶの優しさの発露なのだから。
と愛おしげに呟く義勇に、しのぶは何も言えなくなる。
卑怯だ。そんな顔で、そんな口調で、そんな風に言われたら⋯
『透明な世界』へ入れなくてもいいと思えてしまうではないか。
「⋯さて、しのぶ。無限列車に向かおう」
「はい!」
―――――――――――――
その頃の炭治郎達。
「なあ、炭治郎」
「なんだ、善逸」
義勇さんとしのぶさんがいれば、煉獄さんを死なせずに済むかなあ。
と零す善逸に、炭治郎は答える。
「その為に俺達は機能回復訓練と自主練習を頑張っただろう?」
大丈夫。と続けて。
「俺も居る。伊之助も居る。義勇さんにしのぶさんだっている!大丈夫だ!」
そして何より。善逸がいればきっと『届く』。
その言葉に、善逸は笑顔で答える。
「そうだな」
そして、炭治郎はこう続けた。
「今度こそ助けよう、煉獄さんを」
「ああ。もう、あんな思いなんてしてたまるか」
「――――――もう、遅れは取らねェ。アイツを斬り飛ばしてやる!」
そして、無限列車にて
「来たか」
「よろしくお願いします。炭治郎君。善逸君。伊之助君」
「はい!よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「おう!」
全員、日輪刀は刀袋に収納してあるため、警官には何も言われない。
全員が汽車に入った。
汽笛がなる。出発の合図だ。
「―――――――――これからが勝負だ」
そう、義勇さんの言う通り、『これから』だ。
達成すべき条件は
壱・煉獄さんの負担を低減した上での下弦ノ壱討滅。
弐・上弦ノ参―――猗窩座の撃退ないし討滅。
参・煉獄さんの死亡回避。
勿論、
「さて、煉獄の所に向かうとしよう」
「はい!」
「どこにいるのでしょうか」
「煉獄さんは前回「うまい!うまい!」っていいながらいっぱい食べてましたから、車両に入った時点でわかりますよ。多分」
「まあ髪色でわかんだろ」
全くだ。
無限列車の車両間を移動する。
「うまい!うまい!うまい!」
案の定である。
さて、ここからが正念場だ。
――――――――――――
大まかにはやはり前回と変わらなかった。
『炎の呼吸を”火”の呼吸と呼んではならない』
この言葉の通り、やはりヒノカミ神楽はこの世界でも『日』の呼吸なのだろう。
「―――――切符を拝見致します」
嗚呼、来たか。
切符を切られて、そして、夢の中に、暗転――――――
「―――――血鬼術『爆血』」
などする訳もなく。
俺たちは全員そのまま起きた。
「――――――む?俺はさっき寝てしまったはずだが⋯」
「相手の血鬼術です。煉獄さん。禰豆子の血鬼術は鬼を傷つけ、鬼の術や毒を無効化する、鬼のみに効果を表す血鬼術なんです」
「よもや!そんな血鬼術を使える鬼とはな!生かして正解だったかもしれん!」
「話は後にしろ。今は鬼への対応が優先のはずだ」
「それもそうだ!では率直に聞こう!――――冨岡、胡蝶妹、何両守れる?」
「最大五両」
「私は三、と言った所でしょうか。毒が主力ですから、斬り落とすことは中々難しそうです」
「ふむ―――――冨岡、何両までなら十全に守れる?」
「三両までなら変わらず全力で行ける」
「では――――「俺も行けます!」む?」
意外なことに、声を上げたのは善逸だった。
「俺は雷の呼吸の使い手です、速度には自信がありますし、何より一刀でかならず攻撃を切り落とせます」
「ほう、たかだか下級の隊士の刃が、数多の人を護れると?」
試すような、挑発するような、煉獄さんらしくないであろう言葉。それに対し、善逸は。
「護れます。俺が
「――――よく言った!二両!行けるな!」
「はい!」
「では、炭治郎と伊之助、しのぶは鬼の探索に入れ。炭治郎の鼻と伊之助の感覚なら行けるはずだ。しのぶの毒も搦手として有効だからな。禰豆子は―――」
「ここに、のこります!」
「了解した」
「では各自――――散開ッ!」
その言葉と共に、全員が駆け出した。
―――――――――
後ろの二両を守る。『前』に比べたら、本当に今回は楽だ。
三両、三両、二両と、なかなか負担は多いけど、今は『届く』
透明な世界に足を踏み入れる。全てが透き通っていく。
脚が自然と加速する。
瞬間、耳に鬼の動く音が届き、瞳が知覚する。
その数、ざっと三十。
「全集中・雷の呼吸 壱ノ型」
―――――――霹靂一閃・五連
一つの動きで六の腕を斬る。それを5回繰り返す。
続けて、他の車両で音がした。
音的には、三十八だろうか。車両をまたぐ分、より加速が必要になる。
「霹靂一閃・七連」
一、車両を移動する。
二、近場の鬼の腕を八本斬る。
三、逆側に移動して六本斬り落とす。
四、また逆側に移動して六本。
それを七まで繰り返し、また、移動する。
『前』ならもう息切れを起こし始めていた。しかし、『今』は違う。疲れない呼吸を覚え、透き通った世界に身を浸している。
瞬間、音が近くにいる禰豆子ちゃんに向いた。
気づけば、技を放っていた。
全集中・雷の呼吸 壱ノ型・
「霹靂一閃・鳴神」
神速よりも速く、精密に、禰豆子ちゃんに迫る汚い手を叩き斬る。
「―――――禰豆子ちゃんは、俺が守る」
だからさ。
「指一本も触れられると思うなよ。駄鬼」
―――――――――
適わないなあ。と、そう思う。
「霹靂一閃・五連」
鮮烈な春雷のようなこの人は、飛車のようなこの人は。
「霹靂一閃・七連」
雷の如く鬼を斬り裂いて、多くの人を護り抜いている。
本当は誰よりも怖がりで、不安になっているはずなのに。
だから、私も。この人のように!
鬼の腕が乗客の人達に迫る。
私は自身の腕を傷つけて、血を撒き散らせて、術を発動する。
「血気術『爆血』!!」
紅い焔が華のように咲いて、鬼の腕をケシズミに変える。
私の術を嫌ってか、高速で私だけを狙って腕が沢山伸びてきた。
迎撃の為に血を撒き散らせようとした、その時。
轟、と雷の落ちたような音がしたと思えば。
腕は尽く斬り裂かれ、私の前には善逸さんが立っていた。
「禰豆子ちゃんは、俺が守る」
その言葉を聞いた瞬間に、胸が苦しくなった。
嗚呼、貴方は。起きていても寝ていても、変わらずその言葉をかけてくれるのね。
「指一本も触れられると思うなよ。駄鬼」
ああ、ああ、ああ!もう!反則だ!そんなことを言うなんて!こんな時だと言うのに、また貴方に恋してしまった。
貴方は私を『女神!』だとか、『可愛すぎて卑怯』というが、貴方こそ卑怯ではないだろうか。
貴方の一挙手一投足に、私の心は動かされるし、
貴方の蕩けるような笑顔に、私の心は溶かされる。
貴方の真剣な表情に、私の心は乙女のように激しい音を奏でるし、
貴方が他の女性に笑いかけているだけで、心の醜い部分が声を上げる。
貴方の方が、余程卑怯ではないだろうか。
貴方が思っているよりも、私は貴方の虜なのに。
貴方は自分が嫌いだから、きっと自覚などしないのだろう。
駄目、駄目よ禰豆子。まだ戦いは終わっていないのだから。もっと集中しなければ。
――――――――――
「全集中・水の呼吸 拾ノ型」
生々流転!
義勇は透明な世界に入り、疲れない呼吸を維持しながら腕を斬り続ける。
回転と斬撃を経るごとに、鋭く、速く、洗練されていく。
正しく流るる水の如く、腕を斬り裂きながら移動していく。
たった一つの取り零しも無く、ただただ冷徹に鬼を斬る。
それは演舞のようでもあり、美しく、洗練されていた。
「――――――このまま朝まで、と言われても行けそうだな」
さて、鬼の頸は何時斬られるものやら。
―――――――
俺と伊之助、しのぶさんは全速力で前の車両に向かっていく。
「相手の血鬼術は厄介です!血気術が発動する前に勝負を決めたいので、しのぶさんと伊之助は機関部に着いたら全力で鬼を斬り裂いて道を作ってください!」
「おうよ!」
「わかりました」
そして、最前線。機関部に着く。
瞬間、2人が技を放つ。
全集中・蟲の呼吸 蝶の舞い 戯れ
全集中・獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂き!
毒によって腕が腐れ落ち、獣の牙によって肉片となり、そのまま列車の床が斬り裂かれて頸が顕になる。
そのまま俺は駆け抜けて――――――
「ヒノカミ神楽」
―――――碧羅の天
日輪の如き一撃で、その頸を断った。