神様の贈り物   作:紫 李鳥

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 余命宣告された人間が、子供を育てるなんて無謀かも知れない。しかし、生きている乳飲み子を放置するなんてできない。

 

 そんな気持ちで職を求めた。

 

 

 

 

 翌日、助けてくれた、内田晴子と名乗る中年女に、女も、田村美紀と、自分の名前を教え、事情を話した。

 

「三十代の若さで末期癌とわね。わしなんか六十過ぎてるってぇのに、このとおりピンピンだ。神様は意地悪だよな、ったく」

 

「…………」

 

「でも、この子が、死なないでって言いたくて、ビニール袋から現れたんだよ。きっと」

 

「……内田さん」

 

 晴子の言葉が嬉しくて、美紀は目頭を押さえた。

 

「意地悪だが、少しばっか優しい神様の贈り物かも知れないね」

 

「……ええ」

 

「二人で育てよう。な?」

 

「……内田さん」

 

「今日から私達は家族だ。娘と孫だ。イヒヒ。嬉しいね、家族が増えて」

 

「……内田さん」

 

「内田さんはないだろ?親子なんだから、母さんだろ?はい、練習。母さんて」

 

「……お母……さん」

 

「ハ~イ」

 

 互いは目を合わせて笑った。

 

 

 

 晴子と美紀から一字ずつ取って、子供の名前を“晴紀”にした。

 

 晴子もまた、自分の身の上を話した。

 

 旅館の仲居をしていた時に、屋台を()っていた男と知り合い、結婚した。

 

 子を授かったが、一歳の誕生日を迎える前に病気で亡くした。

 

 二年前に亭主が他界してからは、一人で屋台を続けていた。

 

 晴子もまた美紀と同じく、天涯孤独(てんがいこどく)の寂しい身の上だった。

 

 肉親に縁の薄い二人、(いや)、三人だった。そんな、赤の他人同士が集まって、一つの家族を築こうとしていた。

 

 

 

「若い時分に産んだ娘が、亭主と別れて里帰りさ。わがままで困っちまうよ。ま、可愛い孫が一緒だから、許してやるか。ゲヘッ」

 

 作り話で近所に愚痴(ぐち)(こぼ)す晴子は、満更でもなかった。

 

 

 

 

 それから五年余りが過ぎたが、美紀は命を繋いでいた。

 

 逝く前に神が恵んでくれた“(わず)かな命”と“家族の温もり”。血の繋がりがない三人の熱き血潮は、実の親子の繋がりよりも更に、その(きずな)を強くしていた。

 

 

「おかあちゃん、おなかすいたぁ」

 

「ちょっと待ちなさい、おばあちゃんが帰るまで」

 

 夜間の商売を辞め、昼間だけにした晴子がそろそろ帰る時刻だった。

 

 儲けは少なくなったが、晴子は何よりも家族との時間を大切にした。

 

 美紀が夕飯を作り終えた頃、晴子が帰ってきた。

 

「ハルキっ、ただいま~」

 

 晴子は玄関を開けるなり、その手に晴紀を抱いた。

 

「おばあちゃん、おかえり~」

 

「お母さん、お帰りなさい」

 

「はい、ただいま。おぅ、キムチ鍋か。うまそう」

 

「体が温まると思って」

 

「なーに、うちに帰りゃ、体も心もポッカポカだわい。可愛い晴紀に、気立てのいい娘が待ってんだから」

 

 そう言いながら炬燵(こたつ)に入った晴子は、横に置いてある、クッションを二個載せた座椅子に晴紀を座らせた。

 

「……お母さん」

 

 晴子の何気ない言葉が、美紀は嬉しかった。

 

「おぅ、ハルキは焼き飯か」

 

「ううん、チャーハン」

 

「焼き飯じゃなくて、チャーハンか。ナウいね」

 

「クスクス」

 

 晴紀が小さく笑った。

 

 

 

 日増しに痩せ衰える美紀を目の当たりにしながらも、晴子はただ見守ることしかできなかった。

 

 これまでに何度となく再検査を促したが、美紀は言うことを聞かなかった。

 

「女の恥ずかしいところを人前に(さら)すなんて、もう二度と絶対にイヤです!お母さんと晴紀と、三人で暮らせるだけで幸せなんです。余命ひと月と宣告された私が、手術もしないで五年も生きられたんです。だから、残りの命をこのまま、静かに終わらせてください。お願いします」

 

 それが、美紀の願いだった。

 

 (かたく)なに信念を貫く美紀に、かける言葉は見つからなかった。

 

 

 

 

 そして到頭(とうとう)、美紀が倒れた。

 

 雪が降る夜に……

 

 

 

 

 晴紀は、美紀の細い指を握っていた。

 

「おかあちゃん、はやくおうちにかえろう。おこたはいって、みかんたべよう。ねぇねぇ、おかあちゃん」

 

「……ハルキ、……おばあちゃんの言うことを聞いて、……いい子にしないと、お母ちゃん、おうちに帰らないからね。……分かった?」

 

「うん、わかった。ぼく、いいこにするよ。おかあちゃん、はやくかえってきてね」

 

「……帰るからね……ハルキと……お母さんの…………も……と……に」

 

 か細い声で言った後、美紀は静かに目を閉じた。

 

「ミキーーーっ!」

 

 晴子の大きな声が院内に響き渡った。

 

「ウェーンウェーン」

 

 晴紀も泣いた。

 

「おかあちゃん、おかあちゃん」

 

 晴紀が握っていた美紀の指は、もう二度と動くことはなかった。

 

 

 

 ――美紀が逝って間もなく、タンスの引き出しから、“お母さんへ”と書かれた美紀の手紙が出てきた。

 

〈お母さん、お母さんに会えて良かった。そして、晴紀に会えたことも。

 晴紀のお陰で、生きる希望が湧いた。

 晴紀のお陰で、母親の真似事ができた。

 そして、お母さんのお陰で、家族の温もりを知った。

 お母さんのお陰で、人の優しさを知った。

 世界で一番幸せな家族でした。

 お母さんと晴紀に会わせてくれた神様に感謝しています。

 お母さん、私の分まで長生きしてね。

 それから、晴紀のことをよろしくお願いします。

 お母さんのハートとパワーで、素直で元気な子供にしてやってくださいね。

 お母さんのこと、大好きでした。

    田村美紀〉

 

「ミキーーーっ!」

 

 晴子は誰に(はばか)ることなく、声を上げて()いた。

 

 

 

 

 

 窓に積もる雪は、まるで天国の美紀が落とす涙のように、優しくて温かい、愛の結晶だった。

 

 

 

 

 

     終

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