ライザのアトリエ ~白銀の殺意と錬金術師の憂い~ 作:椎葉 如月
1話 ライザと天災
「さて、まずは王都に向かおうかな~」
王都にはタオとボオスがいる。二人はクリント王国について調べるために王都へ留学を決意したわけだが、あれから何年経ったか。
仲間の中では一番遅く出ていったが、すでになにか新しい発見をしているかもしれない。
そんな想像をすると、ライザも負けられない気持ちになってきて、思わず笑みがこぼれる。
現在地は旅人の道・北方分岐路。
朝は旅立ちに相応しい晴れやかな空だったのだが、急に天候が変わりだして、今は大雨だ。
それでも、みんなのアトリエには全体を強化ガラスで覆う機能があるので、雨に濡れることもなく安全に運転中だ。
「あーあ、どうせなら気持ちイイー風を感じながら進みたかったのになあ」
ハンドルを操作するライザはがっくりと肩を落とす。
誰しも雨は嫌なものだ。それでも、天候と気持ちがここまでリンクしている人間も珍しくなかろうか。
「この雨が続くようじゃ、今日は早めに野営の準備かなぁ」
ライザ自身が作ったものとはいえ、ライザのアトリエを発つ前に少し試運転をした程度だ。落石や土砂崩れなどの事故を回避する意味でも、そういう選択肢を取らざるを得ない。
野営と言っても、その名の通りみんなのアトリエはライザのアトリエの縮小版。生活空間としての機能も充実させているので、やることと言えばライザが作った魔払いの花の香りを再現したお香を周囲に焚くくらいか。
いきなりケチが付いたと、ライザの気分はクーケン島周辺の湖の湖底ほどに沈む――――それほど深くないか。
そもそもが、ライザリン・シュタウトという少女はその時々によってジンクスなどを重んじることはあるが、過ぎたことを気にする人間ではない。
明日になればまた元気に「さあ出発だ!」などと身体を大の字に広げているだろう。
――――そう、不測の事態などが無ければ、だが。
ピーピーピー。機械音が車内に鳴り響く。
「えっ、なに!?――――ってこれは、気圧が……」
これまた旅用に作った周辺の気圧を計る気圧計が異常数値を示している――――否、今もどんどん低くなっている。
焦燥感と共に空を見上げると、分厚い雲がある一点に集まっていっている。
ライザはアトリエを停止させ、急いで戦闘用杖セレスティアシーカーを持って外へ出る。
現在の技術で作れる最高の武器で、この杖を握ってから魔物に負けたことはなかったのだが、杖を握る手の震えがどうしても収まってくれない。
こんなこと、初めてフィルフサに遭遇した時以来――――いや、それ以上だ。
「ちょっと冗談じゃないんだけど」
なにが出てくるかわからないから、どんな行動が正解かもわからない。
もし魔物だとして、戦って勝てるのか、すぐさまアトリエに飛び乗って逃げたほうが良いのか。
いや、と首を振る。
「どのみちここはクーケン島の近く――――あの島のなんてことない日常は壊させないんだから!」
ライザが叫ぶのに呼応するようにそれは姿を現した。
まずは顔と長い首が雲から出てきた。黄金の瞳がライザを射抜く。ゆっくりと雲の中から露わになっていく超大な身体。全身は銀色で包まれている。背中の翼をはためかせる度に強風が吹き荒れた。
竜だ。前に討伐したものなんて比べ物にならないくらいに、存在自体が重圧を放っているような竜。
竜の周りにはエレメントらしきものが風に乗って暴れている。
しかし、不自然な点があった。
「赤、黄色、黒……緑? あとは白?」
感じるものはエレメントのそれに酷似しているのだが、白はなんだ。
他は火、雷、風、闇だとしても、白色のエレメントは聞いたことがない。
「水かなぁ……っとと、今は考えてる場合じゃない」
錬金術師としては気になるけれども、明らかな身の危険だ。
竜もライザのことを捉えている様子で、呆けている場合ではない。
戦って勝てるとは思えない。走って逃げきれるとは思えない。みんなのアトリエの全速力で逃げ切れるかどうかわからない。島の方に行かれたらみんなが襲われる。
ならば、選択肢はひとつしかない。
「よっし」
ぐっと拳を握り気合いを入れると、ライザはあるものをカバンから取り出す。
瓶に入ったそれを自身にふりかけて、急いでアトリエを起動させる。
心なしか竜はさらに瞳を鋭く光らせる。
そして天を割くような咆哮。
『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「うぅ、うるさいなぁ」
ライザが使ったのは誘魔香だ。魔物を引き寄せる香りをしている。
自分を囮に竜を別の離れた場所へ誘導しようというのだ。
しかしまあ、誘魔香を撒いたというのに魔物一匹出てこないのは、身の危険を察知しているからか。
おかげで、事故を気にすることなくライザは全速力を出していた。
辛うじて竜に追い付かれないらしく、離れもしないが近づきもしない。
ライザは内心ほくそ笑んだ。
しばらくアトリエを走らせると、ライムウィックの丘にたどり着いた。
いつも稀なる者の祭壇に鎮座しているはずのシャイニングぷにも今はいない。
もう逃げ場はない。行くとしたら祭壇の先の道無き道、森の中を通っていくしかない。
ならばと、ライザは乗り捨てるようにアトリエから飛び降りた。その手にしっかりと、杖を握りしめて。
「さあ、こぉい!」
不退転であるべきと決めて、竜と対峙する。覚悟を決めてしまえば、幾らか気が楽になってくる。
まず放つのはコーリングスター。遠距離からの攻撃で気絶を狙ったものだが、竜の叫び声だけでかき消されてしまった。
それだけ力が隔絶しているのだと思い知らされるが、関係ないとブラストノヴァを発動。巨大な光の玉が雨を弾き突き進む。
今度は直撃するもたいしたダメージにはなっていない様子。
お返しとばかりに、竜は翼で風を巻き起こす。
「きゃああああああ!」
華奢な身体のライザはそれだけで吹き飛ばされてしまった。
ぬかるんだ地面のおかげで大きなダメージにはならなかったが、体力は奪われる。
立ち上がったライザは、竜から放たれる膨大なプレッシャーも相まってすでに肩で息をしている。
しかし、心まで折るは能わず。
「まだまだいくよー!」
それからも魔法を連射するライザ。そのいずれも竜に致命傷どころか、傷すら負わせられなかった。
それでも島のためにと奮闘する。
そんなライザを見て、いよいよ勝負を決めることにしたのか、竜はエレメントを身体の中心に集める。
ライザはそれが何の前兆かを知っている。
「いいよー、さあ来てみなさい!」
仲間が島を出て行って数年。ライザは錬金術の研鑽だけに時間をつぎ込んでいた。時々農業を手伝わされてもいたが。
その過程で作った、最高傑作とも言えるものがいくつかある。
その一つ、虹色に輝く結晶体を取り出して、起動した。
前方にポイっと投げると、それは空中で停滞し、その場で回り出す。
各頂点から小さなカケラが切り離され、それらは六角形を形成した。
浮かんでいる結晶が全て繋がるように魔法の膜が現れて、完全起動となった。
イージスアリス。そう名付けられたこの装置は、魔法攻撃を一切通さない盾だ。
攻撃を受けて一回で消えてしまう上に、起動している間はこちらも攻撃できないが、補って余りあるほどの効果がある。
イージスアリスが完成したと同時に放たれたのは、竜のブレス。
ブレスは、それぞれの竜がその身に宿すエレメントによって属性が違ってくるが、放たれたのは黄金のブレスだった。
目が絡みそうなその輝きと、イージスアリスが衝突する。
「ちょっ、うそ!」
なんと、魔法に対する絶対的な抵抗があるはずのイージスアリスが軋んでいる。
それだけならば良い。しかし、本来なら衝突した時点で魔法が消滅していくのが正しい反応のはず。
しかし、黄金のブレスはいまだ健在だ。
「どういうことよー!」
すぐに範囲外に逃げ出したいが、イージスアリスの守護領域以外は地獄のような光景だ。
余波だけで地面が削れていき、またひび割れを起こしている。
一歩踏み出した瞬間ズタズタになる未来を幻視して、ブンブンと首を振る。
そんな死に方は絶対嫌だ。
ここはイージスアリスを、己の技術を信じるしかない。
そうして十数秒ほどせめぎ合った結果、軍配が上がったのはブレス。
イージスアリスは音を立てて砕け始める。
「くっそ〜、まだ新しい冒険もできてないのに」
せめて新たな冒険の地に行きたかったと、小さく漏らす。
クラウディアと知らない街でショッピングしたり、レントとタオを引き連れて未開の地を冒険したり、アンペルとリラの手伝いで別の門の封印をしたり、ボオスとは相変わらず口喧嘩をしたりと、やりたかったことはいくらでもあった。
こんなところで終わるなんて。
そう諦めかけたその時、やけに通る声が届く。
「前にもこんなことがあったな」
えっと聞き覚えのある声に振り向くと、そこに立っていたのは自分に錬金術を教えてくれた師のような存在、しかし師にはなれないとひねたことを言ったアンペル・フォルナーその人だった。
もちろんアンペルの旅仲間、リラも後ろに控えている。
リラは手を軽くあげるだけで挨拶とした。
「まあ、あの時とはいささか以上に状況が違うがな」
「アンペルさん!」
ライザの顔が喜色に染まる。
久しぶりに会った仲間。こんな状況でなければハイタッチでもしていたかもしれない。
しかし、その姿は平時のそれではない。服装などの多少の差異もそうだが、なによりも金色に輝く膜で体全体を覆っているのが気になる。
「喜んでる暇はないぞ。ライザ。その盾、その機構ならば、お前のエレメントを注げば盾を修復できるはずだ」
どうやら、アンペルもただ『門』を封印するだけの旅ではなかったらしい。
物を見ただけでその構造を完璧に看破して見せるとは、知識は以前と比べて格段に増えている。
ならば、その技術も磨かれているだろう。
「わ、わかった!」
「ふむ……よし」
イージスアリスの盾が完全に直ったのを確認して、アンペルは自らが纏っている膜を操作し、イージスアリスを包ませた。
そうすることでさらに防御力があがり、ブレスを防ぎきることに成功する。
「アンペルさん、今のは」
「お客さん、お帰りらしいな」
ライザの言葉を遮ってアンペルが言う。
言う通りに、竜はそっぽを向いて飛び去っていった。方向は島とは逆。
ライザはひとまず安心する。
「ライザ。敵と対峙しているうちは目を離すな」
リラが後ろから声をかける。アンペルも同意見ということらしい。
フィルフサと戦ってしばらくたち、長い間強敵と戦っていなかったせいか、気が緩んでいたらしい。
「ご、ごめんなさい……」
「反省して次に活かせ」
「それだけじゃないぞ。島に行かせないように自分に引きつけるとは、相変わらず無茶をするやつだ」
アンペルは誘魔香の残り香から、ライザの行動の意図を見破った。
竜が去ったことで雲も晴れ、夕日が木々の間をぬって差し込んでくる。
戦いは終わりだ。
同時に、なんとも言えない安堵感がライザに押し寄せる。
「島の人たちの気持ちが少しだけわかった。ライザ、お前は目を離すとなにをするか――――」
言葉が止まる。ライザが無言で抱きついてきた。
ライザは静かに涙を流していた。
考えてみれば当然なこと。
突然竜に出会って交戦、それもあんなにも巨大な竜だ。以前も同じような状況でアンペルらに助けられたが、敵の強大さが違う。それに、その時にはレントとタオもいた。孤独な戦いを強いられたライザは虚勢をはるしかなかったのだ。加えて、自分が負ければ島が破壊されるかもという不安。ライザが新たに手を加え、あるいは修繕・調整してきたとはいえ、人工島であるクーケン島の心臓部を破壊されでもしたらなにが起こるか想像だにもできない。
その身に降りかかるには重すぎるプレッシャーだ。
「全くしょうがないやつだ。冒険心もほどほどにしておけよ」
アンペルは優しい声色でそう言い、頭を撫でる。
こういう状況では、ある意味親より信頼できる二人が現れたことで、ライザの虚勢が崩れた。
「もう大丈夫だ。恐れることはない」
ことさら宥めるように放たれる言葉に、今だけは甘えたくなった。
ライザの慟哭が、丘に響き渡る。
錬金術師が主人公ということで、五色ネタはすでにほかのアトリエシリーズで使われているかもしれません。そうだったら御免なさい。
しかし、長らく個人的に書き物をしているのですが、登場人物の泣き声っていまだに上手く書けないんですよね。
どうしても稚拙になっちゃうというか。
というわけでこれからも、そんな場面は地の文で何とか誤魔化します。