ライザのアトリエ ~白銀の殺意と錬金術師の憂い~ 作:椎葉 如月
執筆する上で、確かな助けとなっております。
それにしても、アンペルとリラの話し方の使い分けが難しい……。
勉強も兼ねて、ライザ二週目をそろそろ始めますかね。
「あっついよ〜……」
ライザは火山の山道を歩いていた。
山道、と言っても見渡す限りの岩、岩、岩。単に人が通った場所が比較的通りやすくなっているだけのものだ。
アップダウンが激しく、ただただ体力を失っていく。
さきほどから汗は滝のように吹き出し、衣服も身体に張り付いている。その感覚が気持ち悪くて仕方がない。
お気に入りである普段着からしてライザは薄着めのはずなのだが、ここでは薄手のパーカーでさえ脱ぎ捨てたくなってしまう。
前を歩いているアンペルとリラは気にした風もなく、ゴツゴツした道も歩き慣れているらしい。
ライザとは対照的に汗ひとつもかいていない。
(どうなってんのよもうー……)
特にアンペルと自分の服装を比べてみる。
彼は以前から服装的な変化はなく、Yシャツの上にジャケットを重ね、さらにその上にローブを羽織っている。ファッション的な違いはあれど、ローブの色が変わったくらい。
いつ見ても暑そうな出で立ちだが、ここへ着てからは視界に入れるだけで水没坑道へ駆け込みたくなる。あそこは全体的にひんやりしていて、今ならば半日は篭っていられる気がする。
幸いなのは、リラの服装が比較的薄着であることか。それはおそらくオーレン族の戦闘装束。以前と変わらないものを着ている。
「ライザどうした。さっきまでの元気はどうした?」
「ピンピンしてる二人がおかしいんだって……」
「旅を続けていれば慣れる。それに、ヴァイルベルクは比較的涼しいぞ」
「これを涼しいって言えるようにはなりたくないなぁ……」
想像していた華やかな旅と現実の違いを思い知らされ、ガックリとするライザ。
ちなみに、アトリエは簡単に分解できる構造になっており、現在はライザが抱えている巨大なリュックの中だ。
それでも入りきるような大きさには見えないが、これもライザの錬金術による成果。その名もご都合リュック。
内部は見た目の数十倍のものが入れられるほどの広さがあり、中に入れたものの重さも軽減できる代物だ。
ある意味、持ち運べる収納空間である。『門』の構造を観察して思いついたものなので、ライザが想像した異界とも言える。
そんなものを使ってもなお、アトリエを抱えて歩くのは一苦労だ。
ここまで計算して作っておけばよかったと後悔する。
そんなこんなでライザだけひーこらひーこら言いながら山道を歩き始めて三時間ほどが経過した。
息も絶え絶え、一歩も動けない。今のライザを表現するならば、そんなところだろう。
アンペルとリラに送る視線も、目は口ほどに物を言うを体現していた。
つまり、少しくらい休憩しようよ、と。
「情けないな。錬金術の研究ばかりで運動はしてこなかったか?」
「これでも、歩いた方だと……思うんだけどな…………」
「旅に出たばかりでは仕方ない。一旦休もう」
リラの言葉を聞いて一瞬だけパァッと喜びを見せるライザだったが、それを維持するだけの体力はすでに無かったらしい。すぐにどよ〜んとした雰囲気を発する。
「これは本格的にヤバいらしいな」
「例の古式秘具でもあれば、アトリエも運びやすいんだろうけどな」
「例の古式秘具って?」
「これさ」
アンペルは懐から数珠を取り出す。それは一つ一つが琥珀色に輝いており、強い力を感じる。
「宝物珠と言って、珠一つに対してひとつ、なんでも収納することができる。お前のリュックが部屋に収納スペースを作る発想なら、これは収納スペースの中の小物箱と言った感じか」
「なんでも入れられるの?」
「そう、文字通りなんでもだ。ただまあ、どんなに小さいものでも一つは一つと見なされるし、利便性は低いかもしれん。私は貴重品を入れているよ」
「ええー! じゃあアトリエもそっちに入れてくれればいいのにー」
「残念、全て埋まっている」
「ケチだなー」
ライザは休憩のために、退魔の花を模したもの、退魔の香を焚く。
徐々に辺りに独特の匂いが漂い始め、魔物の気配が遠ざかっていく。
三人はそれぞれに、そこらへんの岩に座った。
「もうすぐ山頂か」
「あぁ。そこからは降るだけだ。道もさらに険しくなる。注意しなければ」
「向こう側になると魔物も更に強くなる。気を引き締めていくぞ」
「もっと楽しい話題はないの?」
ライザは堅い話ばかりする二人に辟易としていた。レントとタオなら、嫌々ながらも自分のテンションに付き合ってくれていたので、いつだって明るいものだった。
今更ながらに、幼馴染二人に感謝の念を感じる。
「なにを言っている。旅においては、事前の行動確認と意識共有は大事だぞ」
「わかるけどさ。なんかねぇ」
こういうことも旅の一環だというのはりかいできる。
だけど、だけどライザが子供の頃から思い描いていた冒険とは、みんなで和気藹々と旅路を進み、笑いあり涙あり、時には辛いことも。でも仲間とならば乗り越えられる。
そんな小説の中の出来事のようなものだった。
なまじ一連の蝕みの女王との戦いがそんな感じだっただけに、待ちに待ったこの新たな冒険の始まりは、ライザにとって不服極まりないものだった。
真面目一徹の二人とライザはそういう意味では相性が悪い。他の仲間がいて緩和剤になってこそ、ということだ。
「そんなにいうならライザ、お前の方から話題を振ってみろ」
「そういわれると、違うんだよなー」
「ワガママなやつだ」
そんなこんな。しばらく雑談をしていると、遠くから気配が近づいてくる。その数はひとつ。
どうやら人間らしいと、とりあえず三人は気を緩める。
危害を加えてくるような犯罪者であれば、こんなところに一人でいないだろう。よしんば襲ってきたとしても、この三人であれば大抵の相手は無傷で対処可能だ。
「旅人かもしれんな」
「王都の方からかな」
「方角としてはそうだろう」
遠目に映る姿は、登山家のような服装で、こちらに気づいた様子で手を振ってくる。
そうして目の前まで来た男は、優しげな顔をした中年のほっそりとした男だった。
「やーやー、そちらも旅の途中かな?」
「あぁ。コイツはここを下っていった先にある湖に浮かぶ島から出てきたばかりの旅人デビューだがな。私はアンペルだ」
「リラ・ディザイアスだ」
「ら、ライザリン・シュタウトです。ライザって呼んでください」
「ーーーーライザっ! ライザリンだからライザか! おけおけ、ライザ。僕はユーステッド・ブラック。親愛なる友人たちからはテッドと呼ばれている。よろしく頼むよ、新たなる友、ライザっ!」
大層大げさなそぶりで、やけに可笑しそうな声色で、テッドはそう言った。ライザにはなにがなんだかわからない。
二人も顔を伏せて、肩を震わせている。
「そう、旅とは一期一会。しかーっし、僕らは皆今を生きる隣人。出会ってしまえばもう親友だ!」
頭の中はハテナ一色だ。
「ライザ、初対面の相手にいきなり愛称で呼べとは、踏み込んだな」
その一言で察した。自分はからかわれているんだと。
「もー、別にいいじゃない!」
「そうだっ、いいじゃない! 旅の恥はかき捨て。日記にでも綴って、燃やしてしまえ! そうすればこのステキな出会いの事実だけが残るのだから! なー、ライザ」
「そうだよねー、テッド」
ライザはヤケクソ気味に返事する。
大人にからかわれていい気分にはならないのだ。
「お二人さんもよろしく頼むよ。アンペル氏、リラ氏」
「あぁ、よろしく頼む」
「どうにも愉快だな、テッド」
「あぁ、折角の旅なんだ。楽しくなきゃ嫌だろう?」
「…………そうだな、その通りだ」
これまでの自分たちの旅を思い出したのだろう。
リラは少し遅れてそう返事した。
ライザは変わりかかった空気を戻すため、矢継ぎ早に言葉を続ける。
「ん、んんっ! えーと、テッドさんは」
「おやおやぁ、僕らの間に敬称なんて必要ないさ」
「…………」
「ふむぅ、残念。テッドと呼んでもらえるように頑張るとするよ。それでなにかな?」
「テッドさんは王都から来たんですか?」
「んん〜、残念。僕は王都より東の町の人間さ。それが?」
「ここ最近で竜の目撃情報とかないですか?」
銀色の竜の情報を少しでも集めようとしての質問だったのだが、
「わざわざそう聞いてくるってことはそこら辺を飛んでいる羽虫ではないってことだね。そういうことであれば、ざんねん」
どういうことか。
あれだけの巨体を持つ竜が人の目に触れないというのはおかしな話だ。
普段は雲の中に隠れているのだろうか。
ならば、なぜライザを襲ってきたのかが、わからなくなる。
「ライザは昨日、銀色の鱗を持つ竜に襲われたんだ。そいつは山のような巨躯で、危険なやつだ」
フィルフサとは関係がないからか、アンペルはアッサリと竜の情報を漏らす。
それもそうだ。あんな生物が野放しになっているのは、危険極まりない。
情報を拡散させ、周りに危険を知らせると同時に、ついでに戦力の確保も出来ればいい。
そんなところだ。
ただ、黄金のブレスについては明かす気はないらしい。昨夜にも言ったように、錬金術師としてのプライドだ。
「そんなやつが……三人はその竜をどうにかしようとしているのかい?」
「そんなところだ」
「大変な旅なんだねぇ」
おちゃらけたような態度は一瞬どこかへ消え、テッドは心配するようなそぶりを見せる。
「そんな大義を掲げた三人の一助にもなれないとは心苦しい。代わりと言ってはなんだけど、耳寄りな情報をあげよう」
そう言ってテッドは懐から紙を三枚取り出した。薄っぺらい長方形型で、絵やら文字やらが書いてある。
「王都から少し離れたところに、コーリンってぇ町がある。そこの温泉旅館は最高でねぇ。特に温泉には滋養強壮、肌の若返りなんて効果があるって噂だ。これはそのチケットさね」
「え、でもいいんですか?」
「いいんだいいんだ。僕はコーリンに寄る予定はなくてね。ケツを拭く紙にでもしようかと思ってたところなんだ。よければ、温泉で旅の疲れを癒してくれ」
「ここはありがたく貰っておこう。感謝する」
代表してアンペルが受け取る。
「じゃあ、代わりと言ってはなんだけど、クーケン島に寄ったならバジーリアって人に言えば、名物のスイーツを食べさせてもらえると思います」
「おぉっ! 僕はスイーツに目がないんだ。ぜひ寄らせてもらうよ!」
そう言ってテッドは去っていった。
去り際に「また会おう。ハッハッハッ」と手を振ってきたが、ライザは苦笑いとともに軽く手を振り返すだけだった。
「実に面白いやつだったな」
「そうだね。旅を楽しんでるって感じ」
先程も言ったようなものがライザの旅の理想。テッドは一人旅みたいだが、理想と近いその姿には憧れる。
「旅を続けていれば、また会えるだろう。私も、テッドは好感が持てる」
彼のいう通りなステキな出会いに感謝しつつ、三人は腰を上げた。