人の命とは儚いもの。
それが道理から外れた魔術師ならなおのこと。現世にたゆたう霊魂なら吹けば飛ぶように消えてしまう。
彼らの戦いのあとには何も残らない。
アサシン陣営
2019年の8月。猛暑に世間があえぐ中、四国の東に位置する徳島県のさらに山奥。落武者伝説の伝わる祖谷で一つの儀式が行われていた。
声が木霊する。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
美丈夫だった。艷やかな長い黒髪に相反するような鍛え抜かれた肉体。
男が問う。
「問おう、あんたが俺のマスターか?」
「はい、私があなたのマスターです。貝華蓮とお呼びください」
その声に男の目の前に立っていた和装の美女が答えた。
だがそんな主従のやり取りを交わす二人に、美女のとなりに控えていた男が横槍を入れる。
「おい、貴様は梁山泊の誰だ」
その本来は仰ぎ見るはずの英霊に対しての不遜な言い方に、気難しいものであったなら即座に首をはねられていただろう。
華蓮は胸に浮かび上がった思いを悟られぬように目の前の男を見た。
「俺かい、俺は燕青。浪士燕青、この度アサシンのクラスで限界させてもらった」
「くっそ、アサシンとは。ハズレではないか。豹子頭林冲を呼びたかったがしかたない・・・・・」
その男のあんまりな言い草に美丈夫ーーー燕青は苦笑いを浮かべる。
「あんまりだねえ。まあ、あの人と比べたら見劣りするってのもわかるが」
華蓮は自分の父が召喚した英霊と話すのを見る。その傲岸不遜な態度。他人はすべて自分のためにあると考えているかのような振る舞い。
やはりこの人は何も変わらない。
色のない瞳で自らの右手に宿った令呪を見る。その薄く切った揚羽蝶の家紋を半分にしたような令呪は右手だけではない。似たような文様が華蓮の体中に刻まれていた。こちらはあくまで貝家が代々受け継いできた魔術回路が体表に出たものだ。
時は来た。躊躇いなどいらない。
誰にも聞こえぬように、だけど、噛みしめるようにつぶやく。
繋がったパスから華蓮の感情のゆらぎを読み取ったのかわずかに燕青の瞳が揺らいだ。
「令呪を持って命ずる。アサシン、その男を殺して」
燕青の抜き手が、男の、父の心臓を貫く。
華蓮の父が何が起きたか理解することもなく崩れ落ちた。
まさしく暗殺者のなにふさわしい芸術のような技だった。
「あんた・・・・・・」
燕青の目が憐憫を帯びる。
華蓮は死を覚悟した。
呼び出し、戦いで使用するはずの令呪をただ己の私怨のために使ったのだ。誇り高い英雄が自分を生かしたままにしているとは思えなかった。
「覚悟はできています」
親殺しの罰を受けるように、華蓮は両手を広げ燕青を迎え入れる。
動かず、ただ睨み合った。
目が会い、通じ合う。不思議なほど落ち着いており、未練などはありはしない。パスと視線とがどちらも通じ合って一瞬にして相手のことを理解できたような錯覚すら起こす。
華蓮の心は静寂。対して目の前の英雄の心は渦のように回転し、収束し、そこへそこへと落ちていた。さもありなん。この英雄にとって、自分の父親を殺すというのは到底受け入れられることではないだろう。
だが燕青は緊張をとき、首を振る。
「やめだ、今の俺はサーヴァント。あんたはマスターだ。命令には従うさ」
「殺してもいいんですよ。私には、もう生きる理由がない」
「馬鹿言っちゃいけねえ。あんたはこの戦いに俺をよんだんだ。なら、なにか聖杯に託す願いがあるってことだろ」
「ーーーそれは、私の戦いではなく、父の戦いです。私の戦いはもう終わりました」
華蓮は足元に転がるそれを見た。結局最後まで華蓮の心を知ろうもしなかった、ただの道具として見ていた男。
だがなぜだろう。妙に胸がざわつく。
華蓮の様子を見ていた燕青は何を思ったのか、パンと手を打ち合わせる。
「それじゃ、俺が困る。マスターが死ねば俺は脱落だ」
「今回は運が悪かったと思って諦めてください」
「そいつはいけねえ。それじゃこうしよう。マスター、あんたは戦いを通じて自らの願いを見つけるんだ」
「願いを見つける?」
「そうさ。順序はあべこべかもしれんが、まあ、大層な聖杯様ならなんとかしてくれるだろうさ。あんたは聖杯に、自らの願いを願うんだよ」
「願いを、願う」
口にしてみると、その堂々巡りの言葉は不思議と胸に落ちた。
「それじゃ、頼むぜ、マスター」
そうして燕青は打って変わって悪童のような笑みを浮かべた。