キャスター陣営
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
薄暗い部屋の中ですぐそばでPCが唸りをあげる。ロジオンは召喚の結果を見守っていた。触媒に使用したのは人類初のコンピューター階差機関の破片だ。本来ならば歴史のある英雄、できれば3騎士に該当する物を入手したかったが、ロジオンは魔術師としては三流である上に協会にも睨まれていたのでこうして魔術を使えば比較的簡単に入手できるものしか手にできなかったのだ。
「頼むぞ、頼むぞ」
祈るように手を合わせる。
体からごっそりと魔力の抜ける感覚。煙のせいで未だに何が召喚されたかは分からないが、何かが現れたことは確かだ。
彼は追い込まれていた。それこそチャールズ・バベッジというおよそ戦闘とは関係なさそうな人物を呼んででもこの聖杯戦争に参加するほどに。
煙が晴れる。
だが、そこには誰もいなかった。
「は、嘘、だろ」
見間違いかと思い、目をこすってからもう一度見る。だがそこには何もありはしない。あたりを見回すが気配などありはしない。ただパソコンのうなり声が響くだけだ。
「そんな、終わった……」
たまらずへたり込む。
『はあい、マスター。あなたがマスター?合ってる?合ってるよね。だって私天才だし、この私が間違うなんてあるわけないしね!』
「は?」
声がした方を振り返る。
そこにあるのはとっちらかった机と、その上に鎮座する大型のPCのみ。だが。
『どうしたの?マスタ-そんな間抜けな顔をさらして』
そのPCの画面には、日本で生まれロジオンもいくらかは親しんでいるボーカロイドのような、3Dモデリングされた全く見覚えのないアニメ調のキャラクターが所狭しと動き回っていた。
『返事、返事、返事。挨拶、コミュニケーションは人間としての基本でしょうが。あれ?今の私って人間っていっていいのかな?英霊だし、情報生命体だし、なんか、みらいちっくだし、あれもしかして私って人間じゃない!どうしよう!そう考えるとすごくショック!エイダちゃんすごくショック!』
矢継ぎ早に言葉を並び立てたかと思うと、エイダと名乗った彼女は画面にほおを押しつける。だがロジオンの方には出てこれないようでただ頬が潰れて変顔をさらすだけに終わる。
『ぎゃー!でれない!でれない!こんなのじゃ、紅茶が楽しめない!どうしよう!ねえ、私どうすればいいと思う!』
「ま、まて。待ってくれ。お前、もしかして、あのエイダなのか?」
ロジオンがそう問いかけると画面の中の女性ーーーエイダはいったん体全体が見えるように画面の奥に引っ込む。
そして咳払いをした後に、くるっとターンをしてロジオンに向かってジャパニーズアイドルのごとく横目ピースをかます。
『その通り!私こそは人類初のプログラマー!いわば、全ソフトウエアのグランドマザー!エイダ・ラブレス!今回はキャスターのクラスで華麗に参上!よろしくね、マスター!』
「は、ははは」
ロジオンは乾いた笑みを浮かべる今年かできなかった。
『あと、私戦闘能力は皆無だから、そこのところはおねがいね、マスター?戦うのはマスターの仕事だから』
まずった。
ロジオンは自分の失敗を悟った。
ライダー陣営
「よ、よし。召喚成功だ!」
一見してうだつがあがらないことが分かる残念そうな男ーーー狭間亮一郎は
「ーーーライダー、牛若丸、まかりこしました。武士として誠心誠意、尽くさせていただきます」
うそだろ。現れた英霊をみて落胆を隠せなかった。そのことに目の前の英霊がむっとした顔をする。
「お前、本当にあの源義経なのか?」
「はい、もちろんです。主殿、敵はどこですか!証拠として、首を切り落として差し上げましょう!この天才、牛若丸にかかればその程度造作もありませんからな。はっはっは!」
「・・・・・・」
亮一郎の目の前で高笑いをするのは奇抜な格好をした少女であった。
失敗した。
狭間亮一郎は魔術師だ。だがまだ二代目の底の浅い魔術師であった。
そんな彼は慕っている人がいた。相手も同じ魔術師だ。
だがしかし二人の家は各が違った。向こうは大正時代から続く由緒ただしい血統。日本でも指折りの魔術師だ。受け継がれている魔術刻印も亮一郎とは比べ物にならないものだ。
だからこそそんな彼女との差を埋めるために一念発起してこのような争いに身を投じたというのに・・・・・・。
「最悪だ」
目の前にいる英霊からは日本で最高峰の知名度を誇る英霊にも関わらず、圧のような物を感じなかったのだ。
隣りにいるじゃれついてくる牛若丸を尻目に亮一郎はため息を付いた。
ランサー陣営
ジェシカ・ハリソンは兄であるイーサンの股間を蹴り上げた。
「隙ありゃ!」
「おひゅ!」
股間を押さえてもだえる兄にのしかかりマウントをとる。
「お、おまえ!何をするんだ」
「うっせえなあ!あれだろ、聖杯戦争って要するに喧嘩だろ。お前みたいなもやしより、うちが出たほうがいいに決まってんじゃん。おとなしく引っ込んどけよ。くそ兄貴」
阿波踊り空港のすぐそばにある高級ホテルにハリソン兄妹は泊まっていた。今現在は儀式の直前。触媒を用意し、あとは呪文を唱えるだけで英霊召喚完了する。
その土壇場での妹の裏切りに兄であるイーサンはなすすべもなく地に倒れ伏した。
「それで、どうする?令呪、私に譲るか?それともーーー」
そう言って本国から持ってきた先祖より伝わるレイピアで兄のをこつこつ突っつく。
「あひい!」
キモい嬌声をあげた。どうやらちょうどいいととこにでも当たったらしい。
「はっはっはーーーそぎ落とす」
ジェシカの目の本気度にイーサンは慌てて土下座で妹に許しを請う。
「わ、わかった譲る。譲るから見逃してくれ!」
「へ!わかりゃあいいんだよ」
せっかくの自分の力が試せる舞台なのだ。参加せずにはいられないさ。
「で、でも、いいのか、この戦いは本当に危ないんだぞ!お前だって、ロードが命を落としたってことは知ってるだろ!」
「知ってるよ。だからこそ、挑む価値があるだろ。何よりーーー遠坂先輩に認められようと思ったら本来よりずっとレベルの落ちるこの儀式くらいこなせなきゃだめだろうが!」
イーサンは妹の目からこの儀式にかける思いを感じ取った。
「分かった。マスターはお前だ。でも、分かってるな」
「分かってるよ。私たちは二人で一つだ。何も一人で戦う気なんてねえよ」
そういってジェシカは自分の拳を突き出した。いつも、戦いが始まる前は、こうして兄と拳を打ち合わせるのだ。まるで少年同士のやりとりのようだが、ジェシカはこれが気に入ってた。イーサンはいつも過保護だが、こうしていると一人前と認められている気がするからだ。
だがーーー。
「ごめん、股間が痛くて手が上がんない」
「死にさらせ!くそ兄貴!」
こうして一悶着あったあと、仕切り直して場を整えた。
「よし、呪文はたしかーーー、うん、行ける。それで触媒がこれっと」
「いいか、気をつけろよ。お前そそっかしいからな」
「うっせえ」
「妹の心配をするのは兄として当然のことだ!そんなこというんじゃありません!」
「たっく、クソ兄貴が・・・・・・よっし、誰だ誰だ?」
元々ハリソン家は魔術師らしくない家系であり、その上両親が早くに死んでしまった。そのためイーサンはジェシカに対してはダダあまだった。ジェシカとしてはそれこそ魔術師らしく、音に聞くあのロード・エルメロイ二世とライネスエルメロイのような関係になりたいのだが、それにはふたりともかなり覚悟も実力も不足していたのだ。
そんな中でも二人がこの聖杯戦争に参加したのはひとえにお家の、ひいては自分たちの生活を守るためだ。魔術師の世界は陰謀渦巻く悪魔の巣窟。弱みを見せた家はすぐさま他家に吸収されることだってある。今現在、ハリソン家もそういった危機に立たされていたのだ。
二人の家はあくまで分家。本家は別にある。この度、二人仲良く本家筋との婚約の話が持ち上がったのだ。愛など欠片もない、ただ刻印のためだけのものだ。力を落としつつあるハリソン家が再興するにはわかりやすい戦果が必要だったのだ。
そして今回二人が用意した触媒はかつて替天行道とされていたものの一部だ。
水滸伝。中華に伝わる反逆の物語である。創作ではあるが、一応当時あった戦いを元にしており悪くはない選択のはずだった。
そして、祝詞を紡ぎ、ジェシカから魔力がごっそり失われたと思うと魔法陣が光る。
「よお、姉ちゃん。あんたが俺のマスターか?」
現れたのは見るからに荒くね物の青年。肩に槍を担ぎこちらを上から下へと無遠慮に眺める。
イーサンがランサーの英霊をぶっ叩いた。
「何すんだてめえ!」
「うっせ!妹をそんな目でみんな!第一、さっさと名乗れや!」
「あん?見りゃわかんだろうが。梁山泊に居を構える中で、槍を扱うとなりゃあ、当然、この俺!九紋竜史進に決まってるだろうが!」
「林忠じゃねえのかよ!」
「あ、あの人と一緒にすんな!ちょっと気にしてるんだぞ!」
勝手に言い合いを始めるランサー史進と兄であるイーサン。その間抜けな光景にジェシカは目を覆うしかなかった。
「やめろよ・・・・・ほんとに」
輝かしく、優雅に戦う。あの遠坂先輩のようにという憧れは霧散して消えた。
きっとあの人ならば狙った英雄を呼び出して、きっちり従えていたに違いない。本人もそう言っていた。呼び出した英霊はかのアーサー王のような騎士で彼女にまるで姫のように扱い、優雅に戦ったという。そのように、そのように、戦いたかった。
「どちくしょー!」
ジェシカの叫び声がホテルにこだました。
アーチャー陣営
暗い廃屋の中で男が一人の美しい少年に詰問していた。鍛え抜かれた肉体に体中に巻き付いた呪いの武具の数々。目の傷と銀髪とが相まってオオカミのような印象を抱かせる男だった。対照的に美少年はただその背に弓を背負っているだけだ。
「まさか、あのパリスか?」
「ご、ごめんなさい」
アーチャーのクラスで召喚されたサーヴァントパリスは自身のその容姿に落ち込む。彼もまさかこのような姿で召喚されることになるとは思わなかったのだ。
「攻めているわけではない。だが、ひとつだけ聞かせろ。お前は子供を無慈悲に殺せるか?」
男の名をジェイコブという。時計塔と専属契約を結んでいる傭兵であった。
「今回の仕事では優先目標一体と、神秘の秘匿を脅かす者全てだ。その中には、当然目撃者も含まれる。例えそれが女子供だろうが始末するのが俺の仕事だ」
「そ、その秘匿なら暗示を使えばいいと思います」
「駄目だ。今の情勢を考えれば不安要素は極力排除することになっている。暗示などどんなきっかけで解けるか分からない。そんなものに頼る気にはなれないな」
「でも」
パリスはそれからもなんとか説得を試みるが彼のマスターであるジェイコブは聞く耳を持たない。
「話は以上だ。霊体になれ。魔力の無駄だ」
「はい……分かりました。あ、あの、あなたの聖杯に託す願いは何ですか?」
パリスはこらえきれずに己のマスターに問いかけた。彼にはとても目の前の人物が根源を目指しているようにも、ほかの俗物的な願いがあるように感じられなかったのだ。
「願い?下らんな。俺はただ、この身を魔術世界の礎にするだけだ」
意外にも、男のその言葉はどこか哀愁を感じさせた。パリスは少しだけこの男の内面の柔らかな場所に触れた気がした。
「そうですか。であれば、どうぞこの身をお使いください。此度の戦い、僕はあなたのために戦いましょう」
「……ふん」
協会にて
「やだなあ」
今回の聖杯戦争の監督役を任されたレミオスはため息を付いた。
彼はもともと実力だけは折り紙付きの代行者だったが、とにかく働くのが嫌だったため仕事をとにかくサボりまくっていたのだ。そのためこの田舎に左遷させられた時は、上司は発破をかけるためだったらしいが、彼には逆効果で小躍りして喜んだものだ。人も少ないし、別に交通の便が悪いわけではない。娯楽ならインターネットがいくらでもあるし、なによりアニメショップが存外多い。徳島最高。特に定期的にアニメの祭りを開催しているというのが素晴らしい。なんといってもあの和装のポスターがたまらないのだ。
「くっそぉ。今季のアニメは楽しみにしてるのが多いのに・・・なんだよ、聖杯戦争だなんて。はあ、なくなんないかなぁ」
この男、正真正銘の俗物であった。
通常協会というのは厳粛なものだが、レミオスの趣味、もとい布教活動で、徳島で定期的に開催されるアニメ系の祭りにおいて制服の貸し出しを行っている。それを鑑賞するというのが彼のこの上ない娯楽だったのだが、もろもろを考えると今回は見送るしかないのだ。それは彼にとって翼をもがれたに等しい苦痛なのだ。そのためテンションは最底辺である。
「はあ、畜生。あーあ。ちょっときつい系の美少女がやってこないかな・・・・・・。そしたら無理やりこれ着せて、んで、『何すんだ、この豚とか言われてさ』ふひひ」
そんな妄想が一段落したところで彼は肩を落とす。彼としてはこのような儀式などさっさと終わらせるに越したことはないのだが、まだ開催できない理由があったのだ。
「バーサーカーのマスターがまだつかまんないんだよなあ、まあ、いっか。なんとかなるでしょ」
問題を棚に上げ、レミオスは外に出て合図の光をあげた。
こうして監督役レミオスは面倒だからという適当な理由で七騎が揃わないまま開始の合図を告げたのだった。
それによって不幸な一人の少年がこの戦いに巻き込まれることになるのだが、この時点でそれを知る者は誰もいない。