女の甲高い引き裂くような悲鳴が夜の市内に響き渡る。進藤光と渡辺綱がその場についたときにまず目に入ってきたのは四肢をもがれながらもなお妹を庇うイーサンと、そんな彼を半狂乱になって揺さぶるジェシカだった。
そこにランサーの姿はない。ちょうど光の粒がほどけて空に上がっていった。
「兄貴!兄貴!目を覚まして!」
「が、、ああ」
「なに、聞こえない。聞こえないよ!」
男が、わずかに口を開く。
だがそれは意味をなさぬまま、閉じられ、二度と開くことはない。
「いやああああ!兄貴!兄貴!」
「許せ!」
渡辺綱は狂乱するジェシカの首に手刀を打ち込む。
「セイバー何やってる!」
「腕を見てください」
「これはーーー」
それまではイーサンのの血にまぎれてわからなかったが、彼女の左腕は肘より先がなかった。その後はまるでねじりきられたかのようにその先端がゆがんでいる。そのグロテスクさに死体など見飽きている光でさえ嗚咽を覚えた。
冷静になって見回せばそこいらに成人男性の、ほとんど原型はとどめていないがおそらくはイーサンの四肢が雑巾のようにねじられて捨てられていた。
「一体、どんな魔術を使えば、こんなことができるんだ?」
光が呆然とつぶやく間に綱がジェシカの治療を済ませる。
「私ではここまでが限界だ。マスター、放っておけば命に関わりますよ」
「大丈夫だ。こういう時のために教会に監督役がいる。そいつならなんとかできるはずだ」
「承知。さあ、行きましょう、マスター」
「一人で行け。そっちの方が早い。セイバー万が一のときは令呪で呼び戻す」
「しかしーーー」
「かまうな、心配はいらない。万が一襲いかかってくれば返り討ちにしてやる」
そう言って光はついぞ先ほどの戦いでは抜くことのなかった己の刀をかちりと鳴らす。
「ご自愛されよ。果敢と無謀は異なりますよ」
「分かってる。いいから行け」
セイバーは釈然としない様子ながらもランサーのマスターを背負いかけ去って行った。
「クソ野郎がーー!」
これを戦いと言うのか。
無残な姿になり果てた男を光は見下ろす。
この男は四肢をもがれながらもなお、妹を庇った。何故この場から去ったのか。セイバーを恐れたからか。それとも別の理由があったからかは分からないが、この男が身を挺さなければまず間違いなく女はやられていたはずだ。
光にとって戦いとはもっと崇高なものだった。確かに死ぬことはある。それでもこのような死してなお辱めるような、相手への敬意の欠片も感じない、いっそ処刑とでも言うべき後に光は心の底から憎悪した。
戦闘とは、もっと崇高で、気高いものではないのか。それこそ過去に聞く、アーサー王や侍のような戦いではないとうのか!
「どこのどいつだが知らねえが、これをやったやつは必ず俺が始末する」
光は顔を上げ、空に浮かぶ満点の星空を眺めた。あたかもこれを犯した下手人を探すように。
「うわあああああああ!」
少女は全力で走っていた。年の頃は12ほど。抜けているところのありそうな顔立ちだが同時に優しさも感じさせる少女だった。平時であればほはりと笑っていそうなその顔は今は鼻水を垂らし、泣きながら市内の闇夜をかけていた。
だが何より特筆すべきはその頭だろう。そこからはひょっこりと狸の耳のようなものが垂れ下がっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!ごめんなさい!」
そして全力で心の中で謝る。
この少女今は希少な妖怪の類いであった。徳島は古来より化け狸が幅をきかせていた土地。現代に入り大分その神秘は落ちたが、それでもまだ人の手の入らぬ山奥にてひっそりと暮らす一族がいたのだ。だがしかしそこは化け狸といえど現代っ子。スナック菓子を食べたければきれいな服で着飾りたくもある。普段ならば親と一緒に山から下りるのだが、とある事情にて一人で降りてきてしまったのだ。だが先祖代々の言いつけを破り、市内にて遊び回り日もどっぷりと暮れ、さあもうそろそろ帰ろうかとなったところで、なにやら路地裏から声がした。
そして好奇心からその光景を見たのだ彼女の運の尽きだった。
入り組んだ先、何やら人よけの結界が張られていた内側で、今まさに一人の槍を持った青年が矢に射貫かれていた。
そうして同時に何やら兄妹らしき男女の目の前に立つ男が己の手を前に突き出した。
それに連動するようにして、その背後にそびえ立つ、まるで巨人の骸骨が腕を突き出し女を庇った男の手を握る。
小枝の折れるようなこぎみよい音がして、その巨人の骸骨は今し方とったそれを上に放り上げた。
放物線を描いて捨てられたそれはべちゃりと少女の前に落ちてきた。
「あ、ああ」
両手で抱えていた洋服をその場に取り落とす。尻餅をつく。震える喉で何かを絞りだそうとするも意味をなさない。
馬鹿だった。自分が本当に馬鹿だったのだ。
どうして祖母さまたちの言葉を無視したのか。
おそらくは巨人の骸骨を操っているであろう男は、すでに男女のうちの男を始末し、今し方、骸骨が女の腕をねじりきったところだ。そして何やら少女とは別方向を見て顔をしかめる。
そしてその顔がこちらを向いた。
彫りの深い顔立ち。きっと外人さんだ。
その銀髪に、手負いのオオカミのような、冷たさと獰猛さが合わさった捕食者の目。
ああ、きっとこれから自分は食べられるんだろうなと漠然と理解した。
「見たな」
そのぽつりと漏らされた一言だけで少女はすくみ上がり、嗚咽が止まらなくなる。
「あ、あの、わ、私、いい子ですから!誰にも言いませんから!だから」
「諦めろ。お前はただ、運が悪かっただけだ」
「ま、待ちやがれ」
そういってそれまで美しい少年と戦っていた青年が、オオカミのような男に躍りかかる。
捨て身でその男を道連れにしようとしたのだろう。持っていた武器を男に向かって投げつけた。
「ふん」
だが力のこもっていないその一投はたやすく巨大な骸骨に払われる。
「ごめんね、ランサー」
青年の喉から矢が突き出す。見ればその後ろで弓を撃った美少年が悲しみに満ちた声を出す。
「が、でめえら!おぼべてーーー」
青年の言葉は続く矢によって途絶えさせられた。
体に矢を生やした青年はそのまま前のめりに倒れ、その体が徐々に粒子となって消えて行く。
「うわあああああああ!」
もう限界だった。少女はがむしゃらになって逃げ出した。
そうして現在へと至る。
いかなる訳か、追ってきているのはあのオオカミのような男一人であった。
何分逃げたか。一日中逃げたような気がするのだが、雲の位置はまったく変わっていないので、きっと数十秒にも満たない。
「くだらん」
そして少女はあっけなく追い詰められた。男が手を振り払うと、何やら弾のようなものがとんでそれが少女に激突する。
「きゃあ!」
そのまま建物の壁に激突し、痛みでうずくまる。
「安心しろ、痛みはない」
男が手を振り上げた。
そして呼応するように背後にそびえ立つ巨人も手を上げる。月の逆光で陰影がくっきりと出たそれは死に神にしか見えなかった。
やだやだ、と。まだ死にたくないと。少女の中の血が騒ぎ出す。
助けて。もう山から降りたいだなんて思いません、人とも関わりません、作物だって盗みません。いい子にします。だから。
だから誰か助けて!
その願いは声にならず、ただ思っただけだ。
少女は左手の甲に痛みを感じた。
そして振り下ろされる骸骨の腕。それから庇うように少女の目の前から煙幕が上がる。かすかに見える、魔方陣。少女では全く分からないが、簡素でいて流麗な、美しい呪文が描かれていたそれはまばゆい輝きを放つ。
「貴様、マスターか!」
男が驚愕の声を上げるが、骸骨の腕は止まらず、少女に降り押される。
煙が晴れ、そこに一人の少女が現れた。
「くくく、酔狂よなぁ」
いや、ただの少女ではない。和風の衣装に、ミスマッチな煌びやかな金髪。そして、額から伸びる角。
「く!」
男が慌てるがもう遅い。
その迫り来る骸骨の巨人の腕を少女は、手にした骨刀で迎撃する。
力を入れた用には見えない。旗揚げでもするみたいに振り上げただけだ。だがたったそれだけで、巨大な骸骨は宙にうく。その腕が砕け散った。人を握りつぶせるような腕がだ。
男は舌打ちをするとそのままどこかへと去って行った。微塵のためらいもない徹底的な撤退である。
状況について行けない少女に見目麗しい鬼の少女が向き直った。
にかりと妙に様になった笑顔をみせる。
「問おう、なれが我のマスターか?」
きっと自分はこの光景を忘れることはないと、少女は漠然とだがそう思った。