感極まって抱き合ってはいたら1時間は経過していた。一通り喜び合った後、改めて周囲を見渡した。草原だった。……見たこともない草が揺れている。
「――ここは、どこだろう?」
「……」
根津子は首を振って反応する。根津子はずっと寝ていたから口を竹でふさがれて過ごした日数はそう多くないけど、元々前に出る性格でもない。炭治郎としては、せっかく口が利けるようになったのにあまりしゃべってくれないのは少し寂しいのだけど。
「ええと。……これ、どうすれば?」
二人とも時代柄ラノベなど読んでいない。街に行けばそういう大衆向けの読み物はあったかもしれないが、山奥育ちの二人に縁はなかった。
「……」
途方に暮れてしまう。空を見上げて……けれど、何も思いつかなかった。そのまま何分か時が経過して。
「――人の悲鳴だ!」
炭治郎が駆けだした。ほんの2,3分で到着する。
(なんだ、あれ? 蛙? 申し訳ないけど! 本当に申し訳ないけど! 等身大の蛙って気持ち悪いな! 本当に申し訳ないけど)
悲鳴を上げたのは商人一家。馬車が溝に足を取られて動けなくなり、5体のジャイアントトードが迫っている。馬車を捨てて逃げ出せば何とかなるかもしれないけど――パニックに陥った一家は悲鳴を上げるばかりだった。そうそう命の危機に瀕して正しい行動を取ることなどできやしない。
「今、助ける……ッ!」
更に加速する。
「全集中・水の呼吸。壱の……ッ?」
横を駆け抜ける気配を感じた。
「……っふ!」
その影はジャイアントトードの首を蹴ってねじ切ってしまった。
「……根津子ォ!?」
驚いた。人間に戻った……はずなのに、鬼の身体能力がそのままなんて考えもしなかった。もっとも、女神にとっては当然のことだ。魔王に対する鉄砲玉として異世界に送り込むのに、その戦闘力を下げてどうすると言う話だ。徹底的に女神の側の都合だった。
「おにいちゃん、右をお願い!」
その瞬間にも、左にいた蛙を殴って貫く。
「……そうだ。今は――戦っているんだ! 水の呼吸・『捌ノ型 滝壺』!」
前方に居た二体をまとめて切り裂く。そして。
「っだあ!」
「最後の一匹! 『壱ノ型 水面切り』」
最後の一体は首を飛ばされ、心臓を抉られて倒れ伏した。
「大丈夫ですか?」
へたり込んでしまった商人一家に笑顔を見せる。目をぱちくりとさせている。とはいえ――恐怖の色はない。
「あの、冒険者の方ですか? 助けてくださって、ありがとうございます」
深々と頭を下げた。
「あ、いえ。当然のことをしたまでですから。……え? 冒険者?」
「冒険者ではないのですか? 近くにアクセルの街があるからてっきり」
「街が近くにあるんですか?」
「アクセルの街から来たのでは? いえ、事情があるなら聞きませんが」
「あ……あはは。すいません」
説明できるわけがなかった。なにせ、炭治郎にも意味が分かっていない。そもそも炭治郎は説明することすら苦手だった。
「では、お礼にアクセルまで送りましょう。それと、少ないですがお礼を」
「え……いや、お礼なら送ってもらうだけで……」
「冒険者ギルドに行って登録するためには千エリス必要ですよ」
「そうなんですか!? あ……それじゃ、ありがたく」
そして、街に着いた。幸いにも文字が分かったため、迷うことはなかった。それはつまり、”失敗すれば頭がパーになる”事実を女神は教え忘れていたと言うことだが。というか、本名も教え忘れているが。
「――登録料に千エリス頂きます」
「はい、俺と妹の分です」
「……ん」
そして、水晶に手を乗せる。
「おお、すごいです! 人間離れしたステータスですね」
ニコニコと、そんなことを言われてしまった。
「え……あの……」
「あ、もちろん良い意味でですよ。物理系の職業なら何でもなれます」
「ええと……あ、じゃあソ-ドマスターでお願いします」
「はい、承りました。妹ちゃんの方もどうぞ」
「……ん」
「なんですか、これ! トンデモない数値ですよ。お兄さんより強いですね?」
「……ううん」
首を振った。
「いやあ、素晴らしいですね。もしかしたら魔王を倒すパーティになるかもしれませんね」
喝采が響いた。強力な冒険者の誕生をギルドに居た皆が喜んでいる。
「で、妹ちゃんはどの職業に就くのかな?」
「……ん」
指示したのはソードマスター。兄とおそろいの職業だった。
「ええと、あなたの能力値ならもっと違う職業の方が」
「……ん」
指をさし続ける。
「はい。では、手続きをします」
そんなこんなで、はじめての冒険に出ることになった。
数々の依頼をこなして、元々の高い実力も手伝ってかすぐに一人前とみなされるようになった二人。けれど――
騒がしい声がする。それも聞いたことがある声と知らない声。
「――女神、様?」
炭治郎と根津子の物語に、ポンコツ女神とニートが交わるとき――新しい道が開ける、かもしれない?