辺りはコンクリートの塵(ちり)が濃霧の如く立ちこめ、至る所に火の手が上がっている。時折パラパラと瓦礫が崩れ落ちる。
残骸をかき分け、ただ一人姿を現した黒覆面の男グラベル。左、右と一瞥したところで生存を確認すべく叫ぶのがいかに無意味か悟った。……今、明らかに生きている者は己と、もう一匹しかいない。彼は真正面を睨み付ける。
そんな中にさえも、双児の月は淡い輝きを差し伸べた。
差し伸べられた光明を見上げ、紅蓮の竜は鋭く吠えた。それは歓喜か、憤怒か、慟哭か。
だが、金属生命体ゾイドとしての本能はそれ以上の感情表現を封印した。……ぐっと重心を落とす。鋸刃(のこぎりば)の如き尻尾に放電が絡みつく。放電が紅蓮の竜の腹部を瞬時に這い回り、胸の辺りにまで辿り着くや、鋸刃(のこぎりば)の隙間から閃光が解き放たれた。立ちこめる塵が強風に吹き飛ばされる。グラベルも堪らず地べたに伏せた。
ふわりと浮き上がった竜の巨体。重心を落としたまま、手足はだらりと下げ、さえぎるものがなくなった上空へ昇っていく。その佇まい、何と悠然たることか。朱色にほとばしった眼球は瓦礫をちらり一瞥すると月明かり目掛けて視線を投げかける。
伏せたままのグラベルは、風圧で身体を煽られつつも左腕の時計型端末を口元に寄せた。
「動けるな? すぐに穴の周囲をゾイドで固めろ。奴が見えたら撃て」
滑走路やハンガー(格納庫)が立ち並ぶ民族自治区庁舎の基地区画。コンクリートやアスファルトで舗装されたとある一角には大穴が広がっている。未だ辺りに立ちこめる濛々たる塵(ちり)や煙が真実を明かすのを拒んではいるものの、わずか数分前にこの辺りを光の槍が星空の彼方までぶち抜いたのは言うまでもあるまい。
そして民族自治区庁舎は大穴の真上とは行かないまでも、数キロ先(ゾイドの脚力的には「すぐそば」)にそびえ立っている。……庁舎は、明らかに衝撃で揺らいでいた。有事には最高司令部となる建物であり、それ自体は大理石で作り込まれてはいるものの、外周を分厚いコンクリートの壁で囲った尋常ならざる頑強さを誇るはずだ。しかしながら地中深くから到達した衝撃は、Zi人の叡智など鼻で笑った。
自治区長室も当然ながら揺れに揺れた。室内の鉢植えは既にいくつか倒れ、割れたりしている。
シルバルドは執務用の巨大な机の下に潜り込んでいた。彼はこの真夜中まで起きて執務をこなしていたのだ。ようやく這い上がるようにして立つと、机上の端末を叩くように弄る。
端末のモニター上に広がる惨状を目の当たりにして、シルバルドは唸った。そして更に乱打し、端末に向かってまくし立てる。
「グラベル、何が起こった。奴は仮死状態ではなかったのか!?」
モニターの映像は音声も画像もノイズで割れている。
「仮死状態だった! 直前まで! 確かに! 仮死状態のまま、我々を欺いた。
……胎児は殺された。そしてブロックス棺のエネルギーを根こそぎ吸収したのだ」
シルバルドは刮目した。非常に多くのZi人は未だに愚かな勘違いをする。例えばゾイドは人ほど頭が良くない、というものだ。自分はそういう失敗などするまいと確信していたこの青年は、この段になって自分が判断を誤った可能性に思い至った。
「……迎撃せよ、絶対に、外に出すな」
今はそんな、腹から絞り出すような言葉しか告げることが出来なかった。
突如開かれたこの大穴の外周には、既に多数のゾイドが集結しつつあった。
真っ先に駆け寄ってきたのは軍警察の白い狼コマンドウルフ数匹。その足元には一つ目巨人ゴーレムの群れ(※ここは純粋なヘリック共和国領ではなく民族自治区であるが故に、ヘリック共和国軍謹製ゾイドとそうでないゾイドの混成が発生する)。状況は既に歩兵が介入する余地など残っていない。……ゴーレムの一部はいずれも誘導灯を持って散り散りになる。他の格納庫や城壁外に留まる友軍ゾイドを滞りなく誘導・集結させる必要があるからだ。
誘導灯に引き寄せられるようにして、たちまち十数匹の竜やら獣やらが集結する。鋼の猛牛ディバイソンやカノンフォート、ディスペロウらの姿が見える。かと思えば向こうには角竜レッドホーンやスティルアーマー、巨象エレファンダーらの姿が。いずれも背中や身体各所の銃口を大穴の方角に向け、今や遅しと待ち構えている。
やがて大穴がぼんやり明るくなっていく。地中深くにいた標的が何らかの飛行能力を使用していると、人やゾイドの区別なくその場の誰もが確信していた。
指揮を執る一声を叫ぶ者はいない。だが、その場に集結していたゾイドはその全てがほぼ同時に、ありったけの弾丸を発射していた。標的の姿はまばゆい火花とむせ返るほどの爆風で既に姿が確認できない。地面が、空気が震える。辺りに立っていたゴーレムが尻餅をついたり地べたにへばりついたまま、立ち上がることが出来ない。
そんな最中、突如として解き放たれた一閃は、火花を、爆風を真一文字に切り裂いた。……大穴の外周に位置していたゾイドは軒並み一閃を浴びた。あるゾイドは胴体から輪切りに。あるゾイドは顎より上が蒸発。そして彼らよりずっと遠方でそびえ立つ城壁までもが真横に薙ぎ払われた。庁舎だけは一閃によっても真っ二つになりはしなかったが、庁舎を囲う分厚いコンクリートの壁は庁舎自体に容赦なく叩きつけられた。大理石の壁面がひび割れ、めり込み、建物自体を余震のように揺らし続ける。
塵が、煙が、火花が、爆風が、やや呆気なく晴れていく。代わりに静寂が漂いつつあるかに見える。
このような状況下でも地獄の淵で踏み留まる者は確かにいた。……とっさの判断で地べたに伏せた何匹かのゾイドは恐怖で全身を震わせながらも慎重に首をもたげる。
月光に、星明りに照らされて、炎のような装甲がぼんやりと浮かび上がる。紅蓮の竜だ。ゆらり宙に流されると、胸から尻尾まで並び立つ鋸刃(のこぎりば)に電流が絡みつき、隙間から閃光が解き放たれる。
羽毛が落ちるように降り立つ紅蓮の竜。相応の重量が、結局はひび割れたコンクリートの地面を揺らし、空気を震わせる。
それが合図だ。瓦礫の下から、崩れ落ちた城壁の間から、先程の一閃を辛うじてかわした竜やら獣やらが姿を現し銃撃を再開する。ある獣が夜空を見上げて吠え立てれば、他の獣がジグザグに地を蹴り、飛び跳ねて真上から飛びかかる。ある竜は巨体を低く身構えて体当たり。そのまま装甲に食らいつこうとする。
紅蓮の竜は彼らの動きを一顧も、一瞥も、ましてや朱色にほとばしった眼球を向けたりもしない。……上半身を覆うおろし金の翼がバネ仕掛けのように広げられた。おろし金ですり下ろすように獣達を払い除け、竜達を吹き飛ばす。地面に叩きつけられた連中は装甲も、その下に隠れた鋼鉄の肉体でさえも切り裂かれ、最早原型を留めてはいない。油が吹き出、火花が弾け飛ぶ。
既に何度も、何匹もゾイドを喰らってきた紅蓮の竜ではあったが、無様に地べたにひれ伏した彼らに対し何らの興味も示さなかった。腹いっぱいとでも言いたげに、そのまま悠然と歩いていく。足元に散乱する鉄骨やコンクリートの破片、それにゾイドの死骸が卵の殻のようにひび割れ、一層細かく砕け散る。
再び辺りを静寂が包み込む。紅蓮の竜が浴びる月明かりは淡い。
シルバルドは速やかに自治区長室の扉を開けた。有事にも関わらず他の兵士も職員も来ない。だがそんなことに腹を立てている暇はない。早急にこの場を離れ、廊下を進む。非常灯のみはどうにか点灯中なのが幸いだ。
もっとも、シルバルドが腹を立てないのには、彼なりの根拠があった。
(『あいつ』を捕らえ、我が配下とした時はこんなものでは済まされなかった。
その時と比べれば、勝算など十分にある。早く誰かしらと合流せねば……)
そんな彼の不意を突くように、左腕に巻いた腕時計型の端末が鳴り響く。はっと我に帰った彼は、食い入るように左手首を覗き込む。
沢山の着信履歴が小さな画面を瞬く間に埋め尽くす。そのうちのいくつかを見た彼は刮目した。……シルバルドは政治家であり、保身のために端末に登録していない人物や組織は当然あった。彼が目にした名前は、この端末で見てはいけないものだ。まさかと思いつつも録音された通信内容を再生する。
「シルバルド公、助太刀する。報酬はこの野に放たれたゾイドだ」
「こいつは飛んだ跳ねっ返りだな! 俺たちが保護してやるからタダで寄越しな!」
沢山の着信がことごとく「手を貸すからこのゾイドをくれ」という内容である。
すぐさま再生を中止したシルバルド。慌てて駆け出し、廊下のとある一室に辿り着く。……トイレの個室程度しかない一室の壁面にはハシゴがついていた。天井は真っ暗闇だが、シルバルドが端末をかざすと電子音とともに細い煙突のような縦穴に照明がつき、はるか頭上から月明かりが差し込んできた。抜け穴だ。
怒涛の勢いでハシゴを登ったシルバルドが目にした光景は、まるで彼が若い頃ハイスクールの歴史の授業で学んだ光景のようだ。ヘリック共和国の侵攻によって古い街並みが軒並み焼かれ壊され、至るところでうず高く死体が積み上げられた写真を何百枚と見せられたものである。当時の彼は、憎悪など以前に辟易という言葉しか浮かばなかった。
この光景はどうだ。自治区庁舎こそ辛うじて原型は留めているものの、それ以外は「先程爆撃があった」と言われても誰もが信じそうなほどにコンクリートの床がえぐれ砕かれてしまい、城門まで粉砕され彼方の稜線まで見える始末だ。
そのずっと先で、霹靂の如き爆音が鳴り響く。
悠然と進む紅蓮の竜の外周に、彼自身は大いに見覚えのあるゾイドが群がっている。
頭部に王冠のような凶器がついた竜が、猛然と突っ走り頭突きを決める。パキケドスと呼ばれるゾイドだ。反対側からは亀甲のような鎧をかぶった竜が長い尻尾を叩きつけている。あれはアンキロックス。他にも、他にも、他にも……。
傍目には通りがかりの勇敢な戦士達が助太刀するかのような尊い光景。しかしその真実は、下衆い。
呆然と見つめていたシルバルドは引きつった笑いを浮かべた。
「揃いも揃って、物の価値がわからないお客様達だ……」
そうつぶやいた時だ、すぐ後ろで気配を感じたのは。
はっと息を呑んだシルバルド。
彼の背後・十数歩以内に、精悍な若者が立っている。紺色の軍警察の制服・制帽を、この場でも乱れることなく着こなす若者。
「そうですね、ゾイドで自爆テロとか平気でやっちゃう人達ですからね」
アリルだ。深紅の竜のパイロットには一度も見せなかった不敵な微笑みを浮かべている。右肩には長尺の対ゾイドライフルがかかっている。すぐに撃てる体勢ではないが、目前の青年政治家が不穏な動きをすればすぐさま反応するだろう只ならぬ雰囲気を発していた。
それが手にとるようにわかるからこそ、シルバルドは振り向かない。……迂闊には、振り向けない。
「アリル君、ずっと『張っていた』のですか?」
アリルも微笑みは絶やさない。
「できることなら、今あそこで暴れている奴の『パイロット』をこの目でちゃんと見たかったです。
上司からは『見たら気が狂うから止めとけ』って言われましたけどね」
シルバルドはそこまで聞いて深い溜め息をついた。
待っていたのだ、アリルは。テロリスト共が助太刀などと称して姿を現すのを。この若者がかなりのことを把握しているのは間違いあるまい。……だが、所詮は「かなり」だ。
「パイロットは、死んでいたそうです」
眉をひそめたアリル。
空気が変わったことを察知したシルバルドは自嘲気味につぶやいた。
「大失敗です。パイロットなしで完全に自分で判断し、暴れ回るゾイドなんて『発狂した』のと同じです。これでは売り物にもなりません。『ゾイドは人に仕えるもの』という絶対の不文律を、私は破ってしまいました」
アリルは眉をひそめたまま、実際にはパニックの淵で足元を滑らせかけたのをどうにか踏み留まっていた。Zi人の文明はとっくの昔にゾイドなしでは崩壊してしまう状態になっている。文明を維持するためにもゾイドが完全に自律してしまうことはあってはならないのだ。
今、向こうで暴れまわっている紅蓮の竜は、まさにそういう代物なのである。
「……私を、どうしますか」
「どうもこうも、要人の逮捕とか、そういう権限は僕にはありません。
キャムフォード宮殿では今まで通り、ゾイドのテロ組織への横流しは黙認するようです。軍隊に敵は必要ですからね。
でも、あれに乗っていた『パイロット』もそうですが、その手の物騒な代物を売り捌くのはご勘弁下さい。惑星Ziの歴史が本当に、変わってしまいますから」
そこまで聞いて、シルバルドは笑った。吹っ切れたような笑いを聞いてアリルは内心首をひねったが、その真意は後ほど理解することとなる。
「取り敢えず、安全なところまで避難しませんか?
我が民族自治区は非常食もそれなりには美味しいのですよ」
ゾイド同士の戦いは、時に搭乗するパイロットが抱える様々な要素が投影される。思想・信念などという大げさなものが投影されれば傍目には格好良い。しかしながら品性などというものが露骨に反映されてしまうこともある。
紅蓮の竜に群がったゾイド達は悲しいかな、その品性をもろに見せる結果となった。辺りにはバラバラに砕け散った残骸が文字通り虫けらのごとく転がっている。……いかにゾイドもパイロットも百戦錬磨の強者であったとしても、所詮はテロリストとその手先だ。紅蓮の竜がおろし金の翼を一度、二度と翻せば、そのたび巨体の半分ほども八つ裂きにされた挙げ句、逃げ出すこともできずその場に崩れ落ちたのである。
十数度の爆音・轟音に代わり、また静寂が漂いつつある。
紅蓮の竜はさして感慨を抱くこともなく、月明かりを浴びながら歩き始めた。
だがその足が止まるのも早い。
紅蓮の竜の口元が、軽く開いた。まるで微笑んだかのようにも見える。
朱色の眼球に映り込んだ物体の姿もまた、紅い。
六本の鶏冠と二枚の翼を目一杯に広げ、背中より蒼い炎を背負って突っ走る、その姿。既視感は歓喜に変わった。紅蓮の竜は夜空を見上げて吠え立てたのである。