紅蓮と深紅の決闘   作:◆.X9.4WzziA

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【2】

 その巨体を覆う果実のように紅い鎧は、澄み切った青空を背景にきらびやかに舞い踊ったが、それも束の間。やがて夕焼けが空を、寝床を求めて流れ彷徨うちぎれ雲を焼き焦がせば、黒檀色の影が浮かび上がるのみ。

 深紅の竜とその若き主人は、場所を移して黙々とメニューをこなした。日が暮れるまであっという間だ。

 この日もまた、適当な丘の上でキャンプを張ることになった。巨大な金属生命体ゾイドが跳梁跋扈するこの惑星Ziにおいて、キャンプを張るなら高地が安全だ。幸い、ビークルに備え付けのトレーラーには二人がくつろぐ程度のスペースは揃っている。風呂もトイレも備えてある。そして門番代わりに深紅の竜が番犬のように丸まっているのだから、一晩過ごす程度なら十分だろう。竜は既に全身に油を挿してもらっており、いかにも満足そうにおとなしくしている。

 さてギルガメスと名乗ったかの少年は、トレーラー内に設置されたお膳の間で胡座をかいてぼんやりしていた。風呂を浴びたあとのため、Tシャツの上にジャージを着て両肩にタオルを引っ掛けている。膳には夕食のパンやらシチューやらが並んでいるが、手を付けるつもりはない。彼が「先生」と慕う女性・エステルが風呂を浴びているからだ。彼女は一番風呂を必ずこの少年に譲るから、少年もおとなしく待っている。

 彼はおもむろに、左腕に括り付けていた腕時計型の端末を弄り始めた。日中ずっと練習で、調べ物は後回しにしていたのだ。旅から旅へと渡り歩くゾイドウォリアーにとって、ニュースのチェックは欠かせない。ローカルニュースを検索してみたらすぐに複数の記事が見つかった。

(……これだ。シルバルド。どこかで見たと思っていたら……)

 日中、彼の相棒が受けた不当な言いがかりを仲裁したあの総髪の青年の写真がいくつも見つかった。その非常に多くが、様々な衣装を着た民族自治区の有力者たちと会見する姿だ。

 少し前に、ヘリック共和国内では大統領選挙があったのだ。シルバルドは民族自治区出身者としては初めて投票数三位まで躍進した。歴代の大統領は軍人出身がほとんどだ。そんな中、自治区長であり実業家でもあるこの青年が頭角を現した意味は大きい。

 既に惑星Ziはヘリック共和国によって完全統一されて久しい。有権者の一部は閉塞しきっていた国政をひっくり返す可能性を彼に求めたのである。いずれ時が来れば、この青年がさらなる飛躍を見せるかも知れない。ギルガメスにとって国政は、本来さほどの興味は持っていなかったが、あるとき陰謀に巻き込まれたことから、多少は関心を持たざるを得なくなっていた。少年の口から溜め息が漏れる。

 そんな憂鬱になりかけた雰囲気を払拭してくれる者も、すぐに現れた。

「お待たせ」

 声とともにハッチが持ち上がる。少し身を屈めながら入ってきた彼女は黒のジャージ姿。俗っぽいはずの格好だが、洗練されたしなやかな体つきが、そう感じさせるのを大いに阻む。くわえてしっとりとした黒髪の質感、シャンプーの香り。

 少年はちらり上目遣いでその先を見たが、気恥ずかしくなったのかすぐに視線を下げてしまった。……いつものことである。美貌の女性は切れ長の瞳を細めつつも、それ以上は平静を装いつつ膳の向こう側で正座した。

 二人は祈りを捧げると早速食べ始めた。一心不乱に頬張り、咀嚼する少年ギルガメス。一方女教師エステルもまた食事を進めるものの、眼差しは少年が元気良く食べる姿に注がれている。彼女にとっては食事で採れる栄養が少し違うのかも知れない。

 かたやひたすら食べて、かたや食べつつ見守って。無言の、至福の時間はあっという間。……少し落ち着いたところで早速テーブルから食器が片付けられ、女教師がノート大の端末を広げてみせる。

「丁度いいタイミングで、他所から大きなチームがいくつか来るそうよ。

 そいつらの誰かが、あなたたちの相手になってくれるわ」

 少年はあぐらをかきつつ端末上の画像に釘付けだ。……彼女の説明は、つまるところ試合する約束まではこぎつけたが誰と戦うのかまでは決まっていないということだ。それ自体は、この世界ではよくある話しである。これでも参戦チームはわかるのだから、ある程度の対策は立てられる。

 ただ、それよりもずっと気になることが一つある。

「……興行、中止になったりしませんよね」

 うつむいてポツリとつぶやく。

 愛弟子の言葉に女教師の眉が少々持ち上がった。

 彼が気にしているのは日中、相棒共々疑われたあの一件のことなのは言うまでもあるまい。

 一般市民が飼育し使役するゾイドが多数、喰われたそうだ。それは短期間でゾイドという栄養をそんなにも沢山必要とする何かが現れたということを意味する。

 ゾイドがゾイドを喰らうこと自体は、実際はそんなに不思議な事ではない。何しろエネルギーと金属の塊だ。金属生命体にとってこれ以上の食料はないと言えよう。しかし自然の摂理というものはあって、例えば疑われた深紅の竜は夜な夜な狩りに出かけて野生のゾイドを捕食するものの、その頻度は消耗していなければせいぜい一ヶ月に一度程度である。捕食する種は概して必要以上に狩らないのだ。今この辺りでは、自然の摂理からかけ離れた異常なことが起きているかも知れない。興行が中止される可能性は大いに有り得る。

 だが単純に興行が中止で話しが済むなら、少年は過剰に反応しない。さっさとこの場から立ち去ればよいだけだ。

 この一件で本当に恐ろしいのは、既に彼らへの誹謗中傷が拡大している可能性が高いということである。それが彼には耐え難い。風評は、いかなる凶悪な刺客よりも恐ろしく、その場から逃げた程度では簡単に追いすがり足元から掬わんとする難敵だと、彼はよく知っている。

「さて、どうかしらね。

 でも中止になったとしても、あなたやブレイカーのせいではないわ」

 女教師エステルはすっと右手を差し伸べる。

 それは沈んだ愛弟子の、頬に、そっと。

 触れた指先は少し冷たい。だが温度が混ざり合い、馴染んでいくまでさして時間はかからない。

 少年は少々感極まった様子でコクリと頷いた。

 指先から伝わるかすかな震え。……それを受け止めて注がれる女教師の眼差しは斬りつけるような眼光が失せ、慈しむように穏やかだ。彼女の細長い指先は、今にも高ぶりそうな愛弟子の頬を今しばらくは撫でさすっていた。

 

 既に双児の月が大地を淡く照らす時間帯だ。

 それは荒野に忽然とそびえる鋼鉄の城壁にも平等に注がれていた。波打つような異様は、補修や拡張工事が繰り返されただろうことを大いに想像させる。金属生命体ゾイドが闊歩するこの星において、平地にこのような規模の建造物をこさえることができるのは相当に裕福なのだ。

 そして外周のあるところには先程の深紅の竜にも匹敵する巨大な金属の獣が整列してうずくまっている。その多くは側面に荷物を吊り下げ、後方に台車をつないでいる。大抵が他の地域とを往復する輸送用のゾイドだ。またあるところには金属の竜が巡回して警戒に努めている。

 この城壁内部に、この辺りの民族自治区の庁舎があった。大理石で作り込まれた古びた建造物。多分高い部分でも三、四階程度しかあるまい。恒常的に戦争が続いたこの星において高すぎる建造物は格好の標的だから、一部を除いて高さは控えめだ。

 長い、長い廊下を経て、やがて現れた観音開きの鉄扉。自治区長の執務室はこの奥に広がっていた。

 風変わりな部屋だった。執務室として相応の広さがあるものの、到るところに鉢植えが配置されている。その殆どが観葉植物で、花は殆どない。部屋の中央には観葉植物でほとんどが覆われた区画があり、その中にある巨大な机に総髪の青年・シルバルドが腕組みしつつ着席していた。

 Zi人は古来より植物を愛した。ある意味ゾイドよりも愛していると言える。

 多くのゾイドはそのことを承知している。そして植物は人以上に脆いため、触れるのを忌避するゾイドも多い。よって植物はしばしばゾイド除けの意味合いを持ちえるのである。

 シルバルドは真正面に広がる観葉植物の隙間をにらみつつつぶやいた。

「グラベル」

 声に応じて、植物の隙間から現れた者がいる。黒ずくめの、覆面の男。体格はさほど大きくないが無駄な贅肉など一切ないのは明らかだ。

「グラベル、ここに」

 そう名乗った覆面の男の声は、思ったより若々しい。

 好青年を装っていた総髪の青年シルバルドは覆面の男を前にしてにわかにその眼差しがぎらついてきた。口元に浮かべた微笑みも野心家特有の歪みが伺える。

「あれはとんだじゃじゃ馬だな」

 覆面の男はその格好からでも聞こえるほど深い溜め息をついた。

「じゃじゃ馬というより、狂っている。

 シルバルド公よ、ギルガメスと魔装竜ジェノブレイカーがこの地に乗り込んでからというものの、あれの暴走が止まらんのだ」

 シルバルドはやはりとでも言いたげに深く頷いた。

「ゾイドは、ビジネスだ。

 一攫千金のチャンスが到来したということだ。私にとっても、お前にとっても。

 ……軍警察から視察がよこされた。若者だが、侮るな。気取られぬよう、心して取り掛かれ」

 そう告げて浮かべた野心家の不敵な微笑みに比べ、彼の声を間近で聞いた覆面の男は冷ややかな眼差しを向けたままだ。

 

 さて深紅の竜ブレイカーは、若き主人らが食事をしている間ずっとトレーラーの外でうつ伏せていた。そのうちに何事かを悟ると軽い溜め息をついた。ゾイドといえども溜め息はつくのだ。

 程なくしてトレーラーのハッチが持ち上がり、若き主人がパーカーをまとって現れた。両手に人の顔よりも大きなボールを持っている。少しかまってくれるようだ。……それは深紅の竜にとっても至福の時間で、しばらく主人とキャッチボールをして楽しんだ。

 しかし主人が明日も頑張ろうと伝え、就寝のためにトレーラー内に戻ると、深紅の竜は再びうつ伏せのままひとしきりハッチを凝視していた。……やがてあることを悟った竜がついた溜め息は、さっきのそれより遥かに大きかったのだ。竜は失望感をにじませつつ猫のように丸くなった。

 我が主人と、彼が愛する女性とのつながりが、どうにも進展しない。今晩も何事もなく終わってしまった。これはどういうことなのか。竜の不満はその一点に尽きる。

 深紅の竜はこの若き主人ギルガメスと出会って以来、数々の困難に直面し、立ち向かい、そして打ち破ってきた。その間に彼と彼女の距離は少しずつ縮まっていき……あの恐るべき死闘を乗り越えた時点で、かなりの成果があったはずなのだ。だがそれ以降はずっと、停滞している。それが竜には、何とももどかしい。

 ここのところ、そうやって毎夜がっかりする日々が続いている。だから深紅の竜はついには不貞腐れてしまった。もともと昼間の騒ぎもあって外出する(餌を探す)のは我慢するつもりだっただけに、その代わりに感じた失望感は半端ではない。

 丸くなったまま、何度も、何度も溜め息。

 そんな折り、事件が起こった。

 

 同じ頃、闇夜の荒野には砂ぼこりが飛沫のように舞い上がっていた。

 ゾイドの群れだ。外周には白い狼コマンドウルフ数匹が一糸乱れず陣形を維持し、駆け続けている。中央にはコマンドウルフと同等の大きさを持つ数匹のイモムシが確認できる。いずれも後方に台車を引きずっており、そのいくつかにはコマンドウルフと同等かそれ以上に巨大な獅子やら狼やらがうつ伏せる姿が確認できる。中でも中央には歴戦の風格を漂わせる青い獅子シールドライガーがどっしりと構えていた。

 シールドライガーの頭部を覆う橙色のキャノピー内部が明滅している。キャノピー内側にはウインドウがいくつも展開されており、他のゾイドとの連絡を執り行っているようである。

 ヘルメットをかぶったこのゾイドのパイロットのゴーグルにも、それが映り込んでいた。ウインドウに表示される映像は、口々に自己主張するパイロットの姿ばかり。

 ゴーグルのパイロットは呆れていた。

「辞退なしか」

「当たり前だろう!」

 他のウインドウからすかさず反撃の怒声が響く。

「相手はジェノブレイカーだ、ギルガメスだ! このチャンスを逃せるか!」

 ついにゴーグルのパイロットは両手を上げた。

「わかった、わかったから、決めるのは現地に到着してからにしよう。

 くじでも賭け事でもいい、それで後腐れなしだ」

 各ウインドウから歓声が響き渡る。そんなときのこと。

 パイロットたちも、彼らが操るゾイドたちも、皆が皆、感じ取った。……地面が、揺れた。

「止まれ、ライトを照らせ」

 もともと夜目が効くのがゾイドというものだ。それだけに彼らが見落としたものを見つけ直すべく、各ゾイドの頭部から一斉にサーチライトが照らされる。……地面に穴が掘られている可能性がある。ゾイドが捕食のために潜んでいるのだ。

 狼たちが頭部を振って外周を見渡す。土が掘り起こされた跡など見当たらない。

 次の指示を受けるべく、オオカミたちがリーダー格であろう青い獅子の方角を向いたとき、そこだけ真一文字に闇が、裂けた。

 青い獅子の腹部は裂けて開かれた一条の光に飲み込まれ、真っ二つとなる。

 誰もが呆気に取られるに違いないその光景を、しかしその場にいた誰もがそう感じる余裕すらなかったのだ。すかさず光の中から、躍り出る者がいた。

 

 闇が裂ける様子は、不貞腐れてうずくまっていた深紅の竜の目にもはっきり飛び込んだ。

 竜はすかさず上半身を起こし、ふもとより広がる光景を睨む。闇が裂け、突き抜ける光は既に闇夜を流れるちぎれ雲まで到達し、風穴を開けていた。

 やがて恐ろしい光景は収束していく。裂けた闇は修復し、元通りの静けさが漂い始めるに違いない。

 だが深紅の竜は、すかさず立ち上がった。すぐさま両手でかたわらのビークルを握りしめる。そして、跳躍。

 桜花の翼を、六本の鶏冠を広げたときには、竜の巨体は既に小山を越えるほど高く舞い上がっていた。

 その足元を、駆け巡る一条の光。一瞬にしてそれが失せたあと、丘の上はえぐれ、噴出したマグマのように赤く焼けただれていた。

 深紅の竜は恐れ慄いた。この光と同じものを、自分も解き放つことができるからこそ。

「ブレイカー、ブレイカー?」

 声は両手に抱えたビークルからだ。そっと体勢を水平にしてやり、ハッチの前に右手を差し伸べてやる。

 ハッチが開き、まずは女教師が顔を出した。竜の想像通り、思いの外彼女は平静だ。次いで出てきた我が主人の方が少々狼狽した様子で床面にへばりつきながら姿を現している。

「ありがとう、ブレイカー。これ、まさか……」

 主人の問いかけに深紅の竜は答えようもなく、悲鳴のようなか細い鳴き声を上げるばかり。

「荷電粒子砲ね。

 ブレイカー、ひとまず降りましょう」

 女教師エステルの声にじっと頷く。

 二人と一匹はその間にも、しばし焼けただれた地上の光景を見つめていた。

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