紅蓮と深紅の決闘   作:◆.X9.4WzziA

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【6】

 暴虐を誇った紅蓮の竜が、たかだか一機のビークルと見合ったまま硬直状態になるなど誰が想像したか。

 おろし金の翼は目一杯に広げられており、目前で浮遊するビークルなどいつでもはたき落とせそうに見える。自らの胴体ほどもある巨大な顎で噛み付くことも、また口内に貯めた光を開放し「荷電粒子砲」なる光の槍で消滅させることだって十分可能なはずだ。

 それが、できない。

 躊躇? そのようなレベルではない。これは禁忌を目の前に恐れ慄いているのだ。

 禁忌の正体は、目前で浮かぶビークルのコクピットから姿を現し、物干し竿のような対ゾイドライフルを構えて立ちはだかっている。男装の麗人、エステル。紺の背広が風になびく。

 この有様を、深紅の竜ブレイカーは少し離れたところからじっと見つめていた。先程まで交戦し太刀打ちできないに等しかった強敵が、よもや敬愛する古代ゾイド人の美女一人の只ならぬ気迫に圧倒されるなど、思いもよらない。

 彼女こそは気難しいこのゾイドが唯一頭が上がらない女性ではあるものの、彼女の気迫が強敵相手にも差し向けられるこの展開は想定していなかった。急場は凌いだ、それは凄いことだけれども、決して望ましい展開ではない。生身の人間が巨大なゾイドに対抗するなど、やはり馬鹿げている。

 その気持ちは、今まさに深紅の竜の胸部コクピット内で汗を拭い呼吸を整える少年ギルガメスにとっても全く同じだ。彼女が恐るべき力を秘めていることは少年自身よく知っていることだが、ご覧の通り生身の状態で立ちはだかっている有様だ。何かあってからでは遅い。少年は今一度レバーを握り直し、介入の好機を探る。

 

 その頃、本来ゾイドが入場するはずの試合場入り口は、観戦を予定していた沢山の避難者で溢れ返っていた。既に着々と観光用の台車を牽引するグスタフ・モルガ・キャタルガなど鋼鉄のイモムシたちが集結しており、避難者は乗り込み始めている。しかしながら避難者の総数に比べて台車が不足しているのは明らかで、後続として物資運搬用の台車を牽引したイモムシたちが続々と到着し、列を作って出番を待ち構えているところだ。

「ゆっくり! ゆっくり! 押さないでください!」

「車両はあります! 落ち着いてください!」

 鋼鉄の鎧をまとった兵士たちが拡声器を使って叫ぶが。

「後ろ、詰まってるんだ! さっさとしろよ!」

 行列の後方は口々に怒鳴り返して中々言うことを聞かない。

 怒号、悲鳴、そして泣き声……。理路整然には程遠く、果たして行列として機能しているのかも怪しい。そんな最中、行列後方から突如として煙の柱が上がった。

「発炎筒だ!」

 群衆の一人が両手に握り締めて喚き散らしている。周囲の者達はたちまち彼を遠ざけるように離れるが、その拍子で行列の前後がドミノのように崩れていく。ゾイドバトルの世界でも狂信的なファンは数多い。恐らくはこのならず者が応援用に隠し持っていたものだろう。

「取り押さえろ!」

「うるせぇ、早く進めってんだよ!」

 発炎筒を振り回すならず者。すぐにでも混雑の前方目掛けて放り投げようとした時、タップダンスのように軽快な音と共に、混雑をかき分け、すり抜け、飛び跳ねて近付いた者がいる。……透き通る青い装甲が美しい二足歩行の竜・バトルローバー。人よりは大きい程度の青い竜。その背中に何者かが跨っているのは明らかだが、竜の動きは稲光りがかけるように速く正体を見定めるには到底至らない。

 青い竜は瞬く間に発炎筒を振り回すならず者の真正面にまで到達するや、一息に跳躍した。……情けない悲鳴が轟く。青い竜に騎乗した人物が、ならず者の右手を掴み、捻り上げた状態で竜が跳躍したのだ。

 恐らくこの者が経験したことのない痛みと共に、発炎筒はその場に放り投げられた。辺りに白い煙が充満していく。

「消して!」

 成人して間もないのではないかと思われる、淀みのない澄んだ男声。青い竜に騎乗する者の叫び声だ。

 それに応えてすかさず数名の兵士が発煙筒に群がり、先端を地面に擦り付けて消火を試みる。

 他の兵士といえば、この腕を捻り上げられたまま青い竜に引き摺られるならず者に群がり、遅ればせながら取り押さえようと彼の腕や肩を掴んで群がる。

 青い竜に跨った人物は、すぐさま彼らにこの者を引き渡した。彼は痛い、痛いと右の手首を抑えて泣き喚いており、もはや逃げ出しようがないのは明らかだ。兵士達は行列から遠く離れた方角までこの者を連行していった。

 残った兵士は口々に、この青い竜に跨る人物に頭を下げた。……そう、先程伝令として試合城に乗り込んできた優男・アリルだ。

 その光景は見る人によっては多少違和感があっただろう。紺色のヘリック共和国・軍警察の制服・制帽を着たこの人物は、一連の荒々しい行為とはかけ離れた穏やかな顔立ち。屈強の兵士達が優男に頭を下げる光景は、直前の出来事を目にしなければ不自然に映るに違いない。

 電撃のような事件に一区切りがついたかに見えたところで、拡声器による呼びかけが辺りに響き渡る。

「静粛に! 静粛にお願いします!」

 皆が(この優男も例外なく)その方角に視線を向ける。総髪の青年が白い駝鳥・ロードスキッパーに跨がりながら拡声器片手に語りかける。民族自治区の若きリーダー・シルバルドだ。今日の興行は彼も観戦する予定だったはずだがこのような惨事となった。しかしながらそれで他のお偉いさんのように我先に逃げたりはしなかった。彼自ら陣頭指揮を取り、避難誘導を行っていたのである。

「避難用の車両は十分にあります。ご安心ください。

 皆様の安全は民族自治区と軍警察が保証します」

 この僅かな一言だけで、ワッと歓声が上がる。そしてこれが好機とばかりに鎧をまとった兵士達が行列を整理しにかかった。混乱しかかった行列は沈静化と言うにはまだまだだが、当座の落ち着きは取り戻せた。

 その様子を青い竜に跨った優男はじっと見つめている。……息の乱れもなければ特段の感情を覗かせたりもしない、さりとて人間らしさを捨てた鉄面皮でもない、表情は誠に穏やか。

 そんな優男の傍らに、先程の総髪の青年がゾイドに跨がりながら近付いてきた。

「アリル君、ありがとう。

 監察担当の貴方にお見せするのは少し、格好悪い光景でしたね」

 一見すれば率直な感謝の気持ちを伝えたかに見える。

 アリルと呼ばれた優男はこれまた表情を変えずにつぶやいた。

「車両が随分多いですね。遠目に見てもよくわからない物資を積んだものが見受けられます」

 その言葉に、総髪の青年は子供のように目を輝かせた。……或いはひた隠しにしていたかも知れないこの男の手の内をあっさり見破った者がごく近くにいたのは、どうやら彼にとって楽しいことだったようだ。

「よく見てましたね。当然、避難だけでは事件が解決するわけがない。

 これから起こる出来事に貴方が驚くか興味がありますよ」

 その時、総髪の青年が跨る座席に据え付けられた端末が鳴動した。

『シルバルド公、作戦に移ります』

 鳴動に続く声に、青年は自信ありげに頷く。

 声の主を、アリルも把握していた。目前の青年・自治区長にして実業家でもある野心家シルバルドの側近、黒覆面のあの男の声だ。

 

 その時、ギルガメスが乗り込むコクピット内では、微かに……微かにではあるが、極めて高出力のマグネッサーシステムによる噴射音が聞き取れた。それはこのコクピットの持ち主である我が相棒が備える同等のものを、確実に上回る代物であると確信した。

 試合場のある方角からそれが「射出」されてこの決戦の場に放り込まれるのを目の当たりにした少年は、青ざめるよりも先に何はともあれ叫んだ。叫んで、レバーを捌くよりほかなかった。

「先生!」

 悲鳴に近い絶叫。女教師エステルははっと我に返る。

 深紅の竜は全力で地を蹴った。今残されている全エネルギーを、強敵を倒すことより遥かに大事なことのために、可能な限り使ったのだ。この蒼き瞳の魔女が乗り込むビークルを、深紅の竜はガッチリと鷲掴み。右手は機体を抑え、左手は競り上がっているハッチの上に添えて可能な限り封をしつつ、すぐさまもう一歩蹴り込んで跳躍。この場から己が身長の五、六倍分も離れてみせた。

 竜の背後で鳴り響いた音は、鈍い。だが、既に数回鳴り響いている。竜はすぐさま振り返る。

 底に広がる光景に、先程まで反撃の咆哮の機会を伺っていた深紅の竜は息を呑んだ。……強敵・紅蓮の竜が悶え苦しんでいる。その全身には、楔のように打ち込まれたものがある。

 それは、人の身長以上は確実にある立方体。いずれも各面に穴が開けられており、そこから空気を灼くような噴射が確認できる。……立方体はエステルが「デスレックス」と言い放ったあの紅蓮の竜の手足や胴体、尻尾やらの関節部分に容赦なくねじ込み、めり込むのを噴射が後押ししている。立方体が一個また一個と撃ち込まれるたび、装甲の上を毛細血管のように電光が駆け巡っていく。

 紅蓮の竜が、哭いた。人ならば苦痛を訴える暇もなくぺしゃんこにされてしまうだろう圧力が、この巨体を縦横無尽に駆け巡っている。激痛は、確かに竜を拘束した。徐々に、徐々にではあるが、紅蓮の竜は膝をつき、うつ伏せで身悶えするよりほかなくなっていったのである。

 その上で、尚もこの立方体の「群れ」は深紅の竜の頭上を飛び越し、次々に紅蓮の竜の外周に落下していく。……まるでその場に囲いを作り上げ、軟禁するのを目指しているかのようだ。

 ギルガメスは呆気にとられたままだ。この光景はゾイド同士の戦いでしばしば成立する常識破りを遥かに凌駕している。只の金属パーツの集合体程度で暴虐を誇ったゾイドが屈服されようとしている姿は、中々お目にかかれるものではない。

 しかしながら、この立方体を見た時点で流石にピンと来るものがあったのも事実だ。

「先生、大丈夫ですか? これ、まさか……」

 深紅の竜の両手に収まるビークルはハッチが閉まり、どっと疲れが出たかのように勢い良く着席するエステルの姿が全方位スクリーン上のウインドウに映し出されて確認できた。

「ブロックスね。……結構な量を、かき集めたものね」

「全て『最後の大戦』で廃棄されたものさ」

 エステルが映し出されたウインドウに上書きされるように別のウインドウが開き、映し出されたのはあの黒覆面の男・グラベルだ。少年は目を剥いた。

 深紅の竜の遥か後方では、濃緑色の鋼鉄の狼コマンドウルフざっと十数体ほどが立ち並んでいる。いずれも背中には長尺の大砲を背負い、立方体を射出しているのが見て取れた。大砲の更に後方にはベルトコンベアが設置され、そこには人よりは大きな一つ目の巨人・ゴーレムが群がっている。彼らは巨大なゾイドを容易に載せられる程の台車から立方体を降ろし、次々にベルトコンベアに載せていた。人海戦術は明らかに奏功している。そしてその傍らにあの漆黒の翼刀竜の姿もあった。

 

「アリル君、私が最初に営んだ事業は『廃品回収業』なんだ。

 戦火で荒らされた我が民族自治区をよく見渡してみたら、いつの間にか宝の山になっていたよ。巨万の富を得るまで大して時間はかからなかった」

 既に、彼方での光景はアリルの跨る青い竜バトルローバーの端末に映し出されている。その様子を何度かチラチラと見ながら、彼は総髪の青年シルバルドの言葉を聞き逃すまいと耳を傾ける。既に録音は開始していたが、それは青年の方も想定済みだろう。

「さて、富もそうだが私は大量の武器を、ゾイドを得ることができた。しかし人はよく武器に振り回されるものだ。上手に操る方法が必要だった。

 その方法を提示してくれた『人物』がいる。……私はね、研究を重ねてそれと同等の『もの』を手に入れたのだ」

 アリルは……この優男の一見落ち着いた表情は、眼差しだけは相応の驚きを隠し切れなかった。

 それを察知したのか、しないのか……総髪の青年シルバルドは薄笑いを浮かべながら話しを続ける。

「……まあ、今そこで使われている『ブロックス棺』はその副産物ですらないのだがね。何しろこの量でゴドス一匹分の価格にもならない、お手軽な代物さ。

 惑星Ziにおける戦争は、優れたゾイドを保有する者が勝つ。『保有』とはね、完全にコントロールすることだよ。君のボスも、お友達も、よく承知しているはずだ。

 そこに広がる光景は、ごく近い未来だよ」

 

 所謂「ブロックス棺」が完全に構築され、紅蓮の竜がその中に封じ込められるまで、結局30分程度で終わってしまった。今、目前には黒光りする立方体が無数に集結した「ちょっと馬鹿でかいコンテナ」が鎮座しているに過ぎない。最初のうちは若干の揺れが確認できたこの棺桶も、ここまで構築されては最早微動だにしなくなっていた。

 完全な人工ゾイドの一種・ブロックスゾイドは既存ゾイドの代用品として過去に何度も隆盛している。その多くは僅か数個のブロックスを胴体としており、それらを分離するには生半可なゾイドの腕力では不可能である。紅蓮の竜の力は相当なものだが、これだけの物量のブロックスが四角を含めた全方位から押し寄せたとなれば流石に分が悪かったようだ。

 さてギルガメスは全方位スクリーン上にウインドウを広げて黒光りする棺桶の内部にゾイドコア反応があるか確認した。……極めて弱い明滅、波形。しかし、規則的だ。

 これは仮死状態なのではないか。拘束されるが死ぬことがないと判断すれば、好機が到来するまで沈黙する手段は、ゾイドならばあり得る。

 そんな、若き主人の驚きとは裏腹に、深紅の竜は低く身構えるのを決して止めない。

 金属生命体ゾイドであるが故に、正確な数値はどんな権威にも勝る。強敵が最早仮死状態にあるというなら警戒など解いて良いはずである。しかしながら、この場では生物の闘争本能がもたらす『勘』が、この深紅の竜の警戒心を緩めさせはしなかったのだ。

 だが、そんな想いも現実は容赦なく踏みにじる。あの漆黒の翼刀竜が深紅の竜を堂々と無視して真正面を横切った。続いて、何匹ものグスタフやモルガ、キャタルガといった「輸送のスペシャリスト」と言うべきイモムシ風のゾイド達が続き、深紅の竜を押し退けていく。更にその後には一つ目の人よりは大きな巨人ゴーレムの群れが続く。……ブロックスを射出し続けた濃緑色のコマンドウルフ達はずっと後方で横並びに整列して控え、警戒を怠らない。

 さて我に返った深紅の竜はすり足で数歩、後退りして道を譲った。両手に抱えたビークルが揺れぬよう、ガッチリと両手で掴む。胸部コクピット内部で少年は憮然としていた。

 そこに追い打ちをかけるようにウインドウが開く。黒覆面の男・グラベルだ。

「どうせ英雄になるつもりもないのだろう? 黙って見ていれば良い」

 言葉とは裏腹に、やけにギラついた眼差し。

 ギルガメスは円らな瞳で睨み返す。何か言いかけて、ぐっと歯を食いしばった。

 その有様に満足したのか、黒覆面を映すウインドウは程なく閉じられた。

 入れ替わるように、女教師エステルの姿が別のウインドウで表示される。

 少年は円らな瞳を見開こうとしたが、目元は強張り過ぎている。奇妙に引きつった笑顔しか浮かべられなかった。藁にもすがるような気持ちだったのは事実だ。

 愛弟子の気持ちを容易に察した彼女は「行きましょう」とだけ告げた。ここに彼と相棒を立たせ続けるのは馬鹿げているだけではない、極めて残酷なことだ。

 口惜しげにきびすを返す深紅の竜。ゆっくり、ゆっくり歩いて、十分に距離を開けてから桜花の翼を広げ、六本の鶏冠を逆立てた。

 背後では、所謂「ブロックス棺」にゴーレムが群がり、牽引用のアームを取り付ける作業に取り掛かったところだ。これからイモムシ達にアームが取り付けられ、牽引が開始される。

 ギルガメス一行がどこに運ばれたかは、夕暮れ時に差し掛かって彼らのキャンプに来訪者が訪れた時、初めて知ることとなる。

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