なぜか、エドワードが真理の扉を開いたことを知っていたクサナカ。
そして、錬金術師の歴史と技術などを全て否定するような、クサナカの力。
「な…んで…?」
エドワードは、あまりのことに震え、たどたどしい声を出すのがやっとだった。アルフォンスに至っては、完全に声も出せない状態だった。
「分かるさ。なんでか知らないが。まったく、馬鹿なことを…。」
クサナカがヤレヤレと言った直後、立ち上がったエドワードがテーブルを挟んでクサナカに手を伸ばし、クサナカの胸ぐらを掴んでいた。
クサナカは、表情を変えず、怒りなのか焦りなのか分からない表情をしているエドワードを見た。
「あんたに…何が分かる!?」
「さあな。知らん。」
「兄さん、落ち着いて!」
アルフォンスが、クサナカからエドワードを引き離した。
「……なんで…分かったんだ?」
「……俺にとっては…。」
その瞬間。世界が白くなった。
宙に無数の扉らしきものが浮いている、奇妙な空間。
「!?」
「な…なに? これって…。なんだろう? 知ってる気がする…。」
「俺にとっては、これは、日常だ。」
そして、フッと世界が変わり、元の場所に戻っていた。
ぼう然としていたエドワードは、ふと気づく。
テーブルの上。クサナカの右手の下に、いつの間にかあの黄金の頭蓋骨があったことに。
「なぜだか知らんが…、俺には、分かる。真理の扉とやらを開けたことがある錬金術師がな。」
「そう…なのか…?」
「今の、どうやって?」
「俺が見ているモノを見せただけだ。」
「クサナカさんには、あんなのが普通に見えて…?」
「常時そういうわけじゃないが、見ようと思えば見える。」
「…やっぱ異常だぜ、クサナカさん…。あんたは。」
「ここに来た錬金術師達からは、よく言われる。」
クサナカは、そういうと、最後のパンを食べ、お茶を飲み、席を立って食器を重ねてシンクに入れた。
「じゃ、風呂入ってくるから、適当にしててくれ。」
「あ…、はい…。」
そう言ってクサナカは、リビングから出て行った。
「アル…。」
「兄さん…。」
クサナカの気配が遠ざかった後、二人は、テーブルに置かれたままの黄金の頭蓋骨を調べた。
「……金メッキか? 本物の頭蓋の上に劣化防止の金を塗り固めたモノか…。」
外側から中身まで調べたが、それ以外に特徴は無い。
なぜ、錬金術師が来ると鳴るのかは謎だ。
「ほいじゃ、次は…。」
テーブルに黄金の頭蓋骨を置いて、二人は、コソコソと風呂場の方へ。
脱衣所に投げ捨てられているクサナカの衣類を調べた。
「銀の装飾や…、コレ、骨で出来たアクセサリーだね。」
「なんの骨かは聞きたかねぇな。」
しかし、お目当ての赤い石は見つからない。
二人は、クサナカが風呂から上がる前に衣類を元の位置に戻し、クサナカと最初に接触した家の出入り口のところに向かった。
「うーむ、何度見ても、散らかってんな~~。」
「なんで家具を並べず適当に置いてるんだろうね? お世話になるんだし、片付ける?」
「んな面倒くせーことするほど縁もねぇよ。それに勝手に配置換えしたら、むしろ迷惑だろ?」
「…だね。」
「まあそれよか……。」
「うん…。」
二人は、部屋の端でボーッと浮かんでいるヤギの頭蓋骨を触媒にした低級デーモンを見た。
「お前のこと…ちょっとばっかし調べさせてもらうぞ?」
そう言って二人は低級デーモンに近づいた。
「おい。」
そこにクサナカの声。
見ると、部屋の奥へと続く扉のところで、半裸で頭にタオルを被せ、下半身はズボンのクサナカがいた。ヒゲは剃ったのか、ツルツルだ。
「調べるのはいいが、錬金術は使うなよ?」
「なんでさ?」
「命令が書き換われば、近場にいる人間が襲われる。デーモンがより完全な体を欲しがってな…。」
「そ…そうですか。」
「それと、武器になりそうな物も近くに置くな。触媒に頭になる部位を与えているデーモンだから、簡単な思考ぐらいはするぞ。見境無く武器を振り回して襲いかかってくるとかな…。例えば、そこにある大バサミとかな。」
言われて見れば、反対側の壁に大バサミが飾ってあった。
「メッチャ武器になる物あるやんけ! 鎌も!」
他に大鎌など、物騒な武器になりそうな物がゴロゴロと…。
「ま、死んだら、埋めてやるから安心しろ。」
「死ぬこと前提!?」
クサナカは、そう言うとヒラヒラと手を振って去って行った。
「…調べるのは…、明日にしようよ。」
「そうだな…。」
二人はそういうことにして、客室に行って一晩過ごした。
***
翌朝。
寝る必要が無いアルフォンスが、朝食の準備を手伝っており、朝食の準備ができたら寝ているエドワードを起こした。
目玉焼き、ベーコン、サラダ、黒パン。
まあ、普通な朝食だ。
「で、クサナカさん。悪いんだけど、昨日調べられなかった、あんたが作った低級デーモンっての? 調べていい?」
「構わない。自己責任だからな。」
「外で調べるってのは?」
「武器になりそうな物がないように気をつけろ。」
「じゃあ、裏で…。」
「裏庭はやめとけ。」
「なんでです?」
「……かみ殺されたいなら、別に良いけどな。」
なんか不穏なこと言ってる。
「ここは、町外れだ。人が来ることはほとんど無い。目が気になるなら家の右側でやれ。」
「まあ、それならいいけど…。」
「じゃあ、飯食ったら、あのデーモンを外に出してやる。」
「お願いします。」
そして、食事を終え、約束通りクサナカが、昨日作った低級デーモンの頭蓋骨に手を触れ、命令を書き換えた。
命令を書き換えられた低級デーモンは、スイーっと滑るように宙に浮いた状態で移動し、家から出て行った。
「あとは、勝手にしろ。家の右側に行かせた。」
「ありがとうございます。」
エドワードとアルフォンスは、お礼を言うとデーモンを追って家から出た。
家の右側に行くと、低級デーモンが待っていたように浮いていた。
「さてと…、始めるか。」
「うん。」
二人は、早速低級デーモンを調べることにした。
まず、マント状の部位に触ると、スカスカと手応えがない。まるで霞みたいだ。
「…感触もなければ、手にも付着しない…。なんだこれ?」
「頭蓋の方を調べた方がいいんじゃない?」
アルフォンスが、そう提案。
頭蓋骨部位は、時折、パチパチと変成反応らしき、紫電を僅かに放っている。
「クサナカさんも、頭蓋に触れてデーモンを作ったし、命令を書き換えてたよね?」
「頭蓋には、見たところ錬成陣はないし…、かといって変成反応があるってことは、錬金が起こっているってことだよな。」
「錬金術の理論、完全無視だね…。」
錬金術の三大理論というものが存在する。
まず、理解。
次に、分解。
最後に、再構築。
そして、無から有を作ることができない。
また質量保存の法則により、原材料と同じ物質の質量しか作れず、また自然摂理の法則により、純水から鉄は作り出せないなど。
だが…、それらの絶対的な法則を無視しているが、クサナカの死霊魔術というものだ。
頭蓋骨を材料にすれば、骨しか作れないはずだ。あるいは、骨と同じ物質の物しか。
「な・の・に! なんだよ、コレは!!」
エドワードは、ムガーー!と頭をかきむしって叫ぶ。
「でも、現実に存在してるんだよねぇ…。」
アルフォンスだって信じたくない。彼もまたエドワードと同じく錬金術師なのだから。
「あっ、言い忘れてた。」
そこにクサナカが来た。
「どうした?」
クサナカは、ウオオオっと頭を抱えているエドワードを見てアルフォンスに聞いた。
「いえ、…やっぱり理論上あり得ないって兄さん頭がパンクしそうになってるみたいで。ところで、どうしたんです?」
「ああ…、そこのデーモンだが…。」
その時、一瞬バチッと大きな音が鳴り、低級デーモンのマント部位と手が消え、ヤギの頭蓋骨が地面に落ちた。
「すまん。長くもつようにしてなかったから、今のでデーモンは飛散した。新しく作った方がいいか?」
「…デーモンって長くもたないんですか?」
「そもそも、そこらの生物より圧倒的に不安定だからな。あらかじめ与えた魂分だけしか存在できない。」
「ちょっと待て…。」
頭を抱えていたエドワードが顔を上げた。
「あんた…、魂の構造を理解してんのか?」
「構造というか…、命令にエネルギーを与えて動くようにする…って方が正しいか? 頭蓋骨は、すべての神経をコントロールする司令塔である脳を詰め込んでいる。そこには、死んだ後も濃厚に動作の記憶が残っていてな。触媒にするなら頭蓋骨が一番だ。」
「けど…! さっきのデーモンは、ヤギとかなりかけ離れて…。」
「“動く”。という命令を実行できるなら、なにも忠実にその頭蓋の動物通りにする必要もない。骨に対する念も動作を円滑にする。」
「ねん?」
「お前達は、頭蓋骨に対してどういうイメージがある? 例えば、棺桶に入った骨なら…。」
「……死?」
「骨に限らず、絵やそれ以外の物でもイメージの念が集まる。フィクションに描かれる、生きた死体や、動く骨…、お化け…、そういった物のように、古来から死後の姿に対するイメージってのは、変わってないはずだ。そういったこともあるから、頭蓋骨イコール死のイメージと、そこに何か悪い物が憑いたら?って悪いイメージがくっつきやすい。俺は、そのイメージがある頭蓋骨に張り付けただけだ。簡単な動作の記憶と、動かすために必要な燃料…まあ魂?…を。それが、さっきまで動いていた低級デーモンだ。」
「…ちょっと待て。それだと、絵とかそういうもんでもデーモンは?」
「張り付けられるな。」
「その場合は?」
「絵画そのものがデーモン化するか、絵が抜け出てそこだけ真っ白になるか…。」
「……ガチお化け…?」
「博物館にある、大量の念をため込んだ古い美術品に魂の燃料を与えたら、間違いなく動くだろうな。」
「…で?」
「で?」
「どこから、その魂のエネルギーを持って来てんだ? そんな簡単に、錬成陣も無しに、対価も無しに持ってこれるもんじゃないぞ?」
「それは、昨日も言ったが…。」
「余所の世界から持って来てるんだろ? どーやって持って来てんだ?」
「……こう…、なんか穴開けて流れてきたのを受け取って? 使っただけ?」
「ざっくり! 理論もクソもねーー!」
「そう言われてもな…。」
「すみません、クサナカさん。もう一回デーモンを作ってもらえます? 作る工程をゆっくりしてもらえれば助かりますけど。」
「作る工程と言ってもな。」
クサナカは、地面に転がっている、先ほどまで低級デーモンが宿っていたヤギの頭蓋骨を拾った。
「動く動作の記憶と、動くための魂を与える。」
右手に持った頭蓋骨に、左手の人差し指で、頭蓋骨の眉間辺りをつつく。
すると、バチッと紫電が弾け、再び低級デーモンが生まれた。
クサナカが見ると、エドワードとアルフォンスが、メッチャじーーーっと、クサナカの手を見ていた。
「さっきより長持ちするようにはしたぞ。それで? 何か分かったか?」
「…うぅ…、手を合せる動作すら無しかよ…。」
「手を合せる?」
「あっ、兄さんは、手を合せることで錬成陣に必要な輪の形を作って錬金術を使えるんです。」
「ほう? ビックリ人間か?」
「誰がビックリ人間だ!」
「けど、それでも必要なんだろ? 錬金術師として必要なことが。」
「もちろんだ。理解、分解、再構築。これらができなきゃ錬金術はできねー。けど! なぁ! クサナカさん! あんたは、この錬金術師のすべてを超否定するビックリやらかしてんだよ!」
エドワードが、怒り混じりにビシッとクサナカを指差して叫ぶ。
「……そう言われてもな。俺には、これが普通だった。」
クサナカは、自分の手を、握ったり開いたりした。
「むしろ、教えてほしいものだ…。どうすれば、俺は“普通”になれる?」
「なっ…。」
思わぬ言葉に、エドワードとアルフォンスは、驚いた。
「どうすれば……。いや、いいか…。それより、どうするんだ。このあと?」
「えっ? あ、ああ…、そのデーモン調べさせてくれ。」
「命令を書き換えてしまって暴走させないよう気をつけろ。俺は、家の中にいる。」
「分かりました。」
その後、1日かけて低級デーモンの構造を調べたが……、エドワードとアルフォンスは、何の収穫も得られなかった。
クサナカにとって、錬金術を否定するようなあり得ないことが当たり前だった。
そんな彼は、“普通”に憧れる……。