悪の舞台   作:ユリオ

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10話 友人

「良くぞ参られたバハルス帝国の皇帝。私がナザリック地下大墳墓が主人、アインズ・ウール・ゴウンだ。我が友、ウルベルトの友人だという君を、歓迎しよう」

 

 玉座に座るアンデッドがそう告げる。

 その傍には、羽を生やした美女がいる。彼女がこのナザリックのシモベ全て統括する役職にあり、このナザリックにおいて知恵者として位置している事をウルベルトから聞いているジルクニフは彼女を真っ先に警戒する。

 他にも、銀髪の美少女と、青白い昆虫のような者、ダークエルフの双子も存在しており、彼らとて一人で国を亡ぼせるほどの力を持った存在なのは知っているので警戒は必要だが、この場において一番気にしておく必要があるのは頭の良い者の存在だ。

 しかし、聞いていた情報にある限り、役職を与えられた強者のみをこうして集めたのはジルクニフを敵と見て警戒しているが故か。

 やすやすと一対一で話せると思ってはいなかったが、戦力としてはいささか過剰すぎる人員だ。もし、ウルベルトから話を聞いているのであれば、こちらの強さは承知のはず。やはり、事前の連絡をウルベルトからは受けていなかったとみるべきか。

 

 しかし、ウルベルトの息子だという悪魔の姿はここにはない。たまたまナザリックを不在にしているのか、はたまたあえてこの場に呼んでいないのか。できれば、彼の様子は観察しておきたかったのだが致し方ないだろう。こうして、モモンガと面会できただけでも僥倖だ。

 

「突然の来訪を受け入れていただき、感謝の言葉もない。私の名前は長いので、気軽にジルクニフと呼んでいただいて構わない。ウルベルトともそのようにしているし、貴殿ともそう言った気安い仲になれればと思っている」

「では私の事はアインズと……いや、ジルクニフは私の事をモモンガと呼んでいたようだが、それはウルベルトから聞いていたのだな」

「ああ。普段は、アインズ・ウール・ゴウンという名前で冒険者として活動しているのも承知だ。こちらが、ウルベルトとその真実を教えてもらえるほどの仲だとすぐに理解してもらえるように、モモンガという名前で君を呼び出してしまったが、私はどちらの呼び名でも構わないよ」

「そうか、全て承知なのだな。では、モモンガでも構わない。もし、外で私と会う事があるのならば、その時はアインズで頼む」

「では、改めてモモンガ。君とこうして会えた事に感謝を」

 

 山羊の表情もわかりにくかったが、肉のついてない骸骨の表情はサッパリわからない。それ故に、声色だけで相手の事を判断する必要がある。

 とりあえず、モモンガに関しては現状、特に問題はないように思われる。ウルベルトから聞いていた話との齟齬もなさそうだ。

 問題があるとすれば、周りに連れている階層守護者という地位についているはずのシモベたちだ。

 モモンガに対して慣れなれしすぎるんじゃないかとその目は訴えている。特に、羽の生えた美女、恐らくアルベドという名前の彼女は、明らかにこちらを警戒して睨みを利かせてくる。まぁ、いきなりの来訪者に警戒しないほうが逆に不自然ではあるが。

 

「とりあえず、私の連れを紹介しよう。こっちにいるのが、バジウッド・ペシュメル。元は平民だが帝国四騎士として、現在私が最も信頼している部下だ。そして、こちらも同じく四騎士の一人レイナース・ロックブルズなのだが、彼女はとある呪いで顔の半分が醜い姿になっていてね、ウルベルトがここにいるペストーニャ殿なら治療できるだろうと言うので連れて来させてもらったのだ」

「ほう、呪いか。どの程度かわからないが、こちらもこの世界にある呪いがどの程度のものか興味もある。その程度の事は構わない。あとで、ペストーニャの元まで案内しよう」

 

 彼女が可哀そうだからなどではなく、この世界での呪いという現象を気にするあたり、やはりその辺の人間への情は薄いと見て良いだろう。できるだけ、利益になる物を提供していく必要がある。

 

「それは助かる。良かったな、レイナース」

 

 そう言って彼女の方に顔を向けると、一応笑顔を取り繕ってはいる物のその奥には恐怖を押し殺している。

 どのような治療が行われるかわからない現状では、致し方ないだろう。

 

「そして、最後になるがこちらが」

「おお、偉大なる王モモンガ様! どうか、どうかこの私めに魔法の深淵を覗かせて下さいませ! それが叶うというのならば、どんなことでも致しましょう。ですから、どうか、どうか!」

 

 身を乗り出して前に出ようとするフールーダに、ジルクニフは顔が怒りに歪みそうになるのを何とか堪える。

 今のところはそれほど悪い印象をモモンガに与えていないはずだが、フールーダがここで暴走すればそれも無意味になる。

 

「落ちつけ。すまない、この者は帝国の首席魔術師で、フールーダ・パラダインという。第六位階まで使う事が出来る存在だ。君たちが来訪するまでは近隣諸国では最も優れた魔法詠唱者だったのだが、自分を超える存在を初めて目にし、こうして取り乱しているんだ。もし、可能であればこの者に魔法の知識を教えていただけると助かる。無論、厚かましいお願いだとは理解しているし、無理だというのならばこのまま帝国に連れ帰るとも」

「第十位階どころか、それを上回る超位の魔法も使えると伺っております! どうか、どうかこの私に至高なる御方の力の一旦をどうか、どうかこの私めに!」

 

 先にもっと酷い光景を見てしまっていたので、土下座して懇願するその姿が比較的にまともに見えてしまうが、初めて会った爺に土下座されるなど、気味が悪いだろう。それに、その血走った眼は狂人と言って差し支えのないものだ。

 ウルベルトの時のように、足を舐めように玉座まで登ろうとしたならば、そばにいるシモベにすぐさま殺されていただろうが、近づいていかないのは流石にその程度の理性は残っているからであろうか。

 

「それも、ウルベルトが言っていた事なのか? その者に私が魔法を教えるというのは。確かに、この世界において第六位階まで使える存在は珍しく、貴重ではあるが……」

 

 この変態を? 言い淀んだそのあとのセリフはこんなところだろうか。この程度の痴態でここまでドン引きさせているのだから、あの時のようになりふり構っていない状態ならすでに追い出されていたかもしれない。

 

「ウルベルトは、自分が教えるよりモモンガの方が知識を持っているからと言っていたが、無理ならば本当にいいんだ。なっ、フールーダ」

「いいえ! 魔法の深淵を教えていただけるまでこの場を離れませんぞ!」

 

 この糞爺。

 そのせいでこちらまで追い出されようとお構いなしだ。その対応がより一層に心証を悪くしているであろう事も気づいていないのだから始末が悪い。

 

「そうか、いや、まぁ、うん。そうだな、ならばナザリックの10階層にある図書館に行くことを許可しよう。まず、書物から魔法について知識を得るのが良いだろう」

「おお! ありがたきお言葉! このフールーダ・パラダイン。至高なる御方に感謝を捧げます」

 

 そう言って、フールーダが涙をこぼしながら額を床につけて感謝の意を告げる。

 助かった。とりあえず、これで一番懸念していた心配が払拭された。モモンガはそれなりに寛大な心を持っているようだ。

 いや、ウルベルトの頼みを断る事が出来ないと言ったほうが正しいのかもしれない。ウルベルトの名を出さなければ、こうはなっていなかったはずだ。

 

「では、こちらからも自己紹介をしておこうか」

 

 そう言って紹介された名はウルベルトから聞いていたのと同じだ。今のところ、ウルベルトからもたらされた情報と乖離している部分は見当たらない。

 

「ところで、ジルクニフはウルベルトとどうやって出会ったのだ?」

「どうやってと言われても、彼が突然押しかけて来た、としか言いようがないな。そして、自分の友人とも同じく友達になって欲しいと言われて、こうしてやって来た次第だ」

「そっ、そうか。ところで、彼は今どこで何をしているのかなどは知っているのか?」

「残念ならが、一昨日帝国を出て行ってからの彼がどこへ行ったのかは知らないんだ。スレイン法国と、アーグランド評議国辺りに興味を示しているようだったが、ああ、あと竜王国の話をしている時、どう言う意味かはしらないがぺロロンチーノと、呟いていたな」

「ぺロロンチーノ様っ!」

 

 突如、銀髪の美少女、シャルティア・ブラッド・フォールンが大きな声を上げた。

 ぺロロンチーノと言うのがどういう単語なのか、ジルクニフは理解していなかったのだが、何となく食べ物のような響きの単語だな、などと思っていたが彼女が様と敬称をつけて呼んだという事は人物名だったという事だ。

 しかも、彼女が様をつけて呼ぶとなると恐らく、ウルベルトやモモンガと同じ“ぷれいやー”の一人なのだろう。

 

「ぺロロンチーノと言うのは、我が同胞の名なのだが、確かにウルベルトはその名を口にしたのか?」

 

 モモンガも、仲間の名が出た事で期待をするような声でそう言う。今はいない仲間に執着しているというのは本当のようだ。

 他の周りにいるシモベたちも、声こそ出さないがどこか期待したような面持ちだ。

 だが、一人だけ冷めた表情の女がいる。

 守護者統括アルベド。彼女だけは、どうも他のシモベと比べると様子が違う。

 

「残念ながら、本人がいるという話ではないだろう。そこの王女が竜の血を引いている事もあり、かなりの年齢のはずなのだが、幼女の様な姿をしているという話題になった時、そのぺロロンチーノ殿の名を呟いていただけで」

「あっ……」

 

 モモンガが、全てを察したというような声を漏らす。

 恐らく、ぺロロンチーノなる人物はロリコンであり、幼女と言う単語にウルベルトも昔の仲間の名前を出したという、そんなところか。

 

 それよりも気になるのはアルベドの反応だ。もしかしたら、ウルベルトはアルベドのあの反応をジルクニフに見せるために、ぺロロンチーノと言う名を呟いたのではないだろうか。もしそうだとするならば、アルベドのあの反応は何に起因するものかを見極める必要が出てくる。

 しかし、同時に嫌な感覚がある。今の段階であまり踏み込みすぎるべきではないか。

 

 興奮気味のシャルティアを、モモンガがたまたま名前を呟いただけで関係ないだろうと宥めており、後ろを振り向かなければ見る事の出来ないアルベドの表情に気づいた様子はない。

 

「期待させるような事を言って申し訳なかった。お詫びと言うわけではないんだが、モモンガにプレゼントを持ってきたんだ、受け取ってくれないだろうか」

 

 そう言って、ジルクニフが後ろに控えているバジウッドに目配せをして持ってきた荷物を前に置かせる。

 

「これは?」

「口だけ賢者が発案したマジックアイテムで、こっちの方の箱は中が冷たくなっているんだが、ウルベルトは“れいぞうこ”と呼んでいたな。こちらの冷たい風が吹くアイテムの事は“せんぷうき”と呼んでいたか。帝国内で高級品と言われる物でも、このナザリックで作られたものに比べれば見劣りするだけだろうと思ってね。市場で普通に売られるような物ではあるが、モモンガはマジックアイテムを集めるのが趣味だと聞いて、こう言った物の方が興味があるんじゃないかと思って用意したんだが、どうかな」

「なるほど、確かにそれは興味深いな」

 

 そう言って、モモンガがわざわざ玉座から降りて来る。

 アルベドが、念のためこちらで確認を取ってからの方が良いのではと当然の忠告をするが、モモンガは問題ないとそれを制す。

 

「ウルベルトさんがここまで話をしているという事は、彼の事は信頼しても良いだろう」

 

 モモンガの言葉に、アルベドがその表情を僅かながら歪める。彼女はウルベルトを信頼していないという事か。

 もしかしたら、知恵者である彼女はウルベルトの裏切りに気づきながらも、まだ確証が持てず、モモンガにそれを伝える事もできない立場という事もあり得るか。そうなると、彼女を味方につけるべきか。その場合は、ウルベルトと真に仲が良いと思われるとまずいが、この場でそれを匂わせると、現状まだウルベルトを信頼しているであろうモモンガとの仲が一気に決裂する可能性もある。

 アルベドについては気になるが、現状はモモンガに近づく事が最優先。ならば、今はウルベルトと仲が良いと思わせておいた方が良い。

 

 モモンガは、物珍しそうにマジックアイテムを眺めている。その様子を見るにウルベルトが言うように、確かに元は一般人であった可能性は高いように思われる。

 だからと言って油断のできる相手ではない。彼の逆鱗に触れればこの世界は一気に火の海になるのだから。

 

「帝国の市場ではそう言ったマジックアイテムを売っていてね、もし遊びに来ることがあればぜひ行ってみるといい。事前に知らせてくれれば、私も案内するよ」

「皇帝という立場でも、そう簡単に街の市場に出かけたりするものなのか?」

「民がどういった暮らしをしているのか直に確認するのも皇帝の務め。たまに、お忍びで街の様子を見に行くこともあるさ」

「ええ、陛下はいきなり突拍子もない事をする事もあるんで、護衛するこっちもたまったもんじゃありません」

 

 軽口を叩くバジウッドに、モモンガは興味を引かれた様子であった。そして、それに対して特に気にした様子がないジルクニフにも。

 

「ふむ。この玉座の間は友人と語らうにはいささか大仰だな。私の私室に案内しよう。できれば座って話をしたいのだが、良いだろうか」

「もちろんこちちらは構わないよ」

「そうか、では、マーレはフールーダ殿を図書館まで案内してやってくれ。アウラは、レイナース殿をペストーニャの元へ。ジルクニフと、バジウッド殿はこのまま私が案内するので、アルベド、メイドにお茶の準備をするように伝えておいてくれ」

 

 モモンガが指示を出し、そこにバジウッドが口を挟む。

 

「すいません、モモンガ様、こんな素晴らしい場所に来たのは初めてで、出来ればこのナザリックを見て回る事はできませんかね? この玉座の間の入り口なんて見たとたん感動しちゃいましてね、モモンガ様がお仲間と作り上げたという、この場所をもう少し見てみたいんですが」

「そうか。うむ。良いだろう。では、コキュートス。彼にこのナザリックを案内してやってくれるか」

「承知イタシマシタ」

 

 予定通り過ぎる流れだ。ウルベルトから、ナザリックやモモンガの仲間を褒めておけば良いと言われたが、こうもあっさりナザリックを見て回れる許可が下りるとは思わなかった。

 無論、見ても問題ない場所だけになるだろうし、こちらの戦力では対処しようがないことが分かっているが、それでも拠点の構造を知ることは重要だ。ウルベルトから聞いた情報と同じなのか、齟齬があるのかも確認しておきたい。

 そうして、フールーダは心の底から嬉しそうに、レイナースは不安混じりな表情で、バジウッドは不安を表情には出さず飄々としていつもの表情でその場を後にし、ジルクニフもモモンガに付き添われて玉座の間を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直に言ってね、私は君が、いや君たちが怖いんだよ」

 

 出されたお茶を一口飲んだのち、ジルクニフはそう言葉を紡いだ。

 

「こんな事を言うと気分を害するかもしれないが、嘘を言うより本音で語った方が良いと思ってね。人間は弱い。君らからすれば、我々がちっぽけな存在だ。今ここで君の不評を買えば私だけでなく、帝国そのものが一瞬で塵となってしまう事だろう。それが恐ろしくて、今君と対話をしているんだ」

 

 そう言われて、別段アインズはそれを不快に思う事はなかった。

 彼の言葉は紛れもない本物で、彼が言ったようにアインズは今それだけの力を持ち得ているのだから、むしろ怖がらない方が不自然だ。

 この世界に来て、アンデッドと言うのがどれほど恐れられているのかは理解している。人類の敵としてみなされている存在に、こうして対話を試みようというのは、よほど勇気がある事だったのではないだろうか。

 

「それは、私がアンデッドである以上仕方のない事だろう」

「しかし、君もウルベルトも、元は人間なのだろう?」

「ウルベルトさんは、そんな事まで話したんですか」

 

 その事実を話していた事にも驚いたが、ジルクニフがそれを信じている事にも驚いた。

 そうだとすると、さっきまで玉座の間でしていた支配者の態度は滑稽だったかもしれない。そうでなくても、目の前にいるのは本物の生まれながらの支配者だ。

 

「半信半疑だったが、君とこうして話しているとそれが真実だと思える。だからこそ、国としてはまだ難しいが、私、ジルクニフ個人としては歩み寄り、理解をする事は出来るのではないかと考えている。個人と個人の歩み寄りが叶えば、かなりの年月はかかるだろうが、国としても君たちと付き合っていけるのではないかと。まぁ、私の代では無理かもしれないが、とりあえず、エルフの奴隷制度はウルベルトの進言もあり早急に撤廃するように勧めている」

 

 エルフの奴隷など言われても、そんな制度があったのか程度しか思わない。

 アンデッドが嫌われているのはわかっているから、正体がバレない様に気を付けないといけないなと、そんな風にしか思った事はない。

 冒険者をして、漆黒の剣の様に一時的に仲が良くなった存在はいたが、アインズから歩み寄ろうとしたことは一度もなかった。

 ギルドメンバーと、そのみんなで作り上げたナザリックさえあればそれで良かったから。

 ああ、でもきっと、ウルベルトはそれだけではダメだったのだろう。ダメだったし、アインズにもそれで良しとして欲しくなかったのではないだろうか。

 

「モモンガ、どうかこの私と、友人となってくれないだろうか。バハルス帝国の皇帝としてではなく、私個人と」

 

 その言葉が、とても嬉しかった。

 リアルでは、友達など誰一人いなかった。

 友達と呼べるのは、ギルドメンバーだけだったが、それもたっち・みーに誘われた仲間になり、徐々にその仲間が増えていき、その輪の中に自分がいただけで、こんな風に友達になりたいなんて言われた事は一度もなかった。

 以前、ウルベルトが外の友達を作った方が言っていたが、そのためにジルクニフを連れて来たという事なのだろう。

 

「おっ、俺で良ければ、よろしくお願いします」

「ウルベルトが、モモンガは支配者の演技をして気疲れをしていると言っていたし、そうして普通に喋ってもらえると私としても気が楽だ」

「ありがとう。ジルクニフは、部下とは親しいようで羨ましいよ」

「バジウッドは元々平民だからな。正式な場であればある程度はきちんとした態度をとらせるようにはしているが、基本は喋り方を強要するようなことはしていない。畏まった喋りをして、何か得があるわけでもなし、慣れ親しんだ喋り方の方が、意見も言いやすいという物だ」

 

 ウルベルトは貴族などの権力者を憎んでいたが、こういった柔軟な考えができるジルクニフはその対象にならないという事なのだろう。

 

「ナザリックのNPCたちとも、あんな風に気軽に喋れるようになりたいと思っているんだけど、難しいですかね」

「それは恐らく無理だろう。さっきも言ったように、バジウッドの場合は元がその喋り方だったからそうしているに過ぎない。見た限り、君の周りにいる“えぬぴーしー”達は、あれが自然な喋り方だからそうしているに過ぎない。それに、平民出身の者が全て私に軽口を叩く訳ではない。身分ある物に敬語を使った方が楽だと思う者の方が多い。普段しない喋り方をする方が、考えて物を言う分、間違った事を言う事が少ないからだ」

「そうか。やっぱり、無理か」

「そうだな、彼らの喋り方や態度をいきなり変えろと言っても、それは無理を強いるだけになるだろう。だが、だからと言って、モモンガがそれに合わせる必要もないだろう。お互いがどうしたいかを話し合い、妥協点を探すべきだ。思うに、君は相手の目の色を伺いすぎだ。もう少し、我儘を言っても構わないと思うよ」

 

 そんな事、許されるのだろうか。

 それで、嫌われたりしないだろうか。

 

「すぐには無理かもしれないが、異形種となった今の君にはいくらでも時間はあるだろう。少しずつ、話し合って改善していけばいいさ。君と私が、こうして対話をしているように」

 

 対話。

 そういえば、NPC達と少しくらいは話そうとしようとはしていたが、結局自分については何も話していなかったように思う。

 彼らが求めているのはナザリックの支配者で、自分はそれに見合うだけの中身を持ち合わせてはいなかったから。

 

「君の話を聞かせてくれないだろうか。ウルベルトから聞いたが、ユグドラシルという世界では数々の冒険を仲間としてきたのだろう。そう言った話でも構わない。異世界での冒険譚は、心躍る物だからね」

 

 そう言ってくれるジルクニフの笑顔は、とても眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はジルクニフが遊びに来ましたよ」

 

 ウルベルトからの定例の〈伝言〉(メッセージ)に、アインズはまずその話をした。

 あんな風に誰かと話すのは久しぶりで、とても楽しい時間だった。そして、その時間をくれたのがウルベルトだというのも、嬉しかった要因の一つだ。

 教えてくれれば良かったのにとは思うが、サプライズがしたかったのだろうと、そう思っていた。

 

『えっ、あっ、ジルクニフ今日来たんですか?』

 

 当然、ウルベルトは承知だと思っていたのだが、驚いたような声が聞こえる。

 

「あの、ウルベルトさんの友達だって言って、ウルベルトさんの書いた書状も持ってたから普通にナザリックに招待したんですけど、良かったんですよね?」

 

 ウルベルトの態度に、何か自分は間違ったのではないのかと不安になる。

 また、アルベドの設定を変えた時の様に、取り返しのつかない失敗を犯して、友人を怒らせるような事はしたくない。

 

『ああ、いや、それは間違いないです。大丈夫です。ナザリックの連中って人間軽視している奴ばっかりだからちょっと不安だったんですけど、無事なら問題ないです』

 

 脅しすぎたか、というような小声が聞こえたような気がするが、はっきりとは聞き取れなかったし聞き間違いかなと、アインズは気にせず話しを進める。

 

「みんな、ウルベルトさんの命令だからって伝えたら、特に問題はなかったですよ。アルベドは、結構最後まで警戒してるっぽかったですけど」

『あー、なるほど。アルベドだけ、ね。それで、ジルクニフとは仲良くなれました?』

 

 ああ、やはりアインズに友達を作ろとしてくれて行動なのかとほっとする。

 

「はい。久しぶりにユグドラシルでの話とかできて凄く楽しかったです。今度は、ウルベルトさんもいる時にそういう機会が作れたらいいですね」

『機会があったら、ですね。皇帝って忙しいでしょうから』

「ですね。俺みたいな偽物じゃなくて本物の支配者ですもんね。今日も、他に来れる日がなかったからこの日になったって言ってましたし」

 

 後半はアインズばかりが喋ってしまっていたが、ジルクニフの話も興味深いものがあった。そして、聞けば聞くほど、アインズは自分には支配者としての素質はないんだろうなと思い知らされた。

 とてもじゃないが、マネなんて出来る訳がない。今は騙し騙しやっているが、本物と比べると自身がどれだけ支配者として劣っていのかがはっきりと見えてくる。

 きっと、ウルベルトがアインズの友人としてジルクニフを選んだのはそれをわからせる為だったのだろう。

 

「ところで、あのフールーダって人、何なんですか?」

 

 ジルクニフ一行はもうすでに帰ってしまったが、一人だけどうしてもと言うのでナザリックに残った老人の名を上げた。

 帰りたくないと駄々をこねるフールーダに、ジルクニフが苦い顔をしていたのを思い出す。結局、一応ウルベルトからもアインズから魔法を習ったら良いんじゃないかと言われている彼をどうするのが良いのかわからず、そのまま図書館に放置している状態だ。

 

『あれは、変態です』

「いや、変態なのはわかりますけど、あれ、どうしたら良いんですか? 魔法を教えるって言っても、ゲームで習得しただけだから、俺も教えるような知識がないから図書館で適当な本を読んでもらってるんですけど」

『ああ、そうですね。とりあえず、それで良いと思います』

「……面倒くさいからって、俺に押し付けただけとか、ないですよね?」

『なんか、臭いにおいを嗅ぐと、他の人にも嗅がせたくなるじゃないですか、そういう感覚ですね』

「…………」

『と言うのは半分冗談で、一応現地人の中では一番高位、っていっても第六位階ですけど、まだ使えるっていうし、人間なのに200年以上生きているっていうから、なんか今後のナザリックにその知識と経験が役に立つんじゃないかと思いまして』

 

 半分は本気なのか。

 とりあえず、今は本に夢中であるし、ウルベルトが戻って来るまではそれで何とかなるだろう。

 

「ウルベルトさんは、今日何をしていたんですか?」

『今日はケーキを食べました』

「ケーキ?」

『はい、クリームが乗っているような奴じゃなくて、素朴な感じのバターケーキで、とても美味しかったです』

 

 アインズは飲食ができないのでわからないが、食べ物ならばナザリックの物の方が美味しいんじゃないのだろうかと思うが、外で食べるそれは特別だったという事なのだろう。

 

 その後もう少しだけ話をして、ウルベルトの方から〈伝言〉(メッセージ)を切ってその日の二人の会話は終了したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失敗したかもしれんな」

 

 ナザリックから帝国へ戻る馬車の中、ジルクニフは一言そう呟いた。

 馬車にいるのは、行きと同じくジルクニフとバジウッドのみだ。

 

「仲良くなってるように見えましたが、何か問題があったんで?」

「そこがもしかしたら問題になるかもしれん。とは言え、もはや今更だな。どちらにつくべきか、早々に見極める必要がある」

 

 ジルクニフのモモンガに対する評は、良くも悪くも一般人だ。愚者という事はないが、特別頭が切れるという事もない。正義でもなければ、悪でもない言わば中立の存在。

 いや、現状を理解できていないという意味では愚者とも言えるかもしれない。

 ジルクニフが友人になろうといった言葉を素直に信じるほどには愚か者だが、純粋と捉えた方がこの場合は正しいだろう。

 

 そもそも、モモンガがジルクニフを信用すると決めたのは、ウルベルトから本来であれば気軽に話さないであろう事まで聞いていたからだ。ウルベルトが信頼する人物を信頼したに過ぎない。現に、最初の時点ではあれだけの戦力を集めていたのだから、本来は慎重な男のはずだ。

 もちろん、モモンガの言動が演技である可能性も全くなくはないが、恐らくそれはないだろとジルクニフは見ている。ユグドラシルと言う世界に話す時のあの興奮しきった様子は、流石に演技とは思えなかったし、話も脈絡がないものが多かった。あえてそれをしたというならばかなりの役者だが、そこにメリットがあったとは思えない。

 

「元より、いつ来るようにと指定していなかったというのは、いつ来ても問題がないようにすでに手筈が整っていたという事だろうな。まぁ、想定はしていたが」

「それで、奴の狙いはわかったんですかい?」

「おおよそな」

 

 とはいえ、まだ核心部分にまでは至っていない。

 

「この憶測があっているなら、モモンガとはあまり仲が良くなりすぎるべきではなかったのかもしれん」

「それはまた、どうして」

「仲が良くなったと思っていた人間から裏切られれば、知らない人間から悪口を言われるより腹が立つだろう。そういう事だ」

「モモンガを裏切るんですか?」

「ウルベルトの側につく場合はそうなるだろうな。あれだけ過去の仲間に執着していた男だ、その悪口でも言えば簡単に人一人くらい殺めるだろうよ」

「ウルベルトにつけば、帝国は奴が守るんですよね? なのに、モモンガを裏切って誰か殺されるっていうんですか?」

 

 バジウッドが、理解できないという表情をしている。

 

「誰か、ではなくまず間違いなくその役割は私であろうな。帝国を守ると契約をしているウルベルトは、その帝国の皇帝を傷つけた相手を敵と認定し、ナザリックと敵対関係になる。要は、喧嘩をする口実にされているわけだ」

「そんな、喧嘩するのに回りくどい事をする必要があるんですか?」

「そこがまだ見えていない。恐らく、息子と言うのがその辺に絡んでくるんだろうがな」

 

 やはり、デミウルゴスという男に会えなかったのが残念だ。モモンガは、外で別の任務をさせていると言っていた。

 たまたまなのか、そうでないのかは判断できない。ウルベルトが、あえて会わせないようにそうしている可能性は大いにある。

 

「しかし、喧嘩って言ったって、そうなった場合、ナザリックの連中のほとんどはモモンガに着くんですよね? なら、モモンガの方に着いた方がよくないですか? 陛下も死なずに済むわけですし」

 

 バジウッドから、ナザリックの様子を聞いたが、聞いていた以上の凄まじさだった。加えて、レイナースからペストーニャと言う人物の話を聞いたが、彼女は蘇生の魔術もできると話していたと言っていた。

 余談だが、レイナースは現在、一応行きと同じく馬に乗って馬車を先導しているが、帝国に着き次第、四騎士を辞める事になっている。

 元よりそういう契約だったとはいえ、呪いが解けた彼女は満面の笑みで再会したジルクニフに、恐らく事前に用意していたであろう辞表届を差し出してきた。ペストーニャと言うのは、かなりの好人物であったようで、犬頭のメイドの事を話す彼女はどこか興奮した面持ちであった。

 

 ウルベルトの方がモモンガよりも強いとウルベルト本人が言っており、それについてはモモンガも嬉しそうにウルベルトがどれだけ強いかを語っていたのでその点は間違いない。

 とはいえ、あれだけの数の戦力と、回復においても万全な体制のナザリックと真正面から戦えるとは思えない。

 

「そこまでの戦力差がありながら、あえて挑もうとしているというのであれば、何か秘策があるのは間違いなかろう。少なくとも、五分にはなる程度の秘策がな」

 

 そして、逆にモモンガの方はウルベルトを完全に信頼しきっているため、何の準備もしていないはずだ。

 

「そうだとしても、今からモモンガにそれを伝えて対策をとるとかは出来ないんですか?」

「無理だな」

「どうして?」

「モモンガのウルベルトを含めた仲間への執着心が異常すぎる。今、何の証拠もなしにウルベルトが裏切っているなどと言えば、その時点で私の首は飛んでいる。ウルベルトの行動の証拠がつかめない状況では、我々はモモンガの側につこうと泣き寝入りする事もできん。案外、あの執着心が面倒で、ウルベルトはモモンガから離反しようとしているのかもしれんな」

 

 それが全てと言うわけではないだろうが、それも理由の一つとしてあるのではないだろうか。

 それほどまでに、モモンガは拗らせている。

 今時点でジルクニフの首が飛べば、契約通りウルベルトはモモンガから帝国を守り、その後にジルクニフが実はモモンガに寝返ろうとしたという事実を突き付けて契約を破棄し、帝国を滅亡させる流れになるだろう。いや、滅亡まではさせないかもしれないが、どちらにせよ帝国国民に人権はなくなる。

 選択の余地は、ほぼないと言った状態だ。

 

「まったく、いやな時代に生まれてきてしまったものだ」

「本当に、その通りですね」

 

 結局、帰りの馬車でも睡眠をとる事にできず、ジルクニフは帝都へと帰宅する。

 頼りになるかはわからないが、現状を他国にも伝えるべきだと、今回の事柄を暗号でしたためた書状を御者に持たせて法国に向かうようにはさせているが、期待は全く持てずため息ばかりが漏れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルベドは、先日アインズより使用を許可された自室でウルベルトの考えを思案していたが未だに答えに到達しない。

 “りある”に帰ろうとしているという発言は、かなり危険を犯しながらも聞き出す事が出来たが、結局こちらの動きも見透かされてしまい、自身のワールドアイテムも奪われ、ろくに身動きもできない状態だ。

 それでも、聞き出すのであればあの場しかないと思っていたし、今でもそうだと思っている。

 問題は、その後の奴の動きだ。

 

 先ほど訪れていた帝国の皇帝とか言う男は一体何の意味があったのか。

 ナザリックの支配者たるアインズに何も告げず、ナザリックの事を外部の者に露呈させるなど裏切り行為と言って差し支えないはずのものだ。

 アインズを含め、他のシモベたちはそれでもウルベルトが良いと言ったならばと許容していたが、至高の御方であろうと、そんな事が許されて良いはずがない。

 皆、至高の御方がやる事であればと盲目的に従っている。

 だが、ウルベルトが裏で何か企んでいる事は間違いない。

 先ほどの皇帝に話を聞けば、ウルベルトがナザリックやモモンガを裏切ろうとしている証拠が出てくるのかもしれないが、流石にそんな簡単な話な訳がない。

 

 もし、本当にそんな簡単な話であるならば、大義名分を持ってウルベルトを殺す事が出来てしまう。

 それは、あまりにもアルベドにとって都合が良すぎる。

 

 やはり罠と考えるべきか。

 ウルベルトとて、流石にナザリックの全勢力を相手にして勝てるわけがない。そんな事は分かり切っているはずであり、ウルベルトは“りある”でやる事があると言っていた。ならば、そんな行動をするはずがない。

 そうだ、そんな事があるはずがない。

 現にワールドアイテムを奪われたのだから、奴がこちらを警戒している事は明らかだ。

 アルベドの元に毎日アインズが来てくれるようになったのも、ウルベルトがアルベドの動きを封じるために行ったことで間違いはない。アインズが来てくれる事は嬉しく思うが、これにより完全に自由に動く時間が奪われた。

 

 アインズからの絶対の信用を持っており、ある程度は何をしても許されているウルベルトが、わざわざナザリックに敵対するはずがないし、もしそうだとするならばその利点とは一体何なのか。

 利点は一向に見えて来ないが、ウルベルトの一連の行動は不信感を抱くものばかりで、敵対する理由をわざわざ作っているようにしかやはり思えない。

 そんな事はない。そんな、都合の良すぎる事がある訳がない。

 やはり今は下手に動くべきではないと、帝国皇帝に裏を取る事はやめ、アルベドは通常の執務に戻るべく自室を後にした。

 




 このモモンガさんは、原作ほど支配者の練習してない事もあって余計にジルクニフに会って自分は支配者に向いてないんだなぁって思ってます。
 というか、ウルベルトさんがデミウルゴスに、自分はそんな頭良くないって言っているのもあるから、至高の御方=自分よりも頭の優れた存在っていう図式になっていないので、今はバレてないけどそのうちバレたんじゃないかなぁ。
 といっても、バレてもNPCの忠誠心は変わらないだろうから、別に問題はないんでしょうけども。気にしてるのはフリをしているモモンガさんだけで。

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