悪の舞台   作:ユリオ

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11話 休日

『今からお前のいる牧場まで行こうと思っているんだが、詳しい場所を教えてくれないか』

 

 デミウルゴスはつい一時間ほど前に、自身の創造主からそんな内容の〈伝言〉(メッセージ)が来てから、慌てて掃除をしていた。

 まだ作ったばかりの施設は、最低限の物だけで構成されており、良くも悪くも実用性のみに特化した造りになっている。

 ウルベルトを呼ぶには相応しくないが、ウルベルト本人がどうしてもと言うため、その来訪を了承した。そして、最低限のもてなしをするべく、〈伝言〉(メッセージ)が切れるや否や、部下達にウルベルトの来訪を伝えて全員で掃除を始めた。

 せめて、机や椅子などの調度品はナザリックから持ってきたいところであったが、ウルベルトからアインズには内密にと言われてしまいそれも出来ずにいる。

 仕事の合間に作っているウルベルトとアインズ用の玉座も、まだ完成にはほど遠い。

 

 ある程度の準備が出来た所で、羊達にも今から来るウルベルトに粗相をしないようにと言い含める。

 もしもの事を考えて、支配の呪言で身動きやその言動をさせないようにするべきかと悩むが、彼らが足掻き、悲鳴を上げる姿を見せた方がウルベルトも喜ぶだろうかと、忠告するだけに留めておく。

 

 しかし、何故いきなりウルベルトが牧場に来たいなどと言いだしたのか。

 可能性があるとすれば“りある”についての事か、先日のアルベドについての件であろう。

 シャルティアの討伐にアインズだけが向かった際、彼女はウルベルトに対して殺気を放っていたが、あれは恐らく、ウルベルトがアインズを殺そうと企んでいると勘違いをして、あの様な態度をとっていたのだろうとデミウルゴスは推察していた。

 

 そんな事実はないものの、一人で行くアインズをデミウルゴスが思いとどまるように説得しようとした際、ウルベルトがどうしてもアインズを一人で行かせて欲しいと言い、それを聞いたデミウルゴスは事故に見せかけてアインズを消す計画なのかと深読みしていたのだから、アルベドがそう思ってしまうのも仕方がないだろう。

 アルベドが、ウルベルトはデミウルゴスにばかりに構っていると言っていたが、捨てる予定のデミウルゴス以外のナザリックのシモベたちにウルベルトは情を抱かないように接しているのだからその通りだ。

 アインズを失い、さらに自分たちをまた捨てるかもしれない至高の御方一人しかいない状態など、とても許容できる案件ではない。故に、守護者統括たるアルベドがあのような態度をとったのはむしろ当然だ。ウルベルトも言っていたが、彼女の言葉は正しい。

 その為、正直あの場でコキュートスとパンドラズ・アクターが彼女の意見に賛同するような事があればどうしたものかと思案していたのだが、そのような事態には至らなかった。

 

 実際、アインズがいない方がウルベルトの望みを叶えやすいのは事実だ。アインズがいなければもっと堂々と動く事が出来る。他のシモベを良いように言いくるめられる自信もデミウルゴスにはある。

 もちろん、あまりにも大きすぎるリスクに対して見返りが少ないので、平時であればそんな考えは浮かばないが、あの時はアインズ自らが言い出した事ということもあり、事故に見せかけて殺す事もかなり難しいができなくはない様に思えた。

 とはいえ、実際のところはそうではなかった事は、アインズの計算された戦略から見ても明らかであろう。完全に勝利が出来ると確信した上での行動だったのは、間違いない。

 

 しかし、一度疑惑が頭をよぎればそう簡単に拭いされるものではない。というより、その後ウルベルトがアルベドから彼女の持つワールドアイテムを没収したことにより、その疑惑は深まったように思う。

 証拠がない為だろうが、ウルベルトの謀反の可能性を、アルベドがアインズに進言した様子はないが、こちらを警戒しているであろう彼女をこのままにしておいて良いのかウルベルトに尋ねたところ、アルベドについてはすでに承知であり、すでに対策は出来ており、そもそも彼女に自分を殺すような事は出来ないと言われ、確かにその通りであると納得した。

 彼女の能力ではウルベルトを殺す事は出来ないであろうし、証拠もない今であればアインズもウルベルトに味方するであろうから、彼女に勝ち目はない。

 

 そもそも、アルベドが何かあった際は食い止めるのを手伝ってくれと言われて、あの場にデミウルゴスとコキュートス、パンドラズ・アクターは呼ばれていたのだから、すでにその時点でウルベルトはアルベドについては分かっていたのだろうし、分かっていたのであれば今後も含めて対策済みであったのだろう。それに今まで気づくことが出来なかった事が口惜しい。

 とは言え、アルベドの件に関してウルベルトが対処したと言っていたのだし、このタイミングで彼女が妙な動きに出たとも思えない。ならば今回の来訪は“りある”に関する事と考えるべきか。

 

 先日、ウルベルトがアインズに休暇を願い出た。それについてはウルベルトから特に何も聞かされてはいないのだが、恐らく"りある"へ帰還する方法を探す為であろう。未だに手掛かり一つないこの状況を打破する為に、単独で行動に出られたに違いない。

 アルベドの件にしてもそうだが、ウルベルトの足りない知性を補う為にと創られたにも関わらず、ウルベルトの役に立てていないと言う事実に、デミウルゴスは自身を不甲斐なく思ってしまう。

 既にアインズに休暇の許可をもらった後であった為、それを引き留める事も出来なかった。

 すぐにでもウルベルトの手伝いをしたかったが、アインズから任された羊皮紙作成の為の牧場運営をしなくてはならず、ウルベルトからも大丈夫だからと言われてしまい、結局ウルベルトが休暇に入ってからはずっと牧場にいた。

 情報収集はしているが、調べれば調べるほど聖王国にはぷれいやーはいなさそうだと思うような情報しか入って来ない。

 

 休暇中のウルベルトがわざわざデミウルゴスの所にやって来ると言う事は、"りある"へ行く手段が見つかったと言う事だろうか。もし、本当にそうだとするならばこの短期間で見つけたウルベルトへの称賛の気持ちと同時に、自身の無能ぶりに嫌気が差す。

 もちろん、ウルベルトの願いが叶うならばそれが何より大事であるのは理解しているが、ウルベルトの理想とした通りの有能なシモベでいられなかったと言うのは苦痛だ。そのまま失望されるなら、自害したいくらいだ。

 そんなもやもやとしたデミウルゴスの前にウルベルトは約束通りやって来た。

 

「悪いな、いきなりで」

「とんでもごさいません。シモベ一同、ウルベルト様の来訪をお待ちしておりました。ただ、御方がいらっしゃるには、あまり相応しくないかとは思いますが」

「いや、むしろこの短期間でよくここまでやったもんだと褒めてやりたいくらいだよ」

 

 そう言いながらも、ウルベルトの顔には陰りが見えた。きっと、デミウルゴスを気遣ってそんな言葉を言って下さったのだろう。

 せっかく気遣ってもらったのにそれをどうこう言うのは逆に失礼だろうと、素直にその賛辞の言葉を受け取った振りをする。

 だが、牧場を見て回るウルベルトの様子は優れない。

 そのせいか、いつもならば甘美に思える羊の鳴き声もただのうるさい雑音にしか思えず、やはり口を閉ざさせておくべきだったかと後悔する。

 

「いや、まぁ、そうだな。そんなイメージで設定したもんな」

 

 ウルベルトがそんな独り言を呟く。

 

「何か至らないところがありましたでしょうか?」

 

 あまりに不安になり、ついデミウルゴスはウルベルトに問いただす。

 

「大丈夫だ。むしろこれぐらいやっておいた方が、インパクトがあるしな」

「インパクト?」

「ああ、いや、こっちの話だ、あまり気にするな」

 

 ウルベルトが何かをしようとしている様子なのはわかるが、それが何なのかがわからない。叡智の悪魔として創造して頂いたにも関わらず、本当に不甲斐ない。

 ウルベルトの計画にはそれで支障はないのが救いではあるが、その内容を教えてもらえないのは、信頼されていないと言う事か。何の成果もない現状では、そう思われても致し方ないだろう。

 

「どうした、暗い顔をして」

「私は、ウルベルト様のお役に立てているのでしょうか」

「そんな事気にしてるのか」

「そんな事ではございません」

 

 創造主に報いる事こそが存在意義。そんな事と、割り切る事は出来ない。

 無能を晒して、またウルベルトに置いて行かれたくはない。

 

「大丈夫だよ、デミウルゴス。お前はちゃんと役に立っているし、もし役に立っていなくても、俺が思っていた通りの行動をお前がしなくても、俺はお前を捨てたりしないから」

「……お言葉はありがたいのですが、私はウルベルト様が思った通りの行動もできない存在と思われているのでしょうか」

「可能性の話だ。これから俺がやる事に、お前が何を選んでも俺はその選択を否定しない」

「何をなさっているのかは、教えて下さらないのですか?」

「何も知らない状態で、お前には選んで欲しいからな。でも、お前ならちゃんと教えなくても分かってくれると、俺は信じているよ」

 

 そう言われてしまえば、ウルベルトが今何をしているのか、これ以上問いただす事は出来ない。自分で答えを見つけなければいけない。少なくとも、ウルベルトはデミウルゴスならばそれが出来ると信じてくれている。見捨てられたわけでも、無能だと思われたわけでもない。

 しかし、現状ではウルベルトが何を考えているのか全く見えて来なかった。

 

「ところで、聖王国についてはかなり調べはついてるんだよな。あとで、資料を見せてくれないか。とりあえず聖王女カルカとその周辺の奴だけで良い」

「畏まりました。しかし、聖王国では“ぷれいやー”や、“りある”に繋がるような情報は、今のところ何一つございませんが」

「まぁ、そうだろうな。それで構わない」

 

 なぜ、聖王国などに興味を持つのだろうか。

 少なくとも、聖王女カルカの思想は、ウルベルトが嫌うタイプの物に思われた。誰もが泣かない世界。掲げる理想は綺麗なものだが、そんな綺麗なだけの理想を掲げ続けていられるほど、優しい世界ではない。

 ウルベルトが名前を知っているという事は、その程度の事は知っていると思われるが、それでも調べようとするのは、デミウルゴスが知らされていない、ウルベルトの今後やろうとしている事に関わっているという事だろう。

 だが、余計によく分からなくなる。

 ウルベルトがやろうとしている事は“りある”に戻る手段に関わっているものだと思っていたのだが違うのだろうか。聖王国とアルベドの件が繋がる用には思えないため、さらに他の別件という事なのかもしれないが、その別件になる様な事柄に心当たりが一切ない。

 

「ウルベルト様が行おうとしている事は、“りある”を行き来する方法を探す事とは、別の事なのですか?」

「それは、お前次第だな。と言っても、リアルに帰るための方法は俺も全然見つけれてないんだけどな」

 

 笑いながらそんな風に言うウルベルトの言葉に、余計混乱してしまう。

 

「今はわからなくて良い。そのうち、わかる事だから」

 

 今自分が持っている情報では辿り着けないという事なのか。

 ならば、今は考えるだけ無駄なのかもしれない。

 そして、ウルベルトがまだ“りある”に帰る方法を見つけられていない事に少しだけ安堵してしまった。そんな事を思うべきではないとわかっていているのに。

 

「そんな事よりデミウルゴス、一緒に外に遊びに行こう」

「遊びに、とは一体どこへ?」

「とりあえず、街まで行こう。一番近いのは、聖王国だからそこで良いだろう。耳と尻尾さえ隠しておけば何とかなるだろう」

 

 そう言って、ウルベルトはデミウルゴスの為にローブを着せる。

 いつもはオールバックにしている髪を下ろして、なるべく耳元が見えないようにした上でフードをかぶる。かなり余裕のあるローブに尻尾を隠せば、ぱっと見は人間にも見えなくはないだろう。

 ウルベルトも、人間化した姿になっている。

 

「あの、これにはどういった意味があるのでしょうか?」

 

 人間の街に何があるというのか。それほどまでに、デミウルゴスが作ったこの牧場が気にいらなかったから、別の場所に移動するという事なのか。

 

「意味なんかないさ。しいて言うなら、休日の家族サービスと言う奴だな。お前が嫌なら無理強いはしないが」

「とんでもございません。ただ、この牧場はウルベルト様のお気に召さなかったのかと気になったもので」

「気にいるか気にいらないかで言うなら、今の俺は正直気にいらないと思っているさ。悪魔の俺は、大層気に入っているようだがね」

 

 人間化した状態では、同じ人間がいたぶられている姿を見るのは辛いという事なのか。そう言った精神の違いがあるという事は知らなかった。

 しかし、悪魔の元の姿ではそれもないというならば気にする必要はないのか、今後の牧場をどうしていくか、悩みどころである。

 

「牧場については、とりあえず今のままでいい。ただ、出来ればこれ以上は拡大しないでいてくれると助かる」

「承知いたしました」

「じゃあ、ちょっと出かけるか」

 

 そう言って、牧場のシモベたちに一声かけた後、デミウルゴスとウルベルトは聖王国へとのんびりとした足取りで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正面から検問を通って聖王国に侵入しようとすれば、デミウルゴスの正体が露見するため、不可視化の魔法で姿を消して〈飛行〉(フライ)を使って城壁を飛び越える。

 なんとも杜撰な守りの為、それを咎める者は誰もいなかった。

 とはいえ、もしもの事を考えると非常に危険な行動だ。一応、デミウルゴスがすでに聖王国にいる強者の情報は集め、それらが全て大した事がないのは確認しているが、それでもシャルティアの一件がある以上、あまり無茶な行動はして欲しくはない。

 だが、ウルベルトの楽しそうにしている顔を見て、自分が周りをしっかり警戒していれば良いだけの話だと結論を出す。あまりどうこう言って、楽しそうなウルベルトに水を差すのは悪い。

 

「外でこうやって歩いて買い物ができるっていうのは、それだけで楽しいな」

「“りある”では、違ったのですか?」

「外の空気はガスマスクを着用していないと歩けないほど汚染されていたからな。なるべく外にいる時間は短い方が良かったんだ。だから、こうして青い空の下で、大勢の人間が歩いている光景ってだけでも、俺にとっては新鮮だよ」

 

 “りある”の世界が劣悪なものであるというのは、以前にウルベルトに聞かされていたが、何度聞いても嘆かわしい。

 人間と言う下等生物が密集して普通の生活を営むこの光景は、デミウルゴスにとっては何の興味も湧かないものだが、ウルベルトにとってはそうではない。

 それが大切で尊いものなのだとウルベルトは言うが、それを共感できない事を寂しく思う。今のウルベルトが人間化しているから余計にデミウルゴスとは感じ方が違うのかもしれない。

 それでも、ウルベルトが傍にいて楽しそうにしてくれるならば、その感情を共感できずとも楽しいとは思える。

 町の人々は、異国の顔立ちをしたウルベルトと、褐色の肌をしたデミウルゴスを少し不審そうに眺めているが、ただ無邪気に色んな店を見て回るウルベルトに、ただの旅人か何かだろうと警戒を緩めていた。

 

「なんか服とか買ってやりたいと思ったが、ローブを脱ぐわけにはいかないから試着もできないな」

「私は、ウルベルト様から頂いたこのスーツがあればそれで満足です」

「まぁ、その格好が一番似合うのは間違いないんだがな。それに、わかってはいたが装備としてみると貧弱すぎるか」

 

 そう言いながらも、色々な服をデミウルゴスに当てては、これは似合うだとか、もっと濃い色の方が良いかなどと悩んでいる。

 結局、なんだかんだと言いながら1着ほどウルベルトはデミウルゴスに服を購入した。

 

「まぁ、実際に着る機会はないかもしれないが、もし気が向いたら着てくれよ」

 

 そう言って何の魔法もかかっていない、買ったばかりの服を差し出す。

 それでも、これはウルベルトがデミウルゴスに似合うだろうと選びに選び抜いた服だ。それを渡されて、喜ばないシモベはいないだろう。

 思わす、尻尾が揺らめきそうになるのを何とか抑える。

 デミウルゴスの表情を見たウルベルトは、満足そうにしていた。

 

「じゃあ、次は飯でも食いに行くか」

 

 ウルベルトは、服を買った店の店主に食事する場所について何やら尋ねている。

 教えられた店に、二人並んで歩いていく。

 その光景は、傍から見れば本当にただの仲の良い二人の人間にしか見えないだろう。二人が悪魔だと見破る存在は、どこにもいない。

 着いた店は、どちらかと言うと庶民的な店だが、最近できたばかりなのか小綺麗な内装をしていた。

 

「ナザリックの飯を食って、舌が肥えてるお前には美味く感じられないかもしれないな」

「そうかもしれませんが、何事も経験ですので」

 

 出された食事を二人で食べる。サラダとシチューとパンという、ありふれた料理。

 確かにそれは、美味くもなんともない。一応食べられなくはないという程度の代物だ。ウルベルトと一緒でなければ、こんなところで食事をしようなどとは思わなかっただろう。

 そんな食事を、ウルベルトは美味しそうに食べていた。

 それだけで、どれだけ“りある”の食糧事情が悪かったのかが伺える。

 

「一度だけ、富裕層が行くようなそんな場所に家族で食事に行こうとした事があるんだよ。俺の誕生日だからって両親が奮発してな。でも結局、飲食店の前のメニューの値段見て、三人分は厳しいってなって、普段買うより少しだけ高い食材だけ買って家で食べたんだよ」

 

 ぽつりぽつりで語られる“りある”の出来事から察するに、ウルベルトが貧民層にいたことはまず間違いないだろう。至高の御方であるウルベルトがなぜ、とは思うがそれをウルベルトに尋ねる事は憚られた。

 悪辣な環境に愚痴を溢しながらも、それをウルベルトは悪いと思っていないようだったからだ。むしろ、富裕層に生まれて来るよりも、そんな生活の方が自分に合っていると言わんばかりだ。

 食べた食器が下げられ、食後のデザートにケーキが運ばれてくる。何の変哲もないバターケーキだ。クリームが添えられていたり、果物が入っていたりすることもない、庶民的な物だ。

 

「その時母さんが作ってくれたのが、こういうタイプのケーキだったよ。思い出補正が強いんだろうけど、あの時食べたケーキが、今まで食べた中で一番美味い食べ物だった。味で言えば、もちろんナザリックの食事と比べれば残飯扱いの代物なのかもしれないけど、美味い物って言えば、やっぱり母親が俺の為に作ってくれたあの味なんだよ」

 

 確かに美味しいと、ケーキを一口食べてデミウルゴスは思った。

 味は大したことはないが、それでも美味しく感じるのは、ウルベルトが傍にいて優し気な表情でデミウルゴスを見てくれているからだ。

 

「親子になりたいなんて言いながらも、結局それらしい事を何もしてやれなかっただろう。だから、少しくらいそれらしい事をしてみたかったんだ」

「ありがとうございます、ウルベルト様。私にとって、このケーキ以上に美味しいと思うものはこの先きっと現れる事はないでしょう」

「舌が肥えたお前が言うと、嘘っぽく聞こえるな」

「そんな事はございません。ウルベルト様の大事な思い出を語っていただきながら食したこの味よりも、美味しいものなど存在しません」

「そうか、そうだな。俺としても、息子とこうしてとる食事は、両親とした食事と同じくらい美味しく思うよ」

 

 まるで、夢のような時間だった。

 悪魔が二人、こんな風にまるで人間の様にしているなどおかしな話だ。

 夕暮れになる頃に街を出て、ゆっくりと歩きながら牧場へ戻る。

 もう、周りに誰もいないというのに、ウルベルトは人間化した状態のままだ。

 

「綺麗な夕焼けだな。ほんと、こういう景色を見ると、リアルがどれだけ糞だったか思い知らされる」

「それほどまでに劣悪な環境だったのですね」

「なんでそんな場所に戻ろうとしてるんだって思ってるだろう」

「それは、はい。そうですね。ウルベルト様はやるべき事があるからと理解はしておりますが、他の御方々はどうして、ナザリックを置いて“りある”へ戻って行かれたのか、私には分かりかねております」

 

 ウルベルトと違って、富裕層である程度身分のある御方もおられるようだが、それでもやはり、空すら満足に見る事の出来ない腐敗しきった世界を選んだ理由がわからない。

 ナザリックに残ってくださっていれば、何不自由ない生活が約束されているのにも関わらず。

 

「そこで生まれ育ったから。理由なんてただそれだけだよ。何年もずっと生きてきたら、どんな地獄みたいな場所でも、決して捨てられない大切な物や思い出の一つや二つあるもんだ。それが良いものか、悪いものかは別問題だけどな」

 

 ウルベルトの場合、それは家族との思い出や、悪になる為の死に場所の事であろうか。

 それにしても、今日のウルベルトは姿を変えているせいか悪魔らしくない。

 まるで……。

 

「まるで人間みたいだろう」

 

 デミウルゴスが頭に浮かんでいた言葉を、ウルベルトが口にする。

 

「……“りある”での至高の御方は、人間なのですか?」

「さぁ、どうだろうな。俺もリアルでは全員に会った事があるわけじゃないから。でも、俺は人間だよ。人間として今まで生まれ育ってきた」

 

 驚きはない。

 今までウルベルトが語ってきた“りある”の話や、今日の振る舞いを見れば、それは何ら不思議な事ではない。

 悪魔であるウルベルトが、わざわざ悪になりたがっていたのがそもそも不自然だったのだ。

 

「失望したか?」

「そのような事はございません。ウルベルト様が私の創造主である事に違いはないのですから」

 

 そうだ、重要なのはそれだけだ。

 例え人間であろうと、その忠義が変わる事はない。

 それに、そんな重大な事を教えていただけているという事は、自分はウルベルトから信頼されているという証拠に他ならない。

 御方々が“りある”にシモベを連れて行こうというとしなかったのは、出来なかったという事もあるが本来の人間の姿を見せる事を嫌っての事もあるのかもしれない。

 

「むしろ、そうであったならば牧場の光景はさぞ不快だった事でしょう。その事に気づかず、あのような光景をお見せし、申し訳ございません」

「そうだな。リアルのままの俺だったら多分吐いてた。今の人間化した状態なら嫌悪する程度ってところか」

「それほどまでに、違うのですか」

「ああ、まるで別人みたいに」

「どのようなお姿や感情になっていたとしても、私の創造主はウルベルト様お一人。それに変わりはございません」

 

 そのデミウルゴスの言葉に、ウルベルトは返答を返してはくれなかった。

 徐々に落ちていく夕日をぼんやりと見つめている。

 

「このまま二人で逃げ出しちまおうか」

 

 しばらく無言で歩いていたウルベルトがぽつりと、そんな言葉を呟いた。

 

「ナザリックも、リアルも全部放り出して、どこか遠く、ナザリックの奴等に見つからない様にひっそりと、森の中にでも小さな家を作ってさ。誰かを殺したり、苦しめたりもせずにひっそり暮らして、たまに今日みたいに街に出たりするんだ」

 

 何か返答しなければと思うのだが、紡ぐべき言葉が見つからない。

 

「元が人間の俺は良いけど、最初から悪魔として生まれたお前には耐えられないかもしれないな。ああ、その時はお前が俺を気が済むように殺してくれたら良い」

「そんなっ」

「なんてな」

「え?」

「冗談だよ」

 

 本当にそうだったのだろうか。

 デミウルゴスがすぐにそれに賛同していたのであれば、本当に今からでもここから遠いどこかへ旅に出ていたのではないだろうか。

 

 だが、その生活を想像する事が出来なかった。

 そんな生活は、ウルベルトにもデミウルゴスにも似合わない。その為、あの時すぐに返答をする事が出来なかった。

 あまりにも、平凡そうな人間らしい望み。

 ウルベルトも、本当にそんな生活がしたかった訳ではないだろうし、出来るとも思っていなかっただろう。

 それでも、この日の事を思い出しては、あの時すぐに答えを出し、一緒に逃げ出していたならばどうなっていたのだろうかとデミウルゴスは夢想する。

 

 けれど、結論はいつも同じだ。そんな生活は似合わない。

 ウルベルトが人間だと分かった今でも、あの御方がそんな当たり前な日常を本当に望んでいたとは思えない。

 デミウルゴスにしても、ウルベルトが傍にいてくれるならばそれで満足して毎日を過ごせていたかもしれないが、それでも、それはウルベルトが理想とした悪魔の生き方として間違っている。

 だから、これはただの夢の話。実際にはありえない可能性。

 それが分かっていてもなお、デミウルゴスはその可能性を考え、何度も、やはり似合わないなと同じ結論を出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ウルベルトが牧場に来てたあの日から数日が経った。

 調査をするのには外の方が、都合が良い事もあってナザリックには一度も帰還をしていないし、ウルベルトからもなるべくそこで仕事をしておいてくれと言われていた。

 牧場にいる間は、またウルベルトがここに来ても不快に思わないように、羊達の環境を変えようとしているが、他の部下の手前いきなり方針を変えるのは不自然なのでそれほど進んではいない。

 牧場の経営については、半ばデミウルゴスの趣味も入っていたが、ウルベルトが不快に思うのであればそちらのほうが重要だ。人を貶める事に愉悦を感じる性格ではあるば、別にそれをしないといけないというほどではない。

 そんな折、アインズより〈伝言〉(メッセージ)が入る。

 

『実は、ソリュシャンより連絡があり、セバスに裏切りの疑いが出た。お前の意見聞きたいので、一度ナザリックに戻るようにしてくれ』

「畏まりました。直ちに帰還するようにいたします」

 

 なんだか嫌な予感がした。

 それが、セバスが本当に裏切っていたという内容ならば良い。それならばセバスを罰すれば済むだけの話だ。

 不安は消える事はなく、デミウルゴスはナザリックへの帰還の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンドラズ・アクターは、ウルベルトの姿になり変わり、エ・ランテルの宿屋に一人佇んでいた。

 ウルベルトがいない間、その代役として依頼などが来るのを待つ任務だ。

 

 アルベドの思惑がウルベルトに露呈している事は、彼女からワールド・アイテムが没収された事からも明らかだが、パンドラズ・アクターも、この状況から察するにそれに加担しているとウルベルトは見ているのであろう。

 この状況では、ウルベルトをどうこうするのはほぼ不可能だ。バレていない状況であれば、ウルベルトを殺す手段はあったのだが、それも使えなくなっているだろう。

 

 アルベドは、ウルベルトがいなくなってからアインズが毎日自分に会いに来てくれると、喜んでいるが、アインズが来るタイミングがまちまちな事もあり、自由に行動ができない状態だ。

 もちろん、アインズがそんな行動を取っているのは、ウルベルトがそうする様にと言い含めたからに過ぎない。アルベドとて理解はしているものの、アインズの来訪をやめるように言う事など当然できない。

 アルベドとパンドラズ・アクター。二人が身動き出来ない間に"りある"への帰還方法を見つけて、さっさと一人で帰ろうという腹積りだろうか。

 とは言え、今まで何の手がかりもなかったというのに、たった一週間の間に一人で探して見つかるものであろうか。いや、デミウルゴスがすでにおおよその方法を見つけている可能性もある。

 もはや、それならそれで構わないとも思う。

 

 もちろん、ナザリックに残ってもらう事が一番の理想ではあるが、下手な事を言ってアインズの心に大きく傷を作るよりは、ふらっと消えてしまった方がまだましだ。

 そうでなくとも、最近どうやら二人の仲に亀裂が入ったように見える。

 恐らくであるがアインズがアルベドの設定を書き換えた事をウルベルトに伝えたのだろう。もちろんアルベドの失言も問題ではあったが、そうでなくてもアインズがその事実をウルベルトに伝えた時点でその考えには行き着いてしまった可能性は高いので、彼女のミスをどうこう言うつもりはない。

 それよりも、彼女のおかげでウルベルトがリアルに戻ろうとしていたという事実を知れた。戻ってくるともとれるニュアンスにも聞こえたが、恐らくナザリックに戻る気などないだろう。あるならば、そう言っているはずだし、そもそもウルベルトは一度もナザリックに残ると言っていないのだから、信用に値しない。

 

 アインズがウルベルトと話している時、気まずそうにしていた様子を思い出す。

 やはり、このまま元の状態に戻る事もできず、いつ、ナザリックを捨てるとアインズの心を抉るような発言されるよりも、アインズが何も知らぬ間に勝手に消えてくれていた方が良い。

 そう思いながら一週間、たまにアインズと冒険者として仕事をしながら過ごしていたのだが、結局ウルベルトは戻って来た。

 

 特に何か変わった様子はない。“りある”への帰還方法が見つからなかったという事か。

 どうするべきか。

 パンドラズ・アクターは、別にアルベドと違ってウルベルトに殺意がある訳ではない。その為、ウルベルトが下手な事を言う前に、二人で話をつけるべきかと思案しているところに丁度ウルベルトが現れた。

 あまりにもタイミングが良いが、相手も同じことを考えていたという事か。

 

「アルベドは、俺の事をどう思っている?」

 

 最初に投げかけられた問いはそれだった。

 それくらい知っているであろうに白々しい。

 

「ずいぶんウルベルト様の事を怨んでおいでのご様子ですよ」

 

 嘘を吐いてもしょうがないと、パンドラズ・アクターはそう答えた。

 

「まぁ、そうだろうな」

「それで、ウルベルト様は私にどのようなご用事がおありなのですか?」

 

 邪魔だからと消すという事は流石にしないとは思うがどうだろうか。“ぷれいやー”である御方二人は確認していないのでわからないが、NPCは死んでも金貨さえあればレベルダウンもなく蘇生が可能だ。

 アインズが蘇生をしてくれるのは分かっているのだから、殺すという手段はとらないと思われるがどうだろうか。ナザリックの全ての金貨を消す方法があるというならば話は別だが。

 

「何、ちょっとお前に頼みたいことがあってな」

「私に?」

「そうだ。今俺が最も信用できるNPCであるパンドラズ・アクター。お前にやって欲しい事がある」

 




 二人的には普通に親子の休日なんだけど、傍から見たら成人男性二人がデートしてるだけだなぁと、読み返しながら思った回。

 今まで毎週更新してたんですが、ちょっとストックが減って来たので(と言っても2.5話分はあるんですが)次は3週間後の1月10日の更新予定にしています。
 年末年始の休みに書き溜めて、後半の数話はなるべく短いスパンで更新出来たら理想的だなぁとは思っています。

 更新しない2週間の間は、何もしないのもあれなんで、もしかしたら今書いているのを書く前に、二次創作でがっつり書くの初めてだからと試しで書いてた話を限定かなんかで上げようかなぁとも考えているんで、気が向いたらチェックしていただければと思います。
 本当は上げる気なかったんですけど、せっかく7万字も書いてるのが勿体ない気がしてきて。
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