悪の舞台   作:ユリオ

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セバスがツアレを助けて娼館襲撃するまでの流れは原作と同じなので割愛してます。


12話 正義

 ウルベルトが休暇から戻って来て、表面上は前と何ら変わらない様に見えた。ただ、その間に何があって何処にいたのかをアインズに語る事はなかった。

 明らかに、二人の間には溝がある。元の関係に戻りたいとは思うのだが、余計な事を言って溝がこれ以上深くなる事を恐れ、何も言えなかった。

 

 そんな折に、ソリュシャンからセバスに裏切りの疑いあると〈伝言〉(メッセージ)が届く。

 嫌な時に嫌な事が重なる。

 本当にセバスがそんな事をしたとは思っていない。

 きっと、創造主であるたっち・みーのように誰かが困っているならと、ナザリック内では下等生物扱いされている人間を助けたとかそんな話だろう。ナザリックを裏切るつもりはないと、アインズは信じている。

 

 とはいえ確認は必要だし、このままセバスならば大丈夫だと無責任に許せば、ソリュシャンの不信感を拭う事ができない。

 今後はせめて連絡をくれるようにしてくれればそれで良いと思うのだが、ウルベルトはこれをどう思うだろうか。

 ソリュシャンから詳しく話を聞くと、助けた女は娼婦でよほど扱いが悪かったのか、セバスが連れて来た時はそれはもう酷い有様だったのだと言う。

 黙っている訳にもいかず、ウルベルトにその件を話すと、その娼館の在り方に眉を潜めていた。

 自分は悪だと言いながらも、弱者がいたぶられているのは耐えられないタイプの人だ。案外大丈夫かもしれないとこの時は思ってしまい、少なくともその場では何も起こらなかった事に胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

「ならばこれを以て、セバスの忠誠に偽りなしと私は判断する。ご苦労だった、セバス」

 

 部屋には、アインズとウルベルト、セバスと彼が助けたという女、あとはデミウルゴスとコキュートスが控えていた。

 セバスの忠誠を確かめる為に、彼に助けた女を殺すように命じたのだが、セバスはそれを見事行った。

 と言っても、その攻撃自体はコキュートスが受け止めたので彼女は無事だ。この方法には、ウルベルトも同意していたのだが、先ほどからウルベルトは何も発言しなかった。

 

 そんなウルベルトの様子はもちろん気になるのだが、セバスが助けた女の事も気になる。

 その顔は、以前出会った冒険者の少年と似ているような気がした。もし、本当にそうなのであれば、ウルベルトも以前に見つけたら助けると言っていたのだし、救ってやるべきだろう。

 

「ツアレと言ったか。お前の本名をフルネームで聞かせてくれないか」

 

 最初は中々声を発しようとしなかったが、ぽつりと彼女が呟いた。

 

「ツ、ツアレ……ツアレニーニャです」

「やはりそうか。お前の弟とは縁がある。アインズ・ウール・ゴウンの名において、君を保護すると誓おう」

 

 弟、と言うところでツアレニーニャが首をかしげる。

 もしかしたら、ニニャは女だったのだろうか。言われてみれば、もしかしたらそうだったのではないかと思われる部分はあったなと、今更ながらに思う。

 とはいえ、彼女の顔と境遇、そして名前からして別人という事もないはずだ。

 これについてはウルベルトも同意するだろうとそちらに顔を向けると、明らかに睨みつけるような鋭い視線をしたウルベルトが目に入る。その目線の先にあるのはセバスだ。

 

「なぜその女を殺そうとした、セバス」

 

 この部屋に来て、ウルベルトが初めて発した言葉がそれであった。

 

「そっ、それは、私にとってはナザリックの至高の御方々に仕える事が存在意義であり、アインズ様がそれをお命じになられたから」

「ならばなぜ、今まで報告もしてこなかった。目立たないように行動しろと言っていたはずなのに、ずいぶんともめ事を起こしていたようじゃないか」

「それは……」

「困っている人を助けえるのは当たり前だと、お前もお前の創造主のような戯言をほざくのだろう。ナザリックに尽くすのが存在意義と言いながら、ナザリックの不利益なるかもしれないと知りながら、お前はお前の中の正義を選んだわけだ。それとも、この程度は何でもないと思うほどの低能だったのか、お前は」

 

 セバスは、反論の言葉を発する事もできず項垂れた。

 

「その女を助ける事がお前にとっての正義だったのではないのか? 助けると決めたならば、最後まで貫き通すのが正義ではないのか? 自分が助けるだけの力を持っているからと気まぐれに助け、主に言われたからとそれをすぐに投げ捨てるのか? 結局お前は、正義の真似事をして自分の欲求を満たしたかっただけじゃないのか」

 

 止めなければとはアインズも思うのだが、何と声をかければ良いのか分からない。

 ウルベルトとたっち・みーもこのような形で喧嘩はしていたが、それでも両者の力関係は同等であった。言い合いから殴り合いの喧嘩になる事もあったが、ウルベルトとセバスでは上下関係がある為、ウルベルトが一方的にセバスに言葉をぶつける事になってしまっている。

 

「俺はな、そう言う偽善が大嫌いなんだよ。助けると言いながら、結局自分の都合が悪くなれば切り捨てるような奴は最悪だ」

「そっそんな事は、ありません。わっ、私は、例えここで殺されても、セバス様に助けられて、一緒に数日を過ごす事ができて、幸せ、でした」

 

 ここで口を挟んできたツアレニーニャにこの場にいた全員の目線が降り注ぐ。

 それに怯えながらも、彼女は目を伏せる事もなくしっかりと震えながらも立っていた。

 

「結果論の話をしているんじゃないんだよ、お嬢さん。君は根が良いから、いや、セバスに恋慕しているが故にそう思ったのかもしれないが、もし私が同じ立場だったとしたならば、自身をその場に貶めた貴族と同じくらい、この男を怨んだろうよ。生きる希望を持たせた挙句、それを簡単に手のひら返すような、そんな人をただのおもちゃか何かかと思っているような奴など、憎悪の対象でしかない」

 

 ツアレの言葉に頭を上げたセバスが、ウルベルトの言葉に再び項垂れる。

 存在意義であると言った至高の存在に、そんな事を言われれば仕方がない事ではあるが、その顔は酷く青ざめていた。

 

「俺はな、お前の創造主のたっち・みーが大嫌いだったよ。あいつも自己満足の為だけに、人の事を助けて、助けたら満足してそれで終わりだ。正義なんかとは程遠い、馬鹿な男だ」

 

 その言葉に、セバスがぱっと顔を上げた。

 

「お待ちください。私への罵倒は最もですが、たっち・みー様は違います。あのお方は、本当に」

「モモンガさんも、あいつに助けられたらしいが、現状はどうだ。彼がそのまま一人になっていったのに気づきもしない。いや、もしかしたら気づいていても、関係ないと、リアルで地位もあって良いご身分なあいつにとっては、友人がどうなろうとリアルの方が結局大事だったんだろうよ。ユグドラシルって場所は、正義の味方ごっこをするに最適の場所だ。自己満足の為の人助け。救った結果ではなく、救うという行為が目的。その場限りの優越感さえ得られたら、助けた奴がどうなっても良いんだろう。お前と同じだ、セバス」

 

 その言葉は、アインズにも突き刺さる。

 次第にログインする頻度が減っていき、ウルベルトが引退した少し後に、仕事が忙しいからと彼もナザリックから去って行った。

 仕方ないと思いつつも、異形種狩りに嫌気がさしゲームを辞めようと思った時に、たっち・みーが自分を救ってくれたというその、輝かしい思い出があったからこそ、今までユグドラシルというゲームをやり続けていた。そんな彼の引退は、他の誰よりも堪えた。

 

「そんな、たっち・みー様は……」

「たっち・みーなら、その女を見殺しにしたか? 違うだろう。きっとお前と同じように女を助けただろうよ。そう思ったから、お前はその女を助けたんじゃないのか?」

「至高の御方であれば、至らない私と違って別の方法で彼女を助けていたはずです」

「自分に方法がわからないからと、都合よく至高の御方ならできたはずときたか。至高の御方などとお前たちは言うが、そんな都合のよく何でも出来るような万能の存在ではないぞ。ただの一個人。救える数には限りがある。ナザリックに許可を得ようにも、それを気にいらないという俺がいる中で、あいつはどういう行動を取るのだろうな」

 

 彼ならどうしていただろう。ナザリックを捨ててでも正義を選んだのだろうか。

 アインズだけであればたっち・みーのその行動を許容しただろうし、例えそれによってナザリックに不都合が起こったとしても全て許してしまっただろう。そういう正義を貫こうとする彼の姿が好きだったからだ。

 

 けれど、ウルベルトはそれが許せないという。

 もしこの場にたっち・みーがいて、ウルベルトと意見が割れた時、自分はどちらにつくのだろうか。

 ナザリックの事を考えれば、関係ない人間の事は気にするべきではない。セバスなどの一部のNPCを除いて彼らは人間をなんとも思っていないのだから、全体の事を考えればウルベルトの意見の方が正しい気がする。

 けれど、だからと言ってたっち・みーの正義を止められるかと言われれば、止められる気はしない。だからこそ、アインズはセバスに対しても先ほど許しを出した。それが、正しい彼の在り方だと思ったから。

 

「あいつとならば意見が違えば殴り合いの喧嘩になっただろう。その女を殺せと言えば、あいつの拳は、女の方ではなく、俺に向いたはずだ。喧嘩で負ければ俺も嫌々ながらに了承するしかないからな」

 

 ああ、この場に誰か他のウルベルトを止めてくれるようなギルドメンバーがいてくれたらと願うが、そんな者のはどこにもいない。

 

「だがセバス、お前は守ると誓ったはずのその女に手をかけた。俺やアインズさんが稼いだ金をその女を助ける為に使ったというのにだ。お前にとってははした金にしか見えなかったのかもしれないが、金を集めるというのは、なかなかどうして難しい。それでも、お前ならば正当な理由で使うだろうと渡したそれを、その女を助ける為だけに使い、最終的にその女を殺そうとした。あのままこの女を殺していれば、完全にそれも無駄だ。あるのは、お前が助けた時に得た満足感だけ。金も減って、余計な諍いを起こし、残ったのが女の死体一つでは割に合わないだろう。殺せと命じられたからとそれに従うのがナザリックへの忠儀だと思う事こそ間違いだ」

 

 一応、あのやり方自体をウルベルトは同意していたはずなのだが、言われてみれば殺そうとしたらそれで良いとは言っていなかった事にアインズは今更ながらに気づくが遅すぎる。

 ウルベルトを同席させるべきではなかった。やはり元より仲が悪かったたっち・みーと性質が似通っているセバスとでは、あまりにも相性が悪すぎる。

 

「……自害をお命じ頂けないでしょうか」

 

 セバスが、声を振り絞ってその言葉を発した。

 

「そんなっ、セバス様っ!」

 

 ツアレニーニャが、セバスに抱き着いて、その発言を止めようとするが、もはや口から出た言葉を消す事は出来ない。

 

「この場にいるのが辛くなって死を選ぶか」

「また、このように至高の御方のご迷惑をおかけする事があるかもしれません。そうなる前に、どうか」

「さっきの話を聞いていなかったのか。お前の無能ぶりは理解できたが、それこそお前が死ねば全てが無駄だったと、お前をこの場に寄越した我々の判断が悪かったというのも同然。それに、先ほどアインズ・ウール・ゴウンがお前の忠儀に偽りなしと、お前の罪を許したのだぞ。それを、覆そうと言うのかお前はっ!」

「お待ちください、ウルベルト様」

 

 セバスにつかみかかろうとするウルベルトを止めたのはデミウルゴスであった。

 よく見れば、彼の顔はセバス以上に青ざめていた。

 

「もう、十分かと」

 

 デミウルゴスは、震える声でそう告げた。

 ウルベルトは、そんなデミウルゴスの様子に何か納得したようなそんな表情をする。

 

「……そうか。そうだな」

 

 一気にウルベルトの怒りが収まっていく。

 

「十分と言ったが、それはお前が俺の考えている事をわかった上での発言という事でいいのかな」

「そのお考えの一端のみかと思われますが」

「そうか。聡い息子を持てた事を嬉しく思うぞ。だが、それを誰かに口外する事を禁じる。これは命令だ、デミウルゴス」

「……かしこまりました」

 

 何だ。

 話が見えて来ない。

 セバスの発言に、ウルベルトが腹を立てているだけに見えたが、それだけではないという事なのか。

 

「アインズさんも、デミウルゴスに詮索するような事を言わないように。俺は、ちょっと頭を冷やしたいんで出て行きますが、ついてこないで下さいね」

「えっ……あの……」

「娼館はセバスが潰したというが、完全に問題がないのか確認しておくべきだろうな。そのあと、俺のところまで来てくれ、デミウルゴス。少し話がある」

 

 それだけ言い残して、ウルベルトはその場を後にした。

 止める事は出来なかった。

 どこで間違えてしまったのだろうか。やはり、アルベドの設定を書き換えたところか。

 追いかけたいと言う気持ちはあるが、それをすればこの場で決定的にウルベルトとの溝が深まりそうな気がしてならない。

 

「すまない、私も一人で考えたい。あとは任せていいか」

「かしこまりました。それで、あそこの女はいかがいたしましょうか」

「彼女は私が後で家族の元へ連れていく。ナザリック、にはさすがにおいておけないか。私が連れて行くまでどこか適当な場所で保護しておいてくれ」

 

 知り合いである自分が、ニニャの元へ連れて行くのが良いのだろうし、ウルベルトとの事も相談したい気持ちもあるのだが、どうにも今すぐに行く気が起こらない。

 しかし、ウルベルトを怒らせる原因となった彼女をナザリックに連れて行くのには不安があり、ずいぶん雑な指示になってしまった。

 

「では、後の事はお任せください」

 

 デミウルゴスのその言葉を聞き、アインズは部屋を出た。

 ナザリックへ帰還する気にもならなかったため、冒険者としての姿である漆黒の鎧に身を包み、一人で王都をフラフラと重い足取りで歩いて行く。

 このままセバスがナザリックに残れば、またウルベルトとこのような諍いを起こすのだろうか。

 とは言えすでに彼を許してしまっているのだし、それに何より、もしたっち・みーが戻ってきた時、ウルベルトと意見が合わなかったからセバスをナザリックから追い出した、などとはとても言えない。

 セバスを見捨てるなどという事は、絶対にできない。

 ならばどうすれば良いのか。

 答えは一向に見えて来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、デミウルゴス様」

「敬称は不要だ。それに、君を助ける意図もないのだから、礼の言葉も必要ない」

 

 セバスの言葉に、デミウルゴスはそっけない返事をした。

 実際、本当にセバスの事などどうでも良かった。

 

「私を、怨んでおいでなのではないですか、あれほど迄にウルベルト様の不評を買った私を」

「別に怨んでなどはいない。ウルベルト様も言われていたが、アインズ・ウール・ゴウンの名において君は許されたのだ。ならば、それに口を挟むつもりはない。とは言え、元より私は君の事が嫌いだ。こうして話をしているのも気分が悪い。そこの女を連れて、ソリュシャンと一緒にここを出る準備をしに行きたまえ」

「……わかりました」

 

 セバスが、ツアレニーニャを連れて部屋を出て行く。

 部屋には、デミウルゴスとコキュートスのみが残される。

 

「大丈夫カ、デミウルゴス」

 

 完全に他の者がいなくなったのを確認したタイミングで、コキュートスがデミウルゴスに声をかけた。

 

「正直に言うと、あまり大丈夫じゃないね」

 

 他の者がいれば言わなかったであろう弱音を、デミウルゴスは吐いた。

 一緒に来ていたのがコキュートスで良かったと安堵するが、ウルベルトはこうなる事をわかった上での配置だったのかもしれない。いや、きっとそうだ。

 

「手伝エル事ハアルカ?」

「ありがとう。だけど大丈夫だ。これは、あくまで私の問題だ」

 

 そうだ。セバスなんて関係ない。

 ウルベルトがセバスにぶつけた言葉は本心だったのだろうが、それすら関係ない。ウルベルトの真意は別にある。

 

「……もし、ウルベルト様が敵に回ったら、君はどうする?」

「ソノ時ニナッテミナイト分カラナイガ、恐ラクアインズ様ノ方ニツクダロウ」

「君は真っすぐで良いね、コキュートス」

 

 その有り様を、羨ましく思う。

 ウルベルトの今回の発言の意図はわかるが、彼が求める答えが何なのか、それがいまだに導き出せない。

 それ故に、自分が今後どんな行動をするべきなのか、その指標が揺らいでいる。

 

「ウルベルト様ハ、ナザリックヲ去ルノカ?」

「仮定の話だよ。本気にしないでくれ。それより、ナザリックに現状の報告をして来てくれないか。八本指については私が今から調べて来る。場合によっては相手を捕縛する可能性もあるので、守護者とプレアデスには仕事を任せるかもしれないので準備をするように伝えておいてくれ。まぁ、それほど大きな事にはならないだろうがね」

 

 デミウルゴスの考えが合っているのであれば、ナザリックは表面上は人助けをしておいた方が良いはずだ。

 ウルベルトが今後王国をどうするつもりなのかについてはわからないが、なるべく犠牲を出さない形で処理するのが理想的であろう。

 どういう扱いをするにしろ、殺しては後が面倒だ。蘇生魔術を使うという手もあるが、わざわざそんなものをこちらが使うより、最初から殺さないでおいた方が良いだろう。

 

「忠義とは難しいものだね」

「ソウダナ。私モ、アノ場デ至高ノ御方ニ殺セト言ワレレバ、セバス同様即座ニアノ女ヲ殺シテイタダロウ」

「君の場合、そもそも瀕死の女が道端にいたとしても、それを助ける事がナザリックの為にならないなら、そんな事はしないだろう。いや、セバス以外はあんな行動誰もとらないだろう」

「確カニソノ通リダ」

「セバスは、確かに善性が強く創造されているが、ナザリックの不利益になろうとも人助けをするようには定められていない。だからこそ、女を助けたのは紛れもないセバス本人の意思。そして、あの女を殺そうとしたのはナザリックの家令と定められた彼の設定故。どちらを選ぶのが正しいのか」

「ソレハ、至高ノ御方ニ定メラレタ通リノ行イヲスル事コソガ正シイノデハナイノカ?」

「……そうだね。通常であるならば、それが正しい」

 

 本来であれば、至高の御方に定められていない行動を取る事はナザリックにとって悪だ。

 ああしかし、悪を良しとするあのお方はそれを望まれるのかもしれない。

 そう思うと、どうしても選択する事が出来ない。

 どちらを選んでも、デミウルゴスは大切な物を手放す事になる。

 

「では、私は出てくる。八本指について分かったら〈伝言〉(メッセージ)でどうするか指示を出す。私はそのままウルベルト様の元へ向かうので後の事は君に任せるが、何か問題があったら君の方から私に〈伝言〉(メッセージ)を入れてくれ」

「承知シタ」

 

 どうしたものか。

 とりあえずは、八本指の情報を調べる為に、デミウルゴスは姿を隠し、王城へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました」

 

 リ・エスティーゼ王国第三王女であるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは、突然の窓からの来訪者に驚く事もなく、平然とその異形を招き入れた。

 緋色のスーツと言う南方の方で見られる服を纏っているが、顔は蛙であった。驚きはあるが、想定の範囲内だ。

 

「私が来ることを予期していたとは、流石と言っておきましょうか。ラナー王女」

「いえいえ、そんな。少し考えれば誰にでもわかる事ですから」

 

 ラナーにとっては、その答えに行き着くことは当然の事であり、それが分からない人間達の方が、理解が出来ない。

 目の前の異形は、ラナーが平然としているのをさも当然としている様子から、彼女の異常性に気づいていたという事だ。ラナーがただの夢見る乙女のような存在だと勘違いしている連中とは違うという事は、それだけではっきりと分かる。

 自分と同等か、いや、頭脳面でも上だと考えて行動するべきだ。そうでなくても、実力行使をされればそれを止められる人間は、少なくとも王国には誰一人いないはずだ。だからこそ、この異形はこうやって堂々とラナーの前に姿を現した。

 

「私は、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。どうぞ、ラナーとお呼びください。それで、あなた様の事はなんとお呼びしたらよろしいのでしょうか」

「君と交友を深めるつもりはない。今は急いでいてね。私が求める情報を君が提供してくれればそれでいい。拒否すれば、まぁそれは言うまでもないでしょう」

「そうですか? しかし、呼び名がないと不便ですので一先ずカエル様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「……ヤルダバオトとでも呼んでくれたまえ」

 

 ラナーが提案した呼び名が気に障ったのか、彼は名を告げてきたがその口ぶりから真の名ではないだろう。

 カエルのような姿の亜人であれば、フロッグマンという種族がいるがそれとも違う。おそらく悪魔かそれに類するものだ。

 先日、エ・ランテルにてズーラーノーンが冒険者によって捕縛されたが、その時捕まった関係者が悪魔がどうと呟いていたと言う。ただの比喩表現であると誰もが思っているが、そうではないと言う事だ。

 関係者である女は、法国が自国の罪人である為どうしても身柄を受け渡して欲しいと言ってきた。タイミングと法国の対応から、女がどう言った存在かは大体分かる。

 そして、その女をいとも容易く捕縛してみせた冒険者はかなりの規格外だ。その冒険者の仲間であると思われるこの異形も、同じく規格外と見ておくべきだ。

 

 カエル頭のこれだけ目立つ存在であれば、どこかに姿を現していればちょっとした噂は流れてきそうなものだが、それがないという事は少なくともこの姿で人間達の前で何か行動している訳ではないのだろう。

 別に、もっと人間に近い形態に変形する事ができ、その姿で普段は行動している可能性がある。その姿で真の名を名乗っているからこそ、仮の姿、仮の名前で現れたのだろうとラナーは推察した。

 本当の姿と名前を明かさないのは、こちらと友好関係を築くつもりはないという事の表れか。

 

「一応確認なのですが、ウルベルト・アレイン・オードル様と、アインズ・ウール・ゴウン様、そして今日私のクライムと娼館を潰したセバス様が、ヤルダバオト様のお仲間という事でよろしいのですよね」

「私とセバスをお二方と同等の扱いをするのはやめていただこう。我々は、御方のシモベにしか過ぎない」

 

 ラナーは、自身の考えていた誤りを即座に修正する。

 組織だった物ではあると思っていたが、トップに立つ存在はウルベルトであろうと考えていた。流れて来る噂を聞く限り、ウルベルトはその場の勢いで行動するタイプであり、そこに打算はない。

 あれだけ好き勝手やっているという事は、それに口を挟める存在はおらず、つまり一番上の立場であり、傍にいるアインズはそのお供だと仮定していた。上に立つものが、共をつけるのは当然の行いだからだ。

 上に立つからと言って武力において強者だとは限らないが、共をつけずに外を出歩いている以上は相当な実力者であると見て良いだろう。

 

 だが、その彼らが力を分散させず一緒にいる意味。

 ラナーには理解できないが、恐らく友情だとか言うそんな感情ゆえか。

 だとすると、今目の前にいるヤルダバオトよりも彼らの知能は人間並みの存在である可能性もあるか思うが、そんな事を口にすれば今目の前にいる異形はラナーから情報を聞き出した後に用済みとばかりに切り捨てられてしまうだろう。

 

「以後、気を付けますわ。それで、必要な情報と言うのは八本指の事ですよね。彼らを一網打尽に潰すには今が好機ですので、明日の夜にでも私の駒を動かそうと思っております。その際、あなた様方に不都合な情報があるようでしたら、こちらでもみ消しましょう」

「それは結構。それで、君の飼い犬はセバスについて何と言っていた?」

 

 セバスの行動は、予定になかった動きに違いない。だからこそ、ヤルダバオトはラナーの元へやって来た。

 彼らの目的はまだラナーにもはっきりと見えていないが、少なくとも世界征服などと言うものではない。

 もしそうであるなら、カルネ村での事件の際に捕虜をああも簡単にこちらに渡しはしなかったはずだ。彼らが必要な情報を持っていないとすぐに判断できたからこそ、受け渡してきた。世界征服が目的であれば、もっと入念にこの辺一帯の情報を得るために尋問をする必要があったはずだ。

 ならば彼らの願いはもっと個人的なものだろう。主に彼らが王国で動いているのは純粋に一番近かったから。彼らの本拠地があるのはカルネ村の近くのはずだ。

 

 今まで表舞台に出てこなかった彼らがなぜ今このタイミングで出てきたのか。今まで隠れ住んでいたと仮定するより、いきなりこの地に現れたと考えた方が自然であろう。

 そして、いきなり、恐らく本人たちの意思ではなく勝手にこの世界にやってくる事になったのだとしたら、彼らの目的は、本来の世界への帰還。

 恐らく、ウルベルトと、アインズの名前は元の世界の人間には通じる暗号の様なものなのだろう。冒険者として名を広める事で、情報を持っている者を集める作戦か。

 

 セバスの行動は、むやみに王国の裏組織に首を突っ込み、厄介ごとを招いた状態ではあるが、彼の行動は人々が賞賛するような善行でもある。一般的な感性の人間であれば、行き倒れの娼婦を見返りもなく助けるという行為は、現実には存在しえないおとぎ話の勇者の様なあり方だ。

 本来の彼の仕事は、一般人の目線から情報を探るという事だったのだろうが、事を起こした今であれば、彼を担ぎ上げた方が利用価値としてはあるという事だ。

 

「とても素晴らしいお方だと褒めておりました。彼の行いはどこからどう見ても正義そのもの。ちょうど、八本指への襲撃も戦力がもう少しあればと思っておりましたので、セバス様も来ていただけるのであれば、こちらも助かりますわ」

「なら、そのように手配しよう。他にも数名、ウルベルト様とアインズ様の知り合いとして援助に向かわせる」

 

 先にウルベルトの名前を呼ぶ、という事は少なくとも彼にとっての優先順位はそちらの方が高いのだろう。ただ、一括りにしない辺り両者への忠義の度合いはそれほど大きな差はないと思われる。

 しかし、大抵は組織に同じ地位の人間が二人いれば派閥が出来るはず。

 地雷を踏む事になるかもしれないと思いつつ、確認の為にその言葉をヤルダバオトに向けて声に出す。

 

「あなた様方の助力があれば、八本指をこちらの犠牲なく潰す事が出来るでしょう。ふふっ、まるでヤルダバオト様は、正義の味方みたいですわね」

 

 その言葉に、瞳には明らかなほどに殺意が宿った。

 

「正義の味方? 私が? 失言にもほどがありますよ、ラナー王女。私はあくまで、セバスが招いたマイナスをプラスにするにはこうするのが現状、一番都合が良いからとそうしているに過ぎない。私は、人間などどうなったってかまわないし、結果的に今回あなた方は助かるのかもしれませんが、こちらは別に助けようなどと言う気持ちは微塵もない。あくまで人間達を自分の都合の良いように利用しているだけの私が、正義などであるはずがない」

 

 ヤルダバオトの言葉に、ラナーはふっとほほ笑んだ。

 

「……何がおかしいのですか」

「いえ、戦士長からお聞きした、正義の味方と言われた時のウルベルト様の様子ととてもよく似ていたものですから」

 

 カエルの元より大きな目が驚いたようにさらに見開き、先ほどまでの殺意は一気に霧散した。

 これは、ラナーが想定していたよりもこのヤルダバオトはウルベルトに近い存在だ。

 

「まるで、親子の様」

 

 場合によっては不敬であるかもしれないが、この様子であれば問題ないだろうとだめ押しの一言。

 ヤルダバオトは、ため息を吐く。

 

「良いでしょう。先ほどのあなたの失言はなかった事にいたしましょう」

「ありがとうございます」

 

 否定の言葉はない。

 つまり、実際に血縁関係かはさておき、それに類するほど近い存在であるという事だ。この異形が、ただの組織の下っ端ではなくかなり上位の存在である事はその点から間違いないだろう。

 

「それでは、襲撃の時間や編成についてどのようにする予定か教えてもらえるかな。それによって、私も誰を呼び寄せるか判断する」

「でしたら、今お茶をお淹れしますわ」

「結構。私は今急いでいるので、手短に済ませたい。君の影の中に悪魔を潜ませるので、後から連絡事項があればそちらに伝えるし、君も予定外な事が起これば影に話しかけてくれればいい」

 

 まだ襲撃までには時間はあるだろうし、この異形であればすでにある程度の方針は決まっているはず。

 ならば、急ぎの用事とは八本指とは別の事柄。

 

「ウルベルト様に、何かおありになっているんですか?」

「無駄話をする時間はないと言っているんだがね」

 

 これ以上は流石に踏み込めない。ラナーは簡潔に現状と、これからの行動についてヤルダバオトに語った。

 しかし、ウルベルトに何かあったのは間違いない。ヤルダバオトにとってかなり厄介な何かが。

 正義を嫌う男が、身内の正義じみた行動に嫌気がさして組織を抜けようとしている?

 いや、違う。

 ではそれは何か。

 ヤルダバオトとの会話が終わるころ、その答えに辿り着く。

 カエルの頭をした異形がいなくなったのを確認して、ラナーは本当に楽しそうに笑った。そして、自身の影の中に悪魔が潜んでいる事を思い出し、それを少しだけ押し殺すが、この程度のラナーの奇行でヤルダバオトがラナーを殺しに来ることはない事はわかりきっている。

 輝かしい未来は約束されたも同然だ。

 

「ああ、ウルベルト様がいらしたときの準備をしておかなくてはいけないわね」

 

 でもそれよりも先にさっさと八本指を片付けておかなくては。

 ラナーは自身の部屋に青の薔薇の面々を集め、今後の事について話し合いながらも、今ヤルダバオトがどのようになっているのかを想像し、とても愉快な気持ちで話を進めるのであった。




 デミウルゴスが気づいた件は、どっかにすでにちょこっと書いてます。というか、今までコメントで指摘されなくて良かったー。
 バレるの恐れて分かりにくくしすぎせいかもしれないけど。


 年末年始を、なるべく小説を書き進めていた結果、後2話分くらい書いたら本編が終わる状態になりました。ちゃんと、エタらず完結できそう。

 あと、パスワード限定でリアルで死んだウルベルトさんが幽霊になってナザリックに来る話を載せてるんでお暇な方は読んでいただけると幸いです。ユーザー情報のところにパスワードも載せてるので。
 まだ2話までしか載せてないですけど、舞台の方終わったら残りをちまちま上げていく予定です。

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