悪の舞台   作:ユリオ

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16話 ゲヘナ

 ギルド武器である、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをウルベルトが持ち去ったという情報を聞き、ウルベルトがナザリックを裏切っていると言ったフールーダの言葉が頭に響く。

 そんな事はないと否定したいが、オーレオールがそんな嘘をつく訳がない。そして、スタッフを持ち出したのに、裏切り以外の理由を見出せるかと言われれば否だ。

 

 ギリギリのところで保っていたものが折れる。

 なぜ、ウルベルトはそこまでの事をしでかしたのか。

 もし、この世界でギルド武器が破壊されたならばどうなるのだろう。ゲーム内であればギルド武器が破壊されればギルドは解散になる。

 ギルドが解散になれば、特典として作り上げたNPCも拠点の持ち主でなくなったプレイヤーの命令を聞くことは当然なく、設定などは初期状態に戻る。設置した罠なども当然全て作動しなくなる。

 拠点の所有権が壊した人物になるのであれば、ナザリックはウルベルトの物になってしまうのだろうか。

 だが、ナザリックはギルドホーム用の拠点だ。ギルド以外の、個人での所有は出来ないようにユグドラシルではなっていた。

 

 とはいえ、今はゲームの頃とは違う。

 NPC達だって、設定された通りとは言えそれぞれに感情を持って行動している。そこから、忠義心が消えた状態になるという可能性はあるし、設定がすべて消えて動かなくなるかもしれない。もしくは、ギルドメンバーが書いた設定が消え、種族ごと元の設定に書き変わり、悪魔なら悪魔、吸血鬼なら吸血鬼の性格になっているかもしれない。

 ユグドラシルでは無理だったが、個人でもギルドホームを所有できるようになっている可能性もある。

 どんな効果をもたらすかは分からないが、間違いないのはアインズがナザリックから追い出されるであろうという事実だけだ。

 

 ナザリックに所属するギルドメンバーだからこそ、NPC達はアインズに忠誠を誓っていたのだ。

 見せかけだけの支配者でもうまくやっていけたのはその高すぎる忠誠心故だ。それがなくなれば、アインズに尽くしていこうと思う者はいなくなるだろう。今まで彼らを騙すように支配者を演じていた事を糾弾される自分が容易に想像できてしまう。

 オーレオールの言葉遣いから察するに、まだこちらに敬意を払っているように思われる。

 その為、まだ破壊はしていないはずだ。

 とはいえ、それがいつ起こるかわからない以上、慎重にならなければいけない。

 

『私には、ウルベルト様をお止めする事ができませんでした。御方はナザリックを出られて、ニグレド様に探索するようにはお願いしているのですが、まだ発見には至っておりません』

「そうか、報告ありがとう」

 

 そう言って〈伝言〉(メッセージ)を切った。

 ナザリックを壊される事はなんとしても食い止めなければいけない。

 あそこは自分の帰るべき家なのだ。なんとしても守らなければいけない。

 しかしそれは、ウルベルトと敵対する事に他ならない。

 出来ればしたくはなかった。しかし、敵対しなければただ、ナザリックを崩壊させられて、ウルベルトともここでお別れになってしまうかもしれない。

 

 どちらも捨てたくはない。

 それでも、ウルベルトがギルド武器を持ち出すという行動をしてしまった以上、それを取り返す必要はどうしたってあるのだ。

 取り返したとして、ウルベルトはその行動を起こしたアインズをどう思うのだろうか。また、昔の様に仲良くなれるとはとても思えなかった。あの輝かしく美しい日々は遥か遠く。手を伸ばしても届くことはない。

 それでも、そうだと分かっていても尚、アインズはどうしてもウルベルトを諦める事が出来なかった。彼を繋ぎとめる術はないかと考えを巡らすが一向にアイデアは浮かんでこない。

 NPC達には、とてもじゃないが相談できない内容だ。

 

 ならば誰に、と考えたところでジルクニフの顔が頭に浮かんだ。

 ウルベルトが裏切ろうとしていると伝えようとしてきた彼ならば、自分の知らない何かを知っているかもしれない。それに、アインズなんかよりずっと頭が回る。

 それに、謝るべきだろう。

 ジルクニフの進言はかなり勇気のいる物だったに違いない。フールーダは、アインズがどんな様子だったか、きっともうジルクニフに伝えているだろうし、それによって彼はアインズを怒らせたと恐怖しているに違いないのだから。

 認めたくはないが、彼の言葉は真実だ。

 アインズは、ジルクニフに〈伝言〉(メッセージ)を飛ばす。

 

「あの、ジルクニフ、モモンガなんだが、そのさっきはすまなかった。ちょっといきなりで動揺して」

『モモンガか! いや、いきなりあんな事を言えばそうなるのも無理はない。だが、早急に対策に講じるべきだ。奴の目的は、アインズ・ウール・ゴウンに反逆する事だ。しかし、君からこうして〈伝言〉(メッセージ)をしてくれるという事は、何かすでに動きがあったという事か?』

 

 アインズ・ウール・ゴウンに反逆する事が目的とは一体どういう意味なのだろうか。

 よく分からないがとりあえず、ジルクニフは味方だと思って良いのだろう。

 

「それが、ウルベルトさんにギルド武器を持ち出された」

『ギルド武器? 何だそれは』

「ナザリックの所有権、みたいなものかな。具体的にどうなるのかは俺にも分からないんだが、それが破壊されれば俺はナザリックの支配者じゃなくなる。NPC達も、俺の指示に従わなくなる可能性がある」

『なるほど、それが奴の切り札か。だが、恐らくそれを奴は早々に破壊する事はない』

「なんでそんな事が分かる?」

『奴の目的は、デミウルゴスが自分とアインズどちらを選ぶかを見定めることだ。君が支配者であるが故に余計にデミウルゴスは迷い、迷った末の答えを奴は欲している。支配者でなくなった君では、その迷いが消えるかもしれない以上、それは奴にとっても最終手段のはずだ』

 

 どういう事だと問いただせば、先ほどまでウルベルトが話していたという内容をジルクニフが教えてくれる。

 なんでその程度の事でこんな事を、と思うような内容ではあったものの、なんだかウルベルトらしいと今までの理由の中で一番腑に落ちてしまったのも事実だ。

 ウルベルトという男は、とにかく悪に拘っていた。

 アインズのせいだとか、セバスの行動のせいだけで、ナザリックを裏切るような人ではなかったと信じているが、自分の悪の為であれば何をしたとしても不思議はないと思えてしまうほどの。

 

『あれはもう、君の知っているウルベルトではなく、別の悪魔になり果てようとしているぞ』

 

 アインズは、感情が一定以上まで行けば抑制される。だが、それがないウルベルトの場合は、悪魔としての感情をひたすらにため込んでいたという事なのか。

 

『とりあえず、デミウルゴスの身柄を確保しておく事だな。ナザリックに戻ると言っていたから、今ならまだいるかもしれん』

 

 なら、とりあえず一旦〈伝言〉(メッセージ)を切って、ナザリックに連絡を入れるべきかと思った時に悲鳴にも近いようなそんな声が響いた。

 その声に何かあったのかと街の人も窓から顔を出して外の様子を伺っている。

 アインズもそちらを振り向けば、轟々と燃え盛る炎の壁が見えた。

 

「ゲヘナの炎……」

『何? どうした、そちらで何かあったのか?』

「すまない、ジルクニフ。また後で連絡する。よく分からないが、ウルベルトさんが何かやっている事だけは間違いない様だ」

 

 〈伝言〉(メッセージ)を切ってそちらに走る。

 炎は、王城を取り囲むように燃えている。

 範囲内の悪魔種の攻撃力を上げる等の効果がある。そんな種族限定で効果がある魔法を使えるのは効果の恩恵がある悪魔種のみだ。恐らくデミウルゴスも使えるはずだが、違うであろう。

 ウルベルトだ。

 炎が出現したのが今ならば、その範囲内に彼はいるはずだ。

 だが、なぜ王城に。

 

 嫌な考えが頭に浮かぶ。

 彼は権力者を嫌う。そして、あそこにいるのは権力者達だ。

 人間の、アインズの知るウルベルトであれば例え権力者相手であろうと力がない相手には口は出しても手は出さない人であった。

 だが、彼が本当に悪魔になってしまったのであれば、そんな事はしないと保証は出来ない。ギルド武器まで持ち出した彼を信じる事はもう、流石にできない。

 

 先ほどの集団の前を通りすぎる時、プレアデス達には早急にナザリックに戻りデミウルゴスがいたならば、ナザリックから出ないようにするように頼む。いないのであれば、何としても探すようにとも付け足す。

 突然の、しかも守護者を捕縛しろという内容の命令に彼女たちは狼狽えながらも、了承の意を示してその場を立ち去る。

 

 他の者達がアインズを引き留めてどういう事か説明してくれと声をかける者がいたがそれらには構わず走り、〈飛行〉(フライ)の方が早いかと魔法を唱える。

 それに、一人だけ着いてくる者がいる。

 確か、イビルアイと言っていた。

 

「おい、あれはなんだ! 何か知っているのか!?」

「説明している余裕はないっ」

 

 そう言って一人先に進もうとしていたのだが、目的の人物が同じく〈飛行〉(フライ)を使って上空を飛んでいるのが目に入りその足を止める。

 彼を止めなければと思っていたにも関わらず、その姿を見て、何と言葉をかけて良いのか迷ってしまった。

 

「あれは、何だ。悪魔か? 知っているなら教えろ!」

 

 隣で少女が怒鳴るように問うてくる声は遠く聞こえる。

 恐ろしくて、でも、そのままには出来ないと少しずつ前に進む。相手はまだ、こちらに気づいた様子はない。

 ゲヘナの炎が揺らめき、スクリーンの様になりウルベルトの姿が大きく映し出される。ただの映像を映し出すためのマジックアイテムだが、これによって城下の人間も悪魔の存在を視認する。

 

「我が名はウルベルト・アレイン・オードル。この世に災厄をもたらす悪魔なり!」

 

 芝居がかった口調は、ゲームで遊んでいたころにやっていた悪役ロールとそっくりであった。

 

「手始めにこの地に地獄を創る事とした、炎の中では貴族どもが悪魔に蹂躙されているところだ。ああ、しかし安心したまえ。まだ全ては殺していないとも。いつ自分も同じ目に合うかと恐怖する姿を見る事こそがこの私の愉しみなのだから」

 

 しかし、本物の彼であるならばこんな事をするはずがない。

 本当に変わってしまったのか。昔の彼はもうどこにもいないというのか。

 アインズも、自分で人を殺してもなんとも思わないような人でなしになり果ててしまっている。この場所でアンデッドとして生きるのであればそれもしょうがないかと諦めている。

 代わりに、ギルドメンバーに対する執着は以前にも増したように思うが、そのアインズが執着していたギルドメンバーのウルベルトと、今のウルベルトは同じなのか、それとも別なのか。

 

「おい、あれはお前の仲間と同じ名前だが、まさか本人なのか?」

「そうだ。紛れもなく、俺の友人だ」

 

 とにかく、今はギルド武器を取り戻さなくては。

 ウルベルトの前に行く。イビルアイがついてくるが、彼女に構ってはいられない。

 近づくと、それに気づいた彼は少し驚いたように目を見開いた。

 

「ウルベルトさん」

「これはこれは、アインズ・ウール・ゴウン殿。今頃はナザリックだと思っていたんですが、こんなに早い到着ってことは、すぐ近くにいたのかな。お連れのお嬢さんはどちら様で?」

「私は、青の薔薇のイビルアイだ。城の中の者を殺したと言ったが、一体貴様はどれだけの人の命を奪ったのだっ!」

 

 アインズと違い、イビルアイには明確な怒りがあった。

 彼女は人間なのだから当然だ。同種の存在がただの遊びで殺されてはたまったものではないだろう。

 

「ああ、君がイビルアイか。なるほど。どれだけの命を奪ったかについては生憎と数えていないのでね、私が召喚した悪魔が今も被害を増やしているであろうし、サッパリわからないし、興味はないよ」

「このっ……」

 

 こぶしを握り締めながらも、彼女が動くに動けなかったのは、恐らくその強さを的確に把握していたからであろう。今この場で戦った場合、どうやったって勝ち目はないと。

 

「ウルベルトさん、これがあなたのなりたかった悪なんですか?」

 

 本当に、人間だった頃の彼の意思は消えてしまっているのだろうか。まだ残っているならば、それを戻す術がどこかにあるのではないかと、そんな事を思ってしまう。

 対峙してなお、やはりまだ彼と直接やり合う気になれない。

 話し合いで何とかなれば良いのにと、そんな今更無理だとわかっているのに、そんな考えをしてしまう。

 

「俺はずっと悪になりたかった。いや、悪にならなくてはいけなかった。それだというのに、まだ人間だった頃の俺は、それを忘れかけていた時があった。仲間と楽しく仲良しごっこして、ダンジョンを攻略したりただただ無為に馬鹿みたいに騒いで、そんな事をしているうちに、忘れかけていた時が確かにあったんだ」

 

 それは、間違いなくユグドラシルの頃の話だ。

 

「忘れかけた悪を思い出して、俺はその場所を捨てた。今度こそ、本当に自分は悪になるはずだった。それなのに気がついたらこの世界に来て、人間から本当の悪魔になって俺は人間の頃に思い描いていた悪になりそこなった」

 

 リアルに戻れなくなったため、やろうとしていたことが出来なくなった、という事か?

 しかし、ウルベルトはここに残ると……、そう思いかけて気づいた。

 そうだ、一度も言っていない。ここに一緒に自分と残ってくれるとは、彼は一度も言ってくれてはいなかった。アインズが、勝手にリアルを憎む彼ならば残るだろうという体で話を進めていただけだ。

 ならば、最初からこの世界にきて仲良くやって来ていたように思えていたのは全て嘘だったという事だ。そんなことも気づかず、一人ウルベルトが一緒にいてくれた事にはしゃいでいたという訳か。

 

「それが叶わなくなった今、この世界で、悪魔としての悪を為す。そうしてやっと、俺は救われる」

「ふざけるなっ! 自分の都合の為に他者の命を弄ぶなど」

「それが悪魔ってものだろう。まぁ、この場で決着をつけるのはやめておこう。まだ決心がついていないようだからな。アインズ・ウール・ゴウンの名を背負うならば、きちんと覚悟を決めろ。言葉で俺を説得できるなどと、馬鹿な事は考えるなよ」

 

 そう言い残すと、ウルベルトは姿を消す。

 イビルアイが追いかけようとするが、すでにその姿はなくどこに行ったのかはアインズにも分からなかった。

 ただ、あれは間違いなくウルベルトであった。

 誰かに洗脳されたという事もないだろう。本人の意思で決めて彼は動いている。

 

「大丈夫か、お前」

 

 イビルアイがアインズに声をかけて来る。

 

「いきなり色んな事が起こりすぎて混乱している。それより、俺はあの悪魔とは仲間だったんだぞ。信用できないだろ」

「だが、話から察するに今は敵同士、みたいなものなんだろう」

「敵……」

 

 未だに信じられない。

 とりあえず、ウルベルトを探さなくてはいけない。

 これだけの騒ぎになってしまっていれば、ナザリックの者に知らせずに済ませるという事は出来ないだろう。そうでなくても、プレアデスにデミウルゴスを捕縛するように頼んでいるのだから隠し通せるものではない。

 オーレオールは、ニグレドにウルベルトを探索をするように頼んでいると言っていたし、その結果を待つべきか。

 

 考えながらだったため、深く何も考えずイビルアイの後を追うようについて行く。

 さっきの連中の前に降り立った時、さっさとどこかへ消えておけば良かったと後悔するが今更だ。

 王城の様子を見に行ったのか、人数が減って残っているのはガゼフとブレイン、ラキュースとガガーランだけであった。

 

「ゴウン殿、先ほどのあれは……」

 

 最初に声をかけてきたのは、ウルベルトと面識のあるガゼフであった。

 何と返答すれば良いのか答えに窮しているが、それがウルベルト本人だと言っているも同然であった。

 

「あんたは、あいつが悪魔だって知ってたのか?」

 

 次に声をかけてきたのはブレインだ。

 責めるようなその口調から、アインズも人間以外の存在なのではないかと疑っている事が容易にわかる。

 ここで自分がアンデッドだと言ったらどうなるのだろうか。

 いや、そもそも彼らと別に仲良くなりたい訳でもないのだから、返事なんかせずにこの場から逃げ出せばいいはずなのだが、なんだかそれもし難い雰囲気だ。

 

 その時、ガシャン、ガシャンと、鎧を身に纏った者が近づいてくる音が聞こえてきた。

 振り向いてその存在を認識した時、一瞬たっち・みーを思わせたが、すぐに全く別人だと気づく。

 白銀の鎧を身に纏った騎士が、そこにいた。

 

「ツアー?」

 

 イビルアイが恐らくその白銀の騎士の名前を漏らす。

 

「やぁ、イビルアイ。久しぶりだね。そして、他の皆さんは初めましてかな。僕の名前はツァインドルクス=ヴァイシオン。長いのでツアーと呼んでくれ」

 

 全く知らない名前だ。

 だが、その名前に驚いている者もいる。

 

「アーグランド評議国の白金の竜王か」

「うん。まぁ、本体は抜け出す事が出来ないから、鎧を遠隔操作しているだけに過ぎないんだけどね。昔、その事を教えずに仲間と旅をしていたんだが、今になってもリグリットにはその事をちくちく文句いわれるからね、今回は先に言っておこうと思って」

「リグリットって、あの婆の知り合いかよ」

 

 ブレインがそう言葉を漏らし、青の薔薇もそのリグリットという相手は知っているようであった。

 何も知らないのはアインズだけで、なんだか一人疎外感を覚える。

 そもそも、この人物は何をしに来たのだろうか。

 

「よろしくね、モモンガ」

 

 そう言って、彼が握手を求めるように手を差し出す。

 

「……なんで、名前知っているんですか?」

「えっ?」

「いや、モモンガって、表では名乗っていないんですけど」

「……白金の竜王だからね! 何でも知っているよ!」

 

 怪しい。

 

「ほら、あれだ。君たちはプレイヤーだろ。プレイヤーが良い奴なのか、悪い奴かを見定める為に君らを監視していたんだが、えっと、なんだっけ。そう、帝国。帝国で君の名前をモモンガと言っているのを聞いたんだよ」

 

 確かにジルクニフなど、先日ナザリックにきた帝国の者たちはモモンガと呼んでいたから不自然ではないような気はするのだが、なんでこんな慌てふためいているのだろうか。

 

「監視って、いつから?」

「えっーと、ちょっと待ってね。ああ、そう、君らがユグドラシルからこちらの世界に転移したその日から、だよ。今まではえーっと、特に害がなさそうだったので、接触をしてこなかったが、こうして世界の危機の訪れを感じやって来た。というわけさ」

 

 先ほどからやたらとえっと、とかそういった語が多かったりするのだが、元からそういう喋りなのだろうか。

 

「おい、ツアー。”ぷれいやー”が来たら分かるとか、そんな事が出来るなんて聞いてないぞ」

「それは、ほら、100年毎に何度も起こっている事だからね、最近になって“ぷれいやー”が来る時の感覚がつかめるようになってきて、今回は彼らがやって来てすぐに分かった、という事だよ。うん。という事で、イビルアイはちょっと黙っていてくれるかい? 今僕はモモンガと話しているんだ」

 

 やはり怪しい。とてもじゃないが、信用していい相手だとは思えない。

 

「えーと、それでなんだ。君の友人であるウルベルトは、今までは何とか人間としての理性を消さないように、耐えてきたが、自身の中に生まれた、えーと、悪魔に耐え切れず、とうとう本当悪魔になり、この世界を闇に包みこもうとしているのだ」

 

 なぜだか分からないけれど、まるで台本を棒読みするようにツアーが話す。遠隔操作で鎧を動かして会話もしているようなので、そのせいでこんな喋りになっているのだろうか。

 どうにも胡散臭さが拭えない。

 

「それは、ラキュースがキリネイラムを使っていると闇の人格に乗っ取られそうになっているってのと同じ感じか?」

「ふぇっ!?」

 

 ツアーの話を聞いたガガーランがそう言うと、ラキュースが驚いたような妙な声を上げる。

 確かに神官がそんな風に闇の人格に乗っ取られるというのは恥ずかしいものなのかもしれない。

 

「そんな事になってるの? それは、良く知らないけど」

「わっ、私の事は良いので、ツアーさん話の続きを、どうぞ!」

「そうかい? いやまぁ、とにかく彼を止める事が出来るのはモモンガを置いて他にはいない。だから、君は辛いかもしれないけれど、身も心も悪魔になった友人を倒さなければいけない、みたいなそんな話だよ」

 

 実感がいまだに湧かないせいもあるのかもしれないが、ツアーの説明は、なんだかRPGのゲームの設定みたいだなと思ってしまった。

 

「あと、あれだね。ここにいるメンバーはきっと信頼できる人物だ。だから、君の本当の姿を見せても良いんじゃいかなと思うんだよ」

 

 そう言いながら、ツアーがモモンガのヘルムを剥ぎ取る。

 いきなりの事で反応が遅れてしまい、骸骨の頭を晒してしまう。

 周りのみんなも、あまりにも唐突な出来事に驚いているが、ウルベルトが悪魔である以上、その仲間であったモモンガが人外の存在である事もすでに念頭に入れていたようで、思ったほどの驚愕ではないようであった。

 

「先ほどの話を聞く限り、オードル殿も元は人間だったと言う事であったし、ゴウン殿、いや、モモンガ殿と言うべきか? 貴殿も元は人間だったのが、何かの魔法でアンデッドになったと、そういう事か?」

「いや、あの、なんて言ったらいいのかな……」

「まぁ、とりあえずその認識で良いんじゃないかな。詳しく説明するのは面倒だ」

 

 ツアーは、本当にユグドラシルやプレイヤーについて全て知っている様だ。

 他のプレイヤーにも会った事があるような口ぶりであったし、そういう連中からある程度の事情は聴いているという事なのだろうか。

 

「童貞だと思っていたが、まさかそもそもついていなかったとはなっ」

 

 ガガーランはそういって笑い飛ばす。

 

「ちょっと、ガガーラン失礼でしょ。でも、私も例えモモンガさんがアンデッドでも怖がったりはしません」

「まぁ、ついさっき会ったばかりでそんなにあんたの事は知らねぇが、悪い奴じゃない事くらいは分かる。アンデッドだからって、今この場でどうこう言うつもりはねぇよ」

 

 受け入れられている。

 アンデッドは、人間から忌み嫌われる存在のはずなのに。

 

「私もお前がアンデッドだろうと気にしない、と言うより、私も同じだ。元は人間であったが今は私もアンデッド、吸血鬼なのだからな」

 

 そういうと、イビルアイが仮面を外した。

 どうやらあの仮面は認識を阻害するものだったようで、彼女が間違いなくアンデッドだという事が分かる。 

 青の薔薇のメンバーはそれに特に動揺はなく、初めから知っていたようだ。

 アンデッドだと知っていながら、一緒にチームを組んでいたという事か。そんな事が可能なのだなと驚く。もちろん、普段はそれがバレぬようにアインズと同じくひた隠しにしている様だが、それでも、それを認めてくれる人間と言うのはいるのだという事実に、なんだか少し嬉しいような、そんな気持ちになる。

 別に、ナザリックの者以外から好かれたいだなんて思っていなかたけれど、でも、出来る事ならばやはり知らない人であったとしてもなるべく嫌われたくはないと思っていたから。

 

「もちろん、私も気にしません。モモンガ殿と、オードル殿が悪い人物ではない事は理解しているつもりです」

「いや、ウルベルトって奴は今は悪い奴だろうが」

「そんなことはない。悪魔に精神を乗っ取られそうなってしまっただけなのだろう。本来のあの御仁であればこのような事を喜んでやる方ではない。だからこそ、絶対に止めなければいけない。この世界の為にも、オードル殿の為にも」

 

 まだ、ガゼフは信じているのか。人としてのウルベルトの心を。

 やはり、止めるしか道はない。

 

「とはいえ、オードル殿が今どこにいるかわからぬ以上、今は目の前の事に当たりたい。部下たちを行かせてはいるが、王の安否が心配なのでこの場は立ち去らせていただく。私では何の役にも立たないかもしれないが、肉壁くらいにはなるかもしれない。事を構える事になったのならば、知らせてくれるとありがたい。友を殺すという罪は、一人で背負うには重すぎる」

 

 友を殺す。

 できればしたくないが、そうするしかないか。

 復活魔法を使えば、何とかなったりするのだろうか、などと考えるがプレイヤーが死んだらどうなるかは確認していないので、それが使用可能なのかはわからない。

 

「私たちも、ティアとティナを先行して行かせているけど、王城の方の援助に行かせてもらいます。モモンガさん、どうかあまり気を張りすぎないように」

 

 ガゼフやブレイン、青の薔薇のメンバーが去っていき、ツアーとモモンガだけが残される。

 良い人たちだった。

 どうして自分なんかに優しくしてくれるのだろうと思ってしまうが、例えさっき会ったばかりの相手でも気遣ってもらえるというのは嬉しい。

 とりあえず、今出来る事はウルベルトの居場所を探す事だ。

 デミウルゴスならば知っているかもしれない。

 そう思い、ナザリックに帰還しようと思ったモモンガの前にまた別の人物が現れる。

 今夜は乱入してくる人物が多すぎる。

 

 

「スルシャーナ様!」

 

 近づいてきた男が感極まった声でそう叫ぶ。

 誰の事だ?

 と思うのだが、目線が明らかにこちらを向いている。

 スルシャーナという名前に聞き覚えはなく、人違い、いやアンデッド違いなのは間違いない。骨の区別は難しいであろうから、それも仕方がないとは思うのだが、その顔はどこかで見た誰かに似ているような気がしたが一向に思い出すことができない。

 

 

 

 

 この時のアインズが知る由もない事であるが、彼はスレイン法国の漆黒聖典が一人、クアイエッセ・ハゼイア・クインティアであった。

 誰かに似ていると思ったのは、以前エ・ランテルにてウルベルトが捕縛した冒険者プレートを身に纏った女の兄であったからである。

 

 スレイン法国はカルネ村の一件より、アインズ・ウール・ゴウンと、ウルベルト・アレイン・オードルの動向について探っていた。

 彼らと接触して帰還したニグンの証言により、彼らは人類に敵対する者ではないと思われるが、もしかしたら神の遺物を使っているのか、その力は強大で敵に回るとやっかいだという事で調査を進めていた。

 結局彼らの素性は分からなかったが、少なくとも冒険者になった彼らの行動は特に人類に害があるものではなく、出来れば味方としてこちらに引き入れ、そうでなくても装備品の入手経路だけでも確認はできないかという話題になっていた矢先、帝国から一通の書状が届いた。

 

 曰く彼らは”ぷれいやー”と呼ばれる存在であり、ナザリック地下大墳墓という場所で多くの異形種たちを束ねているのだという。

 書かれてあるナザリックの規模や、推定の戦闘力に目を疑ったが、今まで”ぷれいやー”についての知識はさほどなかったはずの帝国がわざわざこうして手紙をよこしてきた以上、デマという事もあるまい。

 無論、そのナザリック側が偽の情報を流すために行ったという可能性もあるが、デマを流すならば人間側に勝ち目があると装い、ナザリックに奇襲を仕掛けた瞬間に一網打尽とするべきだろう。

 これほど過剰な戦力を持っているというデマは、法国がすぐに手が出せないようにするという時間稼ぎの意味はあるだろうが、本当に大した力がないのであればそんな事はいずれ分かる。

 神とはいえ人間以外の種族である彼らは、どれだけ強大であっても、倒さねばならないという話の流れになるのだが、その”ぷれいやー”のうちの片方がアンデッドであるという情報が、議論を白熱させた。

 

 法国は、六大神を信仰しているが、そのうち闇の神であるスルシャーナはアンデッドであった。

 もちろん、アインズとスルシャーナが同一人物だと思っている者はほとんどいない。スルシャーナであれば異形種達とともに行動をしている訳がないし、スルシャーナの従者であったお方もその事について言葉を発せない以上、違うのだとは思われる。

 とはいえ、もし本当にスルシャーナであったならばとほんの少しばかり不安になるのも事実だ。帝国からの書状にも、悪魔であるウルベルトは危険人物だが、アインズの方は現状、人間と敵対する意思はないと書かれてあり、罠である可能性ももちろんあるが、アインズと一度接触してみるべきではないかという話に落ち着いた。

 

 そこで本人たっての志望もあり、クアイエッセがその任についた。

 ウルベルトの隙をついてアインズだけに接触を試みる以上、人数は少ない方が良い。そして、何かあっても単身逃げ延びれる人材となると、彼が適任ではあった。

 熱狂的とも言えるスルシャーナ教の信者であったクアイエッセとしても、本当にアインズがスルシャーナであるとは信じてはいないものの、一刻も早く真偽を確かめてくてしょうがなかった。

 

 道中、彼らが滞在した事のあるカルネ村に立ち寄った。

 ニグンや、今まで調べてていた内容ではアインズもウルベルトも人の良い性格を少なくとも表面上はしていたと聞いていたのだが、村人がここだけの話だがと、ウルベルトという男がどれだけ酷い男で、それを止めるアインズがどれだけ聖人であったかを語った。

 直に人の声を聞くと違うものだと思いながら、彼らが拠点としているエ・ランテルに向かう。

 冒険者組合に行っても、アインズとウルベルトが今どこにいるのか分からないという回答を得たのだが、そこで、彼らと一緒に仕事をした事があるという、漆黒の剣という冒険者達に出会った。

 彼らも、カルネ村の者と同じように、ウルベルトは悪であり、アインズが正義だと言っていた。そして、ウルベルトに最後に会った時、王都に行くと言っていたという情報を得て、クアイエッセはこの地にたどり着き、先ほど王都で上がった炎に映し出された光景を見た。

 

 そして、慌ててアインズが降り立った地にたどり着いた時、かの御方の顔をはっきりと視認し、確信した。

 この御方こそ自分の崇拝する神で間違いないと。

 

 

 

 

 

「大罪を犯せし者たちによって放逐されたなど偽りの伝承でしかなかったのですね!」

 

 神との邂逅に感激に打ちひしがれるクアイエッセであるが、当然彼の事情など全く知らないアインズにとっては、意味不明な状況であった。

 何と返答するべきかとあたふたしていると、ツアーが二人の間に入る形で会話を始める。

 

「彼は、モモンガ。スルシャーナの生まれ変わりみたいなもので、スルシャーナだった頃の記憶はないという設定だ」

「なるほど! ……設定?」

「ああ、いや、そういう話なんだよ。復活の際に記憶が消えちゃったとか、そういうあれだ」

「そうであられたのですね」

「えっ? えっ?」

 

 なぜかよくわからないが、ツアーが勝手に話を進めていき、話の内容を今一理解していない事もあり、否定すらろくにできないでいる。

 と言うか、スルシャーナとは誰だ?

 

「今までは彼の力で悪魔を封じ込めていたのだが、ついに悪魔の真の力が解き放たれてしまったのだ。モモンガはこれから世界の為に悪魔と対峙する訳なんだが、法国はどうするんだい?」

「もちろん、スルシャーナ様に付き従い、戦いにはせ参じる所存です」

 

 クワイエッセがキラキラした瞳でこちらを見ている。

 よく分からないが、とにかくこの男はスルシャーナと言う人物を崇拝していて、アインズをそれだと勘違いしているようだし、ツアーにいたっては勘違いさせようとしている。

 否定したいが、期待に満ちた瞳を見ていると違うとはとても言いにくい。

 

「こっ、これは私の役目だ。お前たちが戦場に来ても無駄死にするだけになるぞ」

「なんと慈悲深いお言葉なのでしょう! 神の為に死ねるのであれば本望です。それに、法国には神が残したアイテムもあります故、心配はご無用です」

 

 神とは、プレイヤーの事だろうか。プレイヤーが残したマジックアイテムを法国は所有しているのか。

 元より一番怪しいと思っていた訳だが、つまりシャルティアを洗脳したのこいつらの可能性が高いんじゃないのか? とも思ったが今はそれどころではないのでそれを聞くのはやめておく。

 ただ、そんな事を考えている間に、法国に戻りすぐに軍を出せるようにしてきますと言ってクアイエッセがすでに遠くに行ってしまっている。

 いきなり現れて、いきなり消えて行ってしまった。

 

「なんで、あんな誤解を招くような事したんですか?」

 

 怒りを込めてツアーに尋ねる。

 

「法国は人間以外を許さないからね。例外があるとするならば、彼らが崇める神、スルシャーナくらいなものだ。誤解させておいた方が今は丁度良いんだよ」

「あとで困らないですか、これ」

「困るかもしれないね。法国も神が一人だけ再臨したとなると宗教戦争が起こるかもね。でもまぁ、君には時間がたくさんあるんだから、少しずつ誤解を解いて行けばいいよ」

 

 何なんだこの男は。勝手な事ばかり言って。

 

「そう警戒しないでくれ。僕は君の味方だ」

「信用できない」

 

 先ほどまで一緒にいたガゼフや青の薔薇のメンバーは信用しても良いのではないかと思うが、このツアーと言う人物だけはどうにも信用が出来ない。

 彼が、戦況を自分の良いように勝手に動かしているようにしか思えて仕方がない。

 

「そうか、それは残念だ。君とは友達になりたいと思っていたんだが。まぁ、今夜はこんなもんで良いだろう。それじゃあ、モモンガまた今度」

 

 そう言って彼も去っていき、今度こそ乱入者は現れることはなくモモンガ一人になる。

 とりあえず、途中で〈伝言〉(メッセージ)を切ってしまったジルクニフに何があったのかを説明したあと、ナザリックへと帰還した。




 描写はしてないけど、この話で初めて原作生存者が死亡してますね。ランポッサとかひっそりと死んでますね。といっても、王様は次の新刊で死にそうな気もするけど。

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