魔を穿つ剣は、今までに見た事のないほどの輝きを放ち、遠く離れた地からもその光は見えていたという。
ほんの少し、人々は勝利を期待したが、それがはかない希望であったのだとすぐに気づく。
その首が斬り落とされ、そして炎により遺体すら回収する事が出来ず、復活させる事もできないという報告を受け、表情を変えることがなかったのは、聖王女であるカルカだけであった。
妹であるケラルトは必死に平静を取り繕おうとしたが、その涙を止める事は出来ず、しかしそれでも己の役割を全うしていた。
だが、カルカが非道かといえばそういう事もなく、そばにいた聖騎士は彼女のあまりにも握りしめられすぎて血の気の失った手に気づいていた。
王として前に出ている間は、悲しみを表情に出さないように耐えているのは明白であった。
ならばその意思を尊重し、その手については見て見ぬフリをした。
見える範囲のみであるが、亜人の城壁内への避難はレメディオスの時間稼ぎにより先ほど終了した。
だが、この程度の城壁であれば悪魔は簡単に破ってしまうであろう。
すぐにでも、聖王女だけでもここから退避をさせようとしたが、彼女は動くことはない。
ずっと、城壁の一番見晴らしのいい場所でその状況を子細に確認していた。
援軍はまだ来ない。
当然だろう。瞬間移動でもできない限り、普通はあと数日かかるところだ。そもそも、援軍が来る保証などないし、来てくれるたとして、勝てるかどうかも怪しいものだ。
「俺としたことが、少し遊びすぎてしまったようだ」
何かの魔法なのか城壁にまで聞こえる声でそう言って、悪魔は剣をどこかに仕舞ってしまうと、代わりに禍々しい見た目のマジックアイテムを手にしていた。
「あがいて見せろよ、人間ども」
そう言うや、アイテムから100を越える悪魔が呼び出される。
亜人達を襲っていた悪魔も、まだ全て倒し切れてはいないのに、いきなりこの数を対処するのは難しい。なにより、親玉である大悪魔がその後ろにまだ控えているのだ。
もうこれ以上、どうすることもできない。
ひたすら城壁を守るより他にない。
それが、無謀だと分かっていても。
そんな中、さらに別の集団が現れる。
その現れ方は異様であった。異次元の穴とでもいうべきか、何もない空間から亀裂の様なものが生まれたかと思うとそこから異形の者達が現れた。
まず、その先頭に立つのはアンデッドであった。
その後ろに、頭に角を生やし腰に翼を付けた異形の存在、他にはダークエルフの双子と、ひときわ目立つのは巨大な虫の様な化け物であった。
誰もが、彼らはウルベルトなる大悪魔が呼び寄せた援軍であろうと絶望した。
だが、そのあとに続いて出て来た存在達に、聖王国の民は相手が本当に敵であるのかが分からなくなる。
場違いに執事服を着た男はただの人間の様に見えた。そのあとに続くのは、冒険者と言った格好の5人組。ここまでは、それでもきっと彼らも恐ろしい化け物の仲間だろうと思っていたが、そのあとに続いて出てきたのは、王国の旗を持つ戦士団であった。
その先頭に立つガゼフ・ストロノーフの姿は、その顔を見知った聖騎士達が間違いなく本物だという。
冒険者の5人組も、王国のアダマンタイト級冒険者、青の薔薇ではないかという声が上がる。
なぜ、人間であるはずの彼らがあのような異形と共に現れたのか。
もしや、王国はすでに悪魔に乗っ取られており、彼らは悪魔たちに強要され、もしくは洗脳されてこの場にきているのではないかと、そんな不安な声が上がる。
人間だからと言って、異形種達と一緒に現れた彼らをすんなりと王国の兵士だからと受け入れられる訳もないが、それでも、万が一にも彼らは味方ではないのかという、希望的な観測をする者も少なからずいた。
彼らが味方でなければ、聖王国の滅亡は決まったも同然なのだから、そんな希望に縋りたくなるのも当然と言えば当然であった。
敵か味方か分からぬ彼らがどのように動くか、聖王国の人間は固唾を飲んでその動向を見守った。
「どうやら、俺は間に合ったようですね、ウルベルトさん」
アンデッドが、大悪魔に話しかける。
「なんです。俺が今から気持ちよく虐殺を始めようと思ったのに、それを止めに来たんですか?」
「そうです」
「人間なんてどうでも良いと思っているのに?」
「そうです。今だってそんなに彼らの生き死になんてそれほど興味はないんです。でも、あなたがそれをするのは、見ていて気分が悪い。だから、それを止めに来た」
その言葉に、悪魔は高笑いをする。
「それで、何の役にも立たない人間も連れて来たんですか、あなたは。守る数が増えると厄介なだけですよ」
そう言いながら、先ほどと同じようなアイテムを取り出し使用すると、先ほどよりもはるかに多い、数えきれないほどの悪魔が呼び出される。
「全員守ります。これ以上、あなたにこんな無益な殺しはさせたくない」
「つまり、俺に殺しをさせない為に俺を殺すと、そういうのか」
「殺す気はないです」
「は? 俺を殺す覚悟もなくこの場に来たんですか?」
「友達を殺す覚悟なんて、したくありません。だから、思いっきりぶん殴って、それからどうするか、一緒に考えましょう、ウルベルトさん」
「まったく、頭の中お花畑ですか。そう言うのなら、追加できたそちらの援軍もきちんと守って、俺を倒して見せて下さいよ」
「援軍?」
そんなものはこれ以上用意していない。
だが、ウルベルトが向く方向から音が聞こえる。足並みをそろえて進軍するその足音が。
50人規模であった王国の戦士団の比ではない。
帝国の騎士がずらりと並んでおり、空にはヒポグリフに乗ったロイヤルエアガードの姿もあった。
その中には帝国の皇帝の姿もある。
「人類の危機のため、そして何より友の窮地に駆け付ける為に、私はこの地にやって来た」
帝国の騎士たちは、それぞれに配置につき守りを固める。
敵対する悪魔の総数や、正体不明の異形種達に驚いた様子はなく、まるで初めからこの戦場の状況を知っているかのようであった。
「聞こえるか、モモンガ! 私はその、ウルベルトという悪魔に痛い目に合わされてな、できれば自分でぶん殴ってやりたかったのだが、どうにも私にはできそうにない。私の分までそいつの事をぶん殴ってやってくれ!」
どうやって帝国軍がここまでやって来れたのかは分からない。
分かる事は彼らは人類と、そして悪魔と今対峙しているアンデッドの味方だという事だけ。
聖王国の民と助けられた亜人達はその様にあっけにとられる。
先に現れた異形種達の力は圧倒的で、召喚された悪魔を見事なまでに一掃していく。
それでもまだ、信じて良いのかまだ不安が残る。
本当にアンデッドなど信じて良いのか、まして頭に角が生え、腰から羽根が生えたあの者は悪魔なのではないかと思われ、どうしても信じ切る事が出来ずにいた。
「我々は、人間達が助けてくれると信じてここに訪れた亜人達を助けました。ならば、今度は私たちが助けに来て下さったという方々を信じましょう。それが、例え人間以外の種族であっても。我々の生きる道は、今それ以外にないのですから」
カルカの言葉に、半信半疑な者もまだ多数いた。
だが、それ以外に生きる道はない。それだけは確かな真実であった。
それに、王国兵も、帝国騎士も異形の者達を恐れることはなく、彼らをフォローするかのように戦い、城壁が破られないようにと守ってくれている。
そんな中で、たとえ疑っていたとしてもそれを口に出せる者は、現状誰一人いなかった。
ギルド武器を取られ、ウルベルトの捜索の為にニグレドなどの一部のNPC達にはすでにその事が知れてしまっている以上、黙っているわけにはいかないとアインズはナザリックのなるべく多くの者を玉座の間に招き、事の顛末を語った。
その時の彼らの悲痛の表情。
彼らに、彼らの敬愛する至高の御方であるウルベルトを倒せと命令する事が、アインズにはできなかった。シャルティアの時もそうであったが、誰かが傷つくくらいならば、自分一人が傷つき、その罪を背負った方が良い。その方がまだ気が楽だ。
そう思ったのだが、頑なにNPC達はそれを拒んだ。
ウルベルト相手でもシャルティアの時の様にどうにかする策があるといっても、嘘だと見抜いているからなのか、誰もアインズのその行動を良しとはしなかった。
ここでアインズを失えば、至高の御方が誰一人としていなくなるのだから当然と言えば当然であったのかもしれないが、前回シャルティアの時は、アインズがそう決めたならばと言ってくれたコキュートスでさえ、首を縦に振る事はなかった。
皆、今回ばかりはアインズ一人に行かせる訳にはいかないと。この命令ばかりは聞くことが出来ないと、アインズの言葉を拒んだ。
「相手が同じ至高の御方であれば、アインズ様とて無事では済まないでしょう。我々を傷つけたくないという、慈悲深いお気持ちは嬉しく思いますが、どうか私に御身を守らせて下さい」
アルベドは、アインズが何を言おうと着いて行くとそんな様子でそう言った。
「わらわには、ウルベルト様のお気持ちは分かりんせん。どうするのが本当に正しいのかも分かりんせん。でも、アインズ様をお一人にしてはいけない事は分かっていんす。だから、どうか一緒に連れっていっておくんなし」
理解していなくても、アインズが一人になるのは良くないと、シャルティアが彼女なりに精一杯考えた様子でそう言った。
「正直、至高の御方がナザリックに反逆するなんて考えた事もなかったんで、まだよく理解していない部分もあるんですが、あたしはアインズ様の側につきたい。そして、そのアインズ様がウルベルト様と対峙するのを、ただナザリックで見守るだけなんて、そんな事はしたくありません」
アウラが、ここでただ待っているなんてそんな事は耐えられないと、そう言った。
「ぼっ、僕も、ウルベルト様と戦うのは嫌だけど、アインズ様はもっと嫌なんだと思うから、お役に立てるか分からないですけど、僕も一緒に行きたいです」
嫌な事を自分一人で背負おうとしないで欲しいと、マーレがそう言った。
「アインズ様ノオ言葉ニ従ウ事ガ本当ハ正シイノカモ知レマセン。シカシ、御二方ドチラカ、モシクハ両方ガ去ルカモ知レナイコノ事態、最後ガドノ様ナ結末ニナルノカ、出来ル事ナレバ、御傍デ見届ケサセテ頂キタク思イマス」
間違いなく、アインズが勝ったところでウルベルトが今までのように戻ってくる事はほぼあり得ない。だから、別れとなるこの戦いには、どうしても一緒に行きたいと、コキュートスがそう言った。
「ウルベルト様は私の行動がなくても今回のような事を起こしただろうとおっしゃられました。確かにその通りかもしれません。ですが、あの時の御方の言葉はもっともだった。私は、何が本当に大事なのかあの御方に示さなくてはいけない。だからどうか、私の我儘である事は承知ですが、アインズ様と共にウルベルト様の元へ行く事をお許し願えないでしょうか」
セバスは、この前の事が深い傷となっており、それ故にウルベルトと会える最後の場所になるかもしれないその地に、どうしても一緒に行きたいのだと、そう言ってきた。
ここに来て、初めてアインズは彼らNPCが本当に生きているのだなと実感した。
そう思おうと考えても、設定通りにしか動く事の出来ない存在だという認識が今までは頭から離れなかった。
だが、そうではない。
先ほどデミウルゴスだって言っていた。自分は設定通りに動くだけの機械ではないのだ。
「お前たちの中には、人間を嫌うように設定された者もいる。だが、私は今から人間を助けに行こうと思う。それでも、この私に付き従いたいというのか」
それでも構わないと誰もが言う。
ただ、それは何故かと問う者も当然いる。
「私の知るウルベルトさんは、そういった虐殺を好むタイプではなかった。彼はリアルでは虐げられて生活してきたが、それ故に自分がそういった行いをする事を律していた。弱い相手に暴力を振るう事はしない人だった。だから、私は彼にこれ以上の殺しをさせないよう、人間を守りたいと、そう思っている」
ウルベルトがリアルで虐げられていたという言葉にNPC達は衝撃を受けるが、そういう理由ならば人間を守るのも当然だと彼らは言ってくれる。
今のウルベルトやナザリック全体の設定を考えれば、いっそアンデッドとして蹂躙に参加するようなそんな振る舞いをするのが良かったのかもしれない。
だけど、やはり自分は元のウルベルトが好きで、そんな彼を捨てられはしたくなかった。
「それも、今回だけに限らないかもしれない。先日ナザリックに来た帝国の皇帝ジルクニフは私を友だと言ってくれた。他にも、私の事を気遣ってくれた人間がいた。無論、その者達とナザリックどちらを選ぶかと問われれば私は間違いなくナザリックを選ぶ。だが、出来ることならば彼らとも友好関係を築いて行きたい」
人間を食料として見ている者も多く存在するナザリックにおいてこれは酷な話であるという事は、アインズも承知の上だ。
いざとなれば彼らを切り捨てる事は容易だが、それはしたくなかった。
アンデッドであってもアインズを受け入れてくれた彼らの事を失いたくはないし、彼らが人類を守りたいと思っているのならば、アインズもできれば同じようにそうしたい。
誰も彼もを助けようとは流石に考えていないが、ああして受け入れてくれる人がいるのであれば、共存という道も悪くないのではないかとそう考えた。
そんな風にできたならば、他のギルドメンバーの誰が来ても胸を張って自分の友人を紹介し、今まであった出来事を笑って話せるのではないかと思ったから。
ただ、それにはウルベルトをどうにかするより他にない。
彼を殺す覚悟は未だにできていない。
ただ、本音で話し合う覚悟は出来た。
ウルベルトが何と言ってこようとも、相手の意見に流されず自分の意見をはっきり言ってやるのだと、それだけは決めた。
正直勝ち目は全くない。
何はともかく、会話が必要だ。
結果、戦う事にはどうしたってなるのだろうが、とにかく直接会わなければどうしようもない。
アインズの言葉に、誰もが迷うことなく、アインズが人間と共存を望むのであればそれに付き従うと言う。
本当にそれで良いのかと問いただせば、構わないと、アインズが自分たちのせいで苦しむ姿は見たくないと、そんなアインズを見るくらいならば、下等生物と思っていた人間に味方する程度何でもないと言う。
彼らの決意は固い。
ウルベルトと戦う事になるであろう事には、未だ誰もが不安を抱えているようだったが、それはアインズも同じだ。
だから、アインズは一人で行くことをやめた。
とはいえ、誰もがガゼフや青の薔薇のように異形種であるアインズやナザリックのシモベたちを許容する事はまずありえないだろう。
これから聖王国に行くわけだが、そこにアンデッドの大群なんて連れて行けば間違いなく混乱が起こるだろうし、守るどころの話ではなくなるだろう。
それ故、少数精鋭で行くことに決めた。
アルベドに、コキュートス、アウラとマーレ、そしてセバス。
最初、ウルベルトと同じ悪魔種であるアルベドは除外しようとしたのだが、守りに徹する事になるかもしれないのであれば、自分以上の適任はいないという彼女を入れることになった。
他は、万が一の事を考えてナザリックの防衛にあたらせる。
ウルベルトが、ナザリック内のどこにでも転移できる指輪を持っている以上、これ以上ナザリックを防衛するメンバーを減らすわけにはいかない。
そう言った理由と、以前ワールドアイテムを持った相手に襲撃されたシャルティアが表舞台に出るのは良くないだろうと彼女はナザリックに残る流れとなった。
そのメンバーでナザリックを出て聖王国に向かおうとした時、声を上げたのはパンドラズ・アクターであった。
人間達を助けるのであれば、同じ人間達と一緒に戦場へ行き、共に戦えば聖王国の民もこちらを信用するのではないかと言うのである。
その言葉に、なるほどと思いガゼフと青の薔薇のメンバーに声をかけた。
王国はその城内での惨劇故にごたごたとしていたが、ガゼフが何とか上と話をつけ、彼の直属の部隊が聖王国に行くことを許可された。
ガゼフの直属とはいえ、王国の兵士だ。
どうやら国王が死んでいたようで、ならばすぐに話はつかないのではないかとアインズは思っていたのだが、案外すぐに話が通った。ガゼフも拍子抜けと言った様子であった。
とはいえ、手続きだなんだですぐに行けるという事もなく、運よくウルベルトもまだ動いていなかったようで数日後に、ウルベルトが現れたタイミングで聖王国に乗り込む事になる。
何だか上手いように事が運んでいるなと思いながらも、アインズは今こうしてウルベルトと対峙する。
「あの、くそ悪魔!」
モモンガから王国でのウルベルトの動きや、その他評議国の白金の竜王などが現れたという報告を聞いたジルクニフは、すぐさま王国の被害情報を確認するようにと部下に指示を出した。
本来であれば
何人かはこの事件で殺されてしまっていたが、残った者がいうには、現れた悪魔は品定めをするようにそれぞれ人の顔を確認し、名前を問いただしたその後に殺しを行っていたと言う。
誰が殺されていたのかと分かっている範囲で名前を上げていくと、まず国王であるランポッサⅢ世の名があがり、次に第一王子であるバルブロと続き、その後も名前を読み上げている。
黙って報告を聞いていたジルクニフが、いきなり声を荒げたのは、死亡者名を15人ほど上げたタイミングであった。
「どっ、どうされましたか?」
秘書官であるロウネがおそるおそる尋ねる。
「どうしたもこうしたもない。すぐに軍を動かす準備をするぞ。このまま舞台から降りては、帝国はただのやられ役ではないか」
「それは、一体どういう意味なのですか?」
同じくその報告を聞いていたニンブルも、ジルクニフが何に気づいたのかわからず困惑の声を上げる。
「あの悪魔、最初から国を亡ぼす気などさらさらなかったのだよ」
「いえ、しかし
「私が王国の国王であったならば、先ほど名前の挙がった奴らはほとんど処罰していたであろう者達だ。頭の固い貴族や、汚職に手を染める馬鹿どもばかりだ」
「偶然、という事は?」
「先ほどの報告にも悪魔は相手を選んでいたと言っていたであろう。つまり、奴は王国の膿を排除し、その後の王国が再建しやすい環境を作り出したにしか過ぎん。それを分かりにくくするために関係ない者も中には含まれているのだろうが、それでもあの腐り切った王国を立て直すには必要最低限な犠牲のうちだろう」
「しかし、全員を殺さないのはいつ殺されるかわからぬ恐怖を味わわせるためと、言っていたのですよね?」
「だからこそ、もし本当にそのつもりであれば王国に必要な人物こそを先に殺し、馬鹿な貴族だけを残すはずだ。ウルベルトの奴が王国の内情を詳しく知っているはずがないから、恐らく誰を殺すか決めたのはラナーだろうな」
どの時点でラナーがウルベルトと組んでいたのかは分からない。案外、あの化け物レベルで頭のいい女の事であるから、ジルクニフと違い早い段階でそれに気づいて準備していたからこそ、こうも早く王国での虐殺が行われたという可能性があるし、実際そうなのだろうとジルクニフは考える。
元より嫌な女であったが、より一層嫌になる。
最初から勝ち組の椅子に座って、必要な人間と不要な人間を仕分けていた訳だ。
「しかし、それで奴に何の利点があるのですか」
王国を潰す気が本当はなかったとして、ウルベルトが何を得るのか。
「ナザリックの異形種たちと手を取り仲良くなれと言われて、お前たちすぐにそれができるか?」
「えっ、それは、そうですね。正直少し難しいかと」
「ならば、共通の敵がいるとしたならばどうなる」
「それは、奴はナザリックの者達と人間を共闘させるために、わざと悪役を演じていたと、そういう事なのですか」
ジルクニフは、ニンブルのその言葉に忌々しそうにしながらも肯定した。
「まったく、皮の剥がされ損だ。そもそも、私の皮を使ってスクロールを作ったというのも、今にして思うと怪しいな。いやまぁ、もうそれはいいか。気づかなかった私が悪いとは言いたくはないが、私の意思でモモンガを選ばせたくてやったんだろう。明らかにやり過ぎだがな!」
「それで、進軍と言うのはどこに?」
「わからん。だが、聖王国辺りだろう。恐らくモモンガもシモベを率いてそこにいるはずだ。ナザリックのシモベの形相を先に兵に伝えておけ。ウルベルトは恐らく悪魔を召喚するなりしているだろうが、その数は予想の10倍はいると考えていろ。だが、臆することはない。奴の狙いが国を亡ぼす事でない以上それほど被害が出ることはないだろう。何より、ナザリックのシモベ達がいるのだから負けるわけがない」
「あの、それならば我が軍は不要なのでは? 彼らの戦力がどれほどかは聞いていますが、我々が行けば邪魔になるだけではないでしょうか」
その疑問は当然だ。
戦力だけで言うならばナザリックだけで十分だ。帝国軍がどれだけの数をそろえられたとしても、彼らにかすり傷を付けられるか程度の力しかないのだから、いない方が良いのではないのか。
「聖王国は今まで亜人からの進行により、貿易がある一部の種族以外には帝国以上に排他的だ。これから国を、世界を変えるならば、ここで人間が前に出る必要がある。聖王国の堅物共も、異形種に助けられたとは認めたくなくても、帝国から援助が来た事は無視できまい。今回の進軍は、人間と異形種が手を組んだという実例を作る機会だ。故に、なるべく数は欲しいがナザリックの者達の形相を伝え明らかに顔に出るほど難色を示す者がいたらそいつらはこの作戦にはいれるな」
「なるほど。了解しました」
「それに先ほども言ったが、このまま舞台を降りれば我々帝国は、ただ奴の良いように扱われただけの端役だ。神話の中で名を上げるには、ここで動くより他にない。他の者にも言っておけ、この進軍に加われば、後世まで己の名が残るとな」
「神話、ですか」
「そうだ。奴らと同じ”ぷれいやー”である八欲王たちの話は、今は神話として現代に残っている。奴は今その、神話の悪役になろうと、自分で台本を書き、壇上に立っている」
何と愚かな考えか。
しかし、あれほど迄に悪に拘っていた男であるならば、それもあり得る。
どう幕引きするのかまでは分からないが、ナザリック側を勝利させようとしているという事実だけは明らかだ。
「まったく、馬鹿な男だな、あいつは」
悪態をつきながら、ジルクニフは軍の用意をするためにと準備を始める。
その考えが正しかったのだと証明するように、一人の人物が現れ聖王国まで通じる道を創りだす。
それにより、帝国軍は本来ならば到着するはずのない速さで聖王国に到着し、事前に知らされた通りの戦場の様子に驚く事もなく、参戦をするのであった。
作者の書くウルベルトさんは、「悪に憧れながらも、悪役にしかなれない男」というコンセプトで書いてます。