ユグドラシルの世界で、ウルベルト・アレイン・オードルと名乗っていた悪魔が、その居城に数年ぶりに姿を現した。
久しぶりに降り立った円卓には誰もおらず、その事にウルベルトは胸をなで下ろす。
コンソールを確認すると、今このナザリック地下大墳墓にいるのはギルドマスターのモモンガだけと表示されていた。
少なくとも、10人くらいは集まっているだろうかと思っていたのだが、その予想より遥かに下回る人数にいたたまれない気分になる。
今、モモンガはどんな気持ちでどこにいるのだろう。
自分が辞めたあと、何人がここを去り、彼はそれを見送っていったのか。
声をかけてあげたいが、流石にそれはできない。だが、ログアウトをしたならば、彼に手紙を書こう。それで許されるかはわからないが、自分もこの場所を大切にしていたという事だけは、モモンガに伝えておきたかった。
格好がつかないため、服装だけは最低限の物は装備していたが、それ以外はギルドの指輪しか今は持っていない。
それなりに価値がありそうなものは、引退時その場にいた人達に譲渡し、それ以外は全て自室にしていた部屋に投げ込み、必要ならば勝手に使って良いからと言い残し、足早にログアウトしたのだ。
酷い引退の仕方だと今だから思うが、それでもあの時は一分一秒でも早くこの場から逃げ出したくてたまらなかった。
ギルドメンバーの証であるこの指輪も、本当はモモンガに渡すつもりだったのだが、それを彼は拒否した。
いつでも戻ってきていいからと、優しい声でそういう彼に、自分は言い争いになると面倒だという酷い理由で、その指輪をはめ直したのだ。早くこの場から出ていきたいという理由で。
今は、指輪を持たせたままにしてくれたモモンガに感謝する。
アップデートに時間がかかってしまったため、もう時間は3分を切っている。
ウルベルトは指輪の力を使い、己が作った悪魔と再会すべく7階層に飛んだ。
7階層灼熱神殿。
引退した時と、その光景は何ら変わっていなかった。
他のメンバーが引退して、人数が減った後もモモンガがこのナザリック地下大墳墓を守ってくれていたからなのは間違いがない。手紙を書くときに、その事のお礼も書かなくてはいけないなと、頭の片隅にメモをして目的の人物の前まで行く。
緋色のスーツを着た細身の悪魔が、ウルベルトが設定した通りの場所にいた。
「久しぶりだな、デミウルゴス」
いきなりやめてしまったので、彼に最後に会ったのはいつでどんな事をしていた時なのかさえ、ウルベルトは覚えてはいない。
引退の時は、その場にいるだけで気分が悪くなり、ここに来ることすらできなかった。
「今日はお別れを言いに来たんだ。俺は、この後死ぬ。その前に、どうしてもお前に会っておきたかった」
NPCであるデミウルゴスの表情は変わらない。当然だ。こんなこと言ったってなにも変わらないのはわかってはいるが、自分にとってのけじめみたいなものだ。
「ベルリバーの仇討ちってのも当然理由の一つだが、結局は俺のわがままだ。ここで死ぬ事でしか、俺は本当の悪って奴になれない。俺は、お前みたいな生まれながらの悪じゃないからな」
時間はもう、10秒ほどだ。
「もう、お別れの時間のようだ。お前を作ることが出来て俺は幸せだった。ありがとう、デミウルゴス。さようなら」
0時になる。
時間になったにも関わらず、ログアウトする様子がなく、コンソールを確認しようと目の前の悪魔から視線を外した時、声が聞こえた。
「置いていかないでください……」
すぐそばで聞こえてきたその声は、聞き取るのが難しいほど小さな声であったはずなのに、その耳触りの良い声はしっかりとウルベルトの耳に届いた。
声の聞こえた方に顔を向ければ、ウルベルトが創り出した悪魔が涙を流していた。
外見はどこからどう見ても大人だと言うのに、その姿をはいつまでも帰って来ない両親への不安で涙した、子供の頃の自分の姿と重なって見えた。
「……死ぬなどとおっしゃらないで下さい。それでも、どうしてもと言われるのでしたら、どうか私も連れて行って下さい。御身のお役に立つ事こそが、私の存在意義。どうか、どうか……」
涙に濡れた宝石の瞳の輝きは、なんとも美しかった。
自分は夢を見ているのであろうか。
ユグドラシルにやって来たのは久しぶりであったが、これがゲームの世界でないという事だけははっきりとわかる。ウルベルトが引退したあとに、更にアップデートがされ、パッチが追加さられていたとしても、これはありえない。
NPCがこんなにも感情的に話したり表情を変えたりするなどありえるはずがないのだ。
それに、あの瞳だ。
確かに、ウルベルトはデミウルゴスに普段はあまり開かれる事の無い瞳は、宝石で出来ていると設定していた。
だが、それはあくまで設定にそう記入していたに過ぎず、実際に宝石を埋め込んだ訳ではない。
ゴーレムなどであれば、強化するのに別途で鉱石を必要とするが、基本的にNPCは最初に種族を選び、種族毎のデフォルトの状態からプレイヤーが外装を変更して行く事となり、中身までは弄れないのだ。
それだというのに、デミウルゴスにはウルベルトが思い描いた通りの瞳をしている。
もし、万が一にも引退している間にそんな事が可能になってたのだとしても、少なくとも運営側が変更したわけではなく、プレイヤー側が行なったはずだ。流石に、運営がただのフレーバーテキストでしかない設定まで確認してその通りにNPCを変更するわけがない。瞳の件が無くても、プレイヤーの自由度を優先としていた運営が、勝手に個人が作ったNPCの仕様を変更するとは思えない。
ならば、新しいパッチを使いギルメンの誰かが設定したかといえば、それもノーだ。
どう考えても、表情一つとってもかなりの情報量だ。全NPCにそんな設定を作れるはずがない。万が一、1人2人程度なら可能だったとしても、引退したウルベルトが作ったNPCを選ぶわけがない。
夢ならばと頬をつねろうとすれば、毛皮の感触があまりにもリアルに感じられる。
自分のアバターは、ヤギの様な姿をした悪魔であり、それが変わっていないのが顔に触れた感触からわかる。そして、デミウルゴスのみならず、ウルベルトの顔も本来変わらないはずの表情に変化がある事が確認できてしまった。
コンソールを操作しようにも、表示すらされずGMコールもできない。
いや、違う。今はそんな事を考えている場合じゃない。
夢だとか、現実だとかはこの際関係ない。自らが生み出したNPCがウルベルトの発言のせいで涙を流しているのだ。それを止める事こそが自分のやるべき事だ。
未だにどう言った状況なのかは把握しきれないが、一旦その疑問を全部放り投げ、デミウルゴスに向き合う。
「デミウルゴス、心配させる様な事を言って悪かった。どうか泣き止んでくれないか?」
そう声をかけると、デミウルゴスは慌てて涙を拭う。
「かような醜態をお見せし、申し訳ございません。全ては私の不徳の致す所、ウルベルト様が謝られる必要などございません」
「醜態とは思っていない。お前は、別れも告げず居なくなった俺の事をずっと待っていてくれたんだな。すまなかった」
「どっ、どうか頭をお上げください。至高の御方であらせられるウルベルト様がシモベ如きに頭など下げる必要はございませんっ」
「俺は、お前に恨まれても仕方がないと思ってる。本当は、来ようと思えばここに来ることも、最低限お前に別れの挨拶をするくらいもできたのに、俺はそれをしなかったんだ」
待ち続ける辛さは知っている。
自分の場合、それはたった一晩であったがその心細さを覚えている。
それを、何年も待ち続けてくれたであろう彼になら、殺されたとしても文句は言えない。
ウルベルトの両親は、死んでしまったが故に別れの挨拶すらできなかったが自分は違う。迷惑になるからという言い訳の元、逃げてしまっていた。あの楽しかった思い出に浸り、再び自分がふやけてしまうのが怖くて。
所詮はゲームなのだから、それもある意味仕方がない部分はあるが、デミウルゴスが意思を持ち、ウルベルトの帰りを待っていたというのだから、そんな言い訳は今更できない。
「恨むなど、そんな事あるはずがございません。あなた様に創造され、このナザリック第七階層の守護を任される名誉を与えられた。できる事ならば、御方々がいつも帰られる“りある”でもお役に立ちたいとは願っておりましたが、きっとお声がかからないのは私の力不足のため。ウルベルト様がこちらに帰って来られなかったのも、成し遂げねばならぬ事があった故なのでしょう。ですから、恨むなどそんな事あるはずがありません。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「待ち続ける日々は、寂しいものでした」
ああ、これは俺だ。
父の選択肢を誇り、それ故に恨むことはなかった。
それでも、一人になった家の中で過ごす夜に誰もいない寂しさに己の肩を抱いて蹲っていた自分だ。
自分の残像ごと、デミウルゴスを抱きしめた。
「そうだよな。寂しかったよな。ごめんな、デミウルゴス」
驚きのあまり固まってしまっているデミウルゴスをより強く抱きしめる。
暖かな体温が感じられ、脈打つ鼓動が彼は生きているという事を教えてくれる。
自分は、泣きじゃくる子供を置いてまたリアルに戻るのか。
リアルに戻りデミウルゴスをここに置いていくのと、デミウルゴスと共にいることを選びリアルを捨てる事は、どちらが悪なのだろうか。
どちらがより大切なのか。
両方を選ぶ事はできない。
もしリアルに戻ったとして、あの男との対決を死なないように変更するなどできるはずがない。
自分のすべてを捨てて、あの男と対峙するからこそウルベルトは悪になれるのだ。他に大切なものを残し、そのために命を長らえようとするのではそもそも対峙する意味がない。
この場に残り、今まで自分がやってきた事を全て捨て去り悪魔として生きていく事も、悪と言えば悪だろう。自分がいなくなっても、作戦は決行されるだろうが、連絡もなくいきなり消えたとなるとどれだけの迷惑を仲間にかける事になるだろう。
だが、結局のところあの男と決着をつけない限り自分の心につけられたこの傷は治る事はなく、あの男と対峙できずに過ごすことは一生の後悔になる。
そうだ。答えは最初から一つに決まっている。
そもそも、自分はこの場所を捨ててきた人間だ。
今更それをまた手にしようとする考えが間違っている。
それでもなお、ここに残るのも悪なのではないかと言い訳を考えるのは、結局のところデミウルゴスを目の前に、その言葉を発することを恐れているからだ。
結局自分はあの頃と変わらず臆病なままなのかと自身を嫌悪する。
デミウルゴスを抱いていた腕を離す。
その体温は、いまだ腕に残っている。
ただのデータだといって、切り捨てることなどできるわけがない。
「ウルベルト様?」
デミウルゴスのこちらを心配する声が耳に届く。今日初めて聞いたはずなのに、以前から知っていたように感じるのは、頭の中で思い描いていたのと同質の声だからだろうか。
本当に彼をこのまま捨て置いて行ってしまっていいのだろうか。
自分の父の行動が間違っていたとは思っていない。だからと言って、同じように置いていく事が正しいとはどうしても思えないのは、自分が悪ではないからなのか。
「デミウルゴス、俺はどういう選択肢を選ぶべきだ? 俺はお前を置いては行きたくはないが、リアルに置いてきた俺の死に場所を諦めてしまえば、俺は俺でなくなってしまうかもしれない」
いつもは頭の中でしていた問いかけを口にだして言えば、向かい合った相手も声に出して答えてくれる。
「……私個人の願いは、ウルベルト様にここに残って頂く事です。きっと、他の御方が同じ質問をされたなら、私は御方に逆らうような事をしてでも、ここに留まるように説得したでしょう。しかし、ウルベルト様が悪に殉じるための行動を阻害することはできません。ですから、私も“りある”に赴き、ウルベルト様と死出の旅路をご一緒したく存じます」
ああ、それはなんとも理想的だ。
デミウルゴスを殺すなどしたくはないが、しかし置いていくよりは良いような、そんな気がした。何より本人が置いていかれる苦痛の方が、死ぬ苦痛よりも遥かにましだとその目で訴えている。
「良い考えだ。だが、二つ問題がある」
「それは、一体どの様な事でしょう。やはり、私では足手まといにしかならないのでしょうか」
「そんな事はない。お前がいてくれるなら、最期の時も心細くないだろう。だが、リアルには本来存在しないお前がそっちの世界に行ける保証がない。それによってお前が無駄死にする事だけは避けたい」
元がデータである以上、リアルに行ったデミウルゴスが無事である保証はない。そんな形で消えてしまうならば、心苦しいが置いていった方がマシだ。
「そして、あともう一つなんだが……実は、さっきからリアルに戻ろうとしているのに、俺自身も戻れなくなっているという点だ……」
どうしたらいいかと問いかけておいてこれは非常にカッコ悪い。
時間が経てば何とかなるのではないかと楽観視している部分がどこかあったのだが、コンソールが出ないため、ログアウトが出来ずにいる。
「デミウルゴス、コンソールとか、ログアウトってわかるか?」
もし、この場に残ると決めたとしても、出来る事なら帰れないから仕方なく残ったと言う形には、あまりしたくない。帰れるのにあえて残るからこそ、その選択肢は悪になるのだ。
そんな思考だから、帰り方を模索するより先に、帰れる事を前提にした時の自分の選択肢に悩んでいたわけだが、時間が経っても変化がない以上、真面目にリアルへの帰還方法を考えねばならない。
「申し訳ございません、ウルベルト様。コンソールやログアウトがどういったものか存じておりません。御方が帰られる“りある”というのがどんな場所で、どうやって行き来されていたのかも、私の知識にはございません」
「確認を取ってるだけだ、一々謝ったりしなくて良い。通常はNPCであるお前たちには行けない場所だ、そういった知識がなくとも何ら不思議ではない」
こうしてデミウルゴスが動けるようになったのは、日付が変わったタイミングとみてまず間違いないだろう。
だが、待っているのが寂しかったといっている以上、それ以前の記憶も彼らは有しているという事になる。
「ユグドラシルについての知識はどの程度ある?」
そう聞けば、ゲームの設定を、まるで説明書でも呼んでいるかの如くすらすらと言ってのける。
つまり、自身がこの世界が娯楽の為に作られたゲームの世界であるという事も、自身がそこで作られたただのデータであるという事も理解していないという事だ。完全に、自立した個人として本人は認識しており、そうであるならばウルベルトもNPCに対してそう接するべきなのだろう。
しかし、ただのゲームだった頃であればそれを示唆するような会話もしていたはずだ。都合の悪い情報は実体化する時に消えてしまったのか。
どちらにせよ、本人が自覚していないなら告げるべきではないだろう。もし、自分が本当はどこにも存在しないただのデータだと言われればウルベルトならば発狂しかねない。
それにしても、先ほどからずっとこちらに対して低姿勢で至高の御方などと言ったりするのが慣れない。今まで見下されて生きてきた人間であるため、なんだか変な感じがする。
おそらく、ウルベルトが設定に紳士的な態度だとか、アインズ・ウール・ゴウンに絶対の忠誠を誓っていると書いたせいだろう。おそらく、同じ様に意思を持つ様になっているであろう他のNPC全てがこんな態度ではないはずだ。多分。
その為、気にはなるが言葉遣いよりもまず現状確認だ。
「デミウルゴス、ちょっと俺に攻撃魔法をぶつけてみてくれないか?」
「えっ!?」
「どうも、俺の知ってるユグドラシルと仕様が違う気がするから確認のためだ。なんでも良いから」
「そっ、それならばウルベルト様が、私に魔法をお使い下さい。御身を傷つけるなど……」
「傷ついても治せばいいだけだろ。俺の方も後で試すから、とりあえずお前が俺に使ってみてくれ」
そう言われて、おずおずと
本当に僅かばかりではあるがダメージを受けた感覚がある。そして、種族特性により本来受けるはずよりもダメージが軽減されているのも確認ができた。
デミウルゴスもだが、ウルベルト自身もゲームの設定のままここに存在していると言う事だ。
ウルベルトも、同じように魔法を使ってみれば問題なく使用できた。
デミウルゴスに攻撃するの嫌だなぁと、彼と同じように
使用できるのはゲームの頃と同じもので、とりあえず使った魔法の仕様は同じように思われた。
だが、同じ点ばかりではない。
攻撃が当たったと言う事は、フレンドリーファイヤーが解禁されていると言う事だ。元のゲームのままならば、同じギルドに所属している者はNPCも含めて仲間内では攻撃は当たらない仕様だったのが、ここではそれがない。
薄々感づいてはいたため、驚きはないがどうしたものかと考える。
リアルな触感がある事から、例えば首を絞めたりすれば実際に窒息死をさせられたりするのではないかと言う考えが浮かんでいた。
実際に、悪魔の身体にそんなダメージが通るかはわからないが、少なくとも息は詰まるだろう。ユグドラシルや、そういった仮想現実の世界では法律で、味覚、嗅覚は完全にアウトで、触感に関しても少し感覚がある程度しか感じさせてはいけないという決まりがある。
触感があると、ゲーム内で死んだりした際、本当に自分が死んだと錯覚してリアルの方の身体にも影響がでる事があるからだ。
ならば、この世界でウルベルトが死んでしまった場合どうなるのだろうか。生きていたリアルの身体も同様に死んでしまったりするのだろうか。
しかし、魔法がゲームの通りに使えるのなら蘇生魔法もあるはずなのだし、ゲーム同様にレベルダウンが起こるだけで復活できたりするのだろうか。
悩みは尽きない。
最終手段としてどうにもならない時は死んでみるのもありかと、ウルベルトは考えていた。無駄死にはしたくはないが、そうは言っても元より死ぬ予定だったので生にそれほど執着はない。
今すぐ試す予定はないが、デミウルゴスになら今すぐにでも殺されても別に良いかなと言う思いすらある。
自分が創り出し、置いていってしまったデミウルゴスにはそれを怒り復讐する権利もあると思っていたが結局それは杞憂に終わった。今放ってきた魔法も低位のものでしかも、ウルベルトには耐性のある火属性の攻撃だ。
今着ている初期装備でなければダメージを与える事もなかっただろう。
もちろん、油断させてグサリという可能性もあるが、それはそれで悪魔らしいし、それでやられても文句はない。
だが、その可能性は今までの会話でないとみている。どこか、ウルベルト本人と重ねて見えてしまう彼の事は信頼していいし、それが裏切られたとて不満はない。自分が創り出した最高の悪魔に殺されるならむしろ本望だ。
だが、他のNPCに対しても同じ事を思えるかと言われればそんな事はない。流石に、同じ仲間だったとはいえ、そのNPCからの殺意までは受け入れる気はさらさらない。
とはいえ、長らくユグドラシルを離れていた自分を他のNPCが快く受け入れてくれるのか。
こればっかりは、会ってみないとわからない。
しかし、フレンドリーファイヤーが解禁されている以上、同じギルドに所属しているNPCでも攻撃は通る。相手にもよるが、アイテムもない、装備も貧弱なウルベルトでは負けてしまうだろう。
本来ならいの一番にするべきであろうモモンガに連絡する事を躊躇ってしまっているのもそれが原因だ。
流石に、ゲームをいきなり辞めて、最終日にもモモンガを避けて7階層に来たとはいえ、彼に殺されるとは思ってはいない。その辺は、話せば分かってくれると信じている。
しかし、NPCは別だ。
ユグドラシルを捨てた自分と違い、最後の時まで共にしたモモンガであればNPCが敵対してくる可能性は低いと思われる。
モモンガとウルベルトが和解したとしても、それを良く思わないNPCがいるのではないかという不安。ナザリックにいるNPCの数を考えれば、そんな考えを持つ者がいないと考える方が不自然だ。
そこでいざこざを起こすより、ウルベルトがそもそもいなかった事にしてリアルに戻った方が良いのではないかと思うが、そもそも帰れないのだからどうしようもない。
まだ、この世界の現状を把握していないため絶対とは言い切れないが、恐らくモモンガはリアルよりもこちらの世界を選ぶのではないかと踏んでいる。
彼の両親はすでに他界し、ウルベルトが辞めた後に良い人が現れていない限りは彼女もいないはずだ。リアルでの交友関係はあまりなくみんなとゲームをしている時が一番楽しいといっていた記憶もある。この世界がどんなものかわからないが、きっと糞みたいなリアルよりはずっとましだ。家族もいない彼が、リアルに固執する理由はないだろう。
だが、ウルベルトが出来れば帰りたいと思っている理由の一つはそれだ。
不満だらけな世界だからといって、そこから逃げ出すのは自分の負けを認めるようで嫌なのだ。
まだ、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンという名前でなくクラン、ナインズ・オウン・ゴールという名前であった頃、たっち・みーとかいう正義面した男と悶着を起こした際、仲の良かった友人がクランを抜けていった。
自分も辞めていった友人と同じ気持ちだったのだが、残った。
ここで、自分も辞めてしまえばたっちの野郎から逃げたみたいだと思って、意地を張ってそのままクランに残った。
その後も何度も喧嘩して重たい空気になったりもしたが、それを理由に辞めようとは思わなかった。
リアルは糞なのは間違いないが、立ち向かう敵を前にして逃げ出すような真似はしたくない。
己の性格の難儀さには、我がことながら面倒だと思うのだがそうやって捻くれて育ってきてしまったのだから仕方がない。
それに、糞みたいな世界では確かにあったが、大切なものだってあった。そう簡単に切り捨てられるものではない。
話し合えばわかってもらえると信じたいが、この意見の不一致をどうするか。
それを考えると、どうしても声をかけるのが躊躇われる。
「アルベド?」
突然、デミウルゴスが声を上げる。
その名前には憶えがある。ナザリックの守護者統括を任されたNPCだ。
ここに来たのかと周囲を見渡すが誰かが訪れた様子はなく、デミウルゴスがこちらに断りをするように頭を下げたあと、左こめかみに手を当てながら誰もいない場所に向かって喋っていた。
一瞬不審に思ってしまったが、恐らく
元のゲームであれば、そもそも口が動くこともなく会話するときは固定回線で相手のみと会話が出来ていたが、回線などないのだからこうなるのも道理であろう。
端末なども持っていないため、はたから見るといきなり喋りだした不審者に見えてしまう。
自分からかける分には、周りを注意していればいいがいきなりかかってくると厄介だ。
話が終わったデミウルゴスがこちらに向き直る。
「アルベドからの
やはりモモンガもここにいる。
条件はやはり、ゲームの終了時間までログインしていたかどうかという事だろう。
しかし、闘技場に階層守護者を集めてどうしようというのだろうか。
「ああ、それで構わない。こういうのは、直接言った方が良いからな。とりあえず、俺もモモンガさんのところに行こうと思うが、前と今ではどうも様子が違う気がするから、お前は時間まで7階層に問題がないか確認しておいてくれ」
護衛という意味では、常に傍に置いておきたくはあるが、他のNPCがウルベルトに敵対した際、それを守ろうするデミウルゴスも敵とみなされかねない。
いったん、一人で様子を見た方が良いだろう。
「かしこまりました」
そういって礼をするポーズは惚れ惚れするほど格好がいい。
「じゃあ、任せたぞ」
「あっ、あの、ウルベルト様」
立ち去ろうとするのを、デミウルゴスが呼び止める。
「どうした?」
「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「一つと言わずいくらでも、答えられることならいくらでも答えてやるよ」
「なんと慈悲深いお言葉。ありがとうございます」
「俺も今後お前に色々聞くだろうからお互い様だ。それで、聞きたい事って?」
「はい、ウルベルト様は、ベルリバー様の仇討と仰られておりましたが、かの御方はお亡くなりになられたという事なのでしょうか」
ああ、そうだ。大事な事をデミウルゴスに言い忘れていた。
思考が似ているし、ある程度は言わなくてもわかってくれるだろうという考えがあり、うっかりしていたし、それを思い出させてくれたことに感謝する。
「お前には嘘つきたくないから本当の事を話すが、ベルリバーは殺された。これは間違いない。だが、この事は誰にも言わないでくれ。特に、モモンガさんにはな。あと、俺が出来ればリアルに戻りたいって思っている事も言わないでおいてくれると助かる。言う必要が出てきた場合は俺の口から言う」
モモンガがもしリアルに戻れた時、事故死ではなく他殺だと知ってしまうのはまずいだろう。作戦が成功している保証もないのだし、知らない方が良いことが世の中にはある。
リアルに戻りたいという俺の意思については、とりあえず状況を確認してからの方がいいだろう。どういう事になるかわからないが、初っ端から喧嘩するような事は避けたい。
「かしこまりました。モモンガ様にもまだ伝えていない真実をお教えいただき、ありがとうございます」
「まぁ、俺がいなくても仇討の作戦は決行されているはずだから、あまりお前が気にするな」
「そうだったのですね。さすがはウルベルト様。不測の事態にも備えていたとは、このデミウルゴス感服いたしました」
単純に、ウルベルトがリーダーではなく、不測の事態に備えて作戦はいくつか仲間内で提案されていたからにすぎないのだが、そんな事は言えない雰囲気だ。
「一応言っておくが、俺はお前より頭良くないからな」
「そのようなご謙遜をなさらずとも」
「謙遜じゃない。俺はギルドの中でも火力担当で頭脳担当じゃないんだから、ナザリックの知恵者として創ったお前より頭がいいわけがないだろ。というか、俺が頭良くないからお前をそういう設定にしたみたいなところはあるし」
「では、私はウルベルト様の不足を補うために創造していただいたのですね。なんと素晴らしい。その御期待に沿えるよう、このデミウルゴス誠心誠意ウルベルト様にお仕えさせていただきます」
「おっ、おう」
デミウルゴスの尻尾が凄い勢いで左右に揺れていた。
犬を飼っていたギルメン、確か餡ころもっちもちさんが、喜んでいる時すごい勢いで尻尾を振ってくるからそのままちぎれちゃうんじゃないかと思った、などといっており、そんなことないだろと内心冷めた気持ちできいていたのだが、今ならその気持ちがよくわかる。
実際のところ、小卒で学がないからそれがコンプレックスでそういう設定にしたわけだが、足りない部分を補うというのはあながち間違いではないからいいだろう。
例えデミウルゴス相手でも、頭の良い奴から頭が良いと勘違いされると嫌味のように思えて居心地が悪い。
今度こそデミウルゴスの下を離れ、
直接声を出さねばならないとわかっている以上、誰かの近くで使うのはなんだか躊躇われるからだ。
念のため、先に他のギルメンはいないかとモモンガ以外の人に向けて
「もしもし、モモンガさん? ウルベルト何ですけど、声、聞こえます?」
『えっ? えっ!? ウルベルトさん!? なんで、嘘っ』
あまりにも驚いてテンパっているが、記憶にあるのと同じモモンガの声に安堵する。
「いや、実は俺サービスのギリギリにログインしてて、円卓の間にモモンガさんいなかったのもあって7階層にいるんですよ。モモンガさん今どこです?」
『そうなんですか! ごめんなさい、もう誰も来ないと思って最後は玉座の間かなって思ってそっちいってたんですよ。こんなことならずっと待ってたら良かったなぁ』
「どちらにせよ、俺も最後はどうしても7階層見ておきたくてそっち行っちゃってすいません。久しぶりだったから、起動したらアプデとか入って終了3分前くらいのログインでしたよ」
『来てくれてたってわかっただけで嬉しいですから気にしないでください。その時間だと、指輪使っても転移できない玉座の間は来れませんし』
「ほんとすいません。それで、合流したいんですけど、まだ玉座の間ですか?」
『いや、たったいま第六階層の闘技場に転移したところです。実際に魔法が使えるか確認したくて、それなら広い場所だなって思いまして』
「了解です、じゃあ俺も今からそっち行きます」
そういって、一旦〈伝言〉を切る。
デミウルゴスが、手を頭のこめかみにおいて
そして、やらなくてもいいとわかっても、頭の中で響く声に反応しようとすると、ついそんなポーズになるという事。
やはり、端末がない方が便利なのは間違いないのだが、今
NPC作成については独自の設定になります。
デミウルゴスの瞳は、希少な宝石を本当に使っているとかのがロマンあるんですけど自分の中で整合性が取れなくて。
モモンガさんは原作通りの行動をしていた感じになります。
なので、アルベドの設定は原作通り「モモンガを愛している」にきっちり変更されています。