モモンガからアルベドの設定を変えたと聞かされた時、ウルベルトが最初に思ったのは自身の創り上げたNPCの設定についてであった。
以前よりほんの少しだけ感じていた違和感の様な物の正体に、ここでようやく気が付いた。
ウルベルトは、デミウルゴスの設定に「アインズ・ウール・ゴウンに絶対の忠誠を誓っている」と書いていた。ギルド、とはつけていない。すでにかなりの文字数を埋めていた為その文字を省いた事は覚えている。
つけていたとしても大して変わりはしなかったのかもしれないが、とにかくそう書いた。
そして、今ウルベルトの目の前にいる相手は、それと同じ名を冠している。しかも、変えるように提案したのはそもそも自分で、ナザリックのシモベ達にはウルベルトがその名をモモンガが名乗る事を許可した事を伝えてある。
アインズ・ウール・ゴウン。
それは、ウルベルトも含めたギルドメンバーの総称。
NPCの創造主に対する想いは他のギルドメンバーに対するものよりも重い。
しかし、ギルドメンバー41人分の忠儀が一人に向けられたならば、その天秤はどちらに傾くのか。
現状を見るにほぼ均等。
恐らく、デミウルゴス自身はその事にまだ気づいていない。
このままでは、何かの拍子にデミウルゴスがウルベルトはリアルに帰ろうとしている事をモモンガに伝える可能性がある。忠義を向ける相手から問われてしまえば、それに嘘を吐くことは難しいはずだ。
今はまだ、二人の願いの間を取るように意見をしてくるが、これが出来ない状況に陥った場合どうなるのか。元より、デミウルゴスは本心ではウルベルトに死んで欲しくないという願いがあるのだから、最終的にモモンガの方につく可能性もあるが、どうだろうか。
デミウルゴスはすぐに決断できるだろうか。
いや、出来ない。
必ず迷う。
ウルベルトが書いた設定のせいで、自分の創り上げた理想の悪魔が迷うという、一番理想から遠い行いをする姿が目に浮かぶ。
表面的な部分では設定した通りの立ち振る舞いをしているが、実際彼の本質的な部分はウルベルトと似ている。自分であれば必ず迷うような選択を、デミウルゴスが迷わず決断できるとは到底思えない。
自分でそう設定しておきながら、モモンガから設定の話が出るまで気づかなかったという事実が腹立たしい。
これだけでも、ウルベルトにとっては大問題であった。
リアルへの帰還よりも、自身の理想が目の前で崩れ落ちそうになっているのをどうにかする事を優先したいと思うほどに、どうしてもこのままにしておけない問題だ。
自分で考えた上で設定に縛られているならそれはそれで構わないが、縛られている事にすら気づかず、設定通りに行動しているのだとしたら、それはやはりウルベルトの理想とした悪魔の在り方として間違っている。
デミウルゴスがただのデータとしての存在ではなく、今は一個人として生きているのだから、本人に何とかして気づかせた上で、どうするか選んでほしい。
そして、問題はそれだけではない。
アルベドがこちらへ向けた殺意。あれはあくまでナザリックの為を思っての事だと思っていたが違うのだろう。
モモンガがアルベドやNPC達よりもウルベルトを尊重し続ける限り、彼女の殺意が薄れる事はおそらくない。
しかも、彼女の愛する相手の名前を奪ったのはウルベルトだ。
もし、まだモモンガがアインズ・ウール・ゴウンに改名する前であれば彼女と交渉する余地があったかもしれない。
しかし、それも今となっては無理だろう。
彼女が愛する相手の名前を奪い、二人でナザリックの外で行動をし続けてきた今のウルベルトの話をアルベドが聞くわけがない。
さっさと死んでおけば良かった。
帰る方法が見つからないようなら、最終手段として死ぬ事も考えていた。
もしかしたら、リアルの世界に帰れば時間がそれほど経っていないのではないかなどと言う奇跡の様な考えをせず、作戦に間に合わないと分かった時点で早々に死んでおけば良かったのだ。
精神的にも若干悪魔のようになってきて、もしかしたら今までの自分の感情がいつか消えるかもしれないと気づいていたのだし、気づいた時点で完全に最終手段に移るべきだったのだ。
それが出来なかったのは、デミウルゴスと同じでウルベルトもモモンガを切り捨てきれなかったからだ。
デミウルゴスがそう言うならばと、その言葉に甘えてここに今まで居座っていた。
結局、デミウルゴスがモモンガを切り捨てられないのもそれが一因でもあるだろう。ウルベルトの自分で気づいていなかった真意に影響されたのだ。
これからどうするか。
アルベドは、ウルベルトを殺す手段を持っているのだろうか。
こうなってしまえば、アルベドに殺される事もやぶさかではないが、モモンガに気づかれればきっと彼女はモモンガから嫌われてしまう。
モモンガも、自分が設定を変えたせいでアルベドがそんな事をしたと分かれば、きっと己の行為を許す事が出来ないだろう。それだけでなく、全てのNPCの設定を覚えている訳ではない以上、アルベドの様な行動を取るNPCがいるのではないかと警戒する。
少しずつ距離が近づいていたモモンガとNPCの距離が一気に遠くなる。
それだけは、何としても避けなければいけない。
だって、ウルベルトはここからいなくなる予定だが、モモンガとNPC達はこれからもここで生活し続けるのだから。
しかし、アルベドは次にどういう行動をとるのであろうか。
と考えて、気づく。
そうだ、ウルベルトはアルベドや他の者の前で先ほど、ナザリックとデミウルゴスのどちらかを選ぶとなれば、デミウルゴスを選ぶと言ってしまった。
アルベドにウルベルトを殺す事はほぼ不可能。
しかし、デミウルゴスを捕縛する事は恐らく可能。
まずい、まずい、まずい。
急いで行動を起こす必要がある。
これ以上のイレギュラーがあってはいけないので、他のNPCの設定を変えていないのかの確認。
モモンガはいないと言っているし、ならばきっとそうなのだろうが、だからと言ってアルベドに協力者がいないとは限らない。いるとすれば、まぁ、パンドラズ・アクターが怪しいか。確証はないが、モモンガを優先させる彼ならば、モモンガの望みに反する事をしようとするウルベルトを許せない可能性はある。
とにかく、3人の距離を離す必要がある。
念のため、アルベドのワールドアイテムも彼女から手放させておいた方が良い。
デミウルゴスの安全が最優先だ。
とはいえ、ウルベルトの殺害が無理だと悟ったアルベドが無茶をやらかさないとも限らない。
ならば、彼女がそんな行動を起こしてもしょうがないと思える理由を作れば良い。
元よりウルベルトは悪になろうとしていたのだ。
ナザリックに反逆する悪になるのに何の問題があるというのか。
そうだ、その末に死んでしまえばアルベドの問題は解決する。
問題はどうやって最終的に死ぬかだ。
最悪アルベドに殺されても良いが、最後の相手が彼女というのはどうも違う気がする。嫉妬の末に殺されるのは、悪の死に方として間違っている気がする。
ならばモモンガかと言われれば、それも違う。そもそも、彼の場合はどうあがいても最終的にはギルドメンバーであるウルベルトを殺さない気がする。
最初にこの世界に来て考えていた事を思い出す。
デミウルゴスが、ウルベルトを油断させてグサリと殺したとしても別に構わないとあの時は考えていた。
今は、彼はそんな事をするタイプではないと自信を持って言えるが、しかし、それは理想的な死に方ではないだろうか。
ああ、そうだ。
最期はそれが良い。
いや、そうでなくてはいけない。
その為の舞台を整えよう。
彼にとってそれは辛いものであるだろうが、一度その光景を夢想してしまえば、それ以外の死に方など考える気もしなくなった。
とにかく、モモンガに嫌われるべきだ。
ウルベルトを信用できない相手だと思うようになれば、モモンガはNPCを頼るようになるであろう。
とはいえ、すぐに本音を打ち明ける事は出来ないであろうし、外に友達も作った方が良い。
その点ジルクニフは都合の良い相手だった。
ただ、問題があるとするならばその行動力の高さか。ウルベルトが、モモンガを裏切ろうとする確固たる証拠を用意し終わる前にナザリックに来るとは思っていなかった。
一人で行き当たりばったりに行動すればこうなるのも仕方がないだろう。
とはいえ、モモンガは友達が出来たと喜んでいた。一番重要な部分がきちんとできたのであれば、とりあえずはまだ脚本の修正は可能だ。
帝国を出た後は、フールーダから話を聞いた、白金の竜王の元へ向かった。
実際どれほどの力を持っているか分からないが、自分とモモンガの喧嘩に横やりをいれられたら迷惑だ。元より、こちらは死ぬ予定だし最悪殺されたって構わないといった気分で乗り込んだ。
とはいえ、ここで自分が死ねば、ナザリックが仇討にやってくるだろうから、その方が向こうにとって迷惑なはずだ。それに、ウルベルトは自分が死んだ後は出来るだけこの世界の住人達にとっても良いものになって欲しいと思っているのだから、話ができる相手ならば多分大丈夫だろうと、そんな具合であった。
「君は随分馬鹿なんだな」
単身乗り込んできたウルベルトにツアーはそう言う。
自分でもそう思う。
もっと他に良い道がたくさんあるのにも関わらずこんな道を選んだのだから。
「良いだろう、君を信じよう。今回の件に関しては僕は君に手を貸す。とは言え、君が死んだ後その、モモンガがどういう行動を取るか分からない。もし、この世界の敵になる用なら僕はそれを止める為に動くだろう」
「それで構わない。その後どうするかを決めるのは、モモンガさん自身だから」
恐らくそんな未来にはきっとならないけれど。
そうなったとしても、それがモモンガの決めた事ならばそれは仕方がない事だろう。
ただ、出来る事ならばNPC達も含めてナザリックのみんなが外に出て、種族関係なく仲良く、とまではいかなくとも普通の生活が送れるようなそんな世界が来ればいいなと、そんな事を思う。
敵になるのは、自分一人で十分だ。
もちろん、ナザリックのNPC達がそんな事を望んでいない事は分かっている。人間を食料としか思っていない存在もいるし、彼らにとってはウルベルトの思う理想の世界は迷惑極まりないだろうとは理解している。
それでも、出来る事ならばモモンガと一緒に、ただただ楽しくこの世界で暮らして欲しいと願った。
ただ、この時点で一つだけまだ悩んでいた事がある。
デミウルゴスをどうするか。
殺すと約束した。
ならば、ウルベルトを殺した後そのまま彼も死ぬようにするべきなのか。
一日一緒に過ごして、殺したくないという気持ちが大きくなっていく。
しかし、置いて行かれた彼はどう思う。
間違いなく辛い思いをする。
ウルベルトの様に、死ぬまで解けない呪いの様なこの感情を彼は一生背負う事になる。
それは、ダメだろう。
確かにそれは悪かもしれないが、その苦痛は自分が一番良く知っている。
ならば、一緒に殺してやるべきだ。そうでなければ救われない。そのはずだ。
迷いを断ち切れぬまま聖王国で舞台の準備をする。
悪魔を倒されるに似合いの名前だと思っただけに過ぎないと思ったその場所で、ウルベルトは悪を見た。
聖王国でウルベルトはまず聖王女であるカルカに接触した。
彼女の理想はまさに正義というに相応しい。それが実現できるならば、ウルベルトもその正義を認めた事だろう。
だが、どうあがいたって無理な願いだ。
それは彼女が一番分かっていた。
「俺は基本的に正義が嫌いだ。誰もが救われるなんてそんな事はありえないって知っている。でも一人だけ、この人だけは違うとそう思った人がいた」
俺がリアルにいた頃の話。
ユグドラシルを辞めて、必死にあがいていた時に見た尊い光景。
「俺は悪になる為に、同じように社会に反逆しようとする組織を色々見て来た。でも、大半は形だけ。みんなで集まって愚痴を言って、たまに仲間を増やすためと動くけどそれだけ。何かをしなければと思っても、本当に何かをする勇気はなく、組織に属してこうして集まっているだけで、何かをやっている気になっているよう奴ばかりだった。そんな場所では俺の願いは叶えられない」
結果、転々と色んな組織を見て回る事になる。
同じように組織に愛想をつかして転々としていく人間は他にも何人かいて友人になった。
もう、大半は死んでいってしまったけれども。
「そこで、評判は悪かったが、こんな生ぬるいところよりは良いんじゃないかと過激派組織に友人と入る事にした。そしたら、丁度その日に抗争が起こって巻き込まれた。まぁ、日常茶飯事な光景ではある。とは言え、過激派を名乗る組織だけあって味方がいようが一般人を巻き込もうがお構いなしの乱戦だ。武器も何も持ち合わせてない俺は戦う術もなくて、友人と一緒に逃げる事しかできなかった。ああもうだめだと思った時、俺だけが助けられた」
燃える炎の熱さを覚えている。
銃声がいつもより近くで聞こえる。
罵声と、助けを求める叫び声が響く。
「足に怪我をしていたが友人はまだ生きていて、俺を助けた男を振り切ってそちらに行こうとしたら止められた。それでも見捨てられないと助けに行こうとした俺を、男は殴って気絶させて、俺だけを助けた。気絶した男を担いで逃げるのがどれだけ大変だった事か。でも、目が覚めてすぐにはそんな事を考える余裕がなくて、なんで俺一人を助けたのだという怒りばかりが頭を占めていた」
何も為せずに死ぬのかと、絶望した友人の顔が、未だに脳裏に残っている。
死ぬ事よりも、やるべき事もやれず、ただの犠牲者の一人と死んでいく事を悔やむような、そんな表情をしていた。
「でも、その怒りはすぐに消えた。助けた男に文句を言おうと会いに行けば、あいつは泣いていたんだ。また救えなかった。目の前に救える命があったのに、切り捨てたのだと泣き喚いている男の姿を見た」
当然、助けた男にとって俺の友人はただの知らない赤の他人にしか過ぎない。
あの場ではすぐに助けないとと切り捨てたにも関わらず、見ず知らずの他人の為に涙を流していた。
その光景にあっけに取られていた俺に、傍にいた女はいつもの事だと言った。
戦場では誰よりも的確に行動して、必要とあれば容赦なく他者を切り捨てる。助けられる可能性があっても、そこに仲間の犠牲や不都合が出ると分かれば助けない。
だが、助けられると分かればどんな場所にでも向かう。
そして、帰って来てからああしていつも泣いているのだと言う。
彼女の言う通り、男が泣く姿を何度も見た。何度も何度も。
「男は決して自分を正義だとは言わなかった。こちらが多少犠牲を出せば最終的にはもっと多くの人を助けられたかもしれないのに、確実ではないからと助けなかった。助ける為とはいえ、何人も人を殺してきた。そんな自分が正義であるはずがないと」
大抵どこの組織も皆、己の信じる正義を掲げていた。
だが、男はそれを頑なに否定し、そんな彼にについて行こうと決めた。
「彼は確かに正義ではなく悪なのかもしれない。けれど、あの涙だけは断じて悪ではなく正義だった」
助けるたびに、他の誰かを見殺しにして。
心をすり減らしながらも前に進むことをやめなかった。
「カルカ・ベサーレスお前は何を選ぶ。確かにお前の掲げる理想は正義そのものだ。それは俺も否定しないさ。お前が掲げる理想が本当に実現できるというならば、それはなんとも素晴らしい事だとも」
今まで掲げていた理想を捨てるという事は、その理想に付き従うと決めた者達を裏切る行為だ。
本当に彼女の理想を信じていた者はいないだろうが、それでも、切り捨てる覚悟をするのは難しい。
ジルクニフなどは、人ではなく王として生きる事を最初から覚悟していたが故に不要な物を切り捨て、帝国を繁栄させてきたが、カルカの心はまだ王としては不完全。その心はまだ、ただの人だった。
「分かっていたのです。逃げてはいけないと。けれど、ようやく決心がつきました。私は、この国の為に悪となります」
まだ、その顔には不安があった。
とは言え、話し相手は悪魔なのだから不安も当然だろう。
それでも、悪魔の言葉を信じると、信じたいと彼女は言った。
「だって、あなたの語る未来はあまりにも綺麗だったから。人間も亜人も異形種も分け隔てなく過ごせる世界。しかも、あなたは友人の為にその世界を作りたいというのですから、私はその言葉を信じたい。そして、その未来を語るあなたが悪だというのなら、私も同じその悪になりたいと、そう思ったのです」
ウルベルトは背中を押しただけに過ぎない。
全ては彼女が選んだ事。
聖王国は問題がないわけではないが、それでもある程度うまくやって来てはいた。
今回の戦いで本来死ぬ事がなかったであろう騎士が何人も犠牲になる。
理想とした未来を築き上げるまでの間に、間違いなく多くの民が死んでいく。
それでも、先の未来の為にその犠牲をためらわないと、彼女は誓った。
その事を、側近のケラルト・カストディオにも伝えた。
ウルベルトは、ケラルトに気づかれないように隠れてその様子を眺めていた。
彼女は、カルカの言葉を中々信じようとはしなかった。
今まで敵対してきた亜人との和平などすぐに出来る事ではなく、今までそんな事を言ってこなかったカルカがそんな事を急に言い出せば不審に思う。
それでも、カルカがあまりにも熱心に彼女を説き伏せてようやく折れた。
折れたところでウルベルトが姿を現すと、やはり悪魔に騙されているのではと当然の反応を示す。悪魔とは本来人を誑かす存在なのだからそう思うのは当然であろう。
それが正し反応だ。
だが、もう一人は違った。
ケラルトの姉である、レメディオスにも、カルカが今後方針を変え、悪になるとそう伝えた。
「カルカ様が悪になるなら、私も悪になる」
何の迷いもなく、彼女はそう答えた。
「正義を掲げる聖騎士であるあなたが、そんな簡単に悪になるなどと言って良いのですか」
「ん? ああ、そうか。でも、私は正義に忠誠を誓ったのではなく、カルカ様に忠誠を誓った身だ。そのカルカ様が今まで正義を掲げていたからこそ、正義の為に行動をしていたが、カルカ様が悪になるならそれに合わせる」
「なら、例えば私が今から聖騎士を殺すようにと命じたら、あなたはそれを実行するのですか」
「カルカ様がそれを望むなら。私は頭が良くないから、何をするかはカルカ様とケラルトが決めてくれ。私は二人が幸せならそれで良いし、聖騎士を殺す事がカルカ様の為になるなら今からでも殺しに行く」
悪を見た。
何のためらいもなく、カルカがそれを望むならと今までの自分を全て捨てられると彼女は言う。
ウルベルトが理想とした悪の形がそこにはあった。
その光景を一緒に見ていたケラルトが涙していた。
カルカも必死にこらえていたが、結局耐え切れずに涙を流した。
考えるのはケラルトの役目だからと、全てを武にのみ費やした結果が彼女だ。
カルカとケラルトがいるならば、彼女は有用な兵器として使えるだろう。
だが、もし二人がいなくったならば彼女はきっとこの国をダメにする。
カルカの掲げた正義は、どうやったって人が成し遂げられるものではない。それでも、レメディオスはカルカがそれを望んでいるならばとその正義を為そうとする。為せなくても、引くことはない。それを止められるのはカルカとケラルトだけ。
やり方を教えなくては、彼女は上手く稼働しない。
考える事を放棄している彼女は、操縦者がいなければ一気にポンコツになってしまう事だろう。
「レメディオス。私が望むこの世界の未来の為に、あなたは死んでくれますか」
「ああ、もちろん。私はあなたの剣だ。カルカ様の好きに使ってくれたら良い」
どこまでも彼女は真っすぐで折れる事がない。
それが、酷く羨ましかった。
きっと彼女はどれほど非難されようとも、その芯が変わる事はなく、きっと彼女は何があっても迷う事がないのだ。
例えば亜人が人間を人質にとったならば、彼女は必ずその人質を助けようとする。それによって助けようとした聖騎士達がどれほど傷つくことになろうとも、カルカの掲げた理念を体現しようとする彼女は例えそれが無理でも、助けを求める民を見捨てられないはずだ。
悪く言えば融通が利かない。
聖王国を潰すのであれば、カルカとケラルトを先に潰し、レメディオスを残すようにすればきっとすんなりいくだろう。
何が正しいのかなどは関係ない。
カルカの言葉だけが、考える事を放棄した彼女にとっての全てだった。
「レメディオス・カストディオ。お前が未来の礎として死ぬ事をカルカとケラルトは決心したが、きっと彼女たちにとってそれは大きな傷になる。納得はしても、その罪悪感は一生消えないだろう。二人を置いて行くというその悪に、レメディオス、お前自身はどう思う」
レメディオス・カストディオは死ななければいけない。
悪魔の強さを強調するために、聖騎士の象徴として死ぬ役割は、彼女以外にはありえない。
殺した後に蘇生させたらどうかという提案を、カルカもケラルトも否定した。
レメディオスは嘘を吐ける人間ではないから、生きていれば今回の事が仕組まれた茶番であると必ずどこかで露呈する。悪魔と手を組んでいた事がバレてしまえばカルカの地位は間違いなく失墜するし、結果国は崩壊する。
彼女の犠牲を無駄にしないようにと、国が一致団結出来るように持って行った方が良いと結論付ける。
それが、役職故に下したカルカとケラルトの判断だった。
無論、一個人としての彼女たちの気持ちとしては、レメディオスを自分たちの決断で殺す事を辛く思っている。
それでも、悪になると決めたからと、そう言う彼女たちはウルベルトなんかよりもよほど腹が決まっている。
「でも、カルカ様もケラルトも、私が死んだ先にある未来を望んでいるんだろう。なら、別に構わない。それに、私は二人には生きていて欲しい」
「二人が罪悪感に押しつぶされようが関係なく生きて欲しいか、なるほど、やっぱりお前は悪なんだな」
「確かに、カルカ様がそう言った以上私は悪だろう。だが、違うぞ。二人に生きていて欲しいと思うこの気持ちは悪なんかじゃない。そんな事も知らないなんて、お前は私以上に馬鹿なんだな」
そう言って彼女は笑っていた。
求めていた答えは至極単純な物だった。
「なぁ、デミウルゴス。俺はずっとお前を一緒に殺すべきなのか悩んでいたんだ」
たった一本のナイフに刺されただけだというのに激しい痛みがあり、もうすぐ自分は死ぬのだなという事がはっきりと分かった。
でも、伝えないといけない言葉がある。
「そしたら、馬鹿な女が教えてくれたんだ。その先どんな苦しい未来が待ち受けていても、家族や大切な人に生きていて欲しいと思うその気持ちは、悪なんかじゃない」
ずっと、自身を置いて行った父は悪だとしてきた。
だからこそ、自分も悪にならねばと、あの場面で傍にいたならば一緒に心中してもらえる自分にならねばと思っていた。
「愛、なんだそうだ。この先何があるかわからないが、生きていれば幸せな未来を築けるかもしれない。そう言う希望を預けたいと思う気持ちは、決して悪でなく、愛なんだ」
こんな当たり前な事に今まで気づかなかった。
同じ場面に自分がいたとして、父は俺を一緒に連れて行ってはくれなかっただろう。
ずいぶん遠回りをしてしまった。
でも、答えは得た。
「だから、お前は連れて行けない」
「……はい」
背後にいるデミウルゴスの顔は見えないけれど、彼が今どんな表情をしているのか分かる。
「お前の好きなように生きてくれ。でも、出来る事ならさ、モモンガさんの傍にいてやってくれ。あの人、寂しがり屋みたいだから」
「かしこまりました」
「デミウルゴス。俺はお前を創れて本当に、良かった。ありがとう、俺の理想の悪魔」
「私も、あなた様に創造していただけて嬉しかった。ここでお別れなのはとても残念ですが。しかし、後の事は全てお任せください。必ずや、ウルベルト様の理想を形にして見せましょう」
「ああ、うん。お前がやってくれるなら、安心だな」
痛みに耐えながら最後にモモンガに一言伝える。
向こうにとってはいい迷惑だっただろうが、でもきっと大丈夫だ。
ゆっくり目を閉じる。
ウルベルト・アレイン・オードルは、最後の台本を終え壇上から姿を消すのであった。
次回で本編完結になります。