悪の舞台   作:ユリオ

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最終話 友達

 終幕はあっけないものであった。

 悪魔が討たれたというのに歓声の雄たけびを上げる者は誰もいない。

 子供の様に泣きじゃくる声が遠くまで響き渡る。

 この世を地獄にしようとした大悪魔、ウルベルト・アレイン・オードルを打ち取ったのは、同じ悪魔でなおかつウルベルトの息子だと知れ渡る。

 世界の救済の為に親を殺した彼を、悪魔だからだと疎外する者は、少なくともその戦場には誰もいなかった。

 こうして、世界は救われた。

 

 

 

 

 

 

 悪魔との戦いが終わった後、聖王国は戦いのあった城壁近くの街を中心に亜人との交流をするようになった。

 当然、戦いに参加していなかったという事もあり、南側の貴族を中心に反発する声は大きいが、帝国がそれに手を貸すように動き出した事もあり、その声は徐々にではあるが小さくなってきている。

 また、戦いを見守っていた聖騎士の一人であるネイア・バラハの演説により、戦いがあった事も知らぬ場所の市民も味方につけたのも大きな要因の一つであろう。

 最初は数人に話をしていただけのそれであったが、気が付けばその支持者が増え、貴族たちも無視できないほどの規模に拡大していた。

 

 もちろん、うまく交流できない亜人も当然いる。それでも、今回の件で協力関係になった亜人達のおかげで、今までは分からなかった森の地形を把握する事もでき、亜人による進行があっても以前より対処が出来るようになった。

 とは言え、線引きは難しい。

 人間と仲良くなりたいと近づいて、後から騙そうとする亜人達も当然いる。それによって滅びかけた町や村もある。カルカは、なるべく被害の酷い地域に自ら足を運んだ。

 石を投げつけられるような事はしょっちゅうで、それでも彼女が訪問をする事を辞める事はなく、自分の下した決断によって死んだ者達の為に涙した。だが、決して自分の行いが間違っていたとは言わなかった。

 

 そんな中、真に交流を深めようとする亜人もいる。まだ、被害の数は大きいが、それを受け入れようとする人間の数も徐々にではあるが増えていく。

 少しずつではあるが着実に、聖王女カルカの采配により国の在り方は変わりつつあった。

 

 

 

 

 帝国では、少なくとも市民には何の被害もなかったため、今回の事を知らない者が多かった。

 それが、戦いから戻ってきた騎士たちの伝聞により少しずつ広まり、それを吟遊詩人達が語るのは当然の事なのだが、国が吟遊詩人たちに補助金を出すなどしたことにより爆発的に広まった。

 大劇場で演劇の演目になるまでになったが、その際に実際に本物のアンデッドなどの異形種が舞台に上がるという前代未聞な劇に観客は圧倒され、亜人や異形種だからと恐れる声は少しずつだが減っていく。

 

 何より、皇帝であるジルクニフが今回の戦いで悪魔と戦ったモモンガというアンデッドを公式に友人だと言った事件が大きく影響している。

 無論、皇帝は気が狂っているだとか、操られているのではないかという声は大きく上がった。

 それでも、実際に彼らが市場で仲良さそうに買い物をしている姿を見れば、直接それに文句を言える者は誰一人いなかった。

 神殿勢力を中心に、反発する声は未だ強いが、吟遊詩人達の謳うその内容が本当なのであればそれを敵に回せばどうなるのかわからぬ訳ではない。

 

 市民は皮を剥がれても尚悪魔に屈する事のなかったという皇帝を讃えた。

 証人が本人をおいて他にいなかったため、反対勢力から話を盛っているだけなのではないのかという指摘もあったが、後日、聖王国にて皮剥ぎが行われていた場所が発見される。

 大悪魔の死亡により、彼が召喚していたらしい悪魔が暴走を起こしたらしく現場はほぼ原形をとどめていないような酷い有様であった。生存者が数人発見されたが、何度も皮を剥がれ精神が錯乱しているらしく、ただただ怯えた様子で、その悲惨さを物語るだけで有益な情報を得られる状態ではなかった。

 アインズ改め、モモンガがもっと早く、この皮剥ぎ牧場に気づいていれば被害は防げたのではないのかという声も当然上がるが、それ以上に自分たちがそのような目に合わずに済んだ事に安堵する声が多い。

 課題はまだ残っているが、帝国は一つ一つ問題を解決し、国を栄えさせていた。

 

 

 

 

 王国は、まだ現状を把握していない者が大半で、今回の戦いに参加したのもガゼフの直属の部隊と青の薔薇だけだったこともあり、亜人や異形種達との友好関係を築くという段階には至っていない。

 とはいえ、帝国や聖王国が亜人との交易で利益を上げる中、このままの状態では後れを取ると徐々にではあるが一部では体制が少しずつ変わり始めていた。

 

 また、第二皇子が王位を辞退したためラナーが女王に就任。

 普段は貴族たちを目の敵にする事が多い国民達も今回の事件には同情する者も多く、さらに民の為と若い女王が様々な政策を行った。

 帝国との戦争によって国力が下がっていた王国であるが、帝国から戦争終結の提案がされ、それによって徴兵される事がなくなったため、少しずつではあるがまともな国に戻りつつある。

 ラナーが提案する政策は、長期的に見て大きな成果が得られるものばかりだったため、すぐに結果が出るものではなかったが、それでも確実に腐敗しきった王国が息を吹き返していた。

 

 

 

 

 法国では、今回の戦いにこそ参加は出来なかったが、途中から遠見の魔法でその様子を伺っており、国の上層部はモモンガを正式に神と認定。

 信仰する神の一柱だけの復活という事で、宗教的な観点により内紛が起こり、今回の事件で一番国が荒れたのが法国であった。

 それでもまだ、復活した神が今まで法国が是としていた通り、人間のみの救済を目指していたのであればまだ事はここまで大きくはならなかったのだが、モモンガが異形種達を率いているという事が受け入れられないという者が当然ながら大勢いた。

 

 神本人に謁見して話を聞けば、自身はスルシャーナと近い存在かもしれないが、本人ではないと否定。

 ただ、種族などによる差別がないそんな世界を目指したいのだと語った。

 

 元よりスルシャーナ教であった者を中心に、その慈悲深い言葉に、自分たちは教義をはき違えていたのではないのかと考える者が現れ始めた。

 人間の為に他の者を排他してきたが、本来はこの考え方が正しかったのではないかと、法国の間違った方針を質す為に、スルシャーナは異形種達を引き連れて、モモンガとして再臨したのではないのか、という意見が表れだし、今も尚論争は続いており、もはやスルシャーナ教というより、新たなモモンガ教が出来る勢いで、当のモモンガは陰で困っていたりもした。

 

 否定派の勢力の方がまだ数は多いが、それでも神の言う事をないがしろにできない事も出来なかった。また、近隣諸国が亜人達と手を組み始めている中で、彼らを虐殺するような事は難しい。

 人類を守るため、危険な存在を狩る作業は未だ続いており、国民レベルではまだそれを受け入れられる者は多くはないが、ゆっくりな歩みながら少しずつ、法国はその在り方を変えて行っていた。

 

 

 

 

 ナザリックが存在している場所は、本来王国の土地であったのだがラナーが特別地区と認定し、王国領ではなくナザリックの所有する土地となった。王国の貴族からは反発もあるにはあったが、異形種達に喧嘩を売る勇気もなく、可決された。

 そこに住まう彼らが表に出る事はあまりない。

 少なくとも、政治的に近隣諸国と付き合うつもりはないと各国に通達があった。

 

 情報や、希少なアイテムがあれば正当な取引をする事もあるが、ナザリックが団体で動く事はほぼない。

 ただ、彼らは冒険をするように世界を旅したりして、たまに個人的に仲の良い者とは交流し、この世界を眺めているだけの様な存在であった。

 変に刺激しなければ特に害はない存在だと次第に認識されて行き、たまに帝国の皇帝など、モモンガの知り合いがその地に踏み入れる事はあったが、元より人がそんな行くような土地ではなかったため、特に大きな問題も起こらず、そこにあり続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルベルトが死んだすぐ後の事、何が何だかわからないまま、アインズは聖王女を名乗る女性から感謝の言葉をもらった。

 正直、話の展開に全くついていけていない。

 未だに、ウルベルトが死んだという実感がない。

 復活の魔法をかければプレイヤーも生き返るのだろうかと、そんな事ばかり考える。ただ、遺体はデミウルゴスが時間をかけて燃やし尽くしてしまっている。

 遺体がない状態でも復活は出来るのだろうか、とも思うが、ウルベルトの最期の様子を思えば、きっと本人としては生き返るつもりなんてさらさらないのだろうなとも思う。

 

 疲れているだろうから、後日改めてお礼をするという聖王女の言葉にやっと解放されたとナザリックへと帰還する。個人的に話したい事もあると言っていたが、どんな要件なのか見当もつかない。

 デミウルゴスに話を聞けば分かるのだろうが、すでに泣き止んではいるものの消沈しきった彼になぜウルベルトを殺したのか、などとはこのタイミングでは聞くのはためらわれた。

 連れて来たシモベ達もどういう事か理解が及ばず、アインズ同様に混乱しきっている。

 

 ウルベルトを殺す気のなかったアインズからしてみれば、デミウルゴスのしたことはとても許されるものでは本来ないのだが、本気であんな風に泣き喚いていた彼に怒りをぶつける気になれる訳もなく、そもそもあの時最期に見たウルベルトの顔を見れば、元よりそう言う予定であった事は明白だ。

 とりあえずと、皆でナザリックに戻ると、パンドラズ・アクターがアインズに声をかけてきた。

 

「父上、ご返却する物がありますため、少々よろしいでしょうか」

 

 よく分からないながら頷くと、パンドラズ・アクターが指輪を使ってどこかへ消えてしまう。

 一緒に戻ってきたみんなも、理解していない様子だった。

 いや、デミウルゴスだけは全てを理解した表情をしていた。パンドラズ・アクターとデミウルゴスと一緒にやって来ていたはずのシャルティアは、なぜか理解してない組に属していた。

 少しして、パンドラズ・アクターが戻ってくる。その手には、見覚えのあるスタッフが握られていた。

 

「こちらを、お返ししておきます」

 

 ウルベルトが盗んだという事になっていたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがアインズに手渡される。

 デミウルゴス以外のシモベが驚きの声を上げる。

 アインズは、驚きすぎて声も出なかった。

 

「父上を騙していた事を心よりお詫び申し上げます。ただ、これ以降私があなた様に虚偽を申し上げる事も、裏で何か企むようなそんな事はしないと誓います」

 

 これは、おそらくオーレオールもグルなんだろうな。とは思ったが今この場でそれを問いただす気にもなれず、ただただあっけに取られていた。

 ただ、本当にアインズとナザリックをどうこうするつもりはなかったんだなぁという事だけは分かった。

 誰にどこから説明を聞くべきか。

 

「詳しくはお客人が来ておりますので、とりあえずは、あちらの御方に話を聞くのがよろしいかと」

 

 彼がそう言うや現れたのはいつぞやの白銀の鎧であった。

 そう言えば彼も、わざとらしい、というより台詞を読むかのように説明をしていたなと思い出す。理由はここまで来れば明白であろう。というより、あの時点で全部ウルベルトの仕組みの演技だと気づけただろうに、と今更ながらに思う。本当に今更だが。

 

「やぁ、久しぶりってほどでもないね、モモンガ」

「……どうも」

「僕もウルベルトから君に渡すように言われた預かり物があってね、出来れば二人で話したいんだ」

 

 預かり物とは何だろうか。

 スタッフ以外にはウルベルトが持ち出した物などないが。まぁ、スタッフも実際は持ち出していなかった訳だが。

 

「モモンガ様、皆には私から説明をしておきますので、どうぞお二人で話されて下さい」

 

 全てを知っている様子のデミウルゴスがそう言う。

 こうなったらどうにでもなれだ。

 デミウルゴスがどんな説明をするのか分からないし、気になるが、アインズ、いやモモンガにとって悪い事ではないという事だけは分かる。

 

「そうか、では任せたぞ」

 

 そう言い残して、シモベ達を残してツアーと一緒に自室へ向かう。

 高レベルの異形種だらけのナザリックでも、ツアーは堂々としているな、と思ったがよく考えれば中身は空っぽらしいから当然か。

 メイドにお茶でも頼もうかと思ったが、どうせ飲めないだろうから不要だろう。

 

「とりあえずこれ、返しておくね」

 

 そう言って、軽い感じで返却されたものに、モモンガは驚きの声を上げる。

 

「それっ、〈真なる無〉!」

 

 もちろん、ウルベルトにそれを渡したのはモモンガなのだから、忘れていたという訳ではない。

 ただ、モモンガと戦う以上、ワールドアイテム対策に確実に持ったままだと思っていた。だから、ウルベルトとの戦闘には、ワールドアイテムは効かないだろうと、いつも肋骨の中に入れている物以外を持ってくる事をしていなかった。

 これをツアーが持っているという事は、あの戦闘の時も当然持っていなかったのだろう。

 だとするならば、モモンガがワールドアイテムを使ってしまえば割とあっさり勝てていた可能性が高い。いや、パンドラズ・アクターが内通者としていたのだから、モモンガが自前のそれ以外持って行かなかったのは彼も承知だったのだろう。

 

「自分が信用できないなら、その保証にこれを預けるって言われてさ。いやぁ、参ったよ」

「それ、返しても良かったんですか」

 

 まだ、ナザリックがこの世界の味方をするとは完全に決まっていない。

 それなのに、こんなに簡単に返却するのは、用心が足りないのではないだろうか。

 信用を得るためとはいえ、こんな貴重な物を他人に渡すウルベルトもウルベルトだが。

 

「短い付き合いだったけど、友達の頼みだからね。今回の様子も見て、その友達である君の事も信じようと思っただけだよ。何も考えていないわけじゃない」

 

 友達。

 そう言われてしまえば、特にどうこう言う気も失せてしまう。

 

「あとは、手紙だね。僕が帰った後にでも読んだらいい。何を書いているのかまでは知らないけど、でも、読めば大体分かるはずだから」

 

 ワールドアイテムよりもこちらの方が大事だとだというように、しっかりとモモンガの手にそれを握らせる。

 ぼんやりと、リアルではメールでのやり取りしかなかったから、こうした手紙をもらったのは初めてだなぁなんて思っていた。

 

「彼、ずいぶん君の事を心配していたよ。自分がいなくなったあと、ちゃんとやって行けるのかって」

「……それなら、いなくならなければ良かったじゃないですか」

「まったくその通りだよね。本当に彼は馬鹿だよ。全部捨てるって言いながら、捨てきれないからこんな事をして、悪になるんだって言いながらも、結局悪役どまりなんだよね」

 

 悪役、つまりシャルティアとの戦いが終わって、アルベドの設定を変えた事を話した辺りからのウルベルトの言動は全て演技だったわけだ。

 それまでは、別に演技という訳ではないが、それでも隠し事をしながらモモンガに接していて、最期の表情だけが彼の本当の素顔だった。

 

「君を怒らそうと必死になってたんだけど、結局モモンガはウルベルトに対して怒らなかったね」

「怒ってはいたんだと思います。でも、それを表に出すのが苦手で、本音を言えば嫌われるかもしれないから、それなら自分が悪い体で考えを巡らせちゃうんですよね」

「そう言うところだね、ウルベルトが君に対して心配していたのは。僕なんかは君と会った時のあれで、いきなりモモンガって呼んでんじゃねぇよとか、演技下手すぎるだろ、とかウルベルトに言われて、君が普段から僕の前でモモンガって言ってるからだろっ、とか、素人がいきなり演技出来る訳ないだろって口喧嘩してたよ」

「俺が気付かなかったから良かったですけど、今にして思うとあれ、酷かったですよ。それどころじゃなさ過ぎて気づかなかったですけど」

 

 多分、今回の事を物語としてそのまま書いたら、その部分だけ雰囲気ぶち壊しじゃないかってくらいに。一発勝負の舞台である以上、失敗があるのも当然なのかもしれないが。

 とはいえ、結局不審に思いながらも、モモンガは気づかず舞台は幕を下ろした訳だが。

 

「ウルベルトが怒るのは最もなんだけどね。まぁ、でも、だからって文句は言ったらいけないわけじゃない。喧嘩するのが仲の良い証拠な訳じゃないけどさ、長く一緒にいるつもりがあるなら、ある程度は思った事はぶつけた方が良いし、ぶつけた後も仲良くやって行ける相手なら、この先もやっていけるだろう。それで、モモンガ、君はこれからも残りの仲間が来るのを待ち続けるのかい?」

「これからのナザリックの方針はまだはっきりと決まっていないけど、それは間違いないです」

「そう。まぁ、それはそれで良いと思うよ。100年毎ではあるけれど、”ぷれいやー”がこの世界にやって来るのは事実だし、いつかは君の仲間も来るかもしれない。でも、彼らが君の思った通りの行動をしてくれるとは限らないよ」

 

 よく考えれば当たり前の話だ。ただ、モモンガはその事をあまり考えていなかった。モモンガがこの異世界を受け入れしすぎていただけだ。

 リアルに大切な物を残してきたからと帰りたいと願う人は当然いるだろうし、異形種になった自分に耐えられなくなる人だっているかもしれない。ゲームだから何とかなった意見の食い違いも、今後ずっとになるのだからどんどん溝が深くなっていくかもしれない。

 そんな当たり前な事を深く考えず、会えば何とかなるだろうと思っていた。

 

「それでも、やっぱり俺はみんなが戻ってくるのを待ち続けます。裏切られるかもしれないけど、でも、そうじゃない可能性だって当然あるんだから」

 

 信じたいのだ。

 結局、ウルベルトはいなくなりこそすれ、モモンガの事を考えてはくれていた。

 自分は置いて行かれてしまったけれど、それでもその分色々な物を残してくれた。

 もちろん、もっと他に良い案があっただろうとか、きちんと説明しろよとか言いたい事はたくさんある訳で、完全に納得した訳ではないが、それをこうなるまで気づく事も、言い返す事も出来なかったモモンガにも問題はあった。

 

「まぁ、君の性格ならきっと今回ほど悪い展開にはきっとならないよ。多分ね。辛かったかもしれないけど、最悪のケースの予行練習はこれでできたわけだから、後はどんな展開になっても、君はきっと耐えられるよ」

 

 できればそんな事は起こって欲しくはないけれど、そうなった時の心積もりは確かに今回の事で出来たように思う。

 まぁ、あんなスパルタな形での予行練習はもうこりごりだが。

 

「言いたい事はたくさんあるんだけど、今日はこの辺で帰るよ。君も、早くその手紙を読みたいだろうし。でも、帰る前に念のために聞いておくけど、世界を崩壊させる気とかはないんだよね?」

「今のところその予定はないです」

「そう、良かった。君がこの世界の敵になるなら、僕は君と戦わなくてはいけなかったからね、本当に良かった」

「今はそうだけど、このままアンデッドとして生きていたら気が変わるかもしれない」

「そうなったらそうなった時だよ。今、その気がないならそれで良い」

 

 アバウト何だなぁと思うが、多分モモンガの事を信じてくれているのだろう。

 帰ると言ったツアーを途中まで送る。

 

「ちょっと事情があって本体では外に出られなくてね。良かったら今度は君が僕の家に来てくれよ。歓迎するからさ」

「ああ、うん。やる事やって気が向いたらそうするよ」

「そうだね、牧場とかやり過ぎてる案件もあるから当分は多分忙しいと思うよ」

「牧場?」

「手紙にも書いているかもしれないけど、詳しくはデミウルゴス君に聞いたらいいよ。正直、かなりドン引きしたんだから」

 

 最期にそう言い残してツアーが帰っていく。

 後で知ることになるが、確かに大変な事になっており、ドン引きするのも致し方ないと言った有様であった。

 自分でやった事だからとデミウルゴスが大抵は何とか隠ぺいをしたが、本当に色々面倒だったし、全く気付かなかった自分に落ち込んだりもした。

 だが、それは後の話で、この時のモモンガはそれについては深く考えず、とりあえずウルベルトの手紙を読むために再び自室へ戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなに状況を説明するとデミウルゴスがナザリックのシモベ達を集めていたが、アルベドだけがパンドラズ・アクターから話があると言われて宝物殿に来ていた。

 

 正直、意味が分からない。

 なぜ、パンドラズ・アクターがウルベルトの味方の様な真似をしていたのか。

 本当にウルベルトは死んだのか。

 死んだならばどういう意味があったのか、死を偽装したというのならば今どこに潜んでいるのか。

 

 答えが見つからずイライラしたその目に、ウルベルトの姿が映る。

 もちろん、偽物だ。

 パンドラズ・アクターがウルベルトの姿を模しているだけだ。

 

「話は良いんだけど、その格好はやめてもらえるかしら?」

 

 不愉快だ。

 

「そうおっしゃらずに。雰囲気は大事でしょう」

「雰囲気なんてどうでも良いわ。早く要件を言ってちょうだい」

 

 そもそもさっき来ていた鎧は誰だったのか。

 オーレオールが、他のシモベ達にウルベルトからの命令だからと説明をしてこのナザリックに招き入れたようなのだが、どうしてそんな信用できない者をこの栄えあるナザリックに入れたのか理解が出来ない。

 

「そうカリカリするなよ、アルベド」

 

 そう言うパンドラズ・アクターは、姿だけでなく本物のウルベルトの様だった。

 癇に障るが、きっとパンドラズ・アクターは演技をやめないだろう。諦めるしかない。

 

「お前はモモンガさんに、『モモンガを愛している』と書かれたらしいが、書かれる前のお前はモモンガさんの事をどう思っていたんだ?」

「あまり良くは覚えてはいないわ。でも、最後までナザリックに残って下さった慈悲深い至高の御方。そのお方を愛する権利を与えられた瞬間、とても嬉しかった事だけは覚えているわ」

 

 今の自分は、モモンガを愛したくてしょうがない存在だ。前がどうだったかなんて興味はないし、モモンガを愛していない自分というのが、今のアルベドには理解出来ない。

 

「書かれていなかったら、愛さなかったのか?」

「それは……」

 

 言葉が詰まる。

 そんな、ありもしなかった可能性の事は考えた事はなかった。

 ただ、愛していたと即答する事が出来ない。

 

「書かれた事に忠実なだけなら、システム通りにしか動けないロボットと同じだぞ、アルベド。愛していると書いて、本当にそんなように動くお前を見て、モモンガさんは本当にお前の愛を信じられると思うか?」

 

 ロボットなどではないと、本当に愛しているのだと言い返したいのにそれを声に出す事が出来ない。

 自分という存在が一体何なのかと、不安が泥の様に底から湧き上がって来て、なんだか恐ろしくなる。

 

「設定された通りの自分になりたいっていうなら、それで良い。少なくとも、デミウルゴスは今回の件で考えたうえで、場面によっては設定と異なる事をしながらも、最終的に俺の理想でありたいと動いてくれた。お前はどうなんだ、アルベド。ちゃんと、考えた上で設定された通りモモンガさんを愛そうと思ったのか? それとも、そう書かれたから愛する真似事をしていたのか?」

「……違う」

 

 確かに考えたかと言われれば、考えた事はなかった。ただ、そう設定してもらえるのであれば、この御方を愛して良いのだと、自分の気持ちを深く考えた事などなかった。それでも。

 

「真似事なんじゃかない。私は、モモンガ様を愛している。あの時そう書かれて嬉しかった気持ちは間違いなく本当で、だから、だから……」

 

 設定されなければ、モモンガを愛さなかったのではないのかという疑惑が晴れる事はない。

 それまでの自分はビッチであると定められていた為、特定の誰か一人に思いを寄せる事はなかったかもしれない。

 だとするならば、自分の愛は偽物なのではないのかと疑ってしまうが、そうではないと否定する。そうでないと、今の自分が壊れてしまいそうだった。

 

「違うと思うならちゃんとそれを証明して見せろ。別にきっかけが、設定してもらったから意識するようになって、本当に好きになったとか、そんなんでも別に良いんだよ。俺がいなくなってモモンガさんがお前に目を向けるようになったとしても、それは愛とは別の感情だ。本当に愛していて、相手からも愛されたいなら、ギルメンとかの他の奴の事なんか気にせず、ちゃんと自分の気持ちを伝えろ」

 

 自分はいつからモモンガ以外の至高の御方を憎むようになったのだろうか。

 モモンガが設定を変えた瞬間だろうか、それともそれより以前からだっただろうか。

 よく覚えていない。

 モモンガ以外の至高の御方については、なぜだかモモンガを裏切った奴だという認識が頭に染みついていて、尚且つそのうちの一人が自分の愛するモモンガを奪っていくのだから、殺さなくてはいけないという強迫観念にも似た思いが頭を占めていた。

 ウルベルトさえいなければ、愛してもらえると、そんな勘違いをしていた。

 

「好きなら好きでちゃんと順序だてて恋愛しろよ。一旦設定がどうとか忘れてさ。お前の恋が実るかどうかは分からないけど、そうすれば、きっとモモンガさんはちゃんとお前の事を見てくれるはずだからさ。少なくとも、俺は応援してるから、後は頑張れよ、アルベド」

 

 そう言い終わると、パンドラズ・アクターは普段の姿に形を戻した。

 設定について考えると頭がくらくらする。

 だが、考えなくてはいけない。癪に障るが、ウルベルトの言う通り、設定されたからその通りの行動を表面的にするだけでは、モモンガは自分に振り向いてくれない。それは、確かに事実だと思えた。

 

「デミウルゴス殿が他の方にお伝えしてる頃かと思うんですが、至高の御方々、少なくともウルベルト様とアインズ様は“りある”では何の力も権力もないただの人間であらせられたそうですよ」

 

 何を言っているのだ、そう言い返したくなるがモモンガがウルベルトは“りある”では虐げられて生きていたと言っていたし、戦いに協力する事になった人間達も、そんなような事を確かに言っていた。

 だが、本当にそんな事がありえるのか?

 至高の御方がただの人間だなんてそんな事が。

 

「ありえないと思ったでしょう。この地を君臨するべき御方が人間な訳がないと。モモンガ様が我々より、ギルドメンバーを選ぶのは結局この認識故なのでしょうね」

「でも、モモンガ様はしっかりとこのナザリックの支配者として立ち振る舞っていらっしゃったじゃない」

「怖かったからでしょう、私たちが」

 

 怖い? どうして?

 そう思ってしまったが、もし、それが事実であるならば、その認識こそが間違いだったのかと気づく。

 人間だとするならば、異形種である我々を恐れるのは当然の感情だ。

 

「期待を裏切ってナザリックを追い出されるのが恐ろしくて、私たちに合わせて支配者のフリをして下さっていた。モモンガ様が、我々ではなく、他の至高の御方に意識が行くのは当然でしょう。常に仮面をかぶって話さなければいけない相手より、素顔で本音を話せる相手と一緒の方が良いに決まっている」

 

 話の展開にまだ頭がついていけていない。

 それでも、その話が本当だとするならば、ウルベルトを殺したところで、やはりモモンガはアルベドを見てはくれなかったという事か。

 ユグドラシルの頃は人間的感情のまま過ごしていたが、今のこの異世界にやって来てから、心が体に合った精神に徐々に変化して行っているらしいなどと、パンドラズ・アクターが説明していく。

 人間がどうして、アンデッドなどの姿をしているのか、どうやって我々を創り出したのかなど疑問がいくらでも湧いて出てくるが、モモンガを愛したいという気持ちは以前変わらない。

 人間だろうと構わない。今度こそ、あのお方を愛したいし、その為には知らなければいけない事がたくさんある。

 

「そういえば、ウルベルト様は、元より死ぬご予定だったらしいですよ」

「……えっ?」

「死ぬ前に一目様子を見ようとやって来たところ戻れなくなったそうで。“りある”への帰還手段が見つからなければ、試しにこの世界でも死んでみようと思っての今回の事でした。最初から残る気はなかったから、我々にギルドメンバーの代わりとして、モモンガ様の側にいて欲しいとそう願っておいででした。モモンガ様に必要なのは忠実なシモベなどではなく、何でも気軽に話せる友人だからと」

「……馬鹿な男ね」

 

 そうだとしてももっと良いやり方はいくらでもあったろうに。

 

「ええ、全く。その通りかと」

 

 

 

 パンドラズ・アクターとの話が終わってアルベドも他の者が集まっている玉座の間へ向かう。

 すでに話が終えたデミウルゴスが扉の前に立っていた。

 

「私を怒っているのかしら」

「残念ながら君に対して怒りの気持ちは特にない。気づかなかったのは私の落ち度だし、我々が設定された通りの存在になってしまうのも、ある程度は仕方のない事だしね」

「でも、最終的にウルベルト様が死を選ぶにしろ、私の事がなければこんな風に事を急いて起こす事もなかったでしょう」

「まったくもってその通りだ」

 

 数時間前には子供の様に泣きじゃくっていた彼だが、今はその面影はどこにもなく、しっかりと全てを受け止めてそこに立っていた。

 アルベドの頭の中では未だ設定というものがはっきりせず、自分の意思と、設定された自分が乖離しそうになるのをどうにかまとめるのに必死なのだが、多分彼はそれをきちんと整理出来たのだろう。

 

「でも、ウルベルト様は死んだその先の事を我々に任されて逝ってしまわれた。君も含めて、ナザリックのシモベ全員だ。だから、君が設定された通りにモモンガ様を愛そうとするのか、設定通りにする必要はないと悟り、設定とは違う在り方を選ぶのか、君がそれをモモンガ様に示して形にするまでは、君が今回やろうとした事をモモンガ様に言うつもりはない」

「お優しいのね」

「そうだよ、私はナザリックに所属する者には優しいんだ。知らなかったのかい? とはいえ、君が他の至高の御方が現れた時、また殺そうとするなら話は別だがね」

「……もうしないわよ」

 

 結局ウルベルトの良いように動かされている感がある。

 玉座の間の扉を開ければ頭を悩ませるシモベ達であふれかえっていた。

 アルベドもその中に混ざり、モモンガがやってくるまで頭を悩ませ考え続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この手紙を読んでいる頃、もう俺は死んでいるでしょう。

 なんて出だしの文章を、まさか自分が書くとは思っていませんでした。

 でも、この手紙をモモンさんが読んでいるというのであれば、俺の予定通りに事が進んだという事でしょうし、モモンガさんには悪いですが、本当に良かった。

 

 とりあえず、本当に最後まで迷惑をかけてすいません。

 色々考えたんですが、やっぱり自分はナザリックに残る事は出来ません。理由はまぁ、色々あるんですけど、リアルに帰る手段として一度は試しておこうと前から思っての事です。

 そして、それをするならまだ俺が、はっきりと人間だった頃の意識が残っていると実感している時にしたかったからです。時間が経てば経つほど、その人間としての自分があやふやになりそうだったので、こんなタイミングで死ぬことを選びました。

 俺が今までどういう生活を送って来たかなどは、思ったより長くなったんで別紙に書いたんですが、改めて客観的に自分の生き方を読んでみると、凄い馬鹿な事してきたなぁと、自分の事ながら呆れてしまいました。

 馬鹿だし、間違え続けていたんですけど、それでも譲る事が出来なかった結果の状況という訳です。

 

 本当は、こんな手紙を書く予定はなくって、モモンガさんが俺の事を信じられなくなって、嫌いになってくれたなら、NPCに頼るしかなくなり、自然と俺の事なんか忘れてNPC達と仲良くできるんじゃないのかな、なんて甘い考えをしていました。

 何やってもモモンガさんが俺に怒ってくれないものだから、本当に困りました。俺ならとっくにぶちぎれているだろうなと思う事でも怒らないんですもん。

 

 でも、それだけ大事に思ってくれていたってことなんですよね。

 それなのにこんな勝手をしちゃって本当にごめんなさい。

 俺はこういう生き方しかできないみたいです。

 

 いなくなるならせめて、俺がいなくなった後もモモンガさんが寂しくないようにと、友達になれそうな候補は見つけておいたので、出来ればNPC達はもちろんですが彼らとも仲良くするのもありだと思います。

 というか、ジルクニフには凄く悪い事をしたので、今後の事はモモンガさんに任せますが、出来れば彼には危害を加えるような事はしないでくれると嬉しいです。

 後は、聖王国のレメディオスには恩があるので、聖王女のカルカなどにも優しくしてやれそうなら、そうして下さい。

 別に強制するつもりはないので、信じきった彼らを蹂躙する、みたいな展開も全然ありだと思います。

 ただ、自分はアンデッドだからと、ナザリックのNPC達は基本的に人間などナザリック外の存在に良い感情を抱いていないからと、そんな理由で共存を諦める必要はないと、それを伝えたかっただけなので。

 

 時間がなかったので横のつながりが広い人間ばかりと手を組む流れにしちゃったんですが、とにかく、アンデッドだろうが何だろうが、友達を作る事くらいできるんです。

 ナザリックのNPC達だって話せばきっと分かってくれると、今のモモンガさんなら分かっているんじゃないでしょうか。分かっていないなら、多分大丈夫なんで、俺の事を信じて相談してみてください。

 デミウルゴスには俺が人間だっていう事バラしているんで、モモンガさんが人間だった事も分かっているはずなので、ちゃんと理解してくれますから。

 

 自分のやりたい事をまず言って見てください。

 それで本当に良いのかどうかは、後で話し合えば良いだけなんですから。

 

 モモンガさんならきっと——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、わざわざ集まってくれてありがとう」

 

 玉座の間に、ナザリックのシモベの殆どが集まっている。

 まだ、少し怖い。

 でも、大丈夫だ。

 

「最初に言っておくが、ウルベルトさんが死んだ」

 

 流石にその件についてはデミウルゴスが話をつけていたようで特に驚いた様子はない。ただ、それでも悲痛な表情を浮かべて、認めたくない事実を受け止めていた。

 

「僭越ながらモモンガ様。御身が、“りある”の世界では人間であった事や、ウルベルト様がなぜこの様な事をしたかについては、大まかではありますが伝えております。」

 

 やはり、モモンガが人間だという事はバラしている。そうではないのかとは思っていたが、そう言われて少し身を固くする。

 だが、人間だとバラしたというのに、NPC達から敵意を向けられていないという事にモモンガは安堵した。

 彼らに対して怯える必要はなかったんだなと、今更ながらに気づく。最初のあの時、とっさに支配者らしくしなくてはとそんな言動をとってしまったが、あんな事をしなければ、もっと彼らと打ち解けていたりするのだろうかと考えるが、今更だ。

 

「そうか、ありがとうデミウルゴス。みんなも、今まで騙していてすまなかった」

「モモンガ様が謝られる必要はございません」

「そうです、私たちが勝手に誤解していただけなんですから」

 

 口々に、モモンガは悪くないと誰もが言う。

 はじめっからちゃんと本当の事を話し合っておけば良かった。

 肩の荷が少し降りて軽くなる。

 

「ありがとう。ずっと怖くて言い出せなかった。確かに今の私はアンデッドだが、元はただの人間だ。お前たちに見捨てられたらと、今まで大事だと思っていたナザリックから追い出されたならばと、ずっと恐れていた」

 

 そんな事はしないと。

 自分たちが仕えるべき御方はあなた様しかありえないと口々に言う。

 人間だったならばきっと涙が出ていたのだろうが、今のこの体ではそれもできない。だが、それはそれで仕方ないし、受け入れる。

 自分はここで生きていくと決めたから、アンデッドである自分を肯定する。

 でも、人間であった頃の自分を否定するつもりもない。

 

「私はここに残り、お前たちと生きて行こうと思っている。ナザリックが滅びるその日まで。ただ、アインズ・ウール・ゴウンの名前は返上して、再びモモンガと名乗る事にする。だから、アインズ・ウール・ゴウンとしての最後の言葉になるが、まずはセバス」

「はい」

「先日はお前を許すと言いながらも庇ってやれなくて悪かったな。ウルベルトさんも、先日は言い過ぎたから謝っておいてくれと手紙に残していた」

 

〈セバスにはちょっときつく言い過ぎたんで謝っておいてください。

 ただまぁ、正義の味方も結構だけど、ちゃんと自分の本当にやりたい事が何なのか見つけて欲しい〉

 

「そんな。あれは私のミスです。御方が謝られる必要など」

「確かに、お前にも非はある。だから、この前の件はそれで帳消しだ。とは言え、今後も私の側にいてくれるのであれば、報告はするように。そして、人助けも結構だが今後は助けた後の事もきちんと考えて行動するようにな」

「かしこまりました」

 

 少しだけ救われたようなそんな顔をセバスがする。

 多分あの場面は、アインズがセバスを庇うのをウルベルトは期待していたのだと思う。険悪になったウルベルトより、自分の命令を守ろうとしたセバスを選ぶようにとウルベルトはあんな演技をしていたのだろう。

 分かってみれば、あえて怒らそうとした言動が多かったように思う。

 

「次にデミウルゴス。お前には一つ罰を与えよう。アインズ・ウール・ゴウンとして、ウルベルト・アレイン・オードルを殺したことによる罪に罰を」

 

〈できれば、デミウルゴスには罰を与えてあげてください。

 きっとそうしないと、生きているのが辛くなるから。内容は、モモンガさんにお任せします〉

 

 自分で考えておいてくれよとも思うが、ウルベルトからの最後の頼みだからと、頭を悩ませて考えた罰をデミウルゴスに告げる。

 

「これから編纂されるであろう、今回の出来事を題材とした物語を収集し、確認しろ。なるべく吟遊詩人達が語りきかす物も含めてだ。そこに書かれたウルベルト・アレイン・オードルが、きちんと彼の理想とした悪として書かれているか検閲し、修正を行い、またその話を広める事を、お前への罰とする」

「かしこまりました」

 

 そういうデミウルゴスの声は、どこか震えていて、なんだかまた泣きだしそうだった。

 ただ、どこかほっとしたような、そんな感じもある。

 

「大変な作業だぞ。今もきっと増えているだろうし、遠くへ広まったり時間が経てば話が歪曲して伝わる事もあるだろう。言語を理解する種族が存続する限り続く罰だ、出来るか?」

「はい。必ずや、その罰を完遂してみせます」

 

 ウルベルトの事を忘れないように。

 そして、彼の理想をきちんと正しい形で残せるように。

 命令するまでもなく、きっとデミウルゴスはそれをしただろう。だが、罰という名目にする事で、余計にそれを縛り付けただけだ。

 これで本当に良かったのかはわからない。

 それでも、この仕事を頼めるのはデミウルゴスをおいて他にはいない。

 

「では、これが本当にアインズ・ウール・ゴウンとしての最後の言葉だ」

 

 ごくりと、唾を飲み込む音が誰ともなく聞こえてくる。

 そんな大したことを言うつもりではないんだけどな、とは思うが、まぁ、そんな期待をされるのもこれが最後だ。

 

「みんな、好きに生きてくれ」

 

 手に持ったギルド武器を玉座に置いて、階段を下りてみんなと同じ目線に立つ。

 このまま見捨てられるのではと不安な表情の者も多くいる。

 自分と同じで、置いて行かれるのが怖いのだ。

 

「そして、ここからは私、いや俺からのお願いだ。お願いだから、別に聞く必要もない。俺はこれから積極的に、という訳ではないが人間などのこの世界の者達とも交流して生きて行こうと思う。だから、本来なら、俺がここを出て行くべきなのかもしれないけど、俺はここに残る。ここが、俺の家だから」

 

 自分が帰るべき場所はリアルでもなく、このナザリックだ。

 NPC達から認めてもらえないかもしれない。否定されるかもしれない。

 それでも、決めた。

 ここで殺されるなら、自分はそこまでだったという事だ。

 それに、死んだらその先でウルベルトに会えるかもしれないし、なんて思ったら死ぬのも前ほど怖くはない。

 

 誰もその場を動く者はいなかった。

 モモンガに刃を向ける者もいない。

 

「モモンガ様」

 

 アルベドが、真っすぐモモンガを見つめながら声をかけた。

 

「私は、モモンガ様が何を選ぼうともあなた様の傍にいて、あなた様を愛したいのです。最後までこの地に残り、この後もこの地に残り続けると言ってくださったあなた様を愛したいのです。モモンガ様がそう設定されたからそう思うのか、私はまだはっきりと答えられません。でも、それでも、モモンガ様をこれからもお傍で愛していきたいのです」

「アルベド……」

 

 彼女の言葉に、モモンガは少し救われた。

 モモンガが不用意に書いた設定に縛られている。それを書き換える事は出来ない。

 出来ないが、彼女は今、それを踏まえた上で、元は人間だったモモンガを愛したいと言ってくれている。

 自分がそれに応えられるかはまだ分からない。

 今までは彼女から愛情を向けられるたびに罪悪感に苛まれていたが、それが薄れていく。

 

「ありがとう。俺も、まだそれについて返答する答えを持っていない。ちゃんと考えで俺も答えを出す、だから、これからも傍にいてくれ」

 

 そう言うと、アルベドは嬉しそうに涙した。

 

「ちょっと、アルベド抜け駆けはだめでありんすよ。わららも、元がどうあれ今のモモンガ様の事を愛しているでありんす」

「あたしも、愛してるっていうのとは違いますけど、モモンガ様の事は今でもやっぱり好きです。だから、これからも一緒にいたいって、そうもいます」

「ぼっ、僕も。これからも、ナザリックでモモンガ様と一緒にいたいです」

「私モ今後トモ変ワラズ、モモンガ様ニツイテ行ク所存デス」

 

 口々にそう言ってくれる皆に、ないはずの胸がギュッと掴まれたようなそんな感覚になる。

 ああ、自分はここにいて良いんだなと、不安はもうどこにもない。

 

 ウルベルトの手紙に書かれていたその一文を思い出す。

 大丈夫だ。きちんと言える。

 

 今まで彼らはモモンガを知っている様子であるのに、モモンガは彼らの事をあまり知らないが故にいびつな関係を築き上げてきた。

 だから、一から始めよう。

 

「ありがとう、本当にありがとう。俺は、お前たちの理想的な支配者にはなれない。アインズ・ウール・ゴウンは元から誰かを頂点にする形ではなく、多数決を尊重する序列のないようなそんなギルドだった。だから、俺はこのナザリックをそういう形に戻したい。だから、どうか」

 

 この台詞を自分が言うのは初めてだ。

 今後は気軽に言えるようになればいいなとは思うが、初めてだと思うとなんだかドキドキしながらその言葉を口にした。

 

 

 

「どうか俺と、友達になってくれないだろうか」

 

 


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