悪の舞台   作:ユリオ

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エピローグ

 気が付いたら見覚えのある様な無いような、そんな部屋に一人ポツンと立っていた。

 ユグドラシルのどこかで、こんな感じの部屋の作りをした建物があったような気がしなくもないが、あまりはっきりとは覚えていない。

 座り心地のよさそうなソファーに、机の上にはお茶とお菓子まで用意されている。

 先ほどまであったはずの痛みはどこにもなく、ウルベルト・アレイン・オードルのアバターの姿でそこにいた。

 

『蘇生をご希望のお客様はこのままロビーでお待ち下さい』

 

 いきなりそんな声が聞こえた。

 妙な夢だなと思いながら、部屋にあったドアを開けて外に出る。

 せっかく死んだのに蘇生なんかしたら台無しではないか。

 開けた先は、真っ白な道がまっすぐに続いていた。

 

『ロビーを出られますと、蘇生を拒否したことになり復活が出来なくなります。復活ご希望の方は、ロビーまでお戻り下さい』

 

 つまり、このまま外に出れば復活せずに済むのかとそのまま前に進む。

 次第になんだか体が重くなっていくような感覚があり、足元を見ればここ最近見ていなかった自分の人間の足が目に入る。

 

 構わずそのまま前に進めば次第に少し息苦しさを感じるようになる。

 リアルではそう言えばこんな感じだったなとそう思いながら振り返る事もなく前に進む。

 何度も、警告するようにロビーに戻るように促されるが知ったこっちゃない。

 

 黒と白の扉があるだけの部屋につく頃には完全に元のただの人間に戻っていた。

 特にそれについて悲嘆する事は当然ない。だってもう、ウルベルト・アレイン・オードルは死んだのだから。

 

『こちらの扉を通りますと、もうロビーに戻る事は出来なくなります。白い扉が天国行き、黒い扉が地獄行きとなっております』

 

 自分で選べちゃうのかよ。と思いながら当たり前のように黒い扉を開ける。

 天国なんて興味はない。

 初めから地獄へ行くつもりで死んだのだから当然だろうと、扉の先の真っ暗な世界に足を踏み入れた。

 

 

 

 

「うおっ」

 

 妙な夢から目が覚めて、目が覚めたのに辺りが真っ暗な事に驚いて声を上げる。

 ただ、目の前が真っ暗な理由はすぐに分かった。

 電源の切れたゲーム端末を頭にかぶっているから真っ暗なだけだ。外せば見覚えのある部屋がしっかり見えた。

 

「あれっ、起きちまったか」

 

 良く見知った男が、どうやら俺に掛けようと思ったのか毛布を持ってそこに立っていた。

 

「……リーダー、今何年何月何日の何時?」

 

 寝ぼけてんのかと言いながら教えてもらった日時は、ユグドラシル最終日の翌日で、時刻は0時を10分過ぎた程度の時間だった。

 つまり、記憶に間違いがないならユグドラシルにログインをして十数分しか経っていない。

 ユグドラシルから異世界に行ってのあの出来事は全部夢だったのだろうか、とも思うがあまりにもはっきりと思い出されるそれが夢だとはとても断定できるものではないし、夢だなんて思いたくはなかった。

 大事な事を教えてもらった。

 単純な答えだったけれど、でもあれは自分では導き出せなかった答えだ。だから、あれが夢である訳がないと、一人で勝手に納得する。夢でないならなんだというのだとも思うが、夢だと思えばあそこで生きていた彼らの存在を否定するようでなんだか嫌だったのだ。

 

 ただ、現実感があまりないのも事実だ。

 かなり何人も人を殺したりしてきたが、ゲームをやって来た程度の実感しかない。

 リアルでは人は殺した事はないとはいえ、最近では見慣れるほどに死体に触れる事もあったのでそんなもんなのだろうか。

 

 しかし、だとすると都合の良いようにできているもんだ。

 何週間も向こうの世界にいたが、それがリアルでは10分程度だった訳だ。とは言え、向こうの世界で何百年も生きていたらこっちでは肉体が死んでしまっていたかもしれないし、早々に死んでおいて良かったと安堵する。

 

「事故があって予定のルートがやはり使えなくなっていて、今日の作戦は別の日に延期だ。俺らの動向がバレたんじゃないかと調べたが、完全に無関係だと確認が取れた。ルートをまた一から調べ直す事になるから、今日はもう家に帰ってゆっくり寝てていいぞ」

 

 本来であれば、今日死ぬはずだった男を気遣うように、リーダーがそう言った。

 寝ていたのも、気疲れしていたからだろうと判断しているようだった。

 

「そういえ、端末被って何やってたんだ?」

「ゲームやってたんすよ。ユグドラシル。昨日で最終日だったから」

「ああ、お前に手紙くれたダチと一緒にやってたっていうゲームか」

「久しぶりに仲の良い友達に会って、他にも色んな人に会ってきた」

 

 異世界に会って、そこで息子もできた、などと言えば頭がおかしくなったと思われて今からでも病院に連れて行かれるんだろうな、などと思って当然それは口には出さない。

 何だか口に出すと、今までの出来事が胡散臭いものになってしまうような気がして、自分の中だけに留めておく。

 

「あのさ、リーダー。作戦、立て直すんだよな」

「そうだな。だから、決行は早くて来週くらいになるんじゃねぇかな」

「ならさ、ちょっとお願いがあるんだけど、良いかな」

「おう、何だ」

 

 真っすぐと、リーダーの目を見て、はっきりと決めた事を口にする。

 

「俺、生きようかと思うんだ。やる事が出来た。だから、出来れば死にたくない」

 

 その言葉に一度大きく目を見開いて、その言葉が真実だと知ると泣きだした。

 嬉しそうに泣く彼を見るのは、これが初めてだった。

 

「良かった、本当に良かった」

 

 まるで自分が救われたかのように、本当に嬉しそうでこちらまでなんだか嬉しくなる。

 組織にいるのは、大抵は戸籍もなくろくな仕事にもつけない、ここにしか居場所のない連中だった。だが、戸籍も仕事も持っていて、人生をやり直せる道はいくらでもあった。そんな俺が組織に入る事をリーダー良く思っていなかったのだが、無理やり押しかけて組織に仲間入りしていた。

 そんな自分が、生きたいと言った事が他人事であるはずなのに本当に嬉しかったらしい。

 まぁ、過去に自分が必死になって助けた相手が死のうとしていたのは、当然気分が悪いだろう。

 

「でも、別に作戦に参加しないって訳じゃないぞ。関わったからには責任もって俺も参加する。そこで死んだらまぁ、そこまでだったと思うよ」

 

 始めた事に最後まで責任を持って見届けたいから戻ってきたのだ。

 死ぬ気はないが、やる事はやる。

 

「来るなって言いたいが、分かったよ。でも、生きたいと思っているお前を死なすような配置にはしない。しかし、良い友達に出会ったんだな」

「そう。久しぶりに凄く楽しかったんだ」

 

 それにもう、馬鹿な復讐をする必要もなくなったし、する気も失せた。

 というより、人を殺すのは少なくとも俺には一人が精一杯みたいだ。

 カルネ村や、王国で何十人と殺してきたが、それについては、悪かったなとは思うがその程度だが、たった一人、自分の手でレメディオスの首を叩き落とした感覚だけはしっかり残っていた。

 悪を殺すのは一人で十分だ。

 これ以上は、自分には背負えない。

 

 ああ、とりあえずモモンガの様子を見に行かないと。

 彼がこちらに戻ってくる保証はない。戻ってこないなら戻って来なくてもいい。きっと、それは向こうの世界で楽しくやっている証拠だろうからそれはそれで構わないだろう。

 だが、何かの拍子に戻ってくる可能性は当然ある訳で、そうなった時周りに誰もいないと寂しいだろう。

 癪ではあるが、たっち・みーなどの富裕層で金を持っているギルメンを中心に力を貸してもらい、恐らく眠っているんじゃないかと思われるモモンガの保護をしないとなぁなんて、やらなきゃいけない事を頭に書きだす。

 

 悪魔の時と違って魔法も使えないし、身体能力も衰え、外はガスマスクなしでは歩けないような最悪の環境。おまけに飯は糞マズい。

 確かに地獄だなぁとは思うが、それでもやはり自分が生きるのはこの、薄汚れたどうしようもない掃きだめの様な世界だ。

 それで良い。

 どうか、異世界に残してきた彼らの人生に幸があらん事をと願いながら、深夜に迷惑だろうなと思いながらも、たっち・みーに電話をかけるのであった。




 これにて本編完結となります。
 読んでいただいた方、さらにはコメントまで下さった方と、誤字報告していただいた方々には本当に感謝です。

 本編完結ですが、何度か言ってますがウルベルトさん視点の舞台裏と、ウルベルトさん目線以外の書いていない部分(聖王国に行く前の青の薔薇やらガゼフとかとのやり取りとか)
 あとその後のちょっとしたおまけの後日談(最終話冒頭にちょっと書いたけど、モモンガさんとジルクニフが仲良く買い物してる話とか)書きたいなぁと思っているんで、気が向いたらそちらも読んでいただけると幸いです。

 ただ、舞台裏は基本シリアスは欠片程度しかないお話になってますので、真面目な話の方が好きな方は向かないかも……。

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