悪の舞台   作:ユリオ

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2話 宝石

「ウルベルトさん!」

 闘技場の通路に転移するやいなや、骸骨が突進してきたため、思わずよける。

 

「避けなくてもいいじゃないですか! 感動の再会シーンですよ」

「いや、つい。モモンガさんの顔が怖くて」

 

 ゲーム時代に見慣れているはずなのだが、現実として存在しているせいか、彼のオーバーロードの姿は以前よりも迫力が増したように感じる。

 

「本当によかっ!……あ」

「えっ、どうしました?」

 

 骸骨の顔なので表情はわかりにくいが、それでも嬉しそうにしているのだろうなと思われたモモンガの顔がいきなり真顔になる。

 

「なんだか、感情が抑制された感じで。俺がアンデッドだから、そのせいとかですかね。状態異常の扱いになって平静に戻らされてるのかも」

「あー、なるほど。俺も、火属性の魔法受けたらダメージ軽減されたからそうでしょうね。精神的な部分にも作用するってのはちょっとやっかいですね」

「そうですね。って、魔法受けたんですかっ!」

「ちょっと、デミウルゴスに攻撃をしてもらって。ダメージもしっかり入りますね。っていうか、フレンドリーファイヤが解禁されてました」

「うわー、最初から凄い事確認しますね。でも、本当に良かったです。こんな訳のわからない状況で一人っきりじゃなくて。さっきまですごく不安だったんです。ウルベルトさんがいてくれて、本当に良かった。ありがとうございます!」

「ええ、まぁ、はい」

 

 実は一人でリアルに戻ろうとしていたとは口が裂けても言えないような迫力があった。

 こんなに押しが強い人だっただろうかという思いはあるが、この異常事態だ。自分と同じ状況の人が現れてほっとするのは当然であろう。

 

「そういえば、魔法の確認をするって言ってましたけど、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ってるってことは、それの確認ですか? 一応、さっき言った通り魔法受けて、自分でも攻撃魔法を使ってみたんですが、習得している魔法は問題なく使えそうですよ。それで、〈伝言〉(メッセージ)を使って連絡入れた感じです」

「なるほど。俺も、闘技場で確認が取れたらいろんなとこに使ってみようかと思ったんですが、〈伝言〉(メッセージ)は俺以外にはつながらなかった感じですか?」

「はい、ギルメン全員にかけてみたんですけど、繋がったのはモモンガさんだけですね。多分、サービス終了時にログインしていたかどうかが条件なんじゃないですかね」

「そうですか。残念です。他の人もいてくれたらもっと心強かったんですが」

 

 そういって落ち込むモモンガに、ウルベルトは若干の違和感を覚えた。

 確かに、一人より大勢いた方が心強いのは間違いないだろう。しかし、いきなりゲームの世界に来て、元の世界に戻れるかわからないこの状況を喜ぶ人間はどれほどいるだろうか。

 アインズ・ウール・ゴウンは、社会人のみで構成されたギルドだ。当然結婚して、子供もいる人だって何人もいる。事前に知らされているならまだしも、いきなり家族を捨ててこんな場所に来て果たして喜ぶ事はできるのだろうか。

 

 いや、モモンガはあまりの心細さに、そこまで考えずにそういってしまっているのだろう。自分の発言を悪かどうか判断するのはいいが、相手にまでそれは悪じゃないかと突き付けて何度、いろいろな人と喧嘩をしてきたことか。

 

「これからどうしましょう? 2人で話し合いたいけど、アルベドには、アウラとマーレには自分が声かけるからって言っちゃったから、とりあえず2人には会った方が良いと思うんですが」

「じゃあ、とりあえず声だけでもかけときますか。というか、守護者集めてどうする予定だったんですか?」

「みんなの忠義を確認しないと怖いなと思って。今まで会ったNPCはアルベドと、セバス、それからプレアデスなんですけど、凄いみんな俺の事敬ってるって感じでした。と言うか、忠義心MAXすぎて逆にどう接していけばいいのやらなんですが……」

 

 みんな集めて、レベル100のNPCに一気に反逆される方が怖くないかと最初ウルベルトは思ったが、モモンガが手に持つスタッフを見て考えを改めた。

 スタッフの能力と、モモンガの肋骨の隙間から見えるワールドアイテムがあれば最悪の事態になっても逃げるくらいならわけないだろう。指輪の能力でナザリック内であれば瞬時に移動できるわけだし、それなら1カ所に集めて確認した方が良い。一番恐ろしいのは、気づかない間に背後を取られる事だ。

 

「俺はデミウルゴスにしかまだ会ってないんですけど、至高の御方とか呼んだりしてきて、もしかして全員そんな感じなんですか?」

「今のところ全員そんな感じなんですよね。期待を裏切ったらどうなるか怖くて、支配者っぽく接してるんですけどボロが出そうで……」

「そうなると俺もそれっぽくした方が良いですかね。デミウルゴスは兎も角、他のNPCからどう思われてるか不安なんですよね」

 

 しかし、自分に支配者らしい態度がとれるだろうかとウルベルトは不安になる。

 ゲームをやっていた頃はふざけて悪役ロールをしていたが、人の上に立つ事など今までの人生でなかった。そんな人間が支配者らしくしたところですぐに露呈するに違いない。

 とはいえ、モモンガがすでにそうしているならば合わせておいた方が良いのだろうか。バレた時のリスクが大きいのが気になるが。

 

「分からない事だらけで不安しかないですよ。あっ、そういえばセバスに外の様子を見てくる様に命令してたんで、<伝言>使えるなら、アウラたちに会う前にちょっと様子聞いてみますね」

「おっ、流石ですね。不安とか言いながら命令までしてるとは。確かに、外の様子も気になりますからね」

 

 内の事ばかり心配して、外についてはあまり考えていなかったが、最終日にログインしていたのが自分達2人なはずもなく、同じ状況になっているプレイヤーもいるだろう。

 連携が取れるならば、リアルに戻る手段を探すのも格段に効率が良くなるはずだ。

 ただ、アインズ・ウール・ゴウンはPKなどといった行為をする事から、極悪DQNギルドとして名を馳せてしまっている。その為、プレイヤーがいたとしても協力してくれるかは甚だ怪しいのが不安だが。

 

 モモンガが〈伝言〉(メッセージ)している様子をみれば、自分と同じ様にこめかみに手を当てながら会話をしていた。

 見る角度によっては端末を持っているように見えるのが良いんだろうな、などと思っていると、モモンガが驚きの声をあげる。

 

 気になって、モモンガの声に耳を傾ければ、どうやら本来ナザリックの周りは沼地になっているはずなのに、草原になっているというそういう話らしい。

 あくまでゲームの世界が実体化しているものだと思っていたのだが、そうではなかったという事だ。ユグドラシルの別のエリアに行っただけなのか、それとも全く違う場所に来てしまっているのか、他にプレイヤーは来ているのか。確認する事項があまりにも多い。

 

 リアルでは、そろそろ作戦が開始される予定の時間になっているのではないだろうか。とはいえ、ウルベルトがここにいる以上、別の作戦に変えているはずだから、予定が変わって別の日に決行することになっている可能性もある。

 急いで帰る方法を探したいが、予想外な出来事が多すぎて帰れる道筋が全く見えてこない。

 

「ウルベルトさん、外は草原になっているようで周りには誰もいないみたいです」

「周りが敵だらけじゃなかっただけましと思うべきですかね」

 

 草原の先に敵がいないとも限らないが。いや、敵すらおらず、ナザリック以外すべて草原しかないような世界の方が怖いかもしれない。

 話し合わなければいけないことが多いが、守護者を集めている以上、先にそちらに会っておくべきであろう。集合の時間にはまだあるが、早めに集まってしまった守護者が、アウラとマーレに出くわして話を聞いていないとなっても面倒だ。

 

「そういえば、ウルベルトさんの装備も取りにいかないとですね」

 モモンガが、ウルベルトの恰好を見てそういった。

 

「あっ、やっぱり売ったりしてなかったんですか? モモンガさん貧乏性だからなぁ。アイテム必ず1個は残しておきたいタイプ」

「うっ、確かにそうですけど、でも、皆さんの装備は、いつ戻ってきてもいいようにって保管してただけで、貧乏性とは別の理由ですよ」

「売っちゃってもよかったんですけど、この現状だと助かります。とはいえ、時間があれだから装備を取りに行くのは守護者集めた後にしましょう」

「了解です。こんなことなら、先に〈伝言〉(メッセージ)試してみればよかったですね。もっと、今後の事話してから守護者集めればよかった」

 とはいえ、もはや今更だと闘技場へと足と進めた。

 

 

 

 

 

 

 闘技場に行くと、双子のダークエルフの姿がそこにはあった。

「いらっしゃいませ、モモンガ様。ウルベルト様。あたしたちの守護階層までようこそ!」

「あっ、あの、ようこそ」

 

 モモンガは、今まで出会ったNPCたちは敬服した態度だと言っていたが、この二人は割と親しみやすいような態度をとってきたことにほっとする。

 ぶくぶく茶釜が作ったNPC、アウラ・ベラ・フィオーラに、マーレ・ベロ・フィオーレ。男装をしたアウラが女で、スカートを履いたマーレが男という、そんな設定であったことを思い出す。性癖なんて人それぞれなのだし、そこについては触れないで置くべきだろう。

 

「先ほどから闘技場に来ている気配はあるのに、中々こちらにいらっしゃらないからどうしたのかと思っていたんですが、ウルベルト様がいらっしゃっていたんですね」

 

 階層守護者だと、その階層に誰か来ればわかるという事だろうか。確かに、それは十分あり得るだろう。

 とりあえず、二人からは敵意のようなものは感じない。

 むしろ、その表情は久しぶりに会えた事を喜んでいる風ですらある。

 

「ああ、そうだ。ウルベルトさんが久しぶりに帰還して、話が弾んでしまったためついそこで立ち話をしてしまっていたのだ」

「そうなんですね。あの、もしかして他の至高の御方もお戻りになられていたりするのですか」

 

 アウラが期待に満ちた目でこちらを見ている。マーレも、同じことが気になっているようで、おどおどしながらもこちらを同じような目で見つめてくる。

 

「悪いが、今ナザリックにいるギルドメンバーは俺とモモンガさんだけだ。他の連中については、どうしているのかも知らないんだ」

 

 ベルリバーが死んだのは知っているが、という言葉を飲み込む。

 二人は残念そうな顔をさせたが、そんな顔を見せるべきではないというように、すぐに先ほどの笑顔に表情を戻す。

 

「そうなんですね。でも、長くお姿を隠されていたウルベルト様が戻ってこられたという事は、ぶくぶく茶釜様も、いずれ戻ってこられるかもしれないってことですよね」

「うっ、ウルベルト様が戻られただけでも、嬉しいです。最近、帰還される御方があまりいなくて、その、寂しかったので」

 

 ぶくぶく茶釜がいつ引退したのかは知らないが、彼らもデミウルゴス同様に帰らぬ創造主を待ち続けていたわけで、敵意を向けられる覚悟をしていたが、少なくともこの二人に関してはその心配は杞憂だったという事だろう。

 

 ただ、こうも戻って来てくれて嬉しいオーラを出されると、リアルに帰って死ぬ予定だからもうここに来ることはない、なんてとてもじゃないが言えない雰囲気だ。どちらにせよ、今は諍いをしたくないので言うつもりはないのだが、いつかはこの事を告げねばならないのかと思うと胃が痛くなる。

 

「ところで、お二人がこの階層に来られたのは、ウルベルト様が久しぶりにお戻りになられたことの報告とかですか? それなら、盛大にパーティーとか開いたりするのが良いんじゃないかと思います」

 

 アウラの言葉に、マーレも同意するように何度も頷いている。

 

 ウルベルト的には帰る気まんまんなのでパーティーなどごめんこうむりたい。流れ的に、守護者に会う事になることは避けられないが、本音を言うと会えば会うほど、置いて行かないといけない罪悪感に見舞われるので今すぐこの場から消えたい。

 とはいえ、外は草原だというしリアルへの帰還方法を探すめどが立たない以上、今はこのままナザリックにいる方が無難だろう。広い場所を探すならば、どうしても人手が必要だ。

 

「ああ、そうだな。後日盛大なパーティーを開くのもいいかもしれないな」

 

 えっ、やるの!?

 思わず声に出しそうになった言葉を何とか飲み込む。

 この骸骨、非常事態だというのにどこか浮かれている。

 

「それよりモモンガさん、ここで起こっている異変を探る事の方が重要だと、私は思うんですよ」

 

 異変という言葉に、双子が首をかしげる。

 

「少しくらいはそんな時間をとってもいいと思うんですが、でも、そうですね現状確認の方が大事ですね。アウラにマーレ、実はウルベルトさんの帰還以外にも皆に話すことがあり、階層守護者をここに集めるようにしているのだ」

 

 その言葉に、アウラがシャルティアも来るのかぁと呟いていた。

 まだ少し、階層守護者たちが集まるまで時間があったため、モモンガがせっかく持ってきていたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの動作確認などを行った。

 

 そうこうしていると、集合の時間が近くなったのか一人の少女が現れる。

 先ほど、アウラが嫌そうにその名前を口にした少女の姿をした真祖の吸血鬼だ。

 その後、コキュートスがやってきてアルベドとデミウルゴスがやってくる。

 皆同様にウルベルトの帰還を驚き、そして喜んでいるように見えた。

 後から、外の様子を見て戻ってきたセバスがやってきたが、こちらも同様だ。

 

 ウルベルトと仲の悪かった、たっち・みーが作ったNPCなので彼からは何か別の反応があるのではないかと勘繰っていたのだが、むしろデミウルゴスの次くらいに、ウルベルトの帰還を喜び感涙している様子に、正直ちょっと引いてしまった。

 デミウルゴスも同じ気持ちだったのか、セバスに対する目線が冷たく見えたのは、恐らく気のせいじゃない。

 

 結果、NPCの反乱などといったのを心配したのが馬鹿みたいに全員からの忠義を受けることになった。

 あくまで表面上なので、実際にどう思っているのか心うちは読めないが、あの様子であればすぐに何か問題が起こるという事はないように思われる。

 ただ、アルベドの様子だけが気にかかる。

 

「アルベド、めっちゃモモンガさんの事を愛してるって感じでしたけど、タブラさん設定変えてたんですかね。シャルティアはネクロフィリアだからわかるんですけど」

 

 そう、アルベドとシャルティアがモモンガに自分を正妃にとアピールしてきたのである。

 シャルティアについては、彼女を作ったペペロンチーノがその設定を、こっちがしなくていいといっても話してきたので覚えているのだが、死んでいる人の方が好きという設定になっている。

 そのため、シャルティアがモモンガにモーションをかけてくるのはわかるのだが、ウルベルトの知る限りアルベドがモモンガを好きになる要素はなかったはずだ。

 

「えっ、あっ、ウルベルトさん、アルベドの設定覚えているんですか?」

 

「まぁ、デミウルゴスより立場的に上になりますからね。種族的にも悪魔系で、知恵者っていう点がデミウルゴスと若干かぶってるから、設定の方がかぶってないか気になって。といっても、あまりにも長かったんで全然覚えてないですけどね。ただ、ビッチっていう設定のはずだったんですけど、もしかしたら俺が言った事を気にして後から設定変えてたのかもしれないです」

 

「えっ、タブラさんに何か言ったんですか?」

 

「ええ、サキュバスなのに清楚ってギャップ萌えで、さらに清楚なのにビッチというギャップだとかいうから、それ、1週回って普通になってますよって言っちゃったんですよね。サキュバスがビッチって普通じゃないですかって。だから気にして一途設定にしたのかも。自分相手じゃなくて、モモンガさんをその相手にするあたりは、タブラさんらしい感じがしますし」

「えっ、あっ、そっ、そうなんですね。へー、そっかー、へー」

 

 モモンガの様子がおかしい気がしたが、いきなり美女に告白されて童貞の彼は戸惑っているだけだろうとウルベルトは結論づけた。

 実際のモモンガは、それなのに設定を変えなかったという事は、よほどタブラが拘っていた設定なのに自分はそれを変えてしまったのかと自責の念に駆られていた。

 

 もし、ウルベルトが自己完結せず、モモンガにもっとこの話を突っ込んで聞いていたば、もし、モモンガがここで自分の行った事をウルベルトに告げることが出来ていたのであれば運命は変わっていたであろうが、この時その重要性に気づく者は残念ながら誰もいなかった。

 

 二人は、守護者との会話が終わった後二人で今後について話し合う事にした。

 モモンガは、先にウルベルトの装備をどうにかするべきではと提案したが、ウルベルトの方が守護者の様子を見る限り、ナザリック内はある程度は安全だろうから一旦頭を整理して今後の事を考えたいといい、円卓の間に二人で顔を突き合わせている。

 

 モモンガとしても、ウルベルトの装備は気になったがいきなりこれだけの事が起こり、さらに自分が作ったNPCにまで会うとなるとキャパオーバーになりそうで、今でなくともいいか、といった心持であった。

 

「そっ、それより今後の事ですよ。というか、俺、リアルに戻ってまた社畜に戻るくらいならこのままこの世界にいてもいいかなって思ってるんですよね。家族とかいませんし、特にリアルの世界に未練はないので」

 

 そういってくるモモンガに、ウルベルトはやはりそうなるかと頭を抱える。

 モモンガの声色は、ウルベルトも両親と死別しているはずだし、散々リアルは糞だと言っていた為、同じ意見に違いないと思っているのが明白であった。

 

 ウルベルトが本当の事を言った際、ついてきてくれるのはデミウルゴスくらいであろう。

 もしかしたら、七階層にウルベルトが設置したNPCも来てくれるかもしれないが、その中で一番の戦力である紅蓮は、大きさ的にナザリックから外に出て連れて行くのは厳しいそうだ。

 

 久しぶりに帰還したウルベルトに歓喜の声を上げた守護者の顔が脳裏に浮かぶ。喜んだあと、自分の創造主も帰ってきているのかと期待した面持ちで質問し、そうではないと知り落胆した顔。

 どうやら、NPCにとっては創造主が一番上で、そのあとに他のギルメンと続く優先順位になっているようだ。

 

 至高の41人に尽くす事こそが存在意義であり、最上の喜びなのだという。

 その存在が、またこの地を去ろうとしてそれを良しとするNPCはいないように思われた。ただ、デミウルゴスは創造主がそう望むならばと、その意志を尊重している。それと同時に、他の至高の存在が同じ事を言ったのならばきっと止めていたとも言っている。

 

 本当の事を言ってその先どうなるかはわからないが、きっと良くない方向に行く。

 リアルに戻らなければというその気持ちは依然変わらないが、ここで諍いを起こしたくないという気持ちも、確かに存在している。

 ナザリックのこの地は、ウルベルトにとって普通の人間のように楽しく過ごせた唯一の場所であり宝物だ。それを入れていた宝箱が腐りきっている事を知りこの地を一度去ったわけだが、中に入っていた宝石の美しさは以前と変わらない。

 できる事ならば、美しい思い出のままにこの宝石を残しておきたい。

 ならば、この宝石を守るために少なくとも今は本音は隠しておくべきだろう。

 

「モモンガさんは、このままナザリックで平和に暮らしていければいいって感じですか?」

 

「そうですね。でも、この世界のどこかに強い相手がいてやられたりするのは怖いんで外の確認は必要だと思っていますよ。みんなで作ったナザリックが、よそ者に汚されるなんて嫌ですし。あと、できれば他のギルメンも同じように来ているかもしれないですし、探していければなと思っています。まぁ、可能性が低いのはわかっているんですけど」

 

 ウルベルトは、先ほど棚上げした問題が杞憂ではなかったという事実を知る。

 無自覚の悪ほど質が悪いものはないといった声が頭に響く。

 

 モモンガは、正義だとか悪だとかそんな事は考えていないだろう。

 ただ、彼にとってはゲームの世界で、みんなで作り上げたナザリック地下大墳墓が何よりも大事で、今はいないメンバーも自分と同じくらい大事に思っているはずという願望。

 

 ウルベルトとて、このナザリック地下大墳墓という場所は大事だ。しかし、糞ったれのリアルにも同じくらい大切なものはあった。

 人によっては引退してしまっている以上、他のゲームで同じくらい大事な、場合によってはそれ以上の仲間を見つけている可能性だってある。

 ゲームなのだから当然だ。それが人生の全てではないのだから。

 

 とはいえ、これを言ったところでモモンガの気持ちが変わるとは思えなかった。正義に傾倒している人間であれば、それに気づけば自分の考えを変えるかもしれない。

 だが、モモンガは違う。正義と悪、どちらにでもその時々に応じて傾くタイプの人間だ。

 

 だからこそ、中立の立場としてギルドをまとめてきたわけであるが、これが一気に悪に傾くのは厄介だ。リアルに帰したくないからといって、ウルベルトを監禁する可能性も、無きにしも非ずだ。

 もちろん、モモンガがそこまで病んだ性格をしているとはウルベルトとしても思いたくはない。ただ、可能性としてそれが頭に浮かんでしまっただけだ。

 

 そして、ウルベルトとしてはこの友人を悪に傾かせることはなるべくしたくなかった。中立で無色なのがモモンガの美徳であるとウルベルトは思っている。人数がいる状態であれば、いろんなところに傾いて、最終的に真ん中に位置するのがモモンガだ。

 それが、どちらか一方に傾いてしまえば、それはもうモモンガではないだろう。自分が正義だとウルベルトが言い出したなら、それは今までのウルベルトとは別人になってしまうのと同様に、モモンガにもそうはなって欲しくないのである。

 

「俺としては、ここに来る条件の一つはサービス終了時にログインしている事だと思うんでギルメンがいる可能性はほとんどないと思いますね。ただ、行き来できる可能性っていうのは、もしかしたらあるかもしれないと思っています。外からの敵に備える意味でも、モモンガさんが言うようにギルメンをここに呼ぶにしろ、リアルへの帰還手段は探すべきかと思います。それに合わせて、他のプレイヤーがいるかどうかですね」

 

 そもそもが、戻れる手段がなければどうしようもない。素直に、リアルに帰りたいというより、こういう方向で行けばモモンガも納得してリアルへの帰還方法を探してくれるのではないのかとそう提案した。

 嘘はついていないが、騙すような言葉に罪悪感はあるが仕方がない。

 あくまでモモンガが執着しているのは、ウルベルト個人ではなくギルドメンバーに対してなのであれば、他のメンバーが代わりに来れば、ウルベルト一人抜けてもそれほど問題はないはずだ。

 事前に行くのが分かっていたり、行き来ができたりするのであれば、この地に来たいと思う人はそれなりにいるはずだ。

 

「あっ、なるほど。もし、行き来できる手段があるなら、リアルに今いるギルメンも含めて全員こっちに呼べるかもしれないってことですね」

 

 全員はいろんな意味で無理だなと思ったが、それを顔に出さないようにする。

 

「ただ、NPC達は創造主の事になると結構過敏なんで、絶対見つかるという話の持っていき方はしない方が良いとは思います」

「そうですね。とりあえず、敵対する存在とプレイヤーがいないかの確認って感じでNPCには伝えましょう。この世界がどんな場所なのかを確認するのが最優先ですね」

 

 ウルベルトもそれに合意し、今後のことやそれ以外にもこれまでの事について二人で語り合った。

 

 一晩中二人で語り合っても眠くもならないし疲弊もしない事に気づき、ウルベルトは、ああ自分は今、人間じゃないのだなとそんなことを考えていた。




この段階で、アルベドの書き換えに気づいた場合は、なんやかんやあって開き直ったウルベルトさんの楽しいナザリック生活ルートに移行します。
この話を書き終わったら、そっちのルートも書きたいですね。

原作だと、デミウルゴスとの夜空で宝石箱の話をしてますが、モモンガさんの興味が完全に、久しぶりに会ったウルベルトさんの方に行ってるんで夜空の散歩はなくなってます。

デミウルゴスも、ウルベルトさんの目的がリアルへの帰還方法を探す事だとしっかり理解してますので、世界征服はしない流れになります。

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